学位論文要旨



No 118619
著者(漢字) 今村,由香
著者(英字)
著者(カナ) イマムラ,ユカ
標題(和) がん専門診療施設退院後早期の終末期がん患者のQOLと在宅療養継続意思および介護者の在宅介護継続意思の検討
標題(洋)
報告番号 118619
報告番号 甲18619
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2211号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 村嶋,幸代
 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 助教授 中川,恵一
 東京大学 助教授 上別府,圭子
内容要旨 要旨を表示する

緒言

わが国のがん終末期ケアは、全人的苦痛の緩和を目的とする緩和ケアとして発展してきた。近年、診療報酬の改定により、緩和ケアの提供は施設ケアだけでなく在宅においても拡充が図られている。在宅療養を継続するために在宅療養導入期の支援の必要性が指摘され、この時期の患者のQOL、在宅療養継続意思、介護者の状況を同時に検討することが有用であると考えられている。本研究では、より良い終末期がん在宅緩和ケアの実践に資するため、がん専門診療施設退院後で在宅療養早期にある終末期がん患者とその介護者を対象に、患者のQOLへの関連要因、患者の在宅療養継続意思、介護者の在宅介護継続意思の実態と、各々に関連する要因を探索することを目的とした。本研究で用いる「終末期がん患者」とは「治癒を目的とした治療に反応しなくなった者」とし、「緩和的な化学療法や放射線療法」を行っている者も含めた。

方法

対象は、全国がん(成人病)センター連絡協議会加盟病院のうち調査協力の得られた13施設において、平成13年9月〜平成14年2月に退院した在宅療養終末期がん患者およびその主介護者とした。各施設の倫理委員会で承認を得た後、自記式質問紙を用いた郵送法と診療記録閲覧を実施した。

調査項目は 1)患者のQOLには日本語版FACT-Gを用いた。各下位尺度は身体的(7項目)、社会(家族)的(8項目)、精神的(5項目)、機能的健康感(7項目)の4つで構成されている。2)患者の在宅療養継続意思および介護者の在宅介護継続意思の有無を尋ねた。3)想定した関連要因は、先行研究に基づき、患者側および介護者側の2つに分類した。患者側の要因には患者背景として、患者特性(年齢、性等)、医学的情報(原発部位、Performance Status; 以下PS、医療処置数等)、在宅療養希望を、患者退院関連情報として退院前後における期待していた療養生活との一致感、退院準備充足度等を想定した。介護者側の要因には介護者の状況として、介護者特性(年齢、性等)、介護者の在宅療養希望、退院準備充足度等、現在の介護状況として介護者の主観的健康感、生活満足感等を想定した。

解析は各調査項目の記述統計を行った。患者のQOLの関連要因を明らかにするため、予備的変数選択後、変数減少法による3段階の階層的重回帰分析を実施し、標準偏回帰係数(以下、sb)を算出した。その際、説明変数群として患者背景のみの変数をモデル1、モデル1に患者退院関連情報を追加したものをモデル2、モデル2に介護者の状況を追加したものをモデル3と設定した。各ドメインへの関連要因の探索とモデルの適合を各段階での寄与率で検討した。患者の在宅療養継続意思および介護者の在宅介護継続意思との関連要因の探索には、QOLの関連要因探索で用いた変数群に患者のQOLである4ドメインを追加したモデル4までを設定し、変数減少法による4段階の階層的ロジスティック回帰分析を実施し、オッズ比(OR)、95%信頼区間(CI)を算出した。関連要因の探索とモデルの適合を各段階での寄与率で検討した。

結果

対象者314組に調査票を配布し、患者163名(52%)、介護者141名(45%)から回答を得た。解析対象患者と介護者は92組であった。

患者背景:男性が53%、年齢は62.2±10.9歳であった。原発部位は様々で遠隔転移は61%、病期III期以上が87%であった。30%の患者が退院時の医療処置を退院後も継続していた。入院中から在宅療養を希望していた患者は63%であった。

患者退院関連情報:介護者との関係は76%が非常によいと回答した。退院前後において期待していた療養生活との一致感は64%、退院準備充足度は25.7±6.8(範囲0〜32)点であった。

介護者の状況:主介護者は全て家族であった。女性が63%、年齢は56.3±12.7歳、入院中から患者の在宅療養を希望していた介護者は60%であった。介護者が退院前後に期待していた療養生活との一致感は74%、介護者の退院準備充足度は26.2±6.3(範囲0〜32)点であった。また、介護状況では「健康である」「介護から解放される時間がある」という各質問に50%以上が「あてはまる」と回答していた。

患者のQOLとの関連要因:患者73名を解析対象とした。各ドメインの平均得点は、身体的、社会的、精神的、機能的健康感で各々17.5±6.7点、23.9±6.0点、12.5±4.5点、12.6±4.7点であった。階層的重回帰分析の最終段階の結果から有意確率5%未満で関連が示された変数は、身体的健康感ではPSが低く(sb=-0.24)、医療処置数が少なく(sb=-0.27)、介護者との関係がよく(sb=0.27)、患者の退院準備充足度が高く(sb=0.24)、介護者の期待していた療養生活との一致感が高く(sb=0.19)、介護者が、療養状況の変化で受けられるサポートの準備や情報をもっている(sb=0.20)、であった。社会的健康感では同居しており(sb=0.34)、介護者との関係がよく(sb=0.38)、介護者の生活満足感が低い(sb=-0.25)、であった。精神的健康感では遠隔転移がなく(sb=-0.21)、医療処置数が少なく(sb=-0.21)、介護者との関係がよく(sb=0.21)、患者の期待していた療養生活との一致感が高く(sb=0.20)、患者の退院準備充足度が高い(sb=0.23)、であった。機能的健康感では遠隔転移がなく(sb=-0.21)、医療処置数が少なく(sb=-0.21)、介護者との関係がよく(sb=0.23)、患者の期待していた療養生活との一致感が高く(sb=0.22)、介護者の生活満足感が高い(sb=0.23)、であった。QOLの各ドメインにおける各モデルの寄与率はモデル1からモデル3で上昇した。

患者の在宅療養継続意思とその関連要因:患者73名を解析対象とした。在宅療養継続意思があった患者は88%であった。階層的ロジスティック回帰分析の最終段階の結果から有意確率5%未満で関連が示された変数は、医療処置数が少なく(OR,95%CI: 0.20, 0.05-0.72)、患者の期待していた療養生活との一致感が高く(OR,95%CI: 2.77, 1.08-8.62)、機能的健康感が高く(OR, 95%CI: 1.45, 1.08-2.17)、介護者の生活満足感が高い(OR, 95%CI: 2.37, 1.15-5.77)、であった。モデルの寄与率はモデル1の17%からモデル4の50%まで上昇した。

介護者の在宅介護継続意思とその関連要因:介護者73名を解析対象とした。在宅介護継続意思のあった介護者は81%であった。階層的ロジスティック回帰分析の最終結果では、患者の期待していた療養生活との一致感が高く(OR, 95%CI: 4.09, 1.02-22.57)、患者の社会的健康感が低く(OR, 95%CI: 0.61, 0.39-0.82)、介護者の期待していた療養生活との一致感が高く(OR,95%CI: 3.19, 1.15-11.08)、介護者が健康であると感じている(OR, 95%CI: 4.53, 2.06-14.06)ほど、在宅介護継続意思をもつ傾向が示された。モデルの寄与率はモデル4で57%まで上昇した。

考察

本研究で、がん専門診療施設を退院後在宅療養早期の終末期がん患者のQOLに「医療処置数」「退院準備充足度」「患者の期待していた療養生活との一致感」「介護者との関係」「介護者の生活満足感」との関連が示されたことから、在宅療養早期にある患者のQOL維持に、医療処置による負担感の軽減や退院後の療養生活についての話し合い、緊急時の連絡先の説明等、退院支援の重要性が支持された。患者の在宅療養継続意思に「医療処置数」「患者の期待していた療養生活との一致感」「患者の機能的健康感」「介護者の生活満足感」との関連が示されたことからは、医療面の支援とともに、退院後居宅での生活が楽しめる等、具体的な生活面への援助、すなわち機能的な健康感を支えるための外来相談支援の整備が必要と考えられる。患者の在宅療養継続意思とQOLの双方に「介護者の生活満足感」の関連が示され、患者に加え、介護者の現在の生活に対する思いを経時的にアセスメントすることが重要と考えられる。

介護者の在宅介護継続意思には、患者と介護者の「期待していた療養生活との一致感」「患者の社会的健康感」「介護者の主観的健康感」との関連が示された。退院時から患者、介護者とともに在宅移行期にかけての状況を充分話し合い、期待していた療養生活との一致感を高められるよう退院支援の働きかけが必要である。

また、介護者の主観的健康感が低いと介護負担感が増し、介護意欲の低下を招きやすく在宅介護継続が困難な状況に陥ると推察されるため、介護負担感や身体面への影響を配慮し、介護者への相談支援システムの構築を検討していく必要があると考える。

全体として患者のQOL、在宅療養継続意思、介護者の在宅介護継続意思、各最終段階のモデルに「介護者の状況」の要因を追加することで寄与率の上昇が認められたことから、終末期がん患者の在宅療養早期の支援に介護者の状況を把握することは必要不可欠であることが示唆された。今後は入院期間中、在宅療養早期から安定期、臨終期までの経過を経時的に把握するとともに、訪問診療・看護、介護、外来受診の頻度といった医療・福祉の面からも利用可能な資源を収集し、介護者の状況も同時に把握するケアシステムの整備拡充が求められていると考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、がん専門診療施設を退院した在宅療養早期の終末期がん患者のQOL、患者の在宅療養継続意思および介護者の在宅介護継続意思の実態とそれらの関連要因を明らかにしたものである。終末期がん患者とその全介護者92組を対象者とし、自記式質問紙による郵送法と診療記録の閲覧により得られたデータを統計学的に分析し、以下の結果を得ている。

患者のQOLとその関連要因について

QOL(FACT-G)の全ドメイン、すなわち、「身体的健康感」「社会的健康感」「精神的健康感」「機能的健康感」に対する階層的重回帰分析を行った。

その結果、患者の「介護者との関係」が関連要因として示された。患者が「介護者との関係」を良好であると感じているほどQOL各ドメインにおける健康感が高くなっていた。特に、社会的健康感の高さとその良好さとの関連が強く示された。

また、「医療処置数」は患者のQOL、3つのドメインとの関連が示された。身体面、精神面、機能面に医療処置による負担感が影響する可能性が高いことが示唆された。

さらに患者のQOLに患者の期待していた療養生活との一致感、退院準備充足度といった「患者退院関連情報」との関連が示された。

患者の在宅療養継続意思とその関連要因について

階層的ロジスティック回帰分析の結果、在宅療養継続意思には「医療処置数の少なさ」「患者の期待していた療養生活との一致感の高さ」「機能的健康感の高さ」「介護者の生活満足感の高さ」が関連を示していた。

介護者の在宅介護継続意思とその関連要因について

階層的ロジスティック回帰分析の結果、在宅介護継続意思には「患者の期待していた療養生活との一致感の高さ」「社会的健康感の低さ」「介護者の期待していた療養生活との一致感の高さ」「介護者が健康であると感じていること」が関連を示していた。

上記2、3の関連要因のうち、患者の「期待していた療養生活との一致感」が患者および介護者の在宅での継続意思に共通して関連していた。このことから、期待していた療養生活と実際の療養生活のずれがおこらならいような退院支援が重要であると考えられる。

終末期がん患者のQOLおよび在宅療養継続意思、介護者の在宅介護継続意思への関連要因を検討した解析モデルより、これらには患者の要因だけではなく「介護者の状況」による要因の影響が示唆された。

以上、本論文では、がん専門診療施設を退院した在宅療養早期の終末期がん患者のQOLおよび在宅療養継続意思、介護者の在宅介護継続意思の実態把握とその関連要因の探索を行ったものである。患者が在宅療養を継続していくためには、患者だけではなく介護者も含めた、入院中からの退院時の支援、在宅療養中に生じる問題に対応できるよう外来相談支援体制の整備拡充の必要性が示唆された。

本研究は、在宅療養中の終末期がん患者に関する情報が不十分な現状を踏まえて行った研究である。在宅療養を継続していく上で重要と考えられる在宅療養早期に焦点をあて、実態を把握した点、および患者だけでなくその介護者からも合わせて情報収集・分析した点で独創性が高い。終末期がん患者が在宅療養を継続していくための具体的支援内容を示唆したという意味から臨床的有用性が高く、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク