学位論文要旨



No 118630
著者(漢字) 金森,紀仁
著者(英字)
著者(カナ) カナモリ,ノリヒト
標題(和) セスバニアの茎・根粒形成解明のためのモデル実験系の確立および茎・根粒形成メカニズム解明に関する研究
標題(洋)
報告番号 118630
報告番号 甲18630
学位授与日 2003.10.06
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2657号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農学国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 教授 西澤,直子
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 助教授 山川,隆
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、主としてセスバニアの茎・根粒形成のメカニズムの解明をめざした。また、茎・根粒形成解明のために用いたセスバニアは実験系として世界的にほとんど使用されていない植物であることから、実験手法の確立も主要研究課題とした。

セスバニアの茎・根粒内部の形態観察-セスバニアに形成する茎粒は新しいタイプ

マメ科植物および非マメ科植物に形成する根粒は無限型根粒、有限型根粒、アクチノリザル根粒の3タイプに分類されている。今回、有限型根粒、無限型根粒、アクチノリザル根粒、セスバニア茎粒の形態の相違を従来の顕微鏡観察に加え、3次元立体再構築法を用いて、内部組織をコンピューター上で解析することで形態比較を行った。

セスバニアは他のマメ科植物とは異なり、根粒に加え、茎粒を形成する。茎粒は茎に形成する不定根に根粒菌が侵入したときに形成されるが、セスバニアの茎粒は共生根粒菌接種後、約3日で明らかな茎粒原基が観察される。セスバニア茎・根粒ともに外観は有限型根粒と同じ球形をしている。

今回の実験から、根粒の窒素固定領域は不定根由来の維管束を取り囲むようにドーナツ型の形態をしていることがわかった。この維管束を取り囲むように存在する窒素固定領域はアクチノリザル根粒と類似している。また別のサンプルを用いた場合、蹄鉄型の形態をとっていることが分かった。セスバニア茎粒に存在する窒素固定領域の形態の違いについては明らかになっていないが、おそらく根粒菌がはじめに侵入する際、不定根に形成したクラックから細胞内に入る条件によって形態が変わると推測された。

茎粒中の窒素固定領域の形態はアクチノリザル根粒と同じ不定根由来の維管束を取り囲むように発達していた。切片化した茎粒を蛍光顕微鏡により観察を行ったところ、セスバニア茎粒には窒素固定領域、不定根由来の維管束、茎粒維管束が観察され、不定根由来の維管束は窒素固定領域を貫くように伸びている。根粒の維管束は有限型根粒や無限型根粒では確認されているが、アクチノリザル根粒では確認されていない。有限型根粒に見られる木部組織の密集は確認できず、無限型根粒に見られる維管束の分岐が観察された。これらの形態の特徴をまとめると以下のようになる。

球状の形態は有限型根粒に類似

不定根由来の維管束はアクチノリザル根粒類似

分裂域を持たない点は有限型に類似

茎粒維管束が分岐している点は無限型に類似

木部やペリサイクルの密集がない点は無限型とアクチノリザル根粒に類似

以上のことからセスバニアの根・茎粒はこれまで知られている3つの分類に属さない新しいタイプの根粒と判断された。

セスバニアの根粒形成と病原菌に対する防御反応の違い

根粒形成と病原応答の相違を確かめるために病原菌応答のマーカーを作製し、発現の相違を調べた。今回、調べたPAL, GLU, CHSはいずれも病原菌 B. cinerea を接種すると発現が誘導される遺伝子として分離されたものである。植物はこれらの遺伝子を複数保持しているため、一つの遺伝子の発現を見ているとは断定できないが、病原菌応答のマーカーとして用いることは可能である。

セスバニアに共生根粒菌A. caulinodans ORS571を接種した時、PALおよびCHSは発現が誘導された。PALおよびCHSは根粒菌接種後2時間から1日にかけて発現が上昇しているが、4日、10日後には発現が再び減少した。病原菌 B. cinerea を接種した場合、GLUの発現の上昇が確認できたが、根粒菌接種の場合、GLUの発現の誘導は見られなかった。GLUに関しては定常的な発現であり、明らかに病原菌応答と異なる反応を示したことから、病原菌と根粒菌を認識する上で重要なのかもしれない。根粒共生時に発現するGLUの単離ができれば、病原菌への応答と根粒菌への応答の違いについてさらに詳細に解明することができると考えられる。

S. rostrata を用いて様々な組織からディジェネレートプライマーを用いてGLUを増幅させた時、今回全長を単離したGLUの他に4種類の部分塩基配列が得られた。今後、これらが根粒形成のマーカーとなりうるか解析が必要である。

今回作製したマーカーを用いて障害応答や A. rhizogenes に対する応答を観察した。障害を与えた根においてPAL, CHS遺伝子の発現が誘導されたのに対し、GLU遺伝子の発現は一定で誘導されなかった。一方、茎においてはPAL, CHS遺伝子は定常発現なのに対し、GLU遺伝子の発現は上昇した。

A. rhizogenes を接種するとPAL, GLU遺伝子の発現が誘導されたがCHS遺伝子の発現誘導は確認できなかった。毛状根でも同様にPAL, GLU遺伝子は A. rhizogenes を接種することで発現が誘導されているがCHS遺伝子の発現誘導は確認できなかった。

今回作製した病原応答のマーカーは根粒形成に加えて障害応答や Agrobacterium rhizogenes の感染時において病原応答と発現が異なっていた。

茎・根粒形成メカニズム解明のための実験系の確立

今後、研究を進めていくあたり、培養細胞や将来的に得られた遺伝子を操作できる形質転換系の確立は必要不可欠である。セスバニアでいまだ確立されていない培養細胞系の確立と毛状根を介した形質転換系の確立を目指した。

培養細胞はサイトカイニン(6-BA)0.5mg/l、オーキシン(2, 4-D)1.0mg/lおよび2%ショ糖を含むMS培地を用い、120rpm, 30℃の条件で得られた。今回作製した培養細胞にNodファクターを加えたところ、enod40はNodファクターを加えた条件で発現が確認できた。しかし、培養細胞の状態により、根粒菌未接種の条件でもenod40の発現か観察されたことから、根粒形成メカニズム解明のための実験系に用いる培養細胞としては問題があると判断された。

A. rhizogenes による毛状根形成を介した形質転換法は、根粒形成能をトランジェントアッセイにより確認できることから、有効な手段である。マメ科植物の根粒形成遺伝子を探る上で遺伝子の発現を制御できる毛状根を用いた実験系は今後重要になってくる。そこで、セスバニアの毛状根をA. rhizogenes 2659を感染させることによって誘導した。GUS遺伝子を組み込んだ形質転換セスバニアの作出も可能となり、今後の研究に利用することが可能となった。さらに、植物ホルモンフリーのMS培地で毛状根の液体培養系を確立した。この毛状根は再分化させることなく継代培養が可能であった。今回作製した毛状根や毛状根を介した形質転換系は今後の研究に利用することが可能である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、セスバニアの茎・根粒形成のメカニズムの解明をめざしてる。また、茎・根粒形成解明のために用いたセスバニアは実験系として世界的にほとんど使用されていない植物であることから、実験手法の確立も主要研究課題とした。論文は6章で構成される。

第1章の序論に続く第2章から第4章では、マメ科植物に形成される根粒の形態比較を行っている。マメ科植物および非マメ科植物に形成する根粒は無限型根粒、有限型根粒、アクチノリザル根粒の3タイプに分類されている。この論文では、有限型根粒、無限型根粒、アクチノリザル根粒、セスバニア茎粒の形態の相違を従来の顕微鏡観察に加え、3次元立体再構築法を用いて、内部組織をコンピューター上で解析することで形態比較を行った。セスバニアは他のマメ科植物とは異なり、根粒に加え、茎粒を形成する。茎粒は茎に形成する不定根に根粒菌が侵入したときに形成されるが、セスバニアの茎粒は共生根粒菌接種後、約3日で明らかな茎粒原基が観察される。セスバニア茎・根粒ともに外観は有限型根粒と同じ球形をしている。本論文では、セスバニアの根粒の窒素固定領域は不定根由来の維管束を取り囲むようにドーナツ型や蹄鉄型の形態をしていることを明らかとした。この維管束を取り囲むように存在する窒素固定領域はアクチノリザル根粒と類似している。切片化した茎粒を蛍光顕微鏡により観察を行ったところ、セスバニア茎粒には窒素固定領域、不定根由来の維管束、茎粒維管束が観察され、不定根由来の維管束は窒素固定領域を貫くように伸びていた。セスバニア根粒の形態の特徴をまとめると、1)球状の形態は有限型根粒に類似、2)不定根由来の維管束はアクチノリザル根粒類似、3)分裂域を持たない点は有限型に類似、4)茎粒維管束が分岐している点は無限型に類似、5)木部やペリサイクルの密集がない点は無限型とアクチノリザル根粒に類似、という特徴が認められた。以上のことからセスバニアの根・茎粒はこれまで知られている3つの分類に属さない新しいタイプの根粒と判断した。

第5章では、マメ科植物の根粒菌の感染と病原微生物に対する応答の相違を確かめるために病原菌応答のマーカーを作製し、発現の相違を調べた。この論文では、セスバニアのPAL, GLU, CHSをマーカー遺伝子として選んだ。これらはいずれも病原菌B. cinereaを接種すると発現が誘導される遺伝子として分離されたものであるが、植物はこれらの遺伝子を複数保持しているため、一つの遺伝子の発現を見ているとは断定できないが、病原菌応答のマーカーとして用いることは可能である。セスバニアに共生根粒菌A. caulinodans ORS571を接種した時、PALおよびCHSは発現が誘導された。PALおよびCHSは根粒菌接種後2時間から1日にかけて発現が上昇しているが、4日、10日後には発現が再び減少した。病原菌B. cinereaを接種した場合、GLUの発現の上昇が確認できたが、根粒菌接種の場合、GLUの発現の誘導は見られなかった。GLUに関しては定常的な発現であり、明らかに病原菌応答と異なる反応を示したことから、病原菌と根粒菌のなんらかの認識機構が存在していることが明らかとなった。今回作製したマーカーを用いて障害応答やA. rhizogenesに対する応答を観察した。障害を与えた根においてPAL, CHS遺伝子の発現が誘導されたのに対し、GLU遺伝子の発現は誘導されなかった。一方、茎においてはPAL, CHS遺伝子は定常発現なのに対し、GLU遺伝子の発現は上昇した。A. rhizogenesを接種するとPAL, GLU遺伝子の発現が誘導されたがCHS遺伝子の発現誘導は確認できなかった。毛状根でも同様にPAL, GLU遺伝子はA. rhizogenesを接種することで発現が誘導されているがCHS遺伝子の発現誘導は確認できなかった。今回作製した病原応答のマーカーは根粒形成に加えて障害応答やAgrobacterium rhizogenesの感染時において病原応答と発現が異なっていた。

第6章では、セスバニアの培養細胞系および形質転換系の確立することを試みた。培養細胞はサイトカイニン (6-BA) 0.5 mg/l、 オーキシン(2,4-D) 1.0 mg/lおよび 2 % ショ糖を含むMS培地を用い、120 rpm, 30 ℃の条件で得られた。作製した培養細胞にNodファクターを加えたところ、enod40はNodファクターを加えた条件で発現が確認された。しかし、培養細胞の状態により、根粒菌未接種の条件でもenod40の発現か観察されたことから、根粒形成メカニズム解明のための実験系に用いる培養細胞としては問題があると判断された。次に、A. rhizogenesによる毛状根形成を介した形質転換法を試みた。毛状根はA. rhizogenes 2659を感染させることによって誘導した。GUS遺伝子を組み込んだ形質転換セスバニアの作出が可能であり、今後の研究に役立つものと考えられた。さらに、植物ホルモンフリーのMS培地で毛状根の液体培養系を確立した。この毛状根は再分化させることなく継代培養が可能であった。今回作製した毛状根や毛状根を介した形質転換系は根粒形成メカニズムの研究に役立つものと期待される。

以上、本論文ではマメ科植物セスバニアの根粒形成に関する基礎的な研究を行ったものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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