学位論文要旨



No 118634
著者(漢字) 小松,真治
著者(英字)
著者(カナ) コマツ,マサハル
標題(和) ダイヤモンド電極上における電気化学反応に関する研究
標題(洋) Studies on Electrochemical Reactions on Diamond Electrode
報告番号 118634
報告番号 甲18634
学位授与日 2003.10.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5633号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 助教授 立間,徹
 東京大学 助教授 瀬川,浩司
 神奈川科学技術アカデミー 理事長 藤嶋,昭
内容要旨 要旨を表示する

緒言

ダイヤモンド膜をCVDで合成し、その際にホウ素をドープすれば、10 - 10-3 Ωcmという抵抗率の低い導電性膜が得られる。この導電性ダイヤモンドは、電気化学用の電極として用いた場合、水溶液中での広い電位窓、低いバックグランド電流、耐食性、および外圏型レドックス種に対する速い電子移動反応など、優れた特性を示す。このような特性に基づいて、導電性ダイヤモンド電極は、さまざまな化学物質の電気化学分析および電解に利用されている。本研究では、この導電性ダイヤモンド電極がアルコール酸化に対して不活性であるという更なる性質を利用して、酒類などのようにアルコールを多く含む水溶液中の化学物質の検出を試みる。

また、電気化学分析への応用としては、その応用の範囲を表面修飾を使用することによってさらに広げることに対する興味が持たれている。しかしながら、界面における電子移動などは完全には理解されていない。

本研究では、これらの問題を解決すべく、「(i) ダイヤモンド電極上における複合試料の選択検出として、アルコール-水混合溶液中の電気化学活性な不純物・添加物の高感度検出」、「(ii) ダイヤモンド電極上での有機物電解反応プロセスの解明として、OHラジカルの検出」、および、「(iii) ダイヤモンド表面の化学修飾による分子デバイスへの応用として、人工脂質キャスト膜中の酸化還元色素の電荷移動プロセス」、を試みた。

実験

ホウ素をドープしたダイヤモンド薄膜を、マイクロ波プラズマCVD法により、n-Si (100) 基板上にB/C比104 ppmで成膜した。

結果および考察

アルコール-水混合溶液中の電気化学活性な不純物・添加物の検出

電位窓が広く、バックグランド電流の低いダイヤモンド電極は、水溶液中の様々な化合物の電気化学的検出に応用されている。本研究では、アルコール酸化に対して不活性であるという更なる性質を持つダイヤモンド電極を、アルコール水溶液中の酸化還元活性な不純物や添加物の検出に用いる。

アスコルビン酸 (AA) は、ビール、ワインやカクテルなどでも0.003 %程度含まれている。本研究では、このようにアルコール飲料中の添加物として用いられるAAの分析を意図し、アルコール水溶液中のAA検出に対するダイヤモンド電極の適性を調べることを目的とする。Fig. 2. The fluorescence spectrum in 30 min of the potentiostatic electrolysis of 10 mM coumarin derivatives in 1 M H2SO4 (but 1000 times diluted by water) in the WE compartment. Excitation wavelength: 332 nm. 0.1 M NaClO4を含むエタノール (EtOH) 水溶液中のAAのフローインジェクション分析 (FIA) において電流検出の電極としてダイヤモンド電極あるいはGC電極を用いたときの分析性能の比較をTable Iに示す。ダイヤモンド電極を用いたときには、Pt電極において観測されるようなEtOH酸化の影響なくAA由来の電流応答を観測することができた。更に、ダイヤモンド電極の低いバックグランド電流、小さいバックグランドノイズ、および小さいインジェクションノイズのために、GC電極を用いたときよりも10倍低い検出限界を得ることができた。このことは、純粋な水溶液中においてダイヤモンド電極の検出下限がGC電極のそれよりも4倍低いことにとどまっているGrangerらの結果に比べてダイヤモンド電極使用の有利性を引き出せている。ダイヤモンド電極における感度はGC電極におけるそれと同じであったが、ダイヤモンド電極ではGC電極の場合とは異なり、より小さいバックグランド電流のために、30-300 nMという低いAA濃度のときでも電流応答が観測された。これらの結果は、EtOH水溶液中の他の化合物検出に対するダイヤモンド電極の応用の可能性を示唆している。

OHラジカルの検出

アノード分極したダイヤモンド電極上で生成するOHラジカルの存在が、FotiらやKoppangらによって提案されている。本研究では、ダイヤモンド電極上で生成すると言われているOHラジカルを、クマリンを用いて検出することを目的とする。電解実験は、2室セルを用いて行った。

+2.6 V vs. Ag/AgClにて30分間定電位電解を行ったときの作用極 (WE) 室内のクマリン溶液 (ただし水で1000倍に希釈) の蛍光スペクトルにおいて、電解によって453 nm付近にピークが観測された (Fig. 2b)。対応するOH付加体である7-ヒドロキシクマリンの溶液の蛍光スペクトルでは、455 nm付近に由来のピークが観測された (Fig. 2a)。これらのピーク波長は、互いにほとんど等しいので、この電解における蛍光応答は予想されるOH付加体の生成による応答であると考えられる。したがって、ダイヤモンドアノード上のスピントラップ溶液中において予想されるOH付加体を同定できたと言える。

人工脂質キャスト膜中の酸化還元色素の電荷移動プロセス

種々の特長を持つダイヤモンド電極を、フラーレン類の新規な電子機能発現のための基板として用いることができれば興味深い。これまでに、グラファイト電極上において、人工脂質 (3C12N+Br-: Scheme 1) キャスト膜中に取り込まれたC60が三つの連続した1電子移動過程を水系で起こすことが、見い出されている。本研究は、ダイヤモンド電極上の3C12N+Br- キャスト膜中に取り込まれたC60の電気化学的挙動を水溶液中でキャラクタリゼーションすることを目的とする。特に、ダイヤモンド電極とC60との間の電荷移動機構に着目した。

ダイヤモンド電極あるいはベーサル面パイロリティックグラファイト (BPG) 電極表面上に、0.80 mM C60 + 15.2 mM 3C12N+Br-/ベンゼン溶液をキャストし、風乾した。

3C12N+Br-膜で修飾したダイヤモンド電極のnegative電位方向への電位窓は、BPG電極のときに比べて狭かった。C60/3C12N+Br-膜で修飾した電極のサイクリックボルタモグラム (CV) をFig. 3に示す。-1.35 Vまでの掃引で、BPG電極がC60の準可逆な三つの連続した1電子移動過程による酸化還元波を示した(破線)のに対し、ダイヤモンド電極のC60・-/C602-対による酸化還元波は、BPG電極よりnegativeに極めてブロードに観測された。C60/3C12N+Br-膜で修飾したダイヤモンド電極の高周波数でのGpw-1-Eプロット (Gp: 交流コンダクタンス, w: 角周波数, E: 電極電位) は、C60の第1還元(C600/C60・-)波に対応する電位 (-0.2 V) にピークを示した。この電位は、nondiamond carbon impurity由来の表面準位 が存在するエネルギーにも対応する。Gpw-1-Eプロットは、-1.1 V付近にもピークを示し、この電位は膜中のC60の第2還元の存在を示唆している。

まとめ

(i) EtOH-水混合溶液中のAAのFIAにおいて、電流検出の電極にダイヤモンドを用いることによって、Pt電極上のように溶液中のEtOHの酸化による影響なく溶液中のAAによる応答を観測することができた。また、その低いバックグランド電流、小さいバックグランドのノイズ、および小さいインジェクションノイズによって、GC電極上よりも低い検出下限で溶液中のAAによる応答を観測することができた。このことは、ダイヤモンド電極が、アルコール飲料などのエタノール-水溶液中AA分析に関して、検出下限の点で、GC電極よりも優れていると推察される。

(ii) クマリンを用いて、そのOH付加体の生成に伴った応答の発現として、水溶液中でアノード分極されたダイヤモンド電極上で生成したOHラジカルを検出することができた。

(iii) C60/3C12N+Br-キャスト膜修飾ダイヤモンド電極のCVは、1つの準可逆波 (C600/C60・-) と1つのシグモイダル波 (C60・-/C602-) とからなる2つの酸化還元波を示した。また、C60の第2還元は、ダイヤモンド電極上の3C12N+Br-に誘発された水素発生と重複している。

Comparison of the analytical performance characteristics for diamond and GC electrodes. Detection potential: +0.7 V vs. Ag/AgCl.

The fluorescence spectrum in 30 min of the potentiostatic electrolysis of 10 mM coumarin derivatives in 1 M H2SO4 (but 1000 times diluted by water) in the WE compartment. Excitation wavelength: 332 nm.

CVs for a cast film of C60/3C12N+Br- on a diamond and a BPG electrodes in 0.2 M KCl at a scan rate of 100 mV/s.

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、ダイヤモンド電極上における電気化学反応に関する研究として、ダイヤモンド電極が水などの溶媒の酸化還元に対して不活性である性質を利用して、ダイヤモンド電極の応用を広げるための基礎研究を行っている。

第1章は序論である。ダイヤモンド膜を化学気相成長法で合成し、その際にホウ素をドープすれば、10-10-3Ωcmという抵抗率の低い導電性膜が得られる。また、ドープするホウ素の量によって、出来たダイヤモンド膜の導電性をコントロールすることができる。このようにして製膜したダイヤモンドは、電気化学用の電極として用いた場合、水溶液中での広い電位窓、低いバックグランド電流、耐食性、および外圏型レドックス種に対する速い電子移動反応など、優れた特性を示す。このような特性に基づいて、導電性ダイヤモンド電極は、さまざまな化学物質の電気化学分析および電解に利用されている。本研究では、この導電性ダイヤモンド電極がアルコール酸化に対して不活性であるという更なる性質を利用して、酒類などのようにアルコールを多く含む水溶液中の化学物質の検出を試みている。また、電気化学分析への応用としては、その応用の範囲を表面修飾を使用することによってさらに広げることに対する興味が持たれているが、界面における電子移動などは完全には理解されていない。このように、本章では、本論文を構成する研究における背景が述べれらている。

第2章では、アルコール飲料中の添加物として用いられるアスコルビン酸の分析を意図し、アルコール酸化に対して不活性であるという更なる性質を持つダイヤモンド電極を、フローインジェクション分析の電気化学検出における電極として用い、アルコール-水混合溶液中のアスコルビン酸の検出に応用している。アスコルビン酸は、ビール、ワインやカクテルなどに0.003 %程度含まれている。エタノール-水混合溶液中のアスコルビン酸のフローインジェクション分析において、電極材料として導電性ダイヤモンドを用いたときには、白金電極上で観測されるようなエタノール酸化の影響なく、アスコルビン酸の酸化電流応答を観測できている。さらに、アスコルビン酸の検出下限は、ダイヤモンド電極の低いバックグラウンド電流、バックグランドのノイズの小ささ、および小さなインジェクションノイズのために、グラッシーカーボン電極を用いたときよりも低く、優れていた。これらの発見に基づいて、アルコール抽出における不純物のモデルとしてリボフラビンおよびカフェインといった酸化還元活性分子の検出にも、ダイヤモンド電極を応用できることを示している。

第3章では、水中の導電性ダイヤモンド電極上における有機物酸化分解への関与が提案されているヒドロキシルラジカルの存在を、実験的に蛍光検出法によって確かめている。水溶液中でアノード分極したダイヤモンド電極上で生成するヒドロキシルラジカルの存在が、FotiらやKoppangらによって提案されている。本章では、ダイヤモンド電極上で生成すると言われているヒドロキシルラジカルを、クマリンを用いて、そのヒドロキシル化生成物として、蛍光法を用いて、実際に検出している。

第4章では、ダイヤモンド電極上の人工脂質(臭化トリ-n-ドデシルメチルアンモニウム)キャスト膜中に取り込まれたC60フラーレンの電気化学的挙動を水溶液中でキャラクタリゼーションすることを目的としている。特に、ダイヤモンド電極とC60との間の電荷移動機構に着目している。これまでに、ベーサル面パイロリティックグラファイト電極上において、臭化トリ-n-ドデシルメチルアンモニウムキャスト膜中に取り込まれたC60が3つの連続した1電子移動過程を起こすことが見い出されている。本章では、p型半導性ダイヤモンド電極上の臭化トリ-n-ドデシルメチルアンモニウムキャスト膜中に取り込まれたC60の酸化還元反応に関して調べている。この修飾電極のサイクリックボルタモグラムにおいて1つの準可逆波と1つのシグモイダル波を得ている。本章では、ダイヤモンド電極上における脂質膜中のC60の酸化還元メカニズムを、電子エネルギーダイヤグラムを用いて説明している。その結果、ダイヤモンド電極から脂質膜中のC60への正孔移動プロセスにおける表面準位の重要性を示唆している。

以上、本論文では、ダイヤモンド電極が水およびエタノールの酸化還元に対して不活性であることを利用して、ダイヤモンド電極の新しい応用・開発のための基礎研究として、その電極反応機構の一部を明らかにしている。これらのことは、ダイヤモンド電極の更なる新しい応用のための知見を提供し、応用実現のための可能性を示したものであり、高く評価される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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