学位論文要旨



No 118627
著者(漢字)
著者(英字) GEL,MURAT
著者(カナ) ゲル,ムラト
標題(和) 生物物理マニピュレーションのための力測定プローブ
標題(洋) Force Sensing Piezoresistive Probes for Biophysical Manipulation
報告番号 118627
報告番号 甲18627
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第2号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 土肥,健純
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 助教授 松本,潔
内容要旨 要旨を表示する

自然界の分子モーターを理解することで,ナノスケールのデバイスの実現により近づくことができる.現在,それらの物質の操作は主に光ピンセットやマイクロガラス管,またはAFMカンチレバーによって行われている.これらは,高い力感度を得るためには有効なツールとなるが,ナノスケールでのリアルタイムの現象を理解するためには時間分解能が十分ではない.光ピンセットとマイクロガラス管では,ビデオ映像を使って変位を測定しているので,ビデオシステムの性能によってサンプリングレートが制限されてしまう.AFMカンチレバーは先端の光変位を用いているが,カンチレバーの共振周波数の制限があるため,計測の際に狭い帯域幅しか得られない.

広い帯域幅を得るためにはカンチレバーの共振周波数を高める必要があり,そのためにはカンチレバーの幅と長さをできるだけ小さくしなくてはならない.しかし,そのように作ると,カンチレバーの先端の裏側から反射する光の強度が著しく減少してしまう.非常に複雑で高価な光学系を組まなければ光変位法を用いて高い時間分解能を得るのは非常に難しい.高感度のピエゾ抵抗型カンチレバーを作るには,その厚さと幅をできる限り小さくする必要がある.カンチレバーの厚さがサブマイクロンの大きさにまで小さくなると,カンチレバーの表面に非常に限られたセンシング領域を作るのは難しくなる.本研究では,これらの問題を解決するための二つの新しい方法を研究した.

一つ目の方法は,高エネルギのイオンを注入することで原子レベルにおいて結晶構造を破壊し,カンチレバー断面に導電性の勾配を生成するという方法に基づいている.イオン注入によって生成されるアモルファス層の深さは注入エネルギを調整することで制御可能である.Figure 1ではこの方法の原理を示す.Figure 2はこの方法で試作されたカンチレバーである.ホウ素のドーピングとKOHのエッチングによって500nmの厚さのカンチレバーを試作した.圧電型アクチュエータを用いてカンチレバーの先端を動かすことで変位の感度を測定した.イオン注入による感度の向上を測定した.全注入量を35×1015 ion/cm2とした時,初期変位感度1×10-7 1/Åに対して最高変位感度は8.24×10-7 1/Åにまで向上した.

二つ目の方法は,プロキシミティ・ラピッド・サーマル・ディフュージョン法(RTD)を用い,カンチレバーの表面に浅い接合を生成する.RTD法のプロセスでは,ソースとターゲットウエハを近接に設置することでドーパントをソースから蒸発させ,ターゲットウエハに拡散させる.この方法によって厚さ340nmのピエゾ抵抗型カンチレバーを試作した.Figure 3が試作したカンチレバーである.実験によって,このタイプのカンチレバーを使うことで数百pNの力を容易に検出できることが分かった.Figure 4はカンチレバーが36nmのステップで押されたときのデータを示す.カンチレバーはRTD法によってドープされたSOIウエハを用いて試作した.変位感度は圧電型アクチュエータでカンチレバーの先端を動かすことで計測した.その結果,変位感度は1.7×10-7 1/Åであることが分かった.計算によると弾性係数は16pN/nmである.力感度を向上させるために,酸化とHFエッチングによってより薄いカンチレバーを試作し,その共振特性を測定した.厚さが65〜80nmで共振周波数が4.6kHzのものと,厚さが175〜230nmで共振周波数が11kHzのものをそれぞれ試作した.これらのカンチレバーの弾性係数は0.1〜1pN/nmであり,分子間マニピュレーションに要求される範囲を満たしている.

さらに,バイオアッセイでのカンチレバーチップの応用についても研究した.バイオアッセイのカバーガラスの間に固定できるようにカンチレバーチップを設計した.カンチレバーを垂直な位置に固定することで,倒立顕微鏡で分子の現象を観察しながら同時に力の計測ができるという利点を持つ.カンチレバーチップをガラス表面に近づけるために,可撓性を持つ構造を設計した.

結論として,サブマイクロンの厚さを持つピエゾ抵抗型カンチレバーの感度を向上させる二つの新しい方法を研究した.結果から,超薄型の高感度カンチレバーを試作するのに有効であることが示された.また,この研究で述べた方法を使うことで分子マニピュレーションに必要とされる範囲の弾性定数値を備えたカンチレバーを試作できることが示された.

アルゴン注入によって感度を向上させる方法の原理図

注入後の試作されたカンチレバー

ラピッド・サーマル・ディフュージョン法によってドープされたカンチレバー

(上)36nmステップで動く圧電型アクチュエータの動作(下)圧電型アクチュエータでカンチレバーの先端が押されたときの出力信号

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「Force Sensing Piezoresistive Probes for Biophysical Manipulation(生物物理マニピュレーションための力測定プローブ)」と題し,7章からなっている.

カンチレバーの機械的な変形を利用して微小力を検出する方法は、レーザートラップを利用する方法とともに、生物学的な微小力の検出の有効な方法である。カンチレバーを小さく作れば、ばね定数が小さくなるので、力学的な感度があがるとともに、固有振動数が大きくなり、微小力を動的に計測できると考えられる。本論文は、たんぱく質など生物学的な材料に働く微小な力を計測できる感度をもつカンチレバーに関するものであり、理論、設計、試作、評価を行っている。サブミクロンの厚さをもつカンチレバーをSOI(Silicon On Insulator)基板を利用してパターニングし、ごく表面にイオンをドープしてピエゾ抵抗を形成し、微小力がカンチレバーに作用することで生じるカンチレバー表面の歪を抵抗変化として測定することによって、力を計測している。

具体的な本論文の記述内容は以下である。

第1章は序論であり,研究の目的と意義,背景,従来の研究が述べられている.

第2章では、微小力を測定するカンチレバーの理論が述べられている。ピエゾ抵抗を使って力を計測するときの力の検出限界、ノイズと感度との関係と、具体的な例に対して計算結果が示されている。

第3章では、設計と製作方法が述べられている。カンチレバーを設計するときの主要なパラメータについて言及し、これらのパラメータの具体的な値が示されている。また、製作プロセスを、マスクやプロセスの条件なども示しながら、詳細に述べている。

第4章には、結果が示されている。試作したカンチレバーのSEM写真とともに、ピエゾ抵抗部分のドープ量のプロファイル、シート抵抗、カンチレバーの感度、共振周波数、カンチレバーのばね定数の計測結果が記述されている。さらに、これらの計測結果を得るための計測方法についても、詳細に述べている。

第5章にはアルゴンを注入することによってカンチレバーの感度を向上させる方法が述べられている。カンチレバーの表面から不純物をドープしたあと、裏面からアルゴンを注入してピエゾ抵抗の形成される部分を表面からごく浅いところだけに限定する方法であり、これによって、カンチレバーの感度が向上することが述べられている。

第6章ではラピッド・サーマル・ディフュージョン法が述べられている。カンチレバーを薄くし、さらに、そのごく表面にピエゾ抵抗を形成することで、カンチレバーの感度が増すが、不純物を短時間にドープすることで、ピエゾ抵抗を表面から薄い範囲に限定的に形成することができる。この方法の製作プロセスと得られる特性について、詳しく述べている。

第7章は結論である。

以上のように,本論文は生物学的な分子等に働く微小力を検出できる感度をもつカンチレバーの理論、設計、試作、評価に関するものであり、試作したカンチレバーの評価により,有効性を実証したものである.論文中に示されたデータやプロセスの詳細は、生物学的な力の計測のみならず、情報記憶デバイスに用いられようとしているカンチレバーの設計、製作にも貢献するものである。

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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