学位論文要旨



No 118618
著者(漢字)
著者(英字) POAPOLATHEP,Amnart
著者(カナ) ポアポラテップ,アムナート
標題(和) マウスにおけるニバレノールの毒性学的特徴に関する研究
標題(洋) Studies on the Toxicological Characteristics of Nivalenol in Mice
報告番号 118618
報告番号 甲18618
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2654号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 熊谷,進
 東京大学 助教授 中山,裕之
 国立医薬品食品衛生研究所 衛生微生物部第4室長 小西,良子
内容要旨 要旨を表示する

ニバレノール (nivalenol, NIV)は多くのフサリウム族マイコトキシンによって産生されるタイプBトリコテセンマイコトキシンで、世界各地でNIVによる穀物の汚染が報告されている。トリコテセンマイコトキシンは一般に蛋白およびDNAの合成を阻害し、リンパ造血系組織などの細胞分裂活性の高い組織を傷害することが知られている。NIVは1968年にFusarium nivaleの代謝産物から初めて分離され、その化学構造も明らかにされている。しかし、NIVによるリンパ系組織傷害の性状およびNIVの生体内動態等、NIVの毒性学的特徴については不明な点が多い。本研究ではこれらの点を明らかにする目的で、マウスを用いた実験的検索を実施した。得られた結果は下記の通りである。

リンパ系組織におけるNIV誘発アポトーシスとアポトーシス関連遺伝子の発現。まず、5週齢のICR:CD1雄マウスに0, 5, 10および15mg/kgのNIVを経口投与し、48時間後(HAI)まで経時的にリンパ系組織(胸腺、パイエル板、脾臓)におけるアポトーシスの発現の推移を検索(形態学、in situ detection for fragmented DNA(TUNEL法))した。ついで、15mg/kgのNIVを同様に投与したマウスの胸腺におけるアポトーシスの発現の推移(形態学、TUNEL法、agarose gel 電気泳動法)とアポトーシス関連遺伝子(Fas, c-fos, c-jun, c-myc, p53, bcl-2)のmRNAの発現の推移(RT-PCR法)を12HAIまで経時的に検索した。

その結果、リンパ系組織におけるアポトーシス細胞は胸腺およびパイエル板で脾臓よりも早期に発現した。アポトーシス細胞数は用量依存性に増加し、その程度は胸腺およびパイエル板で脾臓よりも高度であった。これらの所見はリンパ組織間でNIVに感受性を示すリンパ球のポピュレーションが異なっていることを示唆している。アポトーシスに陥ったリンパ球は核濃縮あるいは核崩壊を呈し、これらの核はTUNEL法で強陽性であった。また、電顕的にも細胞体の萎縮、核クロマチンの濃縮や核膜に沿った凝集あるいは細胞体の断片化等、典型的なアポトーシス像を示した。

胸腺では3HAIからアポトーシス細胞が出現し、9HAIにピークに達した。また、6および9HAIにはagarose gel電気泳動法で明瞭なDNA ladder形成が観察された。一方、こうしたアポトーシスの発現に先立ち、0.5HAIからc-fos およびc-junのmRNAの発現量が増加し始め、1HAIでピークに達した。Fas、p53、bcl-2およびc-mycのmRNAの発現量には変化は見られなかった。

上記の結果から、NIVがリンパ系組織にアポトーシスを誘発すること、ならびに、c-fosおよびc-junがNIV誘発リンパ球アポトーシスに重要な役割を果たしていることが明らかとなった。

リンパ系組織および胸腺細胞初代培養系におけるNIV誘発早期アポトーシスとリンパ球サブセットの変動

まず、5週齢のBALB/c雌マウスに15mg/kgのNIVを経口投与し、3, 9, 12および24HAIに剖検し、胸腺、パイエル板、腸間膜リンパ節および脾臓についてFACScanを用いて早期アポトーシスおよびリンパ球サブセットの変動を解析した。溶媒のみを投与し、12HAIに剖検したマウスを対照として用いた。ついで、Shinozuka et al. (2001)の方法に従い、BALB/c雄マウスの胸腺から胸腺細胞を分離して作出した初代培養系(4x106 cells/ml)に異なる用量(0, 0.25, 0.5, 1.0μg/ml)のNIVを添加し、3, 6, 12および24HAIに生細胞数を計数するとともに、各種抗体でラベルした培養細胞をFACScanを用いて解析し、早期リンパ球アポトーシスおよびリンパ球サブセットの変動を検索した。

その結果、NIVはパイエル板を最初に傷害し、また、胸腺を最も強く障害した。胸腺では、アポトーシスのピーク(9HAI)に続いて12および24HAIにCD4+CD8+細胞の選択的な傷害が観察された。CD4+細胞は3HAIにパイエル板で、9HAI以降に腸間膜リンパ節で、また、3-12HAIに脾臓で、それぞれ明瞭に減少した。CD8+細胞は24HAIに腸間膜リンパ節で、また、12HAIに脾臓で、それぞれ有意に減少した。B細胞サブセットの変動については、腸間膜リンパ節では、IgG+細胞が4-12HAIに、また、全てのB細胞サブセットが24HAIに有意に減少し、脾臓ではIgM+細胞が9HAIに有意に減少した。パイエル板では3HAIにpan-Tおよびpan-B細胞が有為に減少したのに続き、全てのB細胞サブセット、特にIgA+細胞が9HAIに有意に増加し、その後もIgA+およびIgM+細胞数は対照群のそれより高値を示した。こうしたことから、パイエル板が3HAIに高度に傷害された後の回復の過程で、NIVとパイエル板との相互作用がこの部位でのinterleukinの産生を刺激し、9HAI以降にIgA分泌B細胞の増殖と分化を引き起こしたものと推察された。

一方、胸腺細胞初代培養系を用いた実験では、生細胞数は6HAI以降に用量および時間依存性に減少し、アポトーシス細胞数は3HAI以降に全てのNIV添加群で時間依存性に増加した。CD4+CD8+細胞数は全てのNIV添加群で時間依存性に明瞭に減少したが、CD4+CD8-およびCD4-CD8+ 細胞数は1.0μg/ml群のみ24HAIに低値を示した。こうした所見から、NIVは胸腺細胞を直接傷害し、主にCD4+CD8+細胞にアポトーシスを惹起することが明かとなった。

NIVの生体内動態

マウスに3H-NIVを経口投与し、その生体内動態(吸収、分布、代謝および排泄)を検索した。すなわち、4週齢のICR:CD-1雌マウスに3H−NIV(20μg/kg)を強制経口投与した後、代謝ケージを用いて48HAIまで糞便と尿を分離採取した。糞便はオキシダイザーで処理することによって3Hを捕捉し、その放射能をシンチレーションカウンターで測定し、また、尿中の放射能は直接シンレーションカウンターに供することによって測定した。その結果、投与した放射能の大部分は投与後24HAI以内に主に糞便中に排泄され、約1/4が尿中に排泄された。

さらに、3H-NIV投与後、経時的に胆汁と尿および各臓器を採取し、含有放射能を、固体試料についてはオキシダイザー処理後に、また、液体試料については直接シンチレーションカウンターで測定した。血漿中放射能レベルは投与後直ちに上昇し、1HAIに最高値を示してから、10HAIまで急激に減少し、以後緩やかに減少した。この血漿レベルの変化から、3H-NIVの分布半減期および生物学的半減期はそれぞれ2.53時間および12.34時間であること、また、60HAI以内に97%の3H-NIVが排泄されることが明らかになった。各組織中の放射能レベルは消化管を除き、ほぼ血漿中レベルの変化に一致した変化を示した。消化管組織の放射能レベルは、他の組織に比して顕著に高く、胃や十二指腸などの上部消化管においては0.5HAIに最高値を示し、大腸においてはそれより遅れて最高値を示し、その後それぞれ減少した。胆汁中放射能レベルは尿中のそれよりも顕著に低かったことから、消化管組織で認められた高いレベルの放射能は、投与された3H-NIVが吸収されずに消化管下部に移行したことによるものと考えられる。糞中および尿中の代謝物をHPLCによって分析した結果、NIVの大部分が代謝変換を受けず排泄されること、従って、未変化のまま各組織に分布することが示された。

以上の結果から、経口投与されたNIVの一部は消化管より吸収され、全組織に速やかに分布してから、未変化のまま体外に排泄されることが明らかとなった。また、妊娠および哺乳マウスに3H-NIVを経口投与し、母体から胎児および乳児への移行もあわせ検討した結果、胎盤を経由してNIVが胎児に移行することおよび母乳を介してNIVが乳児に移行することがそれぞれ示唆された。

上述した本研究の結果、マウスにおけるNIVの毒性学的特徴、特にNIVによるリンパ系組織におけるアポトーシスの発現機構およびリンパ球サブセットの変動ならびにNIVの体内動態(吸収、分布、代謝および排泄)が初めて明らかにされた。本研究の成果は家畜や人におけるNIV中毒の毒性学的性状を理解し、また、他種のマイコトキシンの生体内動態およびアポトーシス誘発機構を研究する上でも非常に有用である。

審査要旨 要旨を表示する

ニバレノール (nivalenol, NIV)はフサリウム属真菌によって産生されるトリコテセンマイコトキシン (TMT) である。世界各地でNIVによる穀物の汚染が報告され、大きな問題となっている。TMTはリンパ造血系組織などの細胞分裂活性の高い組織を傷害することが知られているが、NIVによるリンパ系組織傷害の性状およびNIVの生体内動態は不明な点が多い。本研究ではこれらの点を明らかにする目的で、マウスを用いた実験的検索を実施した。得られた結果は下記の通りである。

リンパ系組織におけるNIV誘発アポトーシスとアポトーシス関連遺伝子の発現

5週齢のICR:CD1雄マウスにNIVを経口投与し、経時的にリンパ系組織のアポトーシスの推移を検索した。ついで、NIV投与マウスの胸腺でのアポトーシスとアポトーシス関連遺伝子のmRNAの発現を経時的に検索した。

その結果、リンパ系組織におけるアポトーシス細胞は胸腺およびパイエル板で脾臓よりも早期に発現し、用量依存性に増加、その程度は胸腺およびパイエル板で脾臓よりも高度であった。これらの所見はリンパ組織間でNIV感受性のリンパ球ポピュレーションが異なることを示している。アポトーシスリンパ球は核濃縮あるいは核崩壊を呈し、これらの核はTUNEL法で強陽性であった。一方、こうしたアポトーシスの発現に先立ち、c-fos およびc-jun mRNA発現が増加し始め、1HAIでピークに達した。Fas、p53、bcl-2およびc-myc mRNAの発現量に変化は見られなかった。

上記の結果から、NIVがリンパ系組織にアポトーシスを誘発すること、およびc-fosとc-junがNIV誘発リンパ球アポトーシスに重要な役割を果たしていることが明らかとなった。

リンパ系組織および胸腺細胞初代培養系におけるNIV誘発アポトーシスとリンパ球サブセットの変動

5週齢BALB/c雌マウスにNIVを経口投与し、胸腺、パイエル板、腸間膜リンパ節および脾臓についてFACScanを用いてアポトーシス細胞およびリンパ球サブセットの変動を解析した。ついで、BALB/c雄マウスの胸腺から胸腺細胞を分離して作出した初代培養系にNIVを添加し、リンパ球アポトーシスおよびリンパ球サブセットの変動を検索した。

その結果、NIVはパイエル板を最初に傷害し、また、胸腺を最も強く障害した。胸腺では、CD4+CD8+細胞の選択的な傷害が観察された。CD4+細胞はパイエル板、腸間膜リンパ節、脾臓で、それぞれ明瞭に減少した。CD8+細胞は腸間膜リンパ節と脾臓で、それぞれ有意に減少した。B細胞サブセットは、腸間膜リンパ節では、全てのB細胞サブセットが有意に減少し、脾臓ではIgM+細胞が有意に減少した。パイエル板ではpan-Tおよびpan-B細胞が有為に減少したのに続き、全てのB細胞サブセット、特にIgA+細胞が有意に増加した。胸腺細胞初代培養系を用いた実験では、アポトーシス細胞数はNIV添加群で用量および時間依存性に増加した。CD4+CD8+細胞数は時間依存性に明瞭に減少したが、CD4+CD8-およびCD4-CD8+細胞数は明瞭な低下を示さなかった。

以上のことから、NIVは胸腺細胞、とくにCD4+CD8+細胞を直接傷害し、アポトーシスを惹起することが明かとなった。

NIVの生体内動態

4週齢ICR:CD-1雌マウスに3H−NIV経口投与した後、代謝ケージを用いて糞便と尿を分離採取し、その放射能を測定した。さらに3H-NIV投与後、経時的に胆汁および各臓器を採取し、含有放射能を測定した。

その結果、投与した放射能の大部分は投与後24HAI以内に主に糞便中に排泄され、約1/4が尿中に排泄された。血漿中放射能レベルは投与後直ちに上昇し、1HAIに最高値を示してから、10HAIまで急激に減少した。3H-NIVの分布半減期および生物学的半減期はそれぞれ2.53時間および12.34時間であること、また、60HAI以内に97%の3H-NIVが排泄されることが示された。各組織中の放射能レベルは消化管を除き、血漿レベルの変化にほぼ一致した。胆汁中放射能レベルは尿中のそれよりも顕著に低かった。HPLC分析の結果、NIVの大部分が代謝変換されずに排泄されることが示された。また、妊娠および哺乳母マウスに3H-NIVを経口投与したところ、胎盤および母乳を介して乳児に移行することが示された。

以上の結果から、経口投与されたNIVはほとんどが糞に排泄されるが、ごく一部が消化管より吸収され全組織に速やかに分布してから未変化のまま排泄されることが明らかとなった。

本研究の結果、マウスにおけるNIVの毒性学的特徴が明らかにされた。本研究の成果は家畜や人におけるNIV中毒の毒性学的性状を理解する上で非常に有用である。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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