学位論文要旨



No 118647
著者(漢字)
著者(英字) SAKUNTAM,SANORPIM
著者(カナ) サクンタム,サノーピン
標題(和) III-III-V-N型混晶薄膜および量子井戸の構造的および光学的性質
標題(洋) Structural and Optical Properties of III-III-V-N Type Alloy Films and Their Quantum Wells
報告番号 118647
報告番号 甲18647
学位授与日 2003.11.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5636号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 前田,康二
 東京大学 教授 五神,真
 東京大学 教授 市川,昌和
 東京大学 教授 白木,靖寛
内容要旨 要旨を表示する

InGaAsNおよびInGaPN混晶は、III-III-V-N型混晶半導体に共通の特徴である“巨大バンドギャップボウイング”の性質により、InGaAsN/GaAsまたはInGaPN/GaP量子井戸構造において、伝導帯側の高い障壁により、効率的な電子の量子閉じ込めが実現できると期待されることから注目しうる材料である。GaAs上のInGaAsN混晶、またはGaP上のInGaPN混晶では、Nを含まない場合に比べて、混晶層内の面内における圧縮性格子歪みが大きく低減できることから、ミスフィット転位の生じない高品質膜の作製も可能と期待される。一方、III-III-V-N型の混晶では極端な非混和性の問題があり、平衡状態に近い結晶成長環境では組成の均一な高品質膜の実現は困難とされている。このような非混和性の限界を超えて高品質の混晶層を実現することは、結晶成長技術上の大きな挑戦という側面をも有している。本学位請求論文は10章よりなる。

第1章は序章であり、本研究の目的と論文の構成について述べている。本論文は、N原料としてジメチルヒドラジン(DMHy)を用いた減圧(60Torr)有機金属気相成長(MOVPE)法により成長した、低N濃度InGaAsN/GaAsおよびInGaPN/GaPへテロ構造の構造的および光学的性質を系統的に明らかにした結果を述べたものである。実験結果は、AsまたはP原子とN原子のサイズの大きな差に基づく非混和性に起因する、組成の局所的ゆらぎの効果の寄与の重要性を示している。これはIII-III-V-N型混晶半導体の物性を理解する上で基本的に重要な事実であり、応用上の材料設計およびデバイス設計に際して指針となるものである。

第2章はIII-III-V-N型混晶半導体に関する従来の研究について概観し、本研究の背景および動機について述べている。III-(III)-V-N型3元および4元混晶の特徴的性質として知られている事実を主に実験的観点から概括している。主要な性質として格子定数、格子歪状態、バンド構造の他に、巨大バンドギャップボウイング、ボウイングパラメタのN濃度依存性、伝導帯におけるN起源の準位の関与するE+およびE−遷移などの特徴的な性質に注目している。

第3章はInGaAsN混晶のMOVPE成長と構造的評価について述べている。成長温度530℃ないし600℃におけるGaAs基板上のInGaAsNバルクおよび量子井戸層の微視的構造を、とくにN添加の効果に焦点をあてて評価した。歪、組成、表面性状、転位などの欠陥(ミスフィット転位および貫通転位)に関し、評価手段として、高分解能X線回折(HRXRD)、2次イオン質量分析(SIMS)、原子間力顕微鏡(AFM)、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)、顕微ラマン分光法、を用いた。InGaAsへのNの添加により、成長層の面内の圧縮性歪は著しく減少した。Inの低濃度域(x=11.6%および13.5%)では、N添加が混晶層のIn濃度に影響を与える傾向は見られなかった(組成をInxGa1-xAs1-yNyと表示する)。これらのIn濃度においては、N濃度y=3.1%までの混晶層が得られた。このN濃度は、GaAsNおよびInGaAsNのMOVPE成長に関して従来報告されている値としては最高値である。一方、高In濃度域(x=30%近傍)では、混晶層のIn濃度は、N添加により顕著に影響を受ける。実際、N濃度をy=0から1.5%に変化させたとき、In濃度はx=27.7%(InGaAs)からx=31.1%(InGaAsN)まで変化した。

In濃度x=11.6%(または13.5%)のInGaAsにたいし、Nを濃度y=3.1%(または<2.9%)まで添加したとき、混晶層の歪は著しく低減され、格子不整合の大きいInGaAs成長表面で通常<110>方位に沿って見られるクロスハッチパタンは消滅した。さらに、TEMによる微構造の解析から、N濃度の増加とともにミスフィット転位が減少する様が直接観察された。一方、In濃度x〜30%では、基板結晶と混晶層との間の約2%におよぶ大きな格子不整合に起因する、高密度の貫通転位が観察された。さらに、N濃度の増加に伴い、N原子近傍にInが選択的に凝集し、In-N結合対の比率が増加するとともに、局所的な格子歪の分布が変化することが明らかになった。InGaAsN混晶における結合対の分布は、Ga-N結合対の形成に有利な結晶の凝集エネルギーの効果と、In-N結合対の形成に有利な局所歪の低減の効果との競合で決定される。

第4章ではInGaAsN混晶層(x=11.6%、13.5%、〜30%、y=0〜3.1%)のフォトリフレクタンス(PR)の評価結果を述べている。エネルギーギャップに相当するPR信号(E0遷移)は、室温において0.98〜1.36μmの波長域(0.91〜1.26eV)に見られた。E0遷移エネルギーの温度依存性の詳細な解析から、InGaAsN混晶のバンドギャップエネルギーの温度依存性は、N添加によって顕著に減少する。InGaAsNにおいて、0Kと300Kでのエネルギーギャップの変化は、InGaAsの場合の変化に比べて、ほぼ70%に過ぎない。PR信号のスペクトラルブロードニングパラメタTは、N濃度の増加とともに増大する。ブロードニングパラメタの増大は、InGaAsN混晶層における転位欠陥の存在とともに、Nの添加による組成の不均一性の増大に起因している。

第5章は、InGaAsN混晶層のフォトルミネッセンス(PL)評価について述べたものである。PLスペクトルの温度依存性および励起強度依存性の実験結果から、N添加が混晶層内での電子-正孔再結合過程の機構に及ぼす影響を明らかにした。Inの低濃度域(x=11.6%、13.5%、y〜2.2%)のPLスペクトルにおいて、低温(<100K)では一般に複数の発光ピークが見られる。バンドギャップエネルギー(E0遷移)近傍の2つの発光ピーク(高エネルギー側EPH、低エネルギー側EPL)と、バンドギャップエネルギーよりはるかに低エネルギーの強く局在化した準位による発光ピーク(Ex)である。高温(>100K)では、PLスペクトルは、バンドギャップ(E0)に相当する単一の発光ピークに収束する。一方、高In濃度(x〜30%)でかつ高N濃度(y>2.2%)の試料では、PL発光は非常にスペクトル幅の広いものとなる。これは、組成ゆらぎが顕著となり、In過多ないしN過多のサイズの異なる個々の擬似的量子ドット領域からの発光とみなしうる。

低In濃度域での低温におけるバンド端近傍の2つの発光ピークEPHとEPLとのエネルギー差は、理論的な解析より、局在キャリアないし局在励起子の活性化エネルギー(Ea1)と良い一致を示す。InGaAsNにおける自由励起子の解離エネルギー(Ea2)は、N濃度の増加とともに増大し、18〜36meVであると見積もられた。

PLの発光強度(IPL)と励起強度(IEXC)とを、IPL∝IEXCαの関係にフィットさせたときのαの値は、電子-正孔再結合過程の機構を明らかにする手がかりを与える。これにより、InGaAsN混晶層においては、自由励起子(自由キャリアではなく)が発光再結合過程を支配していることが判った。

第6章は、InGaAsN/GaAsヘテロ構造の短時間熱処理(RTA)効果が、InGaAsN混晶の光学的性質に及ぼす効果を述べている。RTAによってInGaAsN混晶バルク層および量子井戸層の発光特性は劇的に改善する。この原因としては2つの効果が考えられる。すなわち、1)PL、PR、HRXRDの測定結果から推測されるように、混晶層の組成の均一性が改善された。2)低温PLおよびPLの温度依存性から示唆されるように、深い欠陥準位密度が低減した。以上の効果により、非発光再結合中心が減少し、室温でもPL発光が観測されるまでに発光効率が顕著に改善される。低In濃度(x=11.6%、13.5%)で欠陥密度の小さい試料では、RTAによって、発光ピークエネルギーは高エネルギー側へシフトする。このシフトはバンド端発光に付随したものであり、RTAによって組成分布の均一化が促進された結果とみなしうる。一方、高In濃度(x〜30%)の場合には、欠陥密度が大きいことから、RTAの結果発光ピークは顕著な低エネルギー側へのシフトを生じる。これは、擬似的量子ドットとみなされる局在領域のサイズの増大によるものであることが、エネルギー分散型X線分光(EDX)による解析から明らかである(第7章)。

第8章では、InGaAsN/GaAsヘテロ構造に基づく単一量子井戸(SQW)および多重量子井戸(MQW)のPL評価結果について述べている。低温のPLスペクトルには、欠陥に基づく局在準位の関与した発光がみられ、これらの発光はRTAにより減少する。発光強度の温度依存性の解析から、局在準位の活性化エネルギーは2種類の特徴的な値(ΔE1およびΔE2)を有し,それぞれ2〜10meVおよび28〜34meVである。これらの値はPLの励起強度依存性の解析結果から得られる値と一致する。

第9章はでは、GaP(001)基板上のInGaPN混晶層(In濃度x=17.6%、N濃度y=0〜8.7%)の構造的および光学的評価の結果について述べている。N濃度8.7%まで、混晶として十分な結晶品質を有しており、非混和性の強いIII-III-V-N型の混晶として最大のN濃度が実現していることが明らかになった。N濃度の増加とともに、混晶層の面内圧縮歪が減少するとともに、PL発光ピークエネルギーおよびPL励起スペクトルの吸収端が低エネルギー側へシフトする傾向が明らかに観測された。N濃度y=0〜3.4%では、ミスフィット転位の導入により格子歪がほぼ緩和した層が得られるのに対し、y=3.4%〜8.7%では、GaP基板にほぼコヒーレントに歪んだ混晶層が得られた。x=17.6%、y=7.4%の組成は、格子整合組成に相当し、吸収端波長は610.8nm(2.03eV)であった。

第10章は本論文の結論を総括的に述べている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「Structural and Optical Properties of III-III-V-N Type Alloy Films and Their Quantum Wells(和訳 III-III-V-N型混晶薄膜および量子井戸の構造的および光学的性質)」と題し、有機金属気相成長(MOVPE)法を用いて作製した低N濃度域InGaAsN混晶薄膜および量子井戸構造に関して、構造的および光学的性質を、混晶薄膜作製条件および混晶組成との関係において、詳細な実験により明らかにしたことを述べたものである。InGaAsNはGaAsないしAlGaAsとのヘテロ構造において伝導帯の高い電子障壁を実現できる材料として、通信用波長域において従来のInGaAsP系に代わる高温動作特性に優れたレーザーダイオードや、太陽電池、さらには超高速電子デバイスなどへの応用上の価値が示唆されている。その一方で、Nとその他のV族元素を含む系特有の非混和性にかかわる結晶成長上の困難、さらにはN元素の混入に伴う欠陥や発光および非発光中心の挙動に関してほとんど明らかにされていないのが現状であった。本研究は、結晶成長条件を広く変化させて、現状において最も広い組成範囲でInGaAsN混晶薄膜を実現し、欠陥、組成分布、発光および非発光中心の素性と挙動を初めて系統的に明らかにしたことが中心的な成果となっている。これらの成果は、InGaAsN混晶材料が現状においても、一定組成範囲で十分にデバイス応用可能な結晶品質を有していることを示すと同時に、適用性の限界の存在をも示している。これらの知見はさらに他のIII-III-V-N型混晶薄膜の性質や応用の可能性にも多くの示唆を与えるものとなっている。本文は英文で記され、全10章から構成されている。

第1章は序論であり、本研究の目的と論文の構成について述べている。 III-III-V-N型混晶半導体に属するInGaAsN混晶は、高温動作特性に優れたレーザーダイオードなどへの応用上の価値が示唆されている一方で、Nの混入に伴う構造的および光学的性質に特有の問題を含んでいることを述べた上で、これらの物質に特徴的な性質を、結晶作製条件および混晶組成との関係において、系統的に明らかにすることが学術上の意義を有し、かつ本研究の目的であることを述べている。

第2章は、「A survey of III-III-V-N type alloy semiconductors(III-III-V-N型混晶半導体の概要)」と題し、III-III-V-N型混晶半導体に関する従来の研究について概観し、本研究の動機となった背景について詳述している。III-(III)-V-N型3元および4元混晶の特徴的性質として知られている巨大バンドギャップボウイングなどについて主に実験的観点から概括した。

第3章は、「MOVPE growth and structural characterization of InGaAsN alloys(InGaAsN混晶のMOVPE成長と構造的評価)」と題し、本研究におけるInGaAsN混晶薄膜試料の作製方法および成長特性と、構造的評価について述べている。成長温度530℃ないし600℃におけるGaAs基板上のMOVPE成長において、低In濃度域(11.6%および13.5%)では、N添加は混晶層のIn濃度に影響しないが、高In濃度域(30%近傍)ではその影響が顕著となる。低In濃度域ではNを最大濃度3%近傍まで添加すると、混晶層の歪が著しく低減し、成長表面モフォロジ−が改善する。またN濃度の増加とともにミスフィット転位が減少する。一方、高In濃度域では、大きい格子不整合に起因する、高密度の貫通転位が観察される。さらに、N濃度の増加に伴い、N原子近傍にInが選択的に凝集する傾向が明らかである。

第4章は、「Photoreflectance spectroscopy of dilute nitride InGaAsN alloy layers(低N濃度InGaAsN混晶層のフォトリフレクタンス分光)」と題し、InGaAsN混晶層のフォトリフレクタンス(PR)評価の結果を述べている。バンドギャップに相当する信号が、室温において0.91〜1.26eVに得られた。バンドギャップの温度依存性は、N添加によって顕著に減少する。信号のスペクトル幅は、N濃度の増加とともに、組成の不均一性の増大に起因して増大する。

第5章は、「Photoluminescence properties of MOVPE grown dilute nitride InGaAsN alloy layers(MOVPE成長低N濃度InGaAsN混晶層のフォトルミネッセンス特性)」と題し、InGaAsN混晶層のフォトルミネッセンス(PL)評価について述べている。低In濃度域では、低温(<100K)において、バンドギャップ近傍の2つの発光ピークと、それより低エネルギーの強く局在した準位による発光ピークが特徴的であるが、高温(>100K)では、バンドギャップに相当する単一の発光ピークに収束する。これらの振る舞いは、キャリアないし励起子の局在化により説明される。自由励起子の解離エネルギーは18〜36meV であり、N濃度の増加とともに増大する。一方、高In濃度でかつ高N濃度(>2.2%)域では、PL発光は広スペクトル幅のものとなるが、これは組成ゆらぎが顕著となって生じるInないしN過多の擬似的量子ドット領域からの発光と考えられる。

第6章は、「Rapid thermal annealing of InGaAsN grown by MOVPE and its effects on optical properties(MOVPE成長InGaAsN層の急速熱処理とその光学的性質に対する効果)」と題し、急速熱処理(RTA)が、混晶層の光学的性質に及ぼす効果を述べている。RTAによってInGaAsN混晶層の発光特性は劇的に改善する。低In濃度では、RTAにより発光ピークエネルギーは高エネルギー側へシフトする。このシフトはバンド端発光に付随したものであり、RTAによって組成分布の均一化が促進された結果である。一方、高In濃度の場合には、RTAにより発光ピークは低エネルギー側へシフトする。これは、擬似的量子ドット領域のサイズの増大によるものと考えられる。

第7章は、「Micro-structural and compositional analysis of InGaAsN alloy layers(InGaAsN混晶層の微構造および組成評価)」と題し、混晶層の組成分布の直接観察について述べている。低In濃度域では均一性の優れた混晶層が得られているのに対し、高In濃度域ではInおよびGaの分布に10nmスケールでの組成不均一が存在することがエネルギー分散型X線分光(EDX)により明らかにされた。RTAでの結晶品質の改善は、組成の均一性の向上および欠陥の低減に対応している。

第8章は、「Optical investigations of InGaAsN quantum wells (InGaAsN量子井戸の光学的評価)」と題し、InGaAsN/GaAsヘテロ構造に基づく量子井戸構造のPRおよびPL評価結果について述べている。量子閉じ込め効果により発光強度はバルク層に比し顕著な増大を示した。低温のPLスペクトルには、束縛励起子および組成ゆらぎに起因する局在準位の関与した発光が確認された。RTAの効果は顕著であり、欠陥起因の非発光中心の減少により発光強度が増大するとともに、組成ゆらぎに起因する局在準位関与の発光は減少した。

第9章は、「MOVPE growth and characterization of high-N content InGaPN alloy films lattice-matched to GaP(GaPに格子整合するInGaPN混晶層のMOVPE成長と評価)」と題する付加的章であり、GaP基板上のInGaPN混晶層(In濃度17.6%、N濃度0〜8.7%)のMOVPE成長と構造的および光学的評価を述べている。N濃度8.7%まで低欠陥であり、III-III-V-N型の混晶として最大のN濃度が実現している。N濃度の増加とともに、バンドギャップは低エネルギー側へシフトする。N濃度3.4%〜8.7%で、GaP基板に対しほぼコヒーレントに歪んだ混晶層が得られた。

第10章は本論文の結論を総括的に述べており、InGaAsN混晶薄膜の構造的性質および光学的性質がN起因の局在準位および組成不均一に大きく支配されているなどの知見が要約されているとともに、これらの成果がIII-III-V-N型混晶半導体一般の物性を理解する上でも基本的に有用であることを述べている。

以上をまとめると、本論文では、有機金属気相成長法を用いて作製したInGaAsN混晶薄膜および量子井戸構造に関して、構造的性質および光学的性質が詳細にわたり明らかにされている。それによりこれらの物質に代表されるIII-III-V-N型混晶薄膜の光デバイス材料としての応用を切り拓く上での主要な物理的・技術的課題を解決している点で、物理工学への寄与は非常に大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク