学位論文要旨



No 118659
著者(漢字) 神山,英紀
著者(英字)
著者(カナ) カミヤマ,ヒデキ
標題(和) 最適福祉ミックスの社会計画論的探求
標題(洋)
報告番号 118659
報告番号 甲18659
学位授与日 2003.12.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(社会学)
学位記番号 博人社第424号
研究科 人文社会系研究科
専攻 社会文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 盛山,和夫
 東京大学 教授 松本,三和夫
 東京大学 助教授 武川,正吾
 東京工業大学 助教授 土場,学
 学習院大学 教授 数土,直紀
内容要旨 要旨を表示する

この論文の目的は,社会計画論の理論的枠組みを構築・彫琢し,それを高齢者福祉の分野に適用することにより,“最適福祉ミックス”と呼ばれる社会のあるべき姿をもたらす方途を探求し示すことである.

まず,一般的に社会計画の概念について検討する必要がある.社会計画とは何か.それは日常の語を使えば,とりあえずは次のように定義できる.すなわち,社会計画を立てるとは,「目的と期限とを明示して社会を構成する諸主体の社会的活動をあらかじめ決めること」であり,したがって,社会計画とは,そのさいの決定事項である.しかし,これでは,政策・規制・構想などとの区別があいまいなので,「計画する」ことを「時間的・空間的な意思決定機会の統合」と補足すればより正確に定義できる.そして,現実社会における社会計画やそれに関係する諸概念,あるいは既存の社会計画論を整理するには,「計画内容」と「計画プロセス」;「計画する社会」と「計画される社会」,そして意思決定機会の「時間的な統合」と「空間的な統合」という,3つの対概念を使うのが有用である.一方で,「合理性」・「公共性」・「自由」という諸価値の観点から,望ましい社会計画の在り方を探求してゆくことができる.また,方法論的な面では,K.マンハイムらの議論を検討してゆくと,“弱められた歴史信仰(歴史法則主義)”と“社会学主義”とが,社会計画概念の内容をこれまで制約してきたことが分かる.全体社会の運命を展望・予測するこれらの立場に対し,社会計画を案出しそれによる帰結を予測してゆく方向が対置できる.この論文も属するその立場は,K.ポパーの語を用いて「社会工学的立場」と呼ぶことができる.

原理的なレベルで最重要の問題の一つは,社会計画は必要かということである.この問題に答えるために,「各人による決定」では「誰にとっても望ましくない事態」さえ生じうることを示す.この「望ましくない事態」は,「パレート劣位」によってモデルのなかで表わすことができる.まず,時間的統合は,意思決定樹のモデルで表わすことができる.そして,空間的統合は,ゲーム・モデルによって示すことができる.そのゲーム・モデルにおいては,「各人による決定」の結果として理解できるナッシュ均衡が,パレート劣位となるジレンマ・ゲームの存在が知られている.また,そのようにモデル化される状況は現実にも十分にありえるので,「各人による決定」では「望ましくない事態」が生じうることが分かり,社会計画の最低限の必要性は明らかとなる.

このように計画の必要性は明らかとなったが,では,そのとき,社会計画によりジレンマを脱することは可能であろうか.第一に,計画の実施を保障する国家のような外部の機関の存在によって(非対称的な統合)か,第二に,計画される諸主体自らの,「われわれ」による統合(対称的な統合)によって,それは可能となる.前者は,その外部機関の存続という点で,後者はその行為それ自体が,ゲーム理論における「囚人のジレンマの解消」という問題と深く関わっている.生物としてのヒトに焦点をあて,進化ゲーム理論を用いて「群間進化ゲーム・モデル」を構築すると,囚人のジレンマは解消される.したがって,われわれは,ある条件の下では,外部の機関が存在しなくても,「各人による決定」ではなく,「われわれ」による決定をなしうることが理論上は保証される.これにより「計画される社会」が自ら「計画する社会」となる可能性が示されたのである.

次に,ゴールドプランを例にとりながら,社会計画の目標水準の決定について検討する.ゴールドプランの目標値は,計画目標の合理的な決め方と通常考えられている,「費用-便益」や「費用/効果」の基準によって決められてはいない.しかしながら,われわれは,このような決め方を必ずしも望ましくないと考えはしないが,それはなぜか.もし,この社会の成員が多元的価値を持っていると考えるなら,それを説明することができる.すなわち,産出と投入とが同じ価値に準じたものであればその差を基準にするのは合理的であるし,両者が含む価値は異なるものの,産出において代替的な計画が考えられるならば,両者の比を問題にすることは理解できる.そして,産出が,多元的価値のうち1っの価値を全て包括するような「価値包括的計画」においては,産出と投入との絶対的な水準を価値判断によって決めるという方法が,もっともなものとして感じられるのである.

一方で,計画を実現可能なものにするためには,多元化が進むわれわれの社会の現状において,人々がこれについてどのような意識をもっているかについて,社会調査結果を分析して知っておく必要もある.とくに,この場合,旧来からの「社会民主主義的福祉-自由主義的福祉」という志向の軸に人びとがどれほど固執しているのかいないのか,という観点から意識を理解するのが実際的であろう.「高福祉か低負担か」そして「公営か民営か」の2つの質問項目をクロスさせて結果をみると,高福祉かつ民営志向の者が少なからず存在していることが分かる.これは何を意味しているのであろうか.合理的選択理論に基づきさらに「利己性」を仮定してモデルを構築し,この説明を試みる.まず,前者の質問項目については,収入とリスクの2変数を用いれば,収入が高くリスクが大きいほど高福祉志向になると予想できる.また,後者については,収入が高くリスクが小さいほど民営志向になると予想できる.ここから,世帯年収は,「高福祉民営」志向者で最高,「低負担公営」志向者で最低となるはず,収入が高いほど「高福祉」を支持するはず,などの予測を導くことができるが,これらはデータから確かめられる.したがって,モデルは暫定的に支持され,「負担感」の概念を使って,「民営を望む高収入の人々には社会保障を支える負担感が軽く感じられるので,負担を大きくしてでも高福祉を,と考える」と説明できる.同時に,この分析結果は,より一般的に,人びとの社会保障制度についての意識は,必ずしも固定的・安定的な規範によって決められているわけではなく,平均的にみれば,合理的な計算に支えられていることを示唆している.

これまでの検討結果を高齢者福祉の分野に適用する.そのさいに利用できるのは,「福祉ミックス」という考え方である.これは公的部門・家族部門・企業・ボランタリー組織などの多元的諸主体が福祉を提供することを指すが,きわめて多義的である.いま,その規範的な面をとりあげ,社会学主義的・歴史主義的見方を脱し,社会工学的立場にたてば,福祉ミックス論を社会計画論的にとらえる途が開ける.すなわち,多元的諸主体を「計画される社会」とみなし,その「空間的統合」の可能性を考えることができるのである.そこで,福祉ミックスの概念を合理性・公共性・自由の観点からより精緻に再構築し,高齢者福祉のための望ましい社会計画の在り方を検討する.

まず,福祉ミックスの目的について既存研究を発展させれば,それは,福祉提供量の絶対量を確保したまま,各部門の負う提供量と負担の比率を変えることにより,それら全体の総負担を最小化することであるとわかる.すなわち,それが,丸尾直美のいう「最適福祉ミックス」の状態である.これは,この計画を「包括的計画」としてみたとき,合理的な目的の表現であるといえる.すなわち,ここでは,福祉提供の絶対量が価値判断により提示される一方で,各部門の提供量の比率の変化を考慮することで,あらたに「負担の最小化」という1次元の軸を見出したのである.また,人々の社会保障に関する合理的な思考からみて,このような目的は承認されると考えられる.次に,このような計画をどのように実現するかであるが,それについては,既存研究から「条件整備国家」の概念を参照できる.しかし,これまでの検討で,計画される諸主体の「対称的統合」が可能であることが分かっているので,ここでも,多元的福祉提供主体による多元的条件整備機関がまず調整にあたり,それが公的条件整備機関と協力・対抗関係のもと並存するという構想をもつことができる.多元的主体によるパレート改善は,計画の目的にも資するものである.このようにして,条件整備機関が強権をもつことは避けられ,計画プロセスにおける公共性は保たれる.そして,実際にどのように諸主体を誘導するかであるが,これについては,福祉の現状をあらためて観察しなくてはならない.そこで,公的部門と営利部門,公的部門とボランタリー部門,公的部門とインフォーマル部門のバランスを変える手段についてみてゆくと,制度的な誘導によっては,諸主体がその独自性を失う可能性があるので,自由の損失を最小限にするには,経済的な誘導によるのが望ましいと分かる.

さらに,このような計画の目的と誘導方法を,介護保険制度下における企業とNPOのミックスに適用してみる.この点に関しては,「対等な条件」の主張も,「NPO優遇」の主張もありうるが,市場モデルを基本に数理モデルを構築して,最適福祉ミックスをもたらすためにはどうすればよいか検討する.すると,NPOに何らかの優遇をしたほうが,それへの公的な支出を考慮してもなお,最適福祉ミックスに近づくことが示されるのである.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、近年の福祉制度研究における議論の一つの焦点をなくしている「福祉ミックス(福祉多元主義)」の主張を、社会計画論の観点から新しく理論化するとともに、独自のモデルを数理的に構成して、最適福祉ミックスの存在条件を明らかにし、そのための望ましい政策を探求したものである。

本論文は、序章を含めて全6章からなっており、序章ではまず、社会計画論の理論的検討を行い、意志決定主体の多元性を踏まえて、脱計画化を含む広義の計画の概念を提示し、統制的計画とは区別される誘導的計画のもつ意義を論じている。続いて第1章と第2章では、戦後日本の福祉制度の中核をなしてきた措置制度と、近年設立された介護保険制度とを対比的に論じ、前者の公私一体の福祉提供体制が統制的計画であるのに対して、後者は国家的責任を曖昧にした無秩序化の危険をはらみながらも、多元的主体からなる多元的福祉制度の方向へ一歩進めたものと肯定的に評論している。第3章は、福祉の社会計画における合理性の理念を検討して、多元的社会における福祉にとっては、社会的に合意された必要な福祉サービスの社会的な供給の一定水準の確保を前提としたうえで、そのための社会的負担あるいは国民的負担の最小化という最適化の基準が適用できると論じている。第4章は、その最適化のための条件整備型国家の概念を提示するとともに、多元的な福祉サービス供給主体によって最適化がもたらされるための条件を数学的に定式化している。最後に第5章では、具体的に介護保険制度のもとでの介護サービス提供に関して、民間企業とNPOとの最適福祉ミックスを数学モデルによって考察し、望ましい税制と補助金の政策的配分を議論している。

本論文は、社会計画論を再構築しながら、現実の社会福祉制度を理論的に明確な形で整理した上で、多元的福祉計画の理念を条件整備型国家の概念によって明らかにするとともに、数理モデルを独自に構築して解析することによって、具体的な問題状況への政策的インプリケーションを鮮やかに導きだしており、論述において展開を急ぐあまりやや丁寧さの欠けるところも見かけられるものの、実践的にも理論的にも今日の福祉社会学にきわめて有意義な貢献を行った独創的な論文として高く評価できる。

よって、本審査委員会は、本論文が博士(社会学)の学位を授与するに値する業績であるとの結論に達した。

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