学位論文要旨



No 118645
著者(漢字) 小林,草平
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ソウヘイ
標題(和) 山地小渓流における底生動物群集に基づく落葉枝リターパッチの類型化 : 微生息場パッチの視点による渓流生態系の理解
標題(洋)
報告番号 118645
報告番号 甲18645
学位授与日 2003.10.06
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2659号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古田,公人
 東京大学 教授 丹下,健
 東京大学 助教授 島田,正志
 東京大学 助教授 久保田,耕平
 森林総合研究所 チーム長 大河内,勇
内容要旨 要旨を表示する

森林内の小渓流において,渓畔由来の落葉枝リターは底生動物の基礎エネルギーとして重要である。小渓流ではリターを食物とする破砕食者,微細な有機物を食物とする収集食者,これらを食物とする捕食者に属する底生動物が優占する。小渓流ではリターが集中して堆積している‘リターパッチ'が河床に点々と存在しており,リターパッチは底生動物二次生産やリター破砕が行われる中心的な場である。

河床地形,水流といった水理特性は,物質の滞留や生物の生息に影響を及ぼす。渓流の典型的な水理特性の変異パターンとして,流れの速く浅い‘瀬'と,流れの遅く深い‘淵'が交互に出現する‘瀬淵構造'と呼ばれるものがある。リターパッチはこの瀬淵構造において水理特性の異なる場に形成されている。水理特性はリターパッチの底生動物に直接的に,また滞留するリターの量的質的特性を通して間接的に影響し,場による群集構成の相違を生じる可能性がある。場によってリターパッチの群集構成が異なるなら,底生動物二次生産やリター破砕などの生態系機能が異なることも考えられる。

もしリターパッチの動物群集が形成場に大きく規定されているならば,渓流リーチ(多数の瀬や淵を含む長さ数100 m〜数kmのものを表す)は、どの形成場のリターパッチが多いかによって動物群集構成や生態系機能が異なりうる。。リーチにおけるリターパッチの形成量や形成場は,瀬や淵の水理特性,さらに流量,河床勾配,河床基質などリーチスケールの物理要因によって異なることが考えられる。リーチスケールで物理要因と生態系機能の関係を解明することは渓流生態学が挑む大きな課題の1つであり,生態系機能の保全や復元を考慮した渓流物理構造の管理を考えていく上でも重要である。

本研究の内容は,次の3つに大きく区分される。第一に,まずリターパッチを瀬と淵に形成されているものに,さらに淵では形成場の水理特性から(淵央,淵尻,淵肩の)3つに区分し,これら4つは底生動物の群集構成の観点から異なるパッチタイプとして類型化できることを示すとともに,各タイプにおける生態系機能(底生動物の二次生産,葉の破砕速度)を比較した。第二に,4つのパッチタイプに異なる動物群集が形成される機構として、各タイプにおける場の水理特性の直接的な影響と,滞留リターの量的質的特性の相違を通した間接的な影響を明らかにした。第三に,渓流リーチスケールでの各パッチタイプの量(河床被覆面積,リター堆積量)について、季節変化を明らかにするとともに,リーチスケールの物理要因との関係について検討した。調査は東京大学附属秩父演習林内を流れる小渓流で,1997年から2002年にかけて行った。

第1章では,演習林内の久度の沢において,採集調査により瀬と淵に形成されたリターパッチの底生動物群集を採集調査により比較検討した。リターパッチに堆積していたリターを,小片(最大径:1〜16mm),葉(>16mm),小枝(16〜100mm)に区分すると,季節を通して小片と小枝は淵に,葉は瀬に多かった。動物群集は,葉を食物とする破砕食者,微細有機物を食物とする収集食者,捕食者に属する分類群が優占していた。解析した22分類群中16分類群で瀬と淵による生息数の違いが認められ,破砕食者では,小型であるカワゲラ類は瀬に,大型であるトビケラ類は淵に多く,瀬と淵のリターパッチの群集構成は明瞭に区分された。また,瀬に比べて淵ではパッチ間のリター特性や動物群集のばらつきが大きかった。

第2章では,久度の沢において,淵のリターパッチを水理特性の違いから滞留するリターの量や構成が異なることが考えられる形成場,淵央,淵尻,淵肩,により区分し,採集調査により動物群集を比較検討した。リターパッチの堆積リターは,季節を通して小片や小枝は流心に近い淵央に,葉は流心から遠く浅い淵尻に多かった。底生動物において場による生息数の違いは,28分類群中19分類群で認められ,トビケラ類の破砕食者や,多くの収集食者や捕食者の分類群は淵央で最も多かった。以上より,瀬,淵央,淵尻,淵肩のリターパッチは動物群集構成の異なるパッチタイプとして類型化されることが明らかとなった。また,動物群集構成の相違については,パッチタイプ間の水理特性が直接的に,また滞留するリターの量や構成を通して間接的に影響するためと推察された。淵央,淵尻,淵肩タイプについて,破砕食者,収集食者,捕食者の生物量,二次生産量を評価したところ,いずれも淵央タイプで最大,淵尻タイプで最小となり,破砕食者の二次生産は淵央と淵尻の間に約4倍もの違いがみられた。

第3章では,確認されたリターパッチ類型の普遍性を検証するため,演習林内の河川規模や河床勾配の異なる3渓流において,瀬,淵央,淵尻のリターパッチについて底生動物の採集調査を行った。多くの分類群において,瀬,淵央,淵尻による生息数の違いは3渓流間で共通しており,パッチタイプによる群集構成の違いは,少なくともこの地域の渓流では普遍性を有することが示唆された。

第4章では,野外実験により4パッチタイプ間で葉の破砕速度を比較した。淵央タイプにおける破砕速度は,破砕食トビケラが多い初冬と晩春において,他のタイプよりも2〜3倍大きかった。第2章の結果と合わせ,動物の生物量の多い淵央タイプは,リターパッチにおける動物二次生産やリター破砕のホットスポットであることが明らかとなった。

4パッチタイプに異なる動物群集が形成される機構を明らかにするため,まず第5章では野外実験によって,パッチタイプ間でリターの滞留プロセスを比較した。葉は瀬や淵尻タイプに,小片や小枝は淵央タイプに滞留しやすいことが明らかとなり,この場による滞留するリターの違いは自然条件下でみられるパッチタイプ間での堆積リターの特性の違いと一致していた。したがって,パッチタイプにおける場の水理特性の違いは,滞留プロセスを通して堆積リターの量的質的特性に相違を生じうることが明らかとなった。また,パッチタイプ間で滞留する葉の樹種構成が異なること,全リターの滞留量は落葉期後の冬は瀬や淵尻タイプで多いが,リターの破砕が進む春は淵央タイプで多いことが明らかにされた。

第6章では,パッチタイプによる動物群集の相違が水理特性の直接的な影響により生じるという仮説と,堆積リターの特性によって生じるという仮説を,破砕食者について野外実験により検証した。瀬,淵央,淵尻のリターパッチが形成されると考えられる場に,同質同量の葉を入れたリターバッグを設置し,バッグに侵入定着する破砕食者の種や個体数の違いを調べた。自然条件下で瀬タイプに多いカワゲラ類,淵央タイプに多いトビケラ類の侵入定着個体数は,それぞれ瀬,淵央のバッグに多かった。自然条件下で淵央と淵尻タイプに堆積しているリターを用いて,破砕食者の選好性実験を行ったところ,自然条件下で淵央に多い種は淵央の葉を,淵尻に多い種は淵尻の葉をより好む傾向にあった。以上より,パッチタイプによる動物群集の相違には,少なくとも破砕食者については,場の水理特性が関与していることが明らかとなった。また,場の水理特性は滞留するリターの質的特性に変異をもたらすことで,リターを食物とする底生動物に間接的に影響していることが示唆された。

渓流リーチスケールでの各タイプのリターパッチ量の時空間変異を明らかにするため,7渓流13リーチで春から夏にかけて調査を行った。第7章では各タイプのリターパッチ量の季節変化について検討した。13リーチ全般に,いずれのタイプもリター河床被覆面積,リター堆積量は季節とともに減少したが,それらの減少率は瀬や淵尻タイプに比べて淵央タイプで小さかった。リーチスケールでリターが相対的に多く堆積しているのは,春は淵尻タイプ,夏は淵央タイプであった。

第8章では,リーチでの各タイプのリターパッチ量と,リーチの河川規模,河床勾配,巨礫の多さ,及び瀬や淵の特徴(川幅,水深,長さ)との関係を検討した。リター河床被覆面積及びリター堆積量は,瀬タイプは河川規模が小さく瀬の水深が小さいリーチほど,淵央タイプは巨礫が多く淵の水深が大きいリーチほど多かった。瀬タイプのリターパッチはリターが底質に捕捉されることで形成されるため,流量が少なく瀬の水深が浅いリーチほどリターパッチが形成されやすいと考えられる。淵央タイプのリターパッチは,淵の流れの巻き返し中央に広いよどみがある場合に形成されることが多い。巨礫は水流を強く狭窄し,下流側に水深は大きくよどみは広い淵を生じうることから,巨礫の多いリーチほど淵央タイプのリターパッチが多いものと推察される。

本研究により,小渓流には動物群集や生態系機能の異なるリターパッチのタイプが存在することが明らかとなった。このことは,渓流リーチスケールでは各パッチタイプの相対量によって動物群集構成や生態系機能の大きさが変異しうることを示している。渓流リーチスケールでの各パッチタイプの相対量は,河川規模,巨礫の多さ,瀬や淵の特徴によって変異が生じることが分かった。瀬や淵の特徴や,淵の特徴の規定要因として河川構造物の量やサイズは重要であることが示唆された。本研究の結果を基にすると,小規模で瀬が浅いリーチほど破砕食者はカワゲラが優占し,巨礫の多く淵が浅いリーチほど破砕食者はトビゲラが優占し、後者のリーチほど底生動物の二次生産速度やリターの破砕速度が大きいことが予想される。

審査要旨 要旨を表示する

森林内の小渓流において,渓畔由来の落葉枝リターは渓流生態系の基礎エネルギーとして重要である。小渓流では落葉枝リターが集中して堆積している‘リターパッチ'が河床に点々と存在しており,リターパッチは底生動物二次生産やリター破砕が行われる中心的な場である。本研究は河川の物理要因とリターパッチにおける底生動物の生態系機能の関係をリーチスケール(数百メートルの長さ)で解明することを目的とし,東京大学秩父演習林内を流れる小渓流で,1997年から2002年にかけて調査,解析されたものである。本研究の目的は渓流生態学の重要な課題の1つであり,生態系機能の保全や復元を考慮した渓流物理構造の管理を考えていく上でも意義深い。

第1章では,瀬と淵に形成されたリターパッチの底生動物群集が比較検討された。破砕食者では,小型であるカワゲラ類は瀬に,大型であるトビケラ類は淵に多く,瀬と淵のリターパッチの群集構成は明瞭に区分されること,また瀬に比べて淵ではパッチ間のリター特性や動物群集のばらつきが大きいこと,さらにはパッチに堆積していたりターのうち,小片と小枝は淵に,葉は瀬に多いことなどが明らかにされた。

第2章では,淵のリターパッチを水理特性の違いからさらに淵央,淵尻,淵肩の3タイプに区分してこのタイプによる底生動物生息数を比較し,瀬,淵央,淵尻,淵肩のリターパッチは動物群集構成の異なるパッチタイプとして類型化されることが明らかにされた。それぞれのタイプについて生物量,二次生産量を評価したところ,いずれも淵央タイプで最大,淵尻タイプで最小となり,破砕食者の二次生産は淵央と淵尻の間に約4倍もの違いがみられた。

第3章では,確認されたリターパッチ類型の普遍性が演習林内の河川規模や河床勾配の異なる3渓流において確認された。

第4章では,野外実験により4パッチタイプ間で動物による葉の破砕速度を比較し,動物の生物量の多い淵央タイプは,リターパッチにおける動物二次生産やリター破砕のホットスポットであることが明らかにされた。

第5章では野外実験によって,パッチタイプ間でリターの滞留プロセスを比較し,パッチタイプにおける場の水理特性の違いにより滞留プロセスを通して堆積リターの量的質的特性に相違を生じうることが明らかにされた。

第6章においても野外実験を行い,パッチタイプによる動物群集の相違には,場の水理特性が直接関与していること,およびリターの質的特性に変異をもたらすことで間接的にも影響していることが明らかにされた。

第7章では7渓流13リーチで各タイプのリターパッチ量の季節変化が検討された。リーチスケールでリターが相対的に多く堆積しているのは,春は淵尻タイプ,夏は淵央タイプであった。

第8章では,リーチでの各タイプのリターパッチ量と,リーチの河川規模,河床勾配,巨礫の多さ,及び瀬や淵の特徴(川幅,水深,長さ)との関係が検討された。リター河床被覆面積及びリター堆積量は,瀬タイプでは河川規模が小さく瀬の水深が小さいリーチほど,淵央タイプでは巨礫が多く淵の水深が大きいリーチほど多いことが明らかにされた。

このように本研究により,渓流リーチスケールで見た場合,たとえ堆積リターの総量が同じであっても,各パッチタイプの相対量によって動物群集構成や生態系機能の大きさが変異しうることが示され,その相対量は,河川規模,巨礫の多さ,瀬や淵の特徴などによって変化することが分かった。河川の規模や構造物が瀬や淵の水利特性を介して底生動物群集の構造や機能に及ぼす影響を明らかにしたこのような研究は過去にほとんどみられず,渓流の生態系機能の保全を考えた河川管理を行う上でも応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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