学位論文要旨



No 118640
著者(漢字) 長田,洋和
著者(英字)
著者(カナ) オサダ,ヒロカズ
標題(和) 小児自閉症および非定型自閉症における知的機能および自閉症状の変化に関する縦断的比較研究
標題(洋) A longitudinal comparative study of the intellectual functioning and autistic symptoms changes between Childhood autism and Atypical autism
報告番号 118640
報告番号 甲18640
学位授与日 2003.10.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2212号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 助教授 中安,信夫
 東京大学 助教授 上別府,圭子
内容要旨 要旨を表示する

序論

広汎性発達障害 (PDD) は,ICD-10によれば,その中核である小児自閉症 (CA; Childhood autism), 非定型自閉症 (AA; Atypical autism), レット症候群,他の小児期崩壊性障害,精神遅滞および常同行動に関連した過動性障害,アスペルガー症候群,他の広汎性発達障害,および広汎性発達障害,特定不能のもの (PDDNOS) からなる障害群で,社会性,コミュニケーション,および限局化された行動や興味の持続といった3つの機能領域における障害を有しており,通常3歳以前に発症する.中でも知能指数が70以上の(精神遅滞を合併しない)者は,広義の高機能PDD (HFPDD) と称されている.

AAは,CAに比して自閉症状が軽いと言う報告もあるが,症状の非定型性のみでは、その重症度を一概に軽度とは言い切れない.また、CAとAAの臨床鑑別は困難であり,AAの確固たる診断基準が確立されるべきであるとされているが,そのための特徴を見出すような両者の比較研究は少ない.その中でも,AAはコミュニケーション能力や対人関係,認知機能などがCAよりも良好であるという報告があるが,すべて横断的なものであり,縦断的な比較研究は行われていない.

PDDの縦断的な研究としては,早期介入,治療教育や行動療法などの効果についてのものが多数であり,知的機能や自閉症状の変化を吟味した報告は少ない.我が国でもPDDの予後研究は数例行われているが,概して予後はあまり良くないという見解である.またこれらはPDD全体を対象に行われたものであり,CAとAAの比較研究ではない.本研究では,CAとAAの知的機能および自閉症状を成人期において横断的に比較し,さらに世界的にも初となる両者の縦断的比較により,両者の知的機能および自閉症状の継時的な変化の差異を検討した.

方法

対象は,東京都内の某専門機関を連続受診しており20歳前後でも受診したCA 83人,AA 41人である.

用いた尺度は,全訂版田研・田中ビネー知能検査(TB),乳幼児精神発達質問紙(MDSIYC)および小児自閉症評定尺度東京版(CARS-TV)である.TBのIQとMDSIYCの言語発達数(DQ)の相関が特に高いという報告をもとに,本研究では,TBが施行できなかった対象者ではMDSIYCの言語DQをIQとみなした.TBは,経験ある臨床心理士によって施行され,MDSIYCは主に母親によって回答された.CARS-TVは経験ある児童精神科医によって診断とは独立に施行された.さらに,対象者の就学および就労状況についての情報を,カルテより入手した.本研究においては,就学前では「幼稚園あるいはまた保育園」および「就園せず」,小学および中学校で,「普通級」,普通級との併用(通級)である情緒障害学級およびきこえとことばの教室に代表される聴覚・言語障害学級を合わせて「情緒障害学級」,「心障学級」,および「養護学校初等部および中等部」,高校で,「普通級(専門科を含む)」および「養護学校高等部」,高校以降では,「大学」,「専門学校および短大」,あるいは「進学せず」に分類した.就労状況は,「一般就労」,「単純肉体労働」,「作業所」,「就労せず」および「その他」に分類した.

全対象者において,IQ, CARS-TV得点,HFPDDの群内比率,および就労状況について成人期に横断的に比較した.また,小学校以前に初診し10年以上フォローできた対象者を選出し,初診時と予後評価時(成人期;20歳前後)の2時点における上記変数についての変化量の縦断的な比較を行い,さらに就学および就労状況についても比較検討した.

統計的解析

カテゴリー変数の比較には÷2検定またはFisherの検定を用いた.連続変数の比較では,t検定,縦断的な比較には初診時のIQおよび自閉症状の得点を共変量とした共変量分散分析を行った.

結果

全対象者における成人期の横断的比較

年齢,IQ, および就労状況には両者で有意差はなかった.CARS-TVの総得点で,CA (M=31.4±4.79)がAA(M =28.6±4.54)よりも有意に高かった(t(122)=3.17,p=.002). また,HFPDDの群内比率はAAに多い傾向であった.さらに,CARS-TVの下位項目では,以下の項目でCAがAAよりも高い得点であった.「人との関係」,「情緒」,「身体の使用」,「人間でない対象に対する関係」,「視覚的反応性」,「聴覚的反応性」,「近接受容器での反応性」,「活動性の水準」,「知的機能」,「全体的な印象」.

小学校以前に初診した対象者における縦断的比較

小学校以前に初診し,20歳前後で受診した対象は,CA 24人およびAA 12人で,両群間に初診時および成人期の年齢に有意差はなかった.初診時においてIQおよびHFPDDの群内比率ではAAがCAよりも有意に高く、成人期時点では有意差がなかったため、特に、IQおよび自閉症状における両者の変化の差を検討した。図1に示すようにIQでは、AAがCAに比して、有意に下がる傾向が見られた(F(1, 34)=2.76, p=.05(片側検定)).CARS-TVの総得点でも初診時に有意差があったが,CARS-TVの各下位検査において初診時から評価時(成人期)における自閉症状の変化について検討したところ,情緒反応(F(1,34)=3.15, p=.042), 知覚的反応性(F(1,34)=3.50, p=.035), 言語的コミュニケーション(F(1,34)=2.83, p=.05), および知的機能(F(1,34)=2.69, p=.05)(すべて片側検定)において,それぞれ変化量に有意傾向があった.就学状況では,小学校および中学校において,AAの方がCAよりも高い水準で就学していたが,高校以降および就労状況では有意差はなかった.

考察

全対象者における成人期での横断的比較では,CAがAAよりも自閉症状で有意に重度であったが,知的機能や就労状況では有意差はなかった.このことは,横断的にはAAがCAよりも自閉度が軽度であるという先行研究を支持すると同時に,本研究の対象が先行研究よりも高い年齢層での比較であることから,成人期での両者の臨床的差異を確認できたことは意義がある.

また,10年以上の縦断比較検討では,初診時点においてCAがAAよりも有意に重度な自閉症状であり,さらにIQおよびHFPDDの群内比率は有意に低かったが,予後評価時の成人期にかけての変化量では,特にIQでAAがCAに比して有意に下がる傾向を示したことは特筆すべき点である。自閉症状では,情緒および視覚的反応性および知的機能においては両者ともに軽度になるが,AAがCAよりも有意に軽度に変化する傾向があることが示された.このことは,両者の持つ生物学的な差異が影響している可能性がある.つまり,症状の非定型性として区別されていたことが,長期の予後変化に関しても影響を与えている可能性がある.

他方,言語的コミュニケーションではAAはCAに比して有意に下がる傾向にあることが示された.知的機能に関しては,知的機能の偏りを測るものであることから、幼少時にあった偏りが,むしろIQレベルに相応な能力として一様になったものと考えられる.この変化量の差異は,環境因子としての就学状況が関わっている可能性がある.すなわち、AAは,CAよりも小中学校の時点ではより良好な就学状況であったが高校以降,就労状況も両者に差異は見られなかった.教育現場での限界もあるだろうが,知的機能に直接的な刺激を与えうる教科学習を受ける機会が減少したことが影響している可能性は否めないと思われる.

本研究でのCAおよびAAにおける縦断的な知的機能および自閉症状の変化の相違を考慮することは,両者に対する,より良好な予後のための新たな心理教育的あるいはまた心理社会的療育の開発への有用な示唆を与え得るものだと思われる.

結論

小児自閉症 (CA) および非定型自閉症 (AA) における知的機能および自閉症状の変化を縦断的に比較検討した.全対象者を成人期に横断的に比較したところ,先行研究と一致する見解が得られたと同時に本研究での対象者の年齢が高いことから,社会性に関してCAがAAに比して重度な自閉症状であること,および知的機能や就労状況は有意差が無いことは両者の成人期の臨床的差異への示唆を与えうるものと考えられる.また小学校以前に初診した対象者で初診時と成人期での2時点でIQおよび自閉症状の変化を縦断的に比較検討したところ,両者の変化量に有意な傾向差が認められたことは,環境および生物学的な因子によるものだと考えられる.本研究の結果は,CAおよびAAの臨床的鑑別および,より良い療育への有用な示唆を与えるものだと考えられる.

小児自閉症および日的自閉症の初診時および予後評価時点(成人期)における知的機能の変化

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,必ずしも重症度と関連しない症状の非定型性により非定型自閉症と診断を受けたもの,および小児自閉症との成人期での横断的比較,および幼少期に初診したものとその後,成人期の予後評価時点でも受診したものでの知的機能および自閉症状の変化の差異をはじめて比較検討したものである.

本研究では,都内某専門機関を連続受診していて20歳前後でも受診したものを対象とした.用いた尺度は,全訂版田研・田中ビネー知能検査(TB), 乳幼児精神発達質問紙(MDSIYC)および小児自閉症評定尺度東京版 (CARS-TV) である.TBのIQとMDSIYCの言語発達数 (DQ) の相関が特に高いという報告をもとに,本研究では,TBが施行できなかった対象者ではMDSIYCの言語DQをIQとみなした.さらに,対象者の就学および就労状況についての情報を,カルテより入手した.全対象者において,IQ, CARS-TV得点,HFPDDの群内比率,および就労状況について成人期に横断的に比較した.また,小学校以前に初診し10年以上フォローできた対象者を選出し,初診時と予後評価時(成人期;20歳前後)の2時点における上記変数についての変化量の縦断的な比較を行い,さらに就学および就労状況についても比較検討した.

主要な結果は下記の通りである。

小児自閉症83人および非定型自閉症41人における成人期時点の横断的比較では、年齢,IQ, および就労状況には両者で有意差はなかった.

CARS-TVの総得点においてCAがAAよりも有意に高く,また,HFPDDの群内比率はAAに多い傾向であった.さらに,CARS-TVの下位項目では,以下の項目でCAがAAよりも高い得点であった.「人との関係」,「情緒」,「身体の使用」,「人間でない対象に対する関係」,「視覚的反応性」,「聴覚的反応性」,「近接受容器での反応性」,「活動性の水準」,「知的機能」,「全体的な印象」.

小学校以前に初診し,20歳前後で受診した対象は,CA 24人およびAA 12人で,両群間に初診時および成人期の年齢に有意差はなかった.

初診時においてIQおよびHFPDDの群内比率ではAAがCAよりも有意に高く、成人期時点では有意差がなかったため、特に、IQおよび自閉症状における両者の変化の差を検討した。

初診時点のIQを共変量とし,予後評価時点の成人期でのIQへの変化量の差異を共つ変量分散分析を用いて検討したところ,AAがCAに比して、有意に下がる傾向が見られた(片側検定).

CARS-TVの総得点でも初診時に有意差があり,IQ同様にCARS-TVの各下位検査において初診時から評価時(成人期)における自閉症状の変化について共変量分散分析により検討したところ,情緒反応,知覚的反応性,言語的コミュニケーション,および知的機能において,それぞれ変化量に有意傾向があった(すべて片側検定).

就学状況では,小学校および中学校において,AAの方がCAよりも高い水準で就学していたが,高校以降および就労状況では有意差はなかった.

以上,本論文は,小児自閉症および症状の非定型性による非定型自閉症におけるIQおよび自閉症状の変化を初診時から予後評価時点の成人期まで10年以上経た2時点で縦断的に比較検討した点で独創的である。また、成人期での横断的比較,および縦断的な知的機能および自閉症状の変化を認めたことで,小児自閉症および非定型自閉症の終生的な差異を見出したことで,臨床的鑑別および療育への実践上の有用性をも示唆するもので、学位の授与に値するものと考えられる。

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