学位論文要旨



No 118616
著者(漢字)
著者(英字) SULTANA,SAYEEDA
著者(カナ) スルタナ,サイーダ
標題(和) 三陸沿岸船越湾における海草タチアマモの分布および生物量、シュート密度、葉面積指数の季節変化に関する研究
標題(洋) Studies on distribution and seasonal changes in biomass, shoot density and leaf area index of seagrass, Zostera caulescens Miki, in Funakoshi Bay, Sanriku Coast
報告番号 118616
報告番号 甲18616
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2652号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 小松,輝久
 東京大学 教授 杉本,隆成
 東京大学 教授 寺崎,誠
 東京大学 教授 宮崎,信之
 東京大学 教授 青木,一郎
内容要旨 要旨を表示する

世界各地の沿岸の浅海域には藻場とよばれる大型植物群落が分布している。藻場は、魚類の産卵場、生育場として重要であると同時に、高い生産力をもち環境形成作用があるため沿岸生態系に大きな影響を及ぼしている。この藻場を構成する植物には、海藻(seaweed)と海草(seagrass)とがある。藻場をつくる海藻は肉眼的な大きさの大型底生海産藻類で、葉、茎、根の区別がない隠花植物である。一方、海草は、陸上植物が再び海に戻った植物であり、水中でも花を咲かせ、維管束をもつ顕花植物である。リアス式の湾が連なる三陸沿岸に位置する船越湾には、 後者に属するアマモ科植物の一種で草丈が7mにも達する世界最大の海草タチアマモ(Zostera caulescens Miki)が分布し、大規模な藻場を形成している。船越湾周辺では、貝類や海藻類の養殖が行なわれており、餌供給源として、あるいは、海水を浄化する機能を通じて持続的な漁業生産ならびに生態系の維持にタチアマモは大きな役割を果たしている。しかしながら、三陸における沿岸生態系の重要な構成要素であるタチアマモは比較的深い海底に生育するため分布確認が困難であり、空間分布についての情報は限られている。また、それらの生態的季節変化についての研究は、現在のところ非常に少ない。

そこで、船越湾のタチアマモ藻場をフィールドとし、マルチビームソナーという音響リモートセンシングによる広域藻場分布測定手法を開発し、タチアマモ分布域を測定するとともに、坪刈によって得られたサンプルの解析によりタチアマモの生物量、シュート密度、葉面積の季節的な変化について解析した。

マルチビームソナーを用いた船越湾におけるタチアマモ藻場分布の測定

海草藻場分布の調査手法には、肉眼による直接的な観察による方法とリモートセンシングによる間接的な手法とがある。直接的な方法は、海草の被度や種類を正確に知ることができる反面、潮下帯では潜水作業を伴うため作業効率は非常に悪い。一方、リモートセンシングによる間接的な方法は、さらに光学的方法と音響学的方法とに分けられる。光学的方法には、空中写真解析、衛星画像などの画像解析による方法、音響学的方法には音響測深機、サイドスキャンソナーなどによる方法がある。前者は、浅海域の広域藻場の測定に向くが、深い藻場や海水の濁りによる影響で水中における光の減衰が著しい場合には測定できないという欠点がある。音響学的方法は、空中写真、衛星画像に比較して広域調査では効率面で劣るものの、濁りの影響を受けず、また、深い海底に分布する藻場分布の測定に向くという利点がある。音響学的方法の中で、音響測深機は観測定線に沿った鉛直的な狭い範囲の藻場分布しか測定できないという問題があり、サイドスキャンソナーは観測定線の両側100-200mの範囲で水平的に広い藻場分布を測定できるが鉛直方向の繁茂状態を測定できないという問題がある。近年、マルチビームソナーという一度に多数の超音波を送信し、海底を測量する機器が開発されてきた。そこで、1.5度の広がりをもつ455kHzの超音波ビームを海底に向かって1.5度の角度間隔で一度に60本発信し、反射してきたエコーから海底の水深を計測し、海底地形を詳細に測量することが可能なマルチビームソナーを使用し、藻場分布を3次元的に測定する手法を開発した。

船の動揺を測定できる動揺センサー、進行方向を正確に測定できるジャイロコンパス、船位を正確に測定できるDifferential-GPSおよびナローマルチビームソナーを搭載した約1tの研究船でタチアマモを含む海底地形を隙間無く正確にマッピングし、デジタルデータとしてノートコンピュータに記録した。タチアマモは、砂地上に生育し、繁茂期には花株が数mの草丈にまで到達する。タチアマモの葉あるいは茎で反射される超音波のエコーは海底から数mの高さの海底から突出した点として記録された。コンピュータ上でこれらのタチアマモから反射される超音波信号をノイズとして処理することで、タチアマモを除いた海底の水深分布を得ることができた。そして、ノイズ処理しないタチアマモを含む海底地形から、ノイズ処理によりタチアマモを除いた海底を差し引くことで、タチアマモだけの分布を抽出し、タチアマモの水平分布、立体分布を地図化しそれらの体積を推定する方法を考案した。その結果、船越湾では、タチアマモがおよそ底深4mから16mにまで分布していることが明らかとなった。さらに、タチアマモの体積分布を3次元的な景観として視覚化することができた。

船越湾におけるタチアマモの生物量、シュート密度、葉面積指数の季節変化

船越湾産タチアマモの生物量、シュート密度、葉面積指数が季節的にどのように変化するかについて検討するため、上記の底深の範囲の中で50 cm x 50 cmの方形枠を用いて5点で、4月、7月、9月、10月に坪刈をおこなった。4月には、花株は非常に少なく、その多くが栄養株であり、栄養株の中から花株になる株が成長を開始する時期であることが明らかになった。また、この時期には、地上部および地下部のバイオマスは他の季節よりも少なかった。7月には、全長が80cm以上のものが花株、80cm未満のものが栄養株と違いがはっきりした。9月および10月には、花株の成長がさらに進み、全長の最大は7mにまで達した。冬季には、これらの花株が藻場から流出し、ほとんどが栄養株になるものと推定された。シュート密度は花株の最も少なくなる春に小さく、最も多くなる秋に最大となり、花株の葉面積指数は成熟前の7月に最も大きいという季節変化が見られた。

生物量と底深の関係について検討したところ、それらは、底深8-10m付近で最大となり、沖に向かって減少する傾向を示した。その理由として、水深が深くなると光量が減少すること、海草の日陰効果のため多くの栄養株を支える十分な光量が確保できないことが上げられた。一方、水深が浅いとタチアマモが海面に達する。海面に到達した海草はキャノピーによる日陰効果により光量を著しく減少させて海面下の栄養株や花株の光合成を阻害すること、海面を覆う海草は波や流れによる流動により大きな抵抗を生じ、海底から引き剥がされる可能性が大きくなることが考えられた。そのため、最大の草丈に達するタチアマモが分布可能で、かつ海面を覆わない10m付近を中心にし生物量が最大になったものと推察された。

マルチビームソナーにより測定された藻場の面積・体積データを用いたタチアマモの生物量の推定

マルチビームソナーを用いた広域藻場分布測定手法によりタチアマモの分布する面積と海水中に占める体積を測定できる。そこで、タチアマモの繁茂期における花株と栄養株の分布状態を考慮にいれた分布モデルを作成し、次のような方法でタチアマモの生物量を推定する方法を提案した。栄養株は全長80cm未満であるのに対して、花株は全長80cm以上になる。栄養株は藻場の面積だけ分布しており、花株は海底上80cm以上の高さをもつ海草の体積を構成するものとした。1)で開発された方法を適用し、得られたタチアマモの3次元分布から、タチアマモの占める全面積と全体積、海底上80cm以上のタチアマモの占める面積と体積を算出した。つぎに、50cmx50cmの方形枠を用いた坪刈から、栄養株については全長80cm未満のタチアマモの単位面積当たりの生物量を、花株については全長80cm以上のタチアマモの平均茎長を高さとしたそれらの単位体積当たりの生物量を求めた。栄養株の全生物量は、分布する全面積について全長80cm未満のタチアマモの生物量を乗じることで、花株の全生物量は、全長80cm以上のタチアマモが占める体積にタチアマモの単位体積当たりの生物量を乗じることで得ることができる。通常、坪刈の場合には、海草の分布密度の高い場所でサンプリングする傾向があり、藻場全体の生物量を実際よりも大きく見積もる傾向がある。本研究により開発した方法を用いれば、そのような問題を避けることが可能である。10月の根浜地先の海底4-7mに分布するタチアマモ藻場では、地上部および地下部のタチアマモの平均生物量は乾燥重量で、それぞれ28.6 gm-2および15.9 gm-2と見積もられた。これらの値は、分布域がタチアマモよりも浅く光量が多い海底上に生育するアマモの生物量と比較して低い値であった。

本研究では、タチアマモの空間分布をマルチビームソナーを用いて測定する手法を開発し、三陸沿岸の船越湾では底深16m付近まで分布することを明らかにするとともに、海中に分布するタチアマモ群落の体積を測定する手法も合わせて考案した。この方法によって、海中のタチアマモ藻場の3次元的な景観を再現することが可能になった。また、タチアマモの生物量が底深と関係があること、タチアマモの生物量、シュート密度、葉面積指数が花株と栄養株、越冬期、成熟期に関連して季節変化することを具体的に明らかにした。得られたタチアマモの体積と生物量のデータから、藻場全体のタチアマモの平均生物量を科学的に見積もる方法を考案した。これらの結果は今後のタチアマモ藻場の保全と修復に資するものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

藻場は、魚類の産卵場、生育場として重要であり、沿岸生態系に大きな影響を及ぼしている。三陸沿岸に位置する船越湾には、海草の一種で草丈が7mにも達する世界最大のタチアマモ (Zostera caulescens Miki) が分布し、大規模な藻場を形成している。タチアマモは比較的深い海底に生育するため調査が困難であり、空間分布、生態に関する研究は、非常に少ない。そこで、本研究では、船越湾のタチアマモ藻場をフィールドとし、音響リモートセンシングを用いた広域藻場分布測定手法を開発し、タチアマモの分布面積と体積を測定するとともに、坪刈によって得られたタチアマモの解析により生物量、シュート密度、葉面積の季節的な変化について解析した。さらに、坪刈による生物量と分布面積・体積をもとにタチアマモの生物量を推定する方法を考案した。主な研究成果は以下の通りである。

ナローマルチビームソナーを用いたタチアマモ藻場分布の測定手法の開発

一度に多数の超音波を送信し、海底地形を詳細に測量することができるナローマルチビームソナーを使用し、藻場分布を3次元的に測定する手法を開発した。動揺センサー、ジャイロコンパス、Differential-GPS、ナローマルチビームソナーを搭載した1tの船でタチアマモを含む海底地形を隙間無くマッピングし、デジタルデータとしてノートコンピュータに記録した。タチアマモは、砂地上に生育し、繁茂期には花株が数mの草丈にまで到達する。タチアマモの葉や茎で反射される超音波のエコーは海底から数mの高さの海底から突出した水深点として記録された。水路測量用ソフトウエアでこれらの水深点をノイズとして処理することで、タチアマモを除いた海底の水深分布を得ることができた。タチアマモを含む海底地形から、タチアマモを除いた海底を減じ、タチアマモだけの分布を抽出した。これらのデータからタチアマモの水平分布、立体分布を地図化し、面積・体積を底深別に推定する手法を考案した。船越湾で7月のタチアマモ藻場にこの手法を適用した。

タチアマモの生物量、シュート密度、葉面積指数の季節変化

船越湾産タチアマモの生物量、シュート密度、葉面積指数が季節的にどのように変化するかについて検討するため、底深3-16mの間の5深度で、4月、7月、9月、10月に1辺50cmの方形枠を用いた坪刈を行なった。4月には、花株は非常に少なく、その多くが栄養株(全長80cm未満)であり、栄養株から花株(全長が80cm以上)に成長を開始する時期であった。7月、9月、10月と花株の成長が進み、全長の最大は7mにまで達した。シュート密度と地上部生物量は春に最も少なく、結実期の秋に最も多くなり、1本当たりの花株の葉面積指数は開花期の7月に最も多くなるという季節変化が見られた。7-10月の地上部生物量と底深の関係では、底深8-12m付近で最大となり、沖に向かって減少する傾向を示した。その理由として、底深、光量、水温と関係した海草の無限生長が関係しているものと推察された。

面積・体積データを用いたタチアマモ生物量の推定

1) で得られたデータを使用し、海底上の高さを基準に花株と栄養株の占める1m深ごとの底深別面積・体積を算出した。2) で得られた7月の5深度の坪刈データから、栄養株については全長80cm未満の単位面積当たりの生物量を、花株については全長80cm以上の平均茎長を高さとした単位体積当たりの生物量を深度別に求め、深度に対するそれぞれの生物量を2次曲線で回帰させた。この曲線からタチアマモが分布する底深の1m深ごとの単位面積当たりの栄養株の生物量と単位体積当たりの花株の生物量を推定した。栄養株の生物量は栄養株の底深別面積に単位面積当たりの生物量を、花株の生物量は花株が占める底深別体積に単位体積当たりの生物量を乗じることで、底深別生物量を得ることができる。通常、坪刈の場合には、海草の分布密度の高い場所でサンプリングする傾向があり、藻場全体の生物量を実際よりも大きく見積もる傾向がある。本研究により新たに考案された方法を用いれば、そのような問題を避けることが可能である。

以上、本論文は、ナローマルチビームソナーを用いてタチアマモの空間分布を測定する手法を開発し、タチアマモ藻場の3次元的な海中景観を再現することを可能にするとともに、タチアマモ群落の深度別面積・体積を求め、坪刈による生物量データを利用して底深別生物量を推定する方法を考案した。さらに、タチアマモの生物量が底深と関係があること、花株と栄養株の生物量、シュート密度、葉面積指数が、成熟、開花、結実、越冬に関連して季節変化することを具体的に明らかにした。これらの結果は今後のタチアマモ藻場の保全と修復に資するだけでなく、新しく開発された手法はその他の藻場にも応用されるものと期待され、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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