学位論文要旨



No 118658
著者(漢字) 和久,公則
著者(英字)
著者(カナ) ワク,キミノリ
標題(和) 低次元銅酸化物の異常金属相の研究
標題(洋)
報告番号 118658
報告番号 甲18658
学位授与日 2003.12.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5639号
研究科 工学系研究科
専攻 超伝導工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 教授 鹿野田,一司
 東京大学 助教授 下山,淳一
 東京大学 助教授 野原,実
 東京大学 助教授 花栗,哲郎
内容要旨 要旨を表示する

2次元のCT絶縁体であるSr2CuO2Cl2と1次元のCT絶縁体であるSrCuO2のARPESの結果の比較から、2次元よりも1次元の方がキャリアが動き易いことが知られている。それでは2次元の金属と1次元の金属ではどちらの方がキャリアが動き易いのかを調べることを目的として本研究が行われた。研究の対象には最も単純な金属的なCuO2面を持つCa2-xNaxCuO2Cl2(CNCOC)と、最も美しい金属的なCuO鎖を持つYBa2Cu4O8(Y124)を選択した。CNCOCの研究においては面内の光学反射率の測定等を行い、Y124の研究においては金属的な1次元のCuO鎖のキャリアが面間伝導を支配していることが知られていることから面間磁気抵抗の測定を行いキャリアのダイナミクスを調べた。

CNCOCは低温まで正方晶で単位構造の中にはCuO2面が1枚しかないという高温超伝導体の中で最も単純なCuO2面を持っている物質であり、x=0.10の試料はTc〜18Kの超伝導を示す。またARPESの測定結果からCNCOCには大きな擬ギャップが開いている可能性がある事が知られている。本研究ではx=0.06から0.10の単結晶の面内抵抗率と面間抵抗率を測定し、世界で初めてCNCOCは抵抗の異方性が104程度と高温超伝導体の中でも非常に異方性が大きい物質であることを明らかにした。また高温超伝導体のアンダードープ領域で面内が金属的であるにも関わらず、面間伝導が半導体的な振る舞いを示すのは擬ギャップによるものであるという考え方があることから他の高温超伝導体と面間抵抗率の温度依存性を比較した。さらにBi2Sr2CaCu2O8+δ(Bi2212)等では光の測定でも擬ギャップが見えていることからx=0.06から0.10の試料について、室温から5Kまでの光学反射率を測定し、本当に大きな擬ギャップが開いているかどうかを調べた。さらに良く似た構造を持つ高温超伝導体であるLa2-xSrxCuO4(LSCO)との比較を行った。

ARPESの測定結果の比較からx=0.10のCNCOCとDyドープによりTc=65KのアンダードープにしたBi2212ではx=0.10のCNCOCの方が擬ギャップが大きいという可能性が指摘されている。x=0.10のCNCOCと酸素量の調節によりTc=70KのアンダードープにしたBi2212の面間抵抗率を比較するとBi2212の方がCNCOCよりもはるかに半導体的な温度依存性を示していることが分かる。このことからCNCOCの擬ギャップはBi2212より小さいか、もしくはアンダードープ領域における面間抵抗の温度依存性が擬ギャップの大きさにのみ依存するという考えが間違っていることが分かった。

反射率の測定から得られた光学伝導度をExtended-Drude解析するとエネルギーに依存する緩和時間τ*とプラズマ周波数(∝n/m*)が得られる。擬ギャップが開いている場合はTcよりも高温から本来はω-linearである1/τ*が、あるエネルギー以下で抑制されるという振る舞いが見られはずである。解析の結果、CNCOCの1/τ*には0.3eV付近に折れ曲がりが存在することが発見された。これは0.3eV付近に大きな擬ギャップが開いていると解釈することも出来るが、0.3eVでの1/τ*の値が既にかなり大きいことから1/τ*の飽和(準粒子がインコヒーレントになる様子)を見ている可能性もある。実際にkFLが大体1になると伝導がインコヒーレントになるという仮定とExtended-Drude解析から得られたn/m*から、伝導がインコヒーレントになる時のh/2πτ*を計算するとx=0.10に対して約1.2eVという値が得られる。この値は実際に折れ曲がりが見られるときのh/2πτ*と大体一致していることから0.3eVで観測されている折れ曲がりは1/τ*が飽和していく様子を見ていると考えられる。LSCOとの比較からは、同じx=0.06の試料で比べるとCNCOCは超伝導にならないのに対してLSCOは超伝導になることが知られているが、1eVでのNeffを比較すると逆にCNCOCの方が大きいことが分かった。CNCOCの研究では測定したエネルギー領域には擬ギャップは見られなかった。また、ドープが進むにつれ1/τ*が小さくなり、キャリアが少しずつ動きやすくなっていく様子が観測された。

Y124はab面方向に広がるCuO2面とb軸方向に伸びるCuO二重鎖がc軸方向に交互に積み重なった構造をしており、Tcが80Kのアンダードープ領域に位置する高温超伝導体である。この面間抵抗率は200Kより高温ではほとんど温度に依存せずその値は約8mΩcmであり、この温度領域では面間伝導がインコヒーレントになっていると考えられる。また面間磁気抵抗の磁場方向依存性からY124では面間伝導がCuO鎖のキャリアにより支配されていることが分かっている。磁気抵抗が最大になる方向であるa軸方向にさらに磁場をかけていくとBcr〜20Teslaで面間伝導がインコヒーレントになる時の抵抗率を超え、同時に同じ磁場下での面間抵抗の温度依存性が金属的なものから半導体的な物へと変化することが知られている。この変化は磁場により系の次元性が低下したために起きていると考えられることから、磁場誘起次元交差現象と呼ばれている。この温度によらない一定の磁場で起きる磁場誘起次元交差現象はGorkov-Lebedのモデルにより説明することが出来る。CuO鎖のキャリアの運動がBoltzmann方程式に従うとするとa軸方向に磁場をかけたときキャリアは面間方向に磁場の強さに反比例する振幅で振動しながらCuO鎖上を動く事が分かるが、Gorkov- Lebedのモデルでは、この振幅が面間方向のCuO鎖間距離よりも短くなるとキャリアがCuO鎖に閉じ込められて次元交差現象が起きると考える。このモデルはキャリアが充分に長い閉じ込め軌道を描くことを前提にしており、磁場誘起次元交差現象はY124のCuO鎖ではかなり自由にキャリアが運動していることを反映していることになる。さらにGorkov-Lebedのモデルは、キャリアの動きを邪魔してτを小さくしてやるとBcrは変化しないが局在が弱くなることを予測している。そこで我々はY124のCuO鎖にZnをドープしてCuO鎖のキャリアの動きを邪魔してその次元交差現象への影響を予想と比較することでモデルを検証し、本当にY124ではCuO鎖のキャリアがとても自由に運動しているために次元交差現象が起きているのかを調べた。

本研究で作成したZnドープした試料はICP分析の結果、Cuの約3%がZnと置き換わっていることが分かった。Znドープした試料の面間抵抗率の測定からZnドープによりTcが下がっていることが分かった。このことから、Znの一部はCuO2面に入って超伝導を抑制する働きをしていると考えられる。また面間抵抗率は例えば30K付近ではZnドープにより4倍ほども大きくなっていることから面間伝導がCuO鎖のキャリアによる物であると考えればCuO鎖にもZnが入っていると考えられる。次にZnドープした試料としていない試料について磁場誘起次元交差現象を観測した。Bcrはドープしていない試料では20Teslaで、Znドープした試料では18 Teslaであった。面間抵抗率の変化に比べ、Bcrの変化は小さく第一近似としてはGorkov-Lebedのモデルが成立していると考えられる。さらに同じ温度と磁場の強さでの抵抗率を比べるとZnドープした試料の方が値が小さくなっていることが分かった。この結果はτが小さくなると局在が弱まるというモデルの予測と一致している。また、モデルからはBcrでの面間抵抗率の値については何も予想されないが、Znドープした試料においてもBcrでの抵抗率は約8mΩcmであることが分かった。このことは8mΩcmという値が面間伝導がインコヒーレントになる時の値という意味を持っていることを示す新たな証拠であると考えられる。以上のことからY124においてはGorkov-Lebedのモデルが成り立っており、またZnをドープしてキャリアの動きを邪魔してもなお次元交差現象が起きるほどY124のCuO鎖のキャリアは自由に運動していることが分かった。

CNCOCの研究では、Extended-Drude解析から高エネルギー側で1/τ*が飽和する事と、ドーピングが進むにつれ1/τ*が減少してキャリアが徐々に動き易くなっていく様子を見ることが出来た。Y124の研究では、CuO鎖のキャリアはかなり自由に動ける状況にあることにより磁場誘起次元交差現象が起きていることが分かった。 またCuO鎖のキャリアの動き易さはZnをドープして運動を邪魔してもなお磁場誘起次元交差現象を起こすほどであることが分かった。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、題目「低次元銅酸化物の異常金属相の研究」に表現されているように、低次元構造を有する銅酸化物を舞台に、一次元系と二次元系を対比する形で強相関電子の電荷のダイナミックスを実験的に考察し、金属としての異常性を明らかにしたものである。論文は全四章からなる。

第一章では、研究の背景と目的が述べられている。銅酸化物に代表される遷移金属酸化物中の強く相互作用する電子は、極めて多彩な物性を示す。その代表例は高温超伝導酸化物である。ここでは強相関という因子に加えて、次元性という因子が問題をますます困難かつ興味深いものにしている。本論文では一次元強相関金属の代表としてYBa2Cu4O8の二重CuO一次元鎖、二次元金属の代表としてCa2-xNaxCuO2Cl2を取り上げ、一次元系と二次元系の対比を意識しながら、低次元銅酸化物の電荷ダイナミックスに現れる電子相関の効果を明らかにすることを目的とする。

第二章では二次元系であるCa2-xNaxCuO2Cl2の光学スペクトルと異方的電気抵抗の測定結果をもとに、二次元銅酸素二次元面の電荷ダイナミクスを議論している。まずこれまでの電荷ダイナミックスの問題点、特に擬ギャップ効果をどのように捉えるのかについて、これまでの対立する考え方が簡潔にまとめられている。つぎに、これらの問題に対するアプローチとして、Ca2-xNaxCuO2Cl2 の物質としての存在の重要性、歪みのない銅酸素に次元面を有すること、高いへき開性が強調されている。

本研究では単結晶の面内抵抗率と面間抵抗率を測定し、世界で初めてCNCOCは抵抗の異方性が104程度と高温超伝導体の中でも非常に異方性が大きい物質であることを明らかにした。また、面間伝導の半導体的挙動を他の系と比較し、面間伝導と擬ギャプの関係がこの系ではもっとも単純な形では成立しないことを主張した。本論文はこれを、これまで考えられてきたよりCa2-xNaxCuO2Cl2の擬ギャップがはるかに小さいせいだと推論する。

次に電気抵抗の温度依存性とは相補的な関係にある光スペクトルの詳細な検討を行った。反射率の測定から得られた光学伝導度を拡張Drude解析し、エネルギーに依存する準粒子散乱η/τ*〜0.3eV付近に折れ曲がりを示すことを見出した。これまでの考え方では、この折れ曲がりは大きな擬ギャップの存在を示唆することになる。本研究はこれをη/τ**の飽和(準粒子がインコヒーレントになる様子)と考え、関係する物理量の見積もりがこの描像とかなりの精度で符合していることを示した。これらの議論から導き出される描像は、高温超伝導銅酸化物の電荷ダイナミックス、擬ギャップといった鍵となる現象を眺める新しい視点を供する。ドープが進むにつれη/τ**が小さくなり、キャリアが少しずつ動きやすくなっていく、すなわちコヒーレンスを回復していく様子が観測された。

第三章では一次元系としてのYBa2Cu4O8の磁気輸送現象の実験結果が述べられ、それを元に金属的強相関一次元鎖の電荷ダイナミックスが議論されている。まず、背景と問題意識が簡潔に述べられている。YBa2Cu4O8はab面方向に広がるCuO2面とb軸方向に伸びるCuO二重鎖がc軸方向に交互に積み重なった構造をしている。この物質のc軸伝導はCuO二重鎖間の伝導によって支配されるので、c軸で見る限り、この系は理想的な一次元金属である。鎖間の伝導は磁場印加とともに、金属的から非金属的へと変化し、系の次元性を低下させるので磁場誘起次元交差現象と呼ばれる。温度によらない一定の磁場で起きる磁場誘起次元交差現象Gorkov-Lebedのモデルにより説明することが出来るとされてきた。Gorkov-Lebedのモデルとは、CuO鎖のキャリアの運動が磁場によって、空間内に閉じ込められることを本質とするもので、電子が古典的な描像で記述できる自由な電子の存在を前提としている。モデルに当てはまるような平均自由行程の長い電子が一次元鎖に存在するのか?が問題意識として提起されている。

Gorkov-Lebedのモデルの範疇では、乱れを導入して電子の平均自由行程を短くすると、閉じ込めが弱められ次元性交差現象が起きなくなること、次元性交差現象が起きる磁場は平均自由行程によらないこと、が予測される。本論文では不純物として非磁性Znを系に導入し、意図的に電子の平均自由行程を短くすることで、Gorkov-Lebedモデルの検証を行った。その結果、二重鎖内の電子の平均自由行程が短くなると、確かに電子の閉じ込めが弱くなるものの、臨界磁場そのものは変化しないことが示された。すなわち、Gorkov-Lebedのモデルが成り立っており、CuO鎖のキャリアは驚くほど自由に自由に運動していることが明らかにされた。

第四章では、本論文の結果の総括と討論が行われている。一次元、二次元系ともに、電荷ダイナミックスの新しい側面が明らかにされたばかりでなく、二つを比較検討することによって次元性の効果が浮き彫りにされた。すなわち、強相関の効果との協奏現象により、隣接する電子との絡みあいが小さい一次元系のほうがむしろ電子にとって動きやすい環境を構成しているように見える。

以上、本論文にまとめられた研究は、高温超伝導銅酸化物中の強相関電子の電荷ダイナミックスと擬ギャップの関係について新しい描像を構築すると同時に、一次元系との比較により次元性によって電荷のダイナミクスが質的に変わることを検証した。これらは高温超伝導機構解明、強相関電子の学理構築の重要な基礎を与える。この意味で超伝導工学あるいは強相関エレクトロニクスの発展に寄与するところ大であり、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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