学位論文要旨



No 118614
著者(漢字)
著者(英字) Jittra,Kanchanaprayudh
著者(カナ) ジトラ,カンチャナプラユ
標題(和) タイ国における外生菌根菌 Pisolithus 菌の分子系統学および分子生態学
標題(洋) Molecular phylogeny and molecular ecology of ectomycorrhizal Pisolithus fungi in Thailand
報告番号 118614
報告番号 甲18614
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2650号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宝月,岱造
 東京大学 教授 鈴木,和夫
 東京大学 助教授 小島,克己
 東京大学 助教授 福田,健二
 東京大学 講師 松下,範久
内容要旨 要旨を表示する

樹木は担子菌類、子嚢菌類および接合菌類と共生し、樹木の根に外生菌根を形成する。樹木は菌に光合成産物を供給し、外生菌根菌は植物に養水分を供給する。また、外生菌根菌には、樹木を病原菌から守る働きがあることも知られている。宿主樹木はマツ科、カバノキ科、ブナ科、フトモモ科等、森林の主要構成樹種が多いこともあり、外生菌根菌は、森林生態系の機能に重要な役割を果たしているものと予想されている。

外生菌根菌の共生機能を理解する上で、菌の繁殖機構の解明は必要不可欠なものと言って良い。外生菌根菌群集では、多数の菌種が比較的狭い範囲で共存しており、互いに影響を及ぼしあっている。最近では、この様な外生菌根菌群集の構造解析も、分子生物学的技術を用いて少しずつ解明されつつある。外生菌根菌群集の全貌を明らかにするには、群集内種構成や各構成種の空間分布の解析等の積み重ねが重要であろう。一方、外生菌根菌の多数を占める担子菌類は、菌糸伸長による無性繁殖と担子胞子散布による有性繁殖の両方の様式で繁殖する。両者のバランスはジェネット(遺伝的に同一な細胞集団)の大きさと密度に反映されるため、ジェネットの大きさや密度の解析が、既にいくつかの菌種で行われている。

上に述べた外生菌根菌繁殖機構の研究の多くは、地上に発生した子実体を対象に行われている。しかし、最近、発生する子実体が、地下部の種構成とは直接対応しない例が、多数報告されるようになった。また、地下部のジェネットもほとんど解析されていない。従って、外生菌根菌の繁殖実態を正しく把握するには、子実体だけではなく、地下部の解析も合わせて行う必要があろう。

こうした背景のもとで、本研究では、タイ国内ユーカリ植栽地に大量の子実体を発生させるPisolithus属菌に着目し、その繁殖特性を、分子生態学的解析により明らかにすることを目的とした。従来、Pisolithus属菌の大半はP. tinctoriusに属すと見なされてきたが、最近になって、宿主や分布域の異なる多数の種が識別されてきている。そこで、分子生態学的解析に先立って、タイ国内のPisolithus菌の系統的位置付けを分子系統学的手法を用いて行った(Chapter I, II)。次いで、P. albusのマイクロサテライト(SSR)マーカーを作製し(Chapter III)、ユーカリ植栽地のP. albusの子実体および菌根について、ジェネット解析(Chapter IV)と、地下外生菌根菌群集内の種構成解析(Chapter V)を行った。加えて、ケシアマツ林に発生したPisolithus子実体近傍で、地下菌根の種構成を解析し、子実体発生菌種の地下分布を明らかにした(Chapter VI)。

タイ国ユーカリ、マツ、フタバガキ樹木に共生するPisolithus属菌の分子系統発生学的解析

タイ国内のマツ林3カ所、マツ-フタバガキ林1カ所、フタバガキ林2カ所、およびユーカリ造林地29カ所から採取した、Pisolithus属菌子実体135個に対して、分子系統学的解析を行った。rDNA内にあるITS領域の多型により、これらの子実体は26グループに分けられた。それぞれのグループから選んだサンプルのITS領域塩基配列を決定し、系統樹解析を行った結果、タイ国には、少なくとも3種のPisolithus属菌が存在することが解った。塩基配列の相同性解析から、ユーカリ造林地に発生した子実体は、いずれもP. albusであり、マツ林およびマツ-フタバガキ林から採取したものは、Martinら(2002)がspecies 5 と名付けた菌種であることが解った。また、フタバガキ林から採取された第三の種は、これまで報告されているいかなる種にも合致しなかった。

タイ国フタバガキに共生する新しいPisolithus菌の分類学的検討

第1章の分子系統学的解析により、既知のいずれの種にも合致しなかった第3のPisolithus種の子実体について、分類学的検討を行った。子実体の色は、茶色から薄黒で、形状は、球形から類球形の棍棒状の腹菌性子実体であった。柄は、頭部の付け根の表皮が黒く光り、上部は最初平滑で後にひび割れるが鱗片状にはならず、やや曲がっていた。胞子の形状は、球形から類球形であった。以上のような特徴をもとに、新種Pisolithus abditus Kanchanaprayudh, Sihanonth, Hogetsu & Watlingを提唱した。

タイ国ユーカリ植栽地に発生するPisolithus albusの多型性マイクロサテライトマーカー

ユーカリ林のP. albus集団の遺伝的構造を詳しく調べるためには、共優性DNAマーカーが必要である。そこで、タイのユーカリ林から採取したP. albusから、dual-suppression-PCR法によって7個の多型SSRマーカーを開発した。各遺伝子座あたりのアリール数は2から5で、ヘテロ接合度の推定値は0.123から0.721であった。

タイ国ユーカリ造林地におけるPisolithus albus集団の遺伝的構造解析

開発したSSRマーカーおよびISSRマーカーを用いて、3カ所のユーカリ林に発生したP. albus子実体の多型解析を行い、ジェネット構造を解析した。その結果、ユーカリ林で採集した238の子実体は、180のジェネットで構成されており、大部分のジェネットが一つの子実体のみから構成されていることが解った。4mを超えるサイズのジェネットも幾つか見られたが、隣接する子実体でも異なるジェネットに属していることが多く、サイズの小さい多数のジェネットが存在することが示唆された。また、いくつかの子実体周辺に2×2mの方形区を5カ所設定し、それぞれから土壌ブロック(およそ150cm3)を等間隔に16個採取した。土壌ブロックから外生菌根を集め、その中から4チューブにそれぞれ4〜5個の菌根を入れ、そのブロックのサンプルとした。それぞれのチューブからDNAを抽出してSSR多型解析を行った。その際、ある子実体のSSR遺伝子型を構成する全てのバンドが現れた場合、そのチューブ中には子実体と同一ジェネットの菌根が存在するものと見なした。解析の結果、子実体直下または周辺の地下には、殆どの場合、子実体と同一ジェネットの菌が外生菌根を形成していた。また、一つの土壌ブロック中でも、複数ジェネットの菌が共存して菌根を形成していることが解った。

タイ国ユーカリ林における地下部外生菌根菌群集構造

ユーカリ植栽地において、地下部外生菌根の群集構造を解析した。80の土壌ブロックから、外生菌根をサンプリングし、DNAを抽出した。およそ2000の菌根をITS多型解析したところ、17のITSタイプが見いだされた。それぞれのITSタイプから一サンプルずつ選び、ITS領域の塩基配列を決定した。得られた塩基配列について、相同性検索を行ったところ、外生菌根菌種と相同性を示す5タイプが見いだされた。その内、2タイプは、P. albusとspecies 5に極めて高い相同性を示した。また、この2タイプの地下部における分布を調べたところ、両種とも植栽地全域にわたって広く繁殖していることが解った。一方、一つの菌根を取り分け、ITS多型解析を行ったところ、複数の菌種が一つの菌根に感染しているケースがかなり多いことが示唆された。

タイ国ケシアマツ林における外生菌根菌の地下部分布様式

ケシアマツ林ではspecies 5が発生する。ケシアマツ林に設けたspecies 5を含む16m2方形区および二つの4m2方形区において、Russula sp.1、Russula sp.2、Scleroderma citrinumの子実体分布とそれぞれの菌種による外生菌根菌の地下部における分布を、外生菌根のITS領域多型解析によって調べた。各方形区から土壌ブロックをそれぞれ50cm置きに等間隔に採取し、それぞれのブロックから菌根を分離した。分離した菌根から第4章と同様に、サンプルチューブを作った。それぞれのチューブからDNAを抽出し、PCR増幅して得られたITSバンド中に、それぞれの菌種のITSバンドと同一サイズのものが存在すれば、そのチューブにはその菌種が存在すると見なして、各菌種の地下分布を解析した。その結果、子実体の発生した場所の近傍からはその菌の菌根が検出されたが、少し離れると検出されなかった。このことは、species 5を含む4種とも、子実体の分布と地下部の菌根の分布は概ね対応しており、また、地下部菌糸体の広がりが比較的限定されていることを示している。さらに、幾つかのサンプルでITS領域の塩基配列を決定し、相同性検索を行った結果、Thelephoraceae, Russulaceae, Tricholomaceae, Sclerodermataceaeに属す外生菌根菌と相同性を示す菌が地下群集を構成していることが解った。

以上の研究により、タイ国Pisolithus属外生菌根菌の系統学的状況が明らかになるとともに、地下部の分子生態学的解析によって、ユーカリ植栽地、ケシアマツ林における同属菌種の繁殖様式の一端が明らかになった。本研究では、SSRマーカーを開発してDNA多型解析を行ったが、これまでに外生菌根菌の分子生態学的研究にSSRマーカーを適用した例は二例しか報告されておらず、本研究の先駆的意義は大きい。また、Pisolithus菌の地下におけるジェネット解析の例は皆無であり、本研究によって、貴重な情報を得ることが出来た。

審査要旨 要旨を表示する

樹木は菌類と共生し、根に外生菌根(以下菌根)を形成する。菌根菌は宿主樹木による養水分の吸収を助けてその成長を促進するため、育苗や造林への応用が期待されている。また、宿主樹木には、森林の主要構成樹種が多いこともあり、菌根菌は、多くの森林生態系で、重要な機能を果たしているものと予想されている。こうした菌根菌の共生機能を理解し活用するためには、菌の繁殖機構の解明が不可欠である。菌の繁殖機構は、子実体の分子生態学的解析によって解明されつつあるが、なお不明な点が多く、研究事例の蓄積が必要である。一方、子実体の発生は、地下部の菌根の発達とは直接対応しない。従って、菌根菌の繁殖実態を正しく把握するには、子実体に加えて地下部の解析も合わせて行う必要がある。

こうした背景のもとで、本研究では、タイ国の Pisolithus 属菌に着目し、子実体と地下部菌根の分子系統学的および分子生態学的解析を行った。

序章でこれまでの研究をレビューした後、第1章では、タイ国内で採集した135個の Pisolithus 属菌子実体について、ITS領域の塩基配列をもとに系統解析を行った。その結果、タイ国には、少なくとも3種存在することが解った。塩基配列の相同性解析から、ユーカリ植栽地に発生した子実体は全て P. albus であり、マツ林およびマツ-フタバガキ林から採集したものは、species 5 (sp. 5) と呼ばれている菌種であることが解った。また、フタバガキ林から採集した第三の種は、これまで報告されていない種であった。

第2章では、フタバガキ林に発生した第三の種の子実体について分類学的検討を行い、色、形状、胞子の形態をもとに、新種 Pisolithus abditus Kanchanaprayudh, Sihanonth, Hogetsu & Watling を提唱した。

第3章では、P. albus 子実体から多型性マイクロサテライト(SSR)マーカーを、7個作製した。これにより、P. albus集団の遺伝的構造を調べるためのマーカーが得られた。

第4章では、開発したSSRマーカーおよびISSRマーカーを用いて、3カ所のユーカリ植栽地に発生した238のP. albus子実体の多型解析を行い、ジェネット構造を解析した。その結果、これらの子実体個体群は、多数の小さなジェネットからなり、主に胞子散布によって分布拡大していることが解った。また、子実体を含めて2×2mの方形区を5カ所設定し、それぞれから土壌ブロックを50cm間隔で16ずつ採取した。土壌ブロック内の菌根についてSSR多型解析を行った結果、子実体直下または周辺の地下には、方形区内の子実体と同一のジェネットに加え、複数のジェネットが共存していることが解った。

第5章では、菌根のITS多型解析により、ユーカリ植栽地での地下部菌根菌群集構造を解析した。80の土壌ブロック中のおよそ2000の菌根から、17のITSタイプが見いだされた。それぞれのタイプのITS塩基配列を決定し、相同性検索により種を推定した。さらに推定された種の試験地内での分布を調べた。その結果、子実体を多数発生させる P. albus に加えて、子実体を発生させないsp. 5および未知の菌一種が、植栽地全域にわたって広く繁殖していることが解った。

第6章では、ケシアマツ林における Pisolithus 菌sp. 5の地下分布様式を調べた。ケシアマツ林に、4菌種の子実体を含む方形区を設定し、地下部におけるそれらの菌種の分布を、ITS多型解析によって調べた。その結果、sp. 5を含む4菌種とも、子実体の分布と地下部の菌根の分布は概ね対応しているおり、また、地下部の分布範囲は比較的限定されていることが解った。

以上、本研究により、Pisolithus 属菌の、タイ国における系統学的状況が明らかになった。また、子実体および地下部の菌根菌群集に関する分子生態学的解析によって、タイ国ユーカリ植栽地では、地上部、地下部とも、P. albus が胞子散布によって広く優占的に繁殖していること、また地下部では、子実体を形成しないsp. 5も広く優占していることが明らかになった。さらに、ケシアマツ林の地下部では、sp. 5は、ユーカリ植栽地とは異なり、子実体下にパッチ状の分布を示すことも明らかになった。一方、菌根菌の繁殖生態研究にSSRマーカーを適用した例は希少であり、本研究におけるSSR多型解析の学術的価値は高い。また、応用的な重要性にも関わらず、Pisolithus 菌地下部ジェネットの報告は皆無であり、本研究の先駆的意義は極めて大きい。したがって、本研究は、学術上、応用上貢献するところが大きく、審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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