学位論文要旨



No 118664
著者(漢字) 土谷,英範
著者(英字)
著者(カナ) ツチヤ,ヒデノリ
標題(和) 青果物の真空冷却特性の計測に関する基礎研究
標題(洋)
報告番号 118664
報告番号 甲18664
学位授与日 2003.12.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2660号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大下,誠一
 東京大学 教授 蔵田,憲次
 東京大学 助教授 芋生,憲司
 東京大学 助教授 富士原,和宏
 東京大学 助教授 後藤,英司
内容要旨 要旨を表示する

青果物の鮮度保持を図る上で、予冷操作が果たす役割は極めて重要であるため、近年、予冷の対象となる青果物は急増している。しかし、市場関係者は、入荷時の品温を実際の温度より低く見ており、予冷を過信している傾向がある。一方、最も短時間に冷却可能な真空冷却では、一年中同じ操作条件で予冷が行われているところもある。このため、品温が下がらない、予冷後に温度戻りが生じる、といったように、投入されるエネルギに対して適切な冷却効果が得られない等の問題点が指摘されている。その原因は、実用技術としては定着している真空冷却の操作条件とその効果が明らかにされていない点にある。そこで、本研究の目的を青果物の真空冷却特性を明らかにすることにおいた。本論文は、レタスの形態および熱物性値を明示した上で、レタスの真空冷却特性について検討し、真空冷却が品質に及ぼす影響を植物細胞レベルで観察し、さらに、温度分布の経時変化を種々の青果物およびレタスについて明らかにした。

まず、第1章では研究の背景について触れ、真空予冷における問題点を指摘した。

第2章では、青果物の形態および熱物性値を定量的に把握することを試みた。まず、レタス1個体の質量から3葉以内の誤差で、レタス1個体中の葉の総枚数を推算する関係を明らかにした。次に、レタスの内側から外側に向けての葉の質量は、個体質量には依存せずに全ての個体でS字型の曲線に近い分布を示すことを明らかにした。これにより、1葉毎の質量が推算可能となり、さらに、個体質量および葉の位置から1葉毎の表面積が推算可能となり、レタスの形態に特有な構造が定量的に把握できた。このことにより、Siebel式およびSweatの式を用いることで、比熱および熱伝導率の推算が可能となり、レタスの熱物性値が定量的に把握された。

第3章では、青果物の真空冷却機構を定量的に解析することを試みた。まず、自由水およびレタスの蒸発表面積を変化させることにより、自由水と比べて蒸発しにくいレタス中の水は、広大な表面積(比表面積)を持つことで、同じ質量の自由水と同程度の蒸発量を実現していることを示した。新たに冷却対象物の表面積を指標として導入した結果、質量および表面積の両面から、自由水およびレタスの真空冷却特性を定量的に把握することが可能となった。次に、真空チャンバ内が水蒸気で飽和している条件下では、真空チャンバ内圧力に基づいたAntoine式による飽和温度の計算により、フラッシュポイント以後の水温および葉温の推算が可能であることを示した。さらに、水の蒸発潜熱に対する熱の分配率について熱物質収支モデルに基づいて解析した結果、蒸発潜熱に対して80〜85%が対象物の冷却に使われ、残りが、周囲から冷却対象物への輻射による顕熱上昇を相殺するため等に使用されることを示した。

第4章では、真空冷却プロセスが試料に及ぼす影響を細胞レベルで検討することを目的とした。観察しやすいタマネギ、オオムギにリーフレタスを加えた供試材料を約1cm角の試料片とし、真空冷却中の顕微鏡観察が可能な装置を構築して観察した。まず、リ−フレタスの表皮細胞のクチクラ層を含めた組織の真空冷却では、個々の細胞の脱水に起因する葉緑体密度の増大および膨圧の低下をとらえ、真空冷却中の青果物の外観変化としてとらえられている現象を細胞レベルで確認した。一方、気孔の開閉をとらえることは出来ず、気孔の開閉とは無関係に水分蒸発が起こり、気孔が単に水分蒸散の抵抗になっている可能性が高いことが推測された。次に、クチクラ層が無い単層の状態にしたタマネギ細胞では、フラッシュポイントを境にして水分蒸発量が急増することが、細胞レベルでも確認された。クチクラ層を除去した細胞は水分蒸発(脱水)が生じやすい状態にあるにもかかわらずフラッシュポイント以前の水分蒸発が顕著でなかった。従って、実際の真空冷却においても、フラッシュポイント以前の青果物からの脱水は、考慮する必要が無いことが支持された。また、リーフレタスで得た結果との対比により、表皮細胞のクチクラ層の有無が、真空冷却中の細胞からの脱水に大きな影響を及ぼしたことから、真空冷却中の水分蒸散は、主に青果物の気孔を通して生じていると考えて良いことが示された。さらに、オオムギ子葉鞘細胞では、フラッシュポイント付近で原形質流動がほぼ停止する現象をとらえた。原形質流動が停止する理由を考察し、周囲環境が低酸素になることの影響であると結論付けた。一方、不可逆的な水分損失量に至ったとき、細胞が死滅することを示した。従って、細胞の生死を分けるのは急激な圧力低下でも温度低下でもなく細胞内の水分であり、脱水の影響が最も大きいことを示した。

第5章では、青果物の表面温度分布の連続的な変化をとらえることを目的とした。供試材料には、自由水の他に、真空冷却特性が異なると考えられる7種の青果物を用いた。まず、従来は困難であるとされていた、青果物の真空冷却中の表面温度分布を熱画像によって非接触で計測可能な装置を構築し、真空冷却中における青果物表面の温度分布の連続的な変化をとらえた。その結果、水分が蒸発し易い場所から冷却が始まり、蒸発しにくいところからの熱伝導によって全体が冷却される現象を可視化し、真空冷却の初期段階では冷却むらが大きく、徐々に温度が均一化していく様子が確認された。青果物の切断面から水分蒸発を防ぐ処置を施して断面温度分布を計測した。その結果、蒸発表面からの距離が青果物の内部温度変化に最も影響を与える因子であることを「真の蒸発表面積」という新しい概念を適用して結論づけた。

第6章では、真空冷却中における熱電対による温度計測の問題点および熱画像による温度計測の意義について考察するとともに、真空冷却中のレタスの温度分布を熱画像を用いて計測し、フラッシュポイント、真空破壊等の真空冷却特有の現象について考察した。その結果、葉、茎、切り口等の各部位の中にも温度差があることが明らかとなり、熱電対による温度のポイント計測では、各部位を代表する温度が把握できないことを示した。このため、真空冷却中の青果物の品温低下メカニズムが明瞭でなかったが、レタスの真空冷却プロセスは、葉では水分蒸発、葉肋では熱伝導が冷却の主要因であることが明瞭となった。一方、真空破壊時の品温上昇は、まず水分の凝縮熱による温度上昇があり、それに続いて周囲の空気からの熱伝達による温度上昇が生じるものと考察された。また、レタスの真空冷却時の外葉は、内葉よりも多く水分が蒸発し、真空破壊時には内葉の温度上昇を防止を果たすという役割を明らかにし、収穫時に外葉を取る等の調製を行わずに真空予冷することが品質低下を抑える方法の一つであることを指摘した。

以上、本研究では、レタスの個体質量から、表面積、比熱および熱伝導率の推算ならびに、真空冷却中における一定条件下でのレタス葉温の推算を可能とし、組織片による細胞レベルでの観察および青果物個体を用いた表面温度計測を通して所定の冷却効果を実現するための青果物の真空冷却特性を明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

葉菜類の最も急速な冷却が可能な予冷方式として広く利用されている真空冷却は、現場において品温が下がらない等、投入されるエネルギに対して適切な冷却効果が得られないという問題点が指摘されている。一方、既往の研究では、外観上に表れる葉色の変化等の原因や、低圧環境が試料個体あるいは細胞に与える影響等については明らかにされていない。また、熱電対によるポイント計測が品温の計測に多用されているが、それらが品温を代表するとは考えにくく、フラッシュポイントや真空破壊時に温度が急変する真空冷却に特有の現象を論じるためには、面情報としての温度が必要である。

そこで、研究の目的を、青果物の詳細な温度分布を計測し、細胞レベルでの真空冷却による影響に基づいて真空冷却特性を明らかにし、対象物の温度むらとその均一化のプロセスや真空冷却直後の温度戻りの原因等を詳細に示すことにおいた。

本論文は6章からなり、第1章では研究の背景について触れ、真空予冷における問題点を指摘した。

第2章では、レタス1個体の質量から葉の総数、および1葉毎の質量の推算を可能とし、さらに、個体質量および葉の位置から1葉毎の表面積を推算し、レタスの形態に特有な構造を定量的に示した。さらに、葉の水分分布に基づいて比熱および熱伝導率を推算し、レタスの熱物性値を定量的に示した。

第3章では、まず、水およびレタスの真空冷却を行い、蒸発表面積が増加するにつれて真空チャンバ内の全圧が設定圧力に到達するまでの時間が遅くなることを指摘し、表面積と設定圧力への到達時間との関係を定式化した。次に、真空チャンバ内が水蒸気で飽和している条件下では、真空チャンバ内圧力に基づいたAntoine式による飽和蒸気温度の計算により、フラッシュポイント以後の水温および葉温の推算が可能であることを示した。

第4章では、組織片の真空冷却を行うために、顕微鏡を介して細胞レベルでの変化をリアルタイムで観察可能な装置を構築した。まず、表皮細胞のクチクラ層を含めた組織の真空冷却では、個々の細胞の脱水に起因する葉緑体集積度の増大および膨圧の低下をとらえ、真空冷却された青果物の葉色の変化やしおれ等の原因を細胞レベルで明らかにした。また、表皮細胞のクチクラ層の有無が、真空冷却中の細胞からの脱水に大きな影響を及ぼしたことから、真空冷却中の水分の蒸発は、主に青果物の気孔を通して生じていることを示した。さらに、フラッシュポイント付近で原形質流動がほぼ停止する理由は、周囲環境が低酸素になることに起因すると結論付けた。一方、細胞の生死を分けるのは急激な圧力低下でも温度低下でもなく細胞内の水分であり、脱水の影響が最も大きいことを示した。

第5章では、真空冷却特性の異なる種々の青果物を用い、熱画像を導入することで、従来は困難であるとされていた、青果物の真空冷却中の表面温度変化プロセスを面情報として計測可能な装置を構築した。計測の結果、真空冷却の初期段階では冷却むらが大きく、徐々に温度が均一化していく現象が可視化され、予冷後における保冷庫の役割の重要性が確認された。

第6章では、対象をレタスに絞って計測した結果、葉、茎、切り口等の各部位の中にも温度差があることを明らかにし、熱電対による温度のポイント計測では、各部位を代表する温度が把握できないことを示した。また、従来明確ではなかった真空冷却中のレタスの品温低下メカニズムについて、葉では水分蒸発、葉肋では熱伝導が冷却の主要因であることを示した。一方、真空破壊時の品温上昇は、まず水分の凝縮熱による温度上昇があり、それに続いて周囲の空気からの熱伝達による温度上昇が生じることを実験的に裏付けた。また、レタスの真空冷却時の外葉は、真空破壊時には内葉の温度上昇を防止する役割があることを明らかにし、収穫時に外葉を取る等の調製を行わずに真空予冷することが品質低下を抑える方法の一つであることを指摘した。

以上のように、本研究は、レタスの個体質量を基にした表面積、比熱および熱伝導率の推算、ならびに、真空冷却中における一定条件下でのレタス葉温の推算を可能とし、種々の青果物の組織片による細胞レベルでの観察および青果物個体を用いた表面温度計測を通して所定の冷却効果を詳細に理解するための真空冷却特性を明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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