No | 118657 | |
著者(漢字) | 蔡,碩文 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サイ,セキブン | |
標題(和) | タンパク質のキャピラリー電気泳動のためのマイクロチップデバイスの開発 | |
標題(洋) | Development of microchip devices for capillary electrophoresis of proteins | |
報告番号 | 118657 | |
報告番号 | 甲18657 | |
学位授与日 | 2003.12.12 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5638号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 生命の設計図であるヒトゲノム配列の解析がほぼ終了し、今後はこれら遺伝子からつくられるタンパク質の機能を解析するプロテオーム解析が必要とされている。この解析のためには多種多様なタンパク質を一度にかつ網羅的に検出する方法や装置が必要であり、試料の分離、検出には、様々な分離、分析手段を組み合わせることが要求される。現在まで汎用的に利用されている分離分析法としては、スラブゲルを用いた二次元ゲル電気泳動法がある。この方法はそれなりの性能は得られているが、手間と時間がかかり、自動化への対応も困難である。一方、少量の試料を分離分析する方法としてキャピラリー電気泳動(CE)法がある。この方法はゲルを利用した分離分析法と比較して試料の分離能が優れており、自由溶液中ではバックグランドの吸収が均一となるため、検出の再現性、信頼性が高い。現在利用されているCEデバイスは細いキャピラリー管のみが使用されており、現在のスラブゲルで利用されているような二次元構造は作製されていない。微量なタンパク質を検出するためには高感度な検出法や微小なデバイスを作製することが要求されるが、従来の手作業による作製法ではmm以下のサイズのデバイス作製は非常に困難であり、また作製されたデバイスは、一品一品性能が異なり、ばらつきが生じ歩留まりが悪くなる。 このため本研究では、上記の問題が解決可能なマイクロチップデバイスの開発を行った。このためのチップ作製技術として、マイクロマシーニング−半導体加工技術を利用した。特に本研究では、プラズマ重合法と呼ばれる薄膜形成技術を利用したキャピラリーの内面修飾法の開発を行い、その物性とタンパク質電気泳動における効果を評価した。また非変性ゲルと変性ゲルをワンチップに実装したデバイスを用いて電気泳動を行った。さらにこれらの技術を組み合わせたチップによる二次元タンパク質電気泳動を試みた。 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにした。 第2章では、まずガラス基板上に一次元のタンパク質分離用流路を作製し、次にプラズマ重合法によりキャピラリーの内面修飾を行い、さらにその両端に電位を印加することにより複数のタンパク質を分離する技術について検討を行った。様々な機能や構造をもつタンパク質を分離する方法としてキャピラリー等電点電気泳動(capillary isoelectric focusing: cIEF)を利用することとした。キャピラリーチップは、ガラス基板上に幅0.3 mm、長さ70 mm、深さ 0.1 mmの溝をダイシングソーにより形成させた。キャピラリー構造を完成させるため、両端にリザーバー用の穴を開けたガラスカバーを光感光性接着剤で接合させた。 本研究で作製したキャピラリー内壁はガラス構造材であり、ガラスと試料溶液の接する内壁が帯電することから電気浸透流が発生する。このためcIEFを行うと試料タンパク質の等電点に関係なく移動することになり、タンパク質の分離定量が難しくなる。こうした問題に対処するためにはキャピラリー内壁の改質が最も直接的で有効であるが、化学修飾法を利用した従来の内壁修飾法は、ピンホール等の欠陥が生じ、修飾膜の膜質や膜厚の制御が難しい等の問題がある。これらの問題を解決するため、半導体加工技術、特にプラズマを利用したドライプロセスによる表面改質、薄膜形成を行った。プラズマ重合で作製された膜はピンホールが無い均一な膜で、耐熱性や耐薬品性に優れている、などの特徴をもつ。また膜厚をnmレベルで制御することが可能であり、さらにモノマーを適宜選択することによって様々な物性を持つ膜を形成できる。本研究では内壁修飾化のため、ヘキサメチルジシロキサン(HMDS)、アセトニトリル、2,3-エポキシ-1-プロパノールを出発物質とし、電荷および疎水性を変化させた膜を作製した。 電気泳動後のバンドが容易に観察できる可視タンパク質として、フィコシアニン(青、pI 4.65)、ヘモグロビン(赤茶、pI 7.0)、シトクロムc(赤、pI 9.6)を用いて、cIEFを行った。その結果、HMDSをモノマーとして疎水膜を形成させたキャピラリーでは、これらのタンパク質をシャープなバンドとして分離することができた。また2,3-エポキシ-1-プロパノールをモノマーとした親水膜を用いたときには、pH勾配を調節することによって、より高い分離能を示した。さらに理論段数を計算したところ、従来の化学修飾であるアクリルアミド膜と同等の高い理論段数であることが明らかになり、毒性の高いアクリルアミドを使用しなくても再現性の高いcIEFが可能であることが示された。 第3章では、上記のプラズマ重合法で作製した膜の詳細な評価を行った。まずフーリエ変換赤外分光法(FT-IR)とX線光電子分光法(XPS)を用いて2,3-エポキシ-1-プロパノールプラズマ重合膜の化学構造の同定を試みた。その結果、モノマーに含まれるエポキシ基が重合膜上にも存在することが確認された。一方、酸素ラジカルによって生じたと考えられるカルボニル基なども確認され、プラズマ重合が確実に行われたことを示唆した。 また、第2章では電気浸透流を抑制するためにプラズマ重合膜によるキャピラリー内壁のコーティングを行ったが、このコーティングにより実際にどの程度電気浸透流を抑制することができたかを定量的に評価した。緩衝液のpHを変化させながら重合膜の帯電状態(ゼータ電位)を測定し、これをもとに電気浸透流の程度を計算した。その結果、内壁を何もコーティングしていないキャピラリーに比べて、2,3-エポキシ-1-プロパノールやHMDSなどをモノマーとしたプラズマ重合膜は、pHが5から9の範囲で電気浸透流を抑制できていることがわかった。特に2,3-エポキシ-1-プロパノール膜は未修飾の基板と比べて約50%も抑制していることが示された。さらにこの2,3-エポキシ-1-プロパノール膜はpHが4から9の範囲の緩衝液中に12時間浸しても膜厚がほとんど変わらなかった。これより、この膜は基板に強固に接着し、幅広いpHでの使用に長時間耐えうることが示された。 第4章では、さまざまな電荷や分子量を持つ複数のタンパク質を一度に分離するために、硫酸ドデシルナトリウム-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)とネイティブゲル電気泳動をワンチップで行うための設計と作製、そして電気泳動による評価を行った。 ガラス基板上にスタッキング用キャピラリーを備えた分離用キャピラリーを36本形成した。これらのキャピラリーのうち一部をネイティブゲル電気泳動用、残りをSDS-PAGE用とした。もう一枚のガラス基板でふたをすることによって、ネイティブゲル電気泳動用キャピラリーへのSDSの平行拡散を完全に抑制することができた。またスパッタリングにより平板電極を基板上に形成させることによって、36本の各キャピラリーに一様に電圧を印加できるようにした。 こうして作製したチップを使い、変性ゲルまたはネイティブゲル中のアクリルアミドの濃度をキャピラリーごとに変化させることによって、さまざまな電荷や分子量を持つ複数のタンパク質を20分で分離することができた。さらに、ネイティブゲルでは各試料タンパク質の電荷と大きさが、また変性ゲルでは分子量がタンパク質の移動度と相関関係にあることが、ファーガソンプロットにより明らかになった。 第5章では、一次元目にcIEFを、二次元目にキャピラリー電気泳動を連続的に行えるようなチップを設計・作製した。まず基板上の一次元目のキャピラリーに平行して上下に各1本ずつ未充填のキャピラリーを形成した。これにより物理的な空間が生じることになり、cIEFを行っている間に直交する二次元目のキャピラリーにタンパク質が拡散しないと予想した。しかし、cIEF終了後にこの隔壁キャピラリーに緩衝液を流して二次元目のキャピラリーと接触させた直後に拡散がおこり、二次元目の電気泳動を行うまでには至らなかった。そこでこの問題を解決するために、二次元目のキャピラリーにPAGEのためのポリアクリルアミドゲルを充填することによって、cIEF中、あるいは一次元目から二次元目へのタンパク質の移動の際の拡散を抑制することを試みた。電位分布をより効率的にするために、一次元目のキャピラリーをできるだけ陰極に近づけた。また陰極と陽極の各電極には緩衝液用のリザーバーを設けた。こうした設計に基づき、1本のcIEF用キャピラリーと36本のPAGE用キャピラリーが実装された二次元キャピラリー電気泳動チップを作製した。 第6章は結論であり、本研究を要約して得られた研究成果をまとめた。 | |
審査要旨 | 本論文は、現在プロテオーム解析のための主流の技術となっている二次元ゲル電気泳動法に代わって、迅速にタンパク質を分離するためのチップデバイスの開発に関するものであり、6章より構成されている。 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにしている。 第2章では、まずガラス基板上に一次元のキャピラリー等電点電気泳動(capillary isoelectric focusing: cIEF)用流路を作製し、次にプラズマ重合法によりキャピラリーの内面修飾を行い、さらにその両端に電位を印加することにより複数のタンパク質を分離し、最後にその分離能を定量的に評価している。キャピラリーチップは、ガラス基板上に幅0.3 mm、長さ70 mm、深さ 0.1 mmの溝をダイシングソーにより形成させている。試料溶液が接するガラスキャピラリー内壁は帯電していることから、電圧印加により電気浸透流が発生する。この電気浸透流を抑制するため、プラズマ重合法による表面改質、薄膜形成を行っている。プラズマ重合法はさまざまな物性を持つ均一な膜を形成することができ、またnmレベルの膜厚制御することが可能であると述べている。本研究では内壁修飾化のため、ヘキサメチルジシロキサン(HMDS)、アセトニトリル、2,3-エポキシ-1-プロパノールを出発物質とし、電荷および疎水性を変化させた膜を作製している。電気泳動後のバンドが容易に観察できる3種類の可視タンパク質を用いてcIEFを行った結果、HMDSをモノマーとして疎水膜を形成させたキャピラリーでは、これらのタンパク質をシャープなバンドとして分離することができたと述べている。また2,3-エポキシ-1-プロパノールをモノマーとした親水膜を用いたときには、pH勾配を調節することによって、より高い分離能を示したことを明らかにしている。さらに理論段数を計算したところ、従来の化学修飾であるアクリルアミド膜と同等の高い理論段数であり、毒性の高いアクリルアミドを使用しなくても再現性の高いcIEFが可能であると述べている。 第3章では、上記のプラズマ重合法で作製した膜の詳細な評価を行っている。まずフーリエ変換赤外分光法(FT-IR)とX線光電子分光法(XPS)を用いて2,3-エポキシ-1-プロパノールプラズマ重合膜の化学構造の同定を試みている。その結果、モノマーに含まれるエポキシ基が重合膜上にも存在することを明らかにしている。一方、酸素ラジカルによって生じたと考えられるカルボニル基なども確認され、プラズマ重合が確実に行われた可能性を示唆している。また緩衝液のpHを変化させながらプラズマ重合膜のゼータ電位を測定し、これをもとに電気浸透流の抑制を定量的に評価している。その結果、未修飾のキャピラリーに比べて、プラズマ重合膜を持つキャピラリーは電気浸透流を抑制でき、特に2,3-エポキシ-1-プロパノール膜は未修飾の基板と比べて約50%も抑制できたと述べている。さらにこの膜は様々なpHの緩衝液中に12時間浸しても膜厚がほとんど変わらなかったことから、この膜は基板に強固に接着し、幅広いpHでの使用に耐えうることを明らかにしている。 第4章では、さまざまな電荷や分子量を持つ複数のタンパク質を一度に分離するために、硫酸ドデシルナトリウム-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)とネイティブゲル電気泳動をワンチップで行うための設計と作製、そして電気泳動による評価を行っている。ガラス基板上に分離用キャピラリーを36本形成し、これらのキャピラリーのうち一部をネイティブゲル電気泳動用、残りをSDS-PAGE用としている。もう一枚のガラス基板でふたをすることによって、ネイティブゲル電気泳動用キャピラリーへのSDSの平行拡散を完全に抑制することができたと述べている。また変性ゲルまたはネイティブゲル中のアクリルアミドの濃度をキャピラリーごとに変化させることによって、さまざまな電荷や分子量を持つ複数のタンパク質を20分で分離することができたと述べている。さらに、ファーガソンプロットにより各試料タンパク質の電荷や分子量がタンパク質の移動度と相関関係にあることが明らかになったと述べている。 第5章では、まず一次元目にcIEFを、二次元目にキャピラリー電気泳動を連続的に行えるようなチップを設計・作製している。基板上の一次元目のキャピラリーに平行して上下に各1本ずつ未充填のキャピラリーを形成することによって物理的な空間を設けている。しかしcIEF終了後にこの隔壁キャピラリーに緩衝液を流して二次元目のキャピラリーと接触させた直後に拡散がおこり、二次元目の電気泳動を行うまでには至らなかったと述べている。そこで、二次元目のキャピラリーにPAGEのためのポリアクリルアミドゲルを充填することによって、cIEF中、あるいは一次元目から二次元目へのタンパク質の移動の際の拡散を抑制することを試みている。こうした設計に基づき、1本のcIEF用キャピラリーと36本のPAGE用キャピラリーが実装された二次元キャピラリー電気泳動チップを作製している。 第6章は結論であり、本研究を要約して得られた研究成果をまとめている。 以上のように、本論文は、迅速にタンパク質を分離するためのマイクロチップデバイスの開発を目的とし、特にプラズマ重合法を利用したキャピラリーの内面修飾法の開発を行い、迅速で再現性の高いcIEFに成功している。また非変性ゲルと変性ゲルをワンチップに実装したデバイスを用いてさまざまな電荷や分子量を持つタンパク質の電気泳動も行っている。さらにこれらの技術を組み合わせた二次元タンパク質電気泳動用チップも作製している。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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