学位論文要旨



No 118656
著者(漢字) 家長,将典
著者(英字)
著者(カナ) イエナガ,マサノリ
標題(和) ODP Leg196の掘削時検層とコアデータの定量解析による南海トラフ付加体における初期発達過程
標題(洋) The early stages of formation and evolution of the Nankai accretionary prism inferred from quantitative analysis of logging-while-drilling and core data, ODP Leg 196
報告番号 118656
報告番号 甲18656
学位授与日 2003.11.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4423号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉木,賢策
 東京大学 教授 瀬野,徹三
 石油資源開発株式会社技術研究所 室長 宮入,誠
 東京大学 助教授 芦,寿一郎
 東京大学 教授 徳山,英一
内容要旨 要旨を表示する

南海トラフ沈み込み帯はフィリピン海プレートの沈み込みに伴う付加体の形成,そして大規模な海溝型地震が定期的に発生する場所として知られている.四国沖では沈み込むプレートの海底堆積物の大部分は,日本列島を形成する物質の一部として陸側に付加する.付加体形成に伴う堆積物の圧密・変形・続成作用及び脱水の初期過程は,デコルマの形成や付加体の発達だけでなく,今後予定されている地震発生帯掘削の理解にも必要となる.本研究では,国際深海掘削計画(ODP) Leg196の掘削時検層(LWD: Logging-While-Drilling)による岩石物理学特性データの密度,間隙率,電気比抵抗,自然ガンマ線強度,音波速度を用い海底堆積物の圧密・変形挙動及び応力条件を明らかにする.LWDは掘削ドリルに計測器が取りつけられているため,孔壁の崩れや膨張といった掘削孔不安定性の問題を免れることができること.さらに,掘削から計測に至るまでの時間を最小にし,堆積状態に近い堆積物質の性質を測定することができることができる.また南海トラフでは今回の航海を含めると通算5回の深海掘削が実施されていることからも,この地域での研究が非常に重要であることが示される.通常ODPの掘削ではコアの回収を第一の目標としており,検層はコアリングした後の補助的な役割として掘削孔に検層機器を投入し計測を実施している.しかし付加体掘削では孔壁が崩壊しやすく付加体先端部を確実に測定するには,掘削すると同時に計測を実施するLWDという手法が有効であり,コア試料と孔内物理検層を組み合わせることで,データ取得が困難な付加体を総合的に理解しようとする試みでもある.Leg196の掘削は2箇所で実施され,Site 1173は未変形な場所として,またSite 808は付加体先端部のスラストとデコルマ(付加体の基底部に発達するすべり面)における初期変形様式を得るためで,これらの対比から付加体の形成と発達過程を明らかにする.岩相はロギングによる岩石物理学的特徴とコアデータとの対比から5つのユニットに分類でき海溝軸流堆積物,半遠洋性堆積物,上部四国海盆相,下部四国海盆相,火山火砕物,玄武岩質基盤となる.下部四国海盆相にデコルマ面が発達するが,この面を挟む上下で岩石物理学的性質の大きく変化している.デコルマ面より上部は,海底の沈み込みの際に引き剥がされ,南海トラフの陸側に付加されるが,デコルマ面より下部の物質は,海底とともに沈み込んでいく.デコルマの発達する境界の岩石物理学的性質は一様であり,その発達メカニズムが重要である.

異方比抵抗を測定するRABツールから作成した孔壁画像により,ボアホールブレイクアウトの発達をはじめ前縁部スラストやデコルマ帯における微細構造,またフラクチャーや地質境界の分布など多くの構造的特長が得られた.Site 1173の地層層理面は全体に水平で,変位の小さい正断層とフラクチャーが分布する.それに対する変形フロントのSite 808では,トラフ軸タービダイト,上部四国海盆相から下部四国海盆相にかけて,地層層理面の傾斜は概ね水平である.また250-850 mbsfのフラクチャー分布は,北東-南西走向で60度傾斜を多く示す.一方,400 mbsf付近に大規模なスラストが発達している.フラクチャーの多くは堆積物より低い電気伝導度を示しており,割れ目は粘土鉱物などで充填されていると考えられる.スラストに加えて急激に増加するフラクチャーは,付加に伴う水平圧縮応力の増加により発達する.またデコルマ帯の観測が掘削時検層により成功したことが大きな成果の一つとして挙げられる.デコルマ帯付近では電気伝導度の高い薄層が多く分布している.薄層は低角度に孔壁を横切っており,複数層存在していることが得られた.この薄層がデコルマ帯のすべり面そのものであり,937-965 mbsf の深度に分布していることから,デコルマ帯の正確な深度や分布状況が定義できた.また950 mbsf付近での50%近い間隙率で1.8mg/m**3以下の密度,そこでは0.4-0.6Ωmの電気伝導率を示している.間隙流体圧の解析からも堆積物の圧密不足と過剰間隙圧力となっていることが認められる.深部における低密度かつ高間隙率は,間隙水の異常高圧により存在が可能となる.とくにデコルマ帯周辺では多くのフラクチャーが開口していることから,フラクチャーを閉じることが出来ない過剰間隙流体圧条件にある流体充填フラクチャーとなる.一方,デコルマの下位ではフラクチャーの存在が急激に低下することが,ロギングとコアの分析から得られている.これはデコルマを境に下部四国海盆相が海洋地殻と共に沈み込んでおり,シアストレスを受けていないためと考えられる.

また,孔壁画像の分析からボアホールブレイクアウトの発生が確認された.ブレイクアウトは,水平方向の応力に差がある場合に孔壁への応力集中により剪断破壊するために起こる現象で,ブレイクアウトの発達している方向が最小水平圧縮応力軸と平行な方向となる.またブレイクアウトで破壊した孔壁の形状は,水平最大応力と水平最小応力の差,摩擦係数,岩石強度によって決定されリアルタイムな地殻内応力が特定できる.Site 808で発生したブレイクアウトは明瞭で,概ね北東-南西方向に発達している,これらのブレイクアウトが示す最大圧縮軸方向はフィリピン海プレートの沈み込みを示唆する北西南東方向の水平圧縮応力の増加を示しており,Site 808ではより強い差応力にさられていることが明白になった.またブレイクアウトの示す圧縮方向と,フラクチャーの分布から前縁部スラストの上下で応力方向に違いが見られる,これはプレート沈み込みに,斜め沈み込み成分が入っているために断層を境にその応力場の違いが出ているためと考えられる.ブレイクアウトの観測により,現地測定の地殻内応力と地震波探査から予測できた沈み込みの方向が一致していることが確認できた.またボアホールブレイクアウトによる地殻応力の定量的推定から,地殻応力の深度分布が得られた.その差応力は前縁部スラストが最も高くなっており,急激に応力の大きさが上昇している.しかしデコルマ付近にではほとんど差応力がなくなる結果が得られたことから,そのデコルマの発達は間隙流体圧の高い状態が保持され,圧縮応力を受けた発達であると考えられる.この条件では低い差応力条件でも破壊が発達することから,デコルマ発達の要因として高間隙流体圧の層準が最も影響していると考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,四国沖南海トラフ付加体の初期発達過程における地質構造と物性の変化を,掘削時検層機器(LWD: Logging-While-Drilling)のデータを用いて初めて明らかにした.南海トラフはフィリピン海プレートの沈み込みに伴い付加体が形成され,また海溝型巨大地震が定期的に発生する場所として知られている.本研究は,初期付加変形と応力場の定量的な理解を飛躍的に前進させ,西南日本のみならずプレート収束帯の初期変形の解明に大きく貢献するものである.本論文は7章から構成され,第1章から4章までは研究目的および過去の研究成果のまとめ,第5, 6章でデータ処理,解析の方法および結果を示し,第7章で解析結果をもとにした議論を行っている.

第1章は,序論で南海トラフの地質学的・地球物理学的研究の意義づけを行い,また論文提出者が行った付加体発達の研究に対して掘削時検層を用いることで如何に新知見が得られるかを示している.

第2章は,深海掘削における物理検層の役割と歴史,また本論文で用いた掘削時検層機器の解説及び取得される岩石物理特性の項目をまとめている.

第3章は,付加体研究を総括的にレビューしたものである.南海トラフにおける研究史,反射法地震探査による付加体像など,付加体形成を理解するために幅広い分野の研究が紹介されている.また論文提出者が主題とした付加体の初期発達過程解明のため,デコルマ形成・発達に関して特に詳細にまとめられている.

第4章は,各サイトで物理検層によって得られた岩石物理特性をもとに岩相区分を記載し,これまでの国際深海掘削計画により得られている堆積物の岩相と対比している.

第5章は,掘削時検層による岩石密度をもとに堆積物の間隙流体圧の推定を行ったものである.その結果,変形フロントにおいて散見される異常間隙水圧は,前縁スラストやデコルマなどの構造境界で卓越することが,解析結果から初めて求めることが出来た.本方法は船上においも間隙流体圧を推定することが可能となることから,今後の深海掘削において極めて利用価値が高いものと判断される.

第6章は,異方比抵抗を測定するRABツールから作成した孔壁画像により,ボアホールブレイクアウトの特徴,前縁部スラストやデコルマ帯の連続した構造イメージ,またフラクチャーや地質境界の分布など多くの構造的特長を,プレート収束帯の未固結堆積物で初めて明らかにした.また,孔壁画像の分析からボアホールブレイクアウトの発生を確認し,その解析から掘削時の地殻内応力分布が初めて得られた.

第7章は,前章までの解析結果をもとに,南海トラフ付加体の形成過程を包括的に解釈したものである.本章では付加体前縁部における地質構造を物性から,前縁部スラスト・初期スラスト・デコルマ(主滑り面)の3帯に区分し,それらの,鉛直方向の変化を明らかにした.また付加体の成長で重要な問題となるデコルマの発達には,過剰間隙流体圧形成が関係していることを指摘した.

本研究は,掘削時検層機器という科学掘削では使用例の少ない機器を用いて高解像度・高精度のデータを取得するとともに,地殻内応力分布や間隙流体圧の推定を沈み込み帯において初めて試みるなど,新しい手法の導入とその検証を行っている.また,掘削試料の研究ではこれまで見落とされていた初生的な剪断帯の存在やデコルマの全体像の詳細を検層データによって明らかにした.さらに,これらの定量的な情報を総合的に解釈し,間隙流体の役割を重視した初期付加変形の新たな発達モデルを提唱した点は極めて高く評価できる.

なお.本論文の第4章および6章は,三ケ田均氏・斎藤実篤氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって解析を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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