学位論文要旨



No 118628
著者(漢字) 池上,文緒
著者(英字)
著者(カナ) イケガミ,アヤオ
標題(和) リボゾーム蛋白質L36遺伝子欠失による蛋白質の分泌阻害
標題(洋)
報告番号 118628
報告番号 甲18628
学位授与日 2003.10.06
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2655号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 助教授 横田,明
 東京大学 助教授 田中,寛
 立教大学 教授 松山,伸一
内容要旨 要旨を表示する

大腸菌において、蛋白質膜透過に関与する因子は現在までに、膜内在性のSecY、SecE、SceG、SecD、SecF、膜表在性の ATPase である SecA、細胞質の分子シャペロンSecBが知られている。N末端にシグナルペプチドをもつ前駆体として翻訳された分泌型蛋白質は、SecBと結合し高次構造形成を阻害された状態で膜上に存在するSecAに受け渡される。SecAはATPが結合することによって構造変化を起こし、SecAのC末端の領域がSecY/E/Gによって形成された膜透過チャネルに挿入され、加水分解によって膜から脱離する。この挿入、脱離の繰り返しからなるSecAサイクルによって分泌型蛋白質は段階的に膜を通過する。このような翻訳後膜透過のほかに、大腸菌にも真核細胞の小胞体での膜透過に見られるような、翻訳に共役した膜透過機構があることも知られている。大腸菌において、翻訳と共役した膜透過の基質は内膜蛋白質であり、疎水性の高い膜貫通領域を親水的環境に露出しないために翻訳と膜透過が共役していると考えられる。膜貫通領域が翻訳されてリボソーム外に露出した時、Ffh(シグナル認識粒子)が膜貫通領域に結合する。その後、FtsY(Ffh受容体)により膜にターゲッティングされFfhが解離し、翻訳と共役して膜挿入がおこる。このとき、膜透過チャネルは分泌型蛋白質と同様にSecY/E/Gである。

内膜蛋白質の膜挿入では、蛋白質合成と膜透過反応が非常に密接に関連している。このことはsecY、secE、secG遺伝子がそれぞれリボソーム蛋白質、RNA転写に関与する因子、tRNAをコードする遺伝子とオペロンを形成していることとも関連があるのかもしれない。

secY遺伝子は、11のリボソーム蛋白質をコードしているspcオペロンの最後から2番目に位置しており、その下流には50Sリボソームサブユニットの蛋白質L36をコードするrpmJ遺伝子が存在している。大腸菌L36は38アミノ酸よりなる塩基性蛋白質であり、このホモログはグラム陰性細菌やグラム陽性細菌はもとより、ミトコンドリアや葉緑体にも存在している。しかし、L36の機能に関する知見はほとんど得られていない。

本研究ではsecYとオペロンを形成しているrpmJの遺伝子産物L36に興味をもち、その機能を明らかにするために、大腸菌のrpmJ欠失変異株を構築し、細胞機能に及ぼす影響を解析した。

rpmJ欠失変異株の作製

rpmJ欠失変異株は、野生型大腸菌MC4100の染色体上のrpmJ遺伝子をトランスポゾンTn10由来のtetA遺伝子と置換することによって構築した。取得した変異株AY101ではsecYの下流にtetAが逆向きに位置している。その理由は、tetAのρ因子非依存性の転写終結信号がその構造からsecYを含むspcオペロンの転写も終結させ、そのmRNAの3'末端にヘアピン-ループ構造を付与することによって安定化に寄与すると考えたからである(図1)。また、rpmJが蛋白質の膜透過に関与している場合には内膜蛋白質をコードするtetAでは不都合が生じる可能性がある。そこで、tetAの転写終結信号はそのまま残して、tetA遺伝子のコード領域を細胞質蛋白質をコードするcat遺伝子のコード領域と置換した株AY201も構築した(図1)。AY101とAY201の染色体の構造はPCRで確認した。

rpmJ欠失変異株の生育と形態変化

AY101とAY201は30℃以下の条件で構築したので、高温下での生育を調べた。AY101は37℃以上では生育できず、長時間の培養によって溶菌し、死に至った。一方、AY201は42℃でも正常に生育した。

高温下でも生育できるAY201では形態異常は見られなかった。しかし、37℃、42℃で生育させた AY101 では菌体がフィラメント状に伸びていたことから、高温下では細胞分裂が阻害されたと考えられる。AY101とAY201はどちらもrpmJ遺伝子が欠失しているにもかかわらず、用いた薬剤耐性マーカーの違いだけで表現型が著しく異なった結果が得られたのは、AY101の生育阻害と形態異常が単にrpmJ遺伝子の欠失による影響だけではないことを示している。

rpmJ欠失変異株におけるリボソーム蛋白質組成と蛋白質合成

大腸菌のL36は、50Sリボソームサブユニットに局在しており、細胞質に遊離した状態では存在していない。そこで、L36欠失の影響はまず、リボソームに現れると考えて、L36を欠いているAY101、AY201においてリボソーム蛋白質の組成に変化があるかどうかを調べた。しかし、野生型と比較してrpmJ欠失変異株のL36以外のリボソーム蛋白質の組成に変化は見られなかった。また、rpmJ欠失変異株の蛋白質合成能を単位時間あたりの[35S]Metの蛋白質への取り込み活性として調べた。蛋白質合成能は生育速度と強い相関が見られた。この結果は、L36がリボソームにおける蛋白質合成に必須ではないことを示唆している。

rpmJ欠失変異株における蛋白質組成の変化

次にrpmJ欠失変異によって合成される蛋白質種に変化が見られるかどうかを調べるために、37℃で3時間培養したAY101とAY201の細胞を、細胞質、内膜、外膜およびペリプラズム画分に分画してそれぞれの画分における蛋白質組成を調べた。野生株MC4100と比べてAY101、AY201ともに細胞質と外膜蛋白質の組成にはあまり変化は見られなかったが、AY101を溶菌がはじまるまで37℃で長時間培養するとLpp量は減少していた。しかし、培養時間にかかわらず、rpmJ欠失変異株のペリプラズム画分には顕著に減少している蛋白質が多数観察された。N末端アミノ酸配列解析から、これらの蛋白質は糖、アミノ酸などの輸送系における基質結合蛋白質であることがわかった。さらに、AY101の内膜画分にはAY201やMC4100と比べ強く発現する25kDaの蛋白質が見られた。N末端アミノ酸配列の解析から、この蛋白質はバクテリオファージの感染により発現が誘導されることが知られているファージショック蛋白質PspAであることが明らかとなった。PspAは蛋白質の膜透過が阻害されたり、プロトン駆動力が減少したりしても発現が誘導されることから、AY101ではrpmJ欠失変異によってある種のストレスが生じていることが示唆された。

rpmJ欠失変異株におけるSecY量の減少とSecA量の増加

rpmJ欠失変異によるストレスは分泌型蛋白質に影響を及ぼしていたので、内膜で生じている可能性が考えられた。そこで、AY101、AY201における、膜透過因子 (SecY/E/G/D/F/A) の量を野生型と比較した。AY201では野生型と比べ、SecY/E量がおよそ半分に減少していたが、他の膜内在性膜透過因子の量は変わらなかった。AY101では、SecYが野生型の20%しか存在しておらず、SecE/F/G の量もおよそ半分に減少していた。さらに、SecA量はAY101、AY201においてそれぞれ野生型のおよそ2.5倍、3倍に増加していた。これらの結果から、rpmJ欠失変異株では、内在性膜透過因子の減少による膜透過阻害が生じている可能性が考えられた。

rpmJ欠変異株における分泌型蛋白質前駆体の蓄積

実際にAY101とAY201で蛋白質の膜透過が阻害されているのかを確かめるために、外膜蛋白質OmpAとペリプラズム蛋白質MalEの前駆体が蓄積しているのかどうかをイムノブロット解析で調べた。AY101とAY201はともに培養温度にかかわらず、OmpAとMalEの前駆体が蓄積していた。以上の結果は、L36の欠失が膜内在性Sec因子の減少を引き起こしたことによって分泌型蛋白質前駆体が蓄積したことを示唆している。

rpmJ欠失変異はsecYによって相補される

rpmJ欠失変異株において見られた生育の温度感受性、分泌型蛋白質前駆体の蓄積、ペリプラズム蛋白質の減少、およびPspAの発現誘導などの表現型が、L36の欠失による内在性Sec因子、とりわけSecYの減少に帰因していることを確かめるために、相補試験を行った。AY101にrpmJ遺伝子を発現するプラスミドを導入したが、rpmJ欠失変異の表現型は相補されなかった。そこでsecY-rpmJを発現するプラスミドを導入したところ、すべての表現型が相補された。同じ結果はsecYのみを発現するプラスミドを導入した場合にも得られた。これらの結果より、rpmJ欠失変異によって引き起こされた表現型の直接の原因は、L36の消失によるものではなく、SecY量の減少によるものであることが強く示唆された。

rpmJ矢変異株におけるsecY mRNAの定量

なぜL36の欠失によってSecY量が減少するのかを調べるために、rpmJ欠失株のsecY mRNA量を Reverse Transcription-PCR を用いて解析した。AY101、AY201および野生型におけるsecY mRNA量には差が見られなかった。この結果から、L36の欠失によってSecY量が減少する原因は翻訳か内膜への組み込みの段階にあることが示唆された。

まとめ

rpmJ遺伝子の欠失によって分泌型蛋白質前駆体が蓄積したのは、SecY量の減少が原因であることを示す結果を得た。この結果はL36がSecYの生合成に関与していることを示唆しており、いまだ明らかにされていない蛋白質膜透過装置を構成する膜内在性因子の生合成機構の解明に道を開いたと考える。

構築したrpmJ欠失変異株の遺伝子構造 AY101、AY201の遺伝子構造を示す。Ωはρ因子非依存性の転写終結信号を表す。AY101、AY201におけるsecY遺伝子の下流に位置する転写終結信号はtetA由来である。矢印は転写の方向を示す。

審査要旨 要旨を表示する

大腸菌の蛋白質膜透過装置は、SecY、SecE、SceGからなる膜内在性因子複合体に、膜表在性のATPaseであるSecAが加わってコア部分が形成される。この膜透過装置は、ペリプラズムや外膜に存在するいわゆる分泌蛋白質の内膜透過だけでなく、内膜蛋白質の挿入の場でもある。分泌蛋白質は翻訳後に膜透過されるが、膜蛋白質の挿入は翻訳と共役して起きる。装置を構成する因子の遺伝子が、蛋白質合成に関与する遺伝子とオペロンを形成していることは、蛋白質の合成と膜透過や膜挿入が密接に関連する必要があるためではないかとされてきた。secY遺伝子は、11種のリボソーム蛋白質をコードするspcオペロン内に位置し、下流には50Sリボソームサブユニットの蛋白質L36の遺伝子rpmJが存在している。大腸菌L36は38アミノ酸よりなる塩基性蛋白質であり、このホモログは細菌はもとより、ミトコンドリアや葉緑体にも存在する。しかし、L36の機能に関する知見はほとんど得られていない。本論文は、rpmJ遺伝子の欠失が細胞機能に及ぼす影響を解析したものである。

大腸菌MC4100染色体上のrpmJ遺伝子をTn10由来のtetA遺伝子と置換することによってrpmJ欠失変異株AY101を構築した。tetA遺伝子産物は内膜蛋白質であるため、膜挿入に二次的影響を与える可能性を考え、tetA遺伝子を細胞質蛋白質の遺伝子であるcatと置換したAY201株も構築した。

AY101は37℃以上では生育できず、長時間の培養によって溶菌した。一方、AY201は42℃でも正常に生育した。薬剤耐性マーカーの違いだけで変異株の表現型が異なったのは、AY101の生育阻害が単にrpmJ遺伝子の欠失による影響だけではないことを示している。変異株のリボソーム蛋白質組成は、L36以外に変化は見られなかった。また、変異株の蛋白質合成能は生育速度と強い相関が見られた。これらの結果は、L36がリボソームにおける蛋白質合成に必須ではないことを示唆している。

37℃で3時間培養した細胞を分画し、蛋白質組成を調べた。細胞質と外膜蛋白質の組成には変異による変化は見られなかった。AY101を溶菌がはじまるまで培養すると、外膜主要リポ蛋白質Lpp量が減少した。培養時間にかかわらず、rpmJ欠失変異株のペリプラズム画分では、糖やアミノ酸などの輸送に関与する基質結合蛋白質が顕著に減少していた。さらに、AY101の内膜画分には、ファージ感染により誘導されるファージショック蛋白質PspAが発現していた。PspAは蛋白質の膜透過阻害や、プロトン駆動力の減少によっても発現が誘導されることから、AY101では内膜の機能にストレスが生じていることが示唆された。

AY201における、膜透過因子 (SecA/D/E/F/G/Y) の量は、野生型と比べSecY量がおよそ半分に減少していたが、他の因子の量は変わらなかった。AY101では、SecYが野生型の20%に、またSecE/F/Gの量もおよそ半分に減少していた。さらに、膜透過阻害によって上昇するSecA量はAY101、AY201においてそれぞれ野生型のおよそ2.5倍、3倍に増加していた。さらに、両変異株では培養温度にかかわらず、OmpAとMalEの前駆体が蓄積していた。以上の結果は、L36の欠失によって膜内在性Sec因子が減少し、分泌型蛋白質の膜透過が阻害されたことを示唆している。

rpmJ欠失変変異は、rpmJ遺伝子によっては相補されなかったが、secYによって相補された。これらの結果より、rpmJ欠失変異による表現型の直接の原因は、SecY量の減少によるものであることが強く示唆された。Reverse transcription-PCRを用いて解析したsecYのmRNA量には差がないことから、内膜中のSecY量が減少する原因は、SecYの翻訳から内膜への組み込みの段階にL36が関与するためであることが示唆された。

以上、本論文はリボソーム蛋白質L36遺伝子破壊が蛋白質膜透過に及ぼす影響を明らかにしたものであり、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク