学位論文要旨



No 118665
著者(漢字) 奥野,利明
著者(英字)
著者(カナ) オクノ,トシアキ
標題(和) G蛋白質共役型受容体のC末端の役割-LTB4受容体の解析から
標題(洋)
報告番号 118665
報告番号 甲18665
学位授与日 2003.12.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2214号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 森,憲作
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 講師 辻本,哲宏
内容要旨 要旨を表示する

目的

G蛋白質共役型受容体の細胞内C末端部位、特に細胞膜直下のヘリックス8の機能を明らかにする

背景

G蛋白質共役型受容体は、7回細胞膜を通過する構造を持ち、細胞外からの刺激を細胞内に伝える機能を持つ。これらの受容体は、特に創薬のターゲットとして注目されているが、活性化や不活性化の分子機構や細胞内での輸送機構などに関しては、あまりよく分かっていない。最近、G蛋白質共役型受容体の一つであるロドプシンの結晶構造が明らかにされたが、この研究によって、細胞内C末端部位にヘリックス8と呼ばれる8番目のヘリックス構造が存在することが明らかになった。しかしながら、この構造の生物学的機能は、ほとんどわかっていない。筆者は、G蛋白質共役型受容体であるロイコトリエンB4(LTB4)受容体のヘリックス8が、活性化された受容体の不活化に必要であることを見いだした。この受容体の特異的なリガンドであるLTB4はアラキドン酸の代謝物であり、白血球の強力な活性化因子である。ノックアウトマウスの解析も複数のグループで進められ、in vivo で免疫反応や炎症反応に深く関わっていることが明らかにされている。

方法

複数のG蛋白質共役型受容体において、様々な細胞内C末端変異体をPCR法により作成した。野生型及び変異型LTB4受容体(BLT1)の発現ベクターを培養細胞に形質転換し、LTB4の結合実験、フローサイトメトリー、Cell-ELISAなど細胞生物学的実験を行った。また、形質転換した細胞から膜画分を回収し、LTB4やGTPγSの結合実験など生化学的手法を用いた実験を行った。次に、恒常的に野生型または変異型BLT1を発現する細胞を樹立し、LTB4依存的なシグナル伝達を解析した。さらにロドプシンの結晶構造から、BLT1の推定立体構造を作成し、ヘリックス8の変異が受容体構造に与える影響について推論した。

結果

G蛋白質共役型受容体であるBLT1(高親和性LTB4受容体),BLT2(低親和性LTB4受容体),PAFR(血小板活性化因子受容体)やCysLT1(ロイコトリエンC4,D4受容体)の細胞内C末端を欠損させた発現ベクターを構築した。HEK293細胞に一過性発現させ、細胞表面での発現量をフローサイトメトリーで解析したところ、BLT2, PAFR, CysLT1の細胞表面での発現量が野生型に比べて低下していた。BLT1のC末端変異では、細胞表面での発現量は変わらなかった。ところが野生型及び変異型BLT1を発現させ、LTB4の結合実験を行ったところ、変異型BLT1が野生型に比べて極めて高い結合能を示した。フローサイトメトリー、ウエスタンブロット及び共焦点レーザー顕微鏡での解析の結果、細胞膜上での発現量は、変異体と野生型で顕著な違いがないことが分かった。また、Cell-ELISA法を用いて、受容体刺激後の細胞内への受容体取り込みを観察した。刺激後の細胞内取り込みが起こりやすいことが知られているPAFRは、細胞表面の受容体量の顕著な減少が観察された。一方、変異型、野生型BLT1のいずれも、細胞表面上での受容体量の減少は、ほとんど認められなかった。また、これら受容体のG蛋白質活性化能を観察するために膜画分を調製し、GTPγSの結合実験を行ったところ、変異型BLT1も野生型と同様にGDP-GTP交換反応を引き起こした。

次にGTPγS存在下でのLTB4結合実験を行った。野生型BLT1ではGTPγSの濃度依存的にLTB4結合量の低下が観測されたが、変異型BLT1では、結合量の低下がほとんど見られなかった。Scatchard解析を行ったところ、野生型BLT1はGTPγSの存在によって高親和性から低親和性に変化したが、変異型BLT1では低親和性への変化はきわめて弱いものであった。また変異型BLT1を発現する細胞において、LTB4依存的な細胞内Ca2+濃度や代謝活性の持続的上昇が観測された。さらにロドプシン結晶構造をもとにBLT1の分子モデルを作成した。その結果、両親媒性を持つヘリックス8の疎水性残基(Val302, Leu304及びLeu305)が細胞膜の内側に向いて配置しうることがわかった。

考察

BLT2, PAFR, CysLT1の細胞表面での発現量が野生型に比べて低下していたことから、これらの分子においては、細胞内C末端が細胞表面での発現に必要であると考えられる。一方BLT1では、変異型BLT1が野生型に比べて極めて高い結合能を示した。細胞膜上での発現量は変異体と野生型で違いなく、細胞内への受容体取り込みも観測されなかった。膜画分を用いたLTB4の結合実験の際に、GTPγSを存在させると野生型BLT1は低親和性に変化した。一方、変異体はGTPγSの影響が少なく、構造変化を起こしにくいことが推察された。LTB4依存的なシグナル伝達を観察したところ、変異体は野生型に比べ、シャットダウンされにくいことが分かった。この結果は、変異型が活性化状態から不活化されにくいことを示唆し、先の結合実験の結果と合致すると考えられる。BLT1の分子モデルの結果から、ヘリックス8が脂質2重膜の表面にそって存在し、両親媒性の疎水性アミノ酸が膜に係留されるように配置していると予想される。以上の変異体を用いた種々の実験結果、及び分子モデルの解析結果を合わせ、BLT1のヘリックス8が、G蛋白活性化後の低親和性構造への変化に重要な役割を果たしていると推測した。今後の検討課題として、他のG蛋白共役型受容体におけるヘリックス8の機能の解明、受容体-G蛋白複合体の立体構造の解明によってより詳細なBLT1のヘリックス8の機能解明があげられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、外界からの刺激を細胞内に伝えるG蛋白質共役型受容体の細胞内C末端の機能を明らかにするため、様々な変異型受容体を作成し、種々の生化学的、分子細胞生物学的解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

BLT2(低親和性LTB4受容体), PAFR(血小板活性化因子)及びCysLT1(ロイコトリエンC4, D4受容体)の細胞内C末端を欠損させた発現ベクターを構築した。野生型及び変異型受容体をHEK293細胞に一過性発現させ、細胞表面での発現量をフローサイトメトリーで解析した結果、BLT2、PAFR及びCysLT1の細胞内C末端が細胞表面上での発現に関与することを示した。

BLT1(高親和性LTB4受容体)の細胞内C末端変異では、細胞表面での発現量が変わらない一方、LTB4の結合実験において変異型BLT1が野生型に比べて極めて高いLTB4結合能を示した。この原因が、細胞膜上での受容体発現量や、受容体刺激後の細胞内への受容体取り込みによることでないことを示した。また、これら受容体のG蛋白質活性化能を観察するために膜画分を調製し、GTPγSの結合実験を行ったところ、変異型BLT1も野生型と同様にGDP-GTP交換反応を引き起こすことを示した。

野生型BLT1ではGTPγSの濃度依存的にLTB4結合量の低下が観測されたが、変異型BLT1では、結合量の低下がほとんど見られなかった。Scatchard解析の結果、野生型BLT1はGTPγSの存在によって高親和性から低親和性に変化するが、変異型BLT1では低親和性に変化しにくいことを示した。

野生型BLT1或いは変異型BLT1を定常的に発現するCHO細胞を樹立し、LTB4依存的なシグナル伝達を観察した結果、細胞内Ca2+濃度や代謝活性の持続的上昇が観測され、細胞内C末端の変異によりシグナルがシャットダウンされにくいことを示した。

G蛋白質共役型受容体で唯一、結晶解析がなされているロドプシン構造をもとにBLT1の3次元分子構造モデルを作成した結果、変異部位がヘリックス8と呼ばれるドメインであることや、このドメインの細胞膜への係留が受容体構造変化の起点となりうることを示した。

以上、本論文はG蛋白質共役型受容体のヘリックス8が、受容体活性化後の低親和性構造への変化に関わること、及びシグナルのOFFに関わることを明らかにした。本研究は、これまでほとんど未知であったG蛋白質共役型受容体のヘリックス8の新たな機能を明らかにしたものであり、G蛋白質共役型受容体-G蛋白質複合体の活性化・不活性化の分子機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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