学位論文要旨



No 118615
著者(漢字)
著者(英字) Preecha,Phuwapraisirisan
著者(カナ) プリチャ,プアプライシリサン
標題(和) 海綿からの細胞毒性物質に関する研究
標題(洋) Studies on Cytotoxic Metabolites from Marine Sponges
報告番号 118615
報告番号 甲18615
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2651号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伏谷,伸宏
 東京大学 教授 阿部,宏喜
 東京大学 教授 渡部,終五
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 助教授 松永,茂樹
内容要旨 要旨を表示する

1970年初頭から始まった海洋生物からの医薬素材探索において、多くの細胞毒性(抗腫瘍)物質が発見されている。これらのうち、近く抗がん剤として認可されるものと思われるものも含め、20を越える化合物が臨床試験に入っている。特に、海綿から得られた細胞毒性物質は、活性が強く、構造が新奇なものが多いので、新奇抗がん剤として期待されるものが多い。

このような背景の下、本研究では、日本およびタイ産海綿から新奇抗腫瘍性リード化合物を開発することを目的に、ヒト子宮頸がん由来のHeLa細胞に対する細胞毒性試験の結果、有望な活性を示した4種の海綿から活性物質の単離と構造決定を試みたところ、9種の新規化合物を含む、合計18種の細胞毒性物質を得ることができた。その概要は以下の通りである。

天草諸島産Mycale izuensisからのmycalolide類および新奇ポリヒドロキシル化合物の単離と構造決定

先ず、細胞毒性試験で強い活性を示した天草諸島産M. izuensisから活性物質の単離と構造決定を試みた。すなわち、凍結試料2kgをMeOHとEtOHで抽出後、HeLa細胞に対する細胞毒性を指標に、溶媒分画、ODSフラッシュクロマトグラフィー、ゲル濾過で分画し、最終的にODS HPLCで精製して6つの活性物質(1-6)を得た。これらの構造を機器分析により解析したところ、30, 32-dihydroxymycalolide A (1)を除き、既知のmycalolide誘導体であることが判明した。そこで、1の構造を2D NMRなどで詳細に解析して平面構造を決定するとともに、1および既知のmycalolide B (6)から化学的に共通の誘導体に導き、さらにMosher法を適用して絶対立体配置を決定した。これらの化合物は、IC50 1.4 - 6.8 ng/mLでHeLa細胞の増殖を抑えた。

上記化合物の分画中、活性が認められた画分を、ODS HPLCで精製した結果、6つの活性物質が得られた。これらの構造を、2D NMRとFABMSで詳細に解析したところ、ピロリドン環と多くの1, 3-ジオールユニットを含むこれまでにない新奇化合物であることが判明したので、mycapolyol A- F (7 - 12)と命名した。さらに、1, 3-ジオールユニットの相対立体化学を13C NMRシフト値から推定し、ピロリドン部分の絶対立体化学を化学分解反応によって決定した。なお、mycapolyol A - Fは、HeLa細胞の増殖をIC50 0.05 - 0.90 μg/mLで抑制した。

タイ産Mycale sp. からの新規ノルセスタテルペンパーオキシドの単離と構造決定

次ぎに、有望な活性が認められたタイのShichang島で採集したMycale sp.から活性物質の単離・精製を試みたところ、既知のmycaperoxide B (14)とともに新規化合物、mycaperoxide H (13)を得ることができた。平面構造は2D NMRデータの詳細な解析により決定し、絶対立体化学は既知の14と化学的に関連づけることにより決定した。これらの化合物は、IC50 0.8-0.9 μg/mLの細胞毒性を示した。

深海海綿からの細胞毒性物質の探索

奄美大島近海の水深150mに位置する大島新曽根でドレッジにより採集した未同定海綿の脂溶性画分に強い細胞毒性が認められたので、活性成分の単離を行った結果、3つの活性物質が分離できた。まず、最も活性が強かった化合物の構造解析を行ったところ、既知のセスタテルペン誘導体、12β-hydroxyheteronemin (15)と同定された。二番目の化合物もセスタテルペンであったが、スペクトルデータから新規化合物と判断されたので、詳細な2D NMRデータの分析を行った結果、widdrol型の環構造を含む新規フラノセスタテルペンであることが明らかとなったので、shinsonefuran (16)と命名した。さらに、相対立体化学をNOESYデータから推定した。また、残る活性物質については、既知フラノセスタテルペンのhalisulfate 7 (17)と同定したが、NMRの詳細な解析から8-エピ体が正しいことを示した。これらの絶対立体配置については、検討中である。なお、16はHeLa細胞に対して IC5016 μg/mLの細胞毒性を示した。

一方、同じ根で採集したDiscodermia japonicaの脂溶性画分がHeLa細胞の増殖を強く抑えたので、活性成分の単離を試みたところ、HeLa細胞に対してIC50 1.8 ng/mLの細胞毒性を示す化合物が得られた。残念ながら構造解析した結果、カリブ海産深海海綿から報告されているtheopederin K (18)と一致した。

以上、本研究では、海綿から抗腫瘍性リード化合物を開発する目的で、HeLa細胞に対して有望な細胞毒性を示した日本およびタイ産海綿4種から、活性物質の分離・構造解析を試みたところ、9種の新規化合物を含む合計18種の細胞毒性物質を得ることができた。これらのなかには、mycapolyol類のようにこれまでにない新奇な構造をもつものも含まれており、改めて海綿が医薬資源として重要なことを証明した。

審査要旨 要旨を表示する

1970年初頭から始まった海洋生物からの医薬素材探索において、多くの細胞毒性(抗腫瘍)物質が発見されている。特に、海綿から得られた細胞毒性物質は、活性が強く、構造が新奇なものが多いので、新奇抗がん剤として期待されるものが多い。本研究では、日本およびタイ産海綿から新奇抗腫瘍性リード化合物を開発することを目的に、ヒト子宮頸がん由来のHeLa細胞に対する細胞毒性試験の結果、有望な活性を示した4種の海綿から活性物質の単離と構造決定を試みたところ、9種の新規化合物を含む、合計18種の細胞毒性物質を得ることができた。その概要は以下の通りである。

先ず、細胞毒性試験で強い活性を示した天草諸島産Mycale izuensisから活性物質の単離と構造決定を試みた。すなわち、凍結試料をMeOHおよびEtOHで抽出後、細胞毒性を指標に分画して5つの既知のmycalolide誘導体とともに新規の 30, 32-dihydroxymycalolide A を単離することができた。これらの化合物は、IC50 1.4-6.8ng/mLでHeLa細胞の増殖を抑えた。さらに、活性が認められた画分を、ODS HPLCで精製した結果、6つの活性物質が得られた。これらの構造を機器分析で詳細に解析したところ、ピロリドン環と多くの,1, 3-ジオールユニットを含むこれまでにない新奇化合物であることが判明したので、〓mycapolyol A-Fと命名した。さらに、1, 3-ジオールユニットの相対立体化学を13C NMRシフト値から推定し、ピロリドン部分の絶対立体化学を化学分解反応によって決定した。なお、これらの化合物は、HeLa細胞の増殖をIC50 0.05-0.90μg/mLで抑制した。

次ぎに、有望な活性が認められたタイのShichang島で採集したMycale sp. から活性物質の単離・精製を試みたところ、既知のmycaperoxide B に加え、新規化合物、mycaperoxide H を得ることができた。平面構造は2D NMRデータの詳細な解析により決定し、絶対立体化学は既知のmycaperoxide B と化学的に関連づけることにより決定した。これらの化合物は、IC50 0.8-0.9μg/mLの細胞毒性を示した。

最後に、奄美大島近海の水深150mに位置する大島新曽根でドレッジにより採集した海綿から細胞毒性物質の探索を行った。先ず、未同定海綿の脂溶性画分に強い細胞毒性が認められたので、活性成分の単離を行った結果、既知のセスタテルペン 12β-hydroxyheteronemin とともに、widdrol型の環構造を含む新規フラノセスタテルペンの shinsonefuran を単離・構造決定することができた。さらに、同時に得られた既知フラノセスタテルペン halisulfate 7 の構造も訂正した。なお、shinsonefuran はIC50 16μg/mLの細胞毒性を示した。一方、同じ場所で採集した Discodermia japonica からHeLa細胞に対してIC50 1.8ng/mLの細胞毒性を示す既知の theopederin K を分離・同定した。

以上、本研究は、海綿から抗腫瘍性リード化合物を開発する自的で、HeLa細胞に対して有望な細胞毒性を示した日本およびタイ産海綿4種から、活性物質の分離・構造解析を試みたところ、9種の新規化合物を含む合計18種の細胞毒性物質を単離・構造決定したもので、学術上、応用上寄与するところが大きい。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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