学位論文要旨



No 118666
著者(漢字) 小暮,高久
著者(英字)
著者(カナ) コグレ,タカヒサ
標題(和) 酵母 Candida maltosa の n-アルカン誘導型チトクロームP450遺伝子群の転写誘導機構の解析
標題(洋)
報告番号 118666
報告番号 甲18666
学位授与日 2004.01.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2661号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 助教授 中島,春紫
 東京大学 助教授 堀内,裕之
内容要旨 要旨を表示する

n-アルカン資化性酵母Candida maltosaはn-アルカンやその誘導体を単一炭素源として培養した場合、小胞体やペルオキシソームなどの細胞内膜系が顕著に増殖するとともに、アルカンの初発酸化反応に関与する小胞体膜タンパク質であるチトクロームP450 (P450alk) を顕著に誘導する。C. maltosa IAM12247株において、P450alkをコードする8種のALK遺伝子群 (ALK1〜ALK8) は、ALK4を除きすべてアルカンによる転写誘導を受け、そのうち強く誘導される4種(ALK1、ALK2、ALK3、ALK5)のALK遺伝子がコードするP450分子種がアルカンの資化において主要な役割を果たしていることが遺伝子破壊実験によって示されている。またP450alkにはクロフィブレートなどの疎水性の薬剤によっても顕著な誘導を受ける分子種が存在し、哺乳動物における薬物代謝型P450の誘導現象との類似性も示されている。一方、P450alkは分子種によりアルカンや脂肪酸といった炭化水素鎖末端に対する基質特異性に違いが存在することから、各ALK遺伝子の発現の誘導性にも遺伝子産物の基質特異性に応じた差異が存在する可能性が示唆されている。アルカンを資化する微生物は多種存在するが、酵母におけるアルカンによる転写誘導機構はいまだ不明である。そこで本研究では、C. maltosa におけるALK遺伝子群のアルカンによる誘導現象をモデルとして、脂溶性物質による多重遺伝子群の転写誘導機構を解析することを目的とした。

ALK遺伝子の誘導特異性

異なる基質特異性を有する主要なALK遺伝子 (ALK1、ALK2、ALK5) の種々の誘導物質による誘導性をレポーター遺伝子を用いたプロモーター活性測定、およびノーザン解析によって検討した。ALK1遺伝子産物はP450alk分子種の中で最も強いアルカン水酸化活性を有するのに対し、脂肪酸に対する活性は非常に弱いことが示されているが、これと一致して、ALK1遺伝子も、アルカンによって非常に強く誘導される一方、脂肪酸による誘導性は非常に弱いものであることが示された。一方、ALK2やALK5の遺伝子産物は脂肪酸に対して比較的強い水酸化活性を有することと一致して、ALK2やALK5は脂肪酸によっても比較的強く誘導されることが示された。しかしながら、脂肪酸に対してALK5遺伝子産物はALK2遺伝子産物よりも強い活性を示すのに対し、脂肪酸による転写誘導レベルは逆にALK5よりもALK2の方がやや高いことが示された。これらの結果は、P450alkの分子進化に対応して、それらの転写調節に関与する因子も生存に有利になるような分子進化を重ねてきていることを示唆しているが、その機構は脂肪酸を基質とする場合必ずしも最大限効率的なものとはなっていないことが示された。

ALK遺伝子プロモーター中の誘導物質応答配列の特定

主要ALK遺伝子 (ALK1, ALK2, ALK5) のプロモーター領域の解析を行い、ALK1プロモーター上の3ヶ所 (ARR1-1、 ARR1-2、 ARR1-3) の領域を含め、各プロモーターにおける種々の誘導物質に対する応答領域(シス領域)を特定した。また、ALK2プロモーターにおいては、アルカン応答エレメント (ARE2) とクロフィブレート応答エレメント(CRE2)を特定し、それら構造的関連性をもたない脂溶性物質に対する応答に関わるシスエレメントが部分的にオーバーラップしながらも、異なる配列であることが示された。オレイン酸に対する応答は、ARE2とCRE2のどちらでも起こった。これらの結果から、アルカン応答型転写因子とクロフィブレート応答型転写因子が別々に存在し、オレイン酸などの不飽和脂肪酸による転写誘導は、その両者を介して起こることが示唆された。一方、ARE2エレメント中に存在したE-box配列 (CANNTG) に相当するCATGTG配列はアルカン特異的な応答に関与することが示され、また、ARE2とCRE2の両エレメントがオーバーラップする領域中に存在したCCG配列を含むダイレクトリピート型配列は、アルカンとクロフィブレートのどちらの応答性にも重要であることが示された。また、それと同時に、これらのモチーフは各シスエレメントへの特異的タンパク質結合にも重要であることが示された。このことから、それらの配列を認識する転写活性化因子の存在の可能性が考えられた。これらのモチーフはALK5プロモーターのアルカン応答領域 (ARR5) 等にも存在することから、複数のALK遺伝子の誘導性に関与していることが示唆されたが、ALK1プロモーターの3種のシス領域には存在しないことから、それらの領域では異なる配列が誘導性に関わっていることが考えられた。

また、各シス領域はアルカン、オレイン酸、クロフィブレートなどの異なる誘導物質に対する応答性においてシス領域に応じた特異性が認められた。さらに、各シス領域に対するゲルシフト解析を行った結果、シス領域に応じて異なる配列特異性をもった因子が特異的に結合することが示された。また一方で、ARR1-1領域とARR5領域には類似の配列特異性をもった因子が結合することが示され、またARE2やCRE2に強く結合する因子は親和性は比較的弱いが他のシス領域にも特異的に結合することが示された。これらの結果は、シス領域の種類に応じて特異的な転写因子が各種誘導物質に対する応答に関与すること、機能的に重複する複数の異なるアルカン応答型転写因子が存在すること、複数のシス領域で機能する転写因子も存在することを示唆している。

アルカン応答領域に結合するタンパク質のアフィニティー精製、及びそれらをコードする遺伝子の単離とその機能解析

ゲルシフト解析において異なる配列特異性をもった因子が結合することが示された2種のアルカン応答領域(ARR1-1とARR1-2)に特異的に結合する因子を、DNAアフィニティー精製法を用いて生化学的に精製することを試みた。アルカン誘導菌体の全細胞抽出液をヘパリンアガロースアフィニティーカラムで分画した後、各シス領域に相当するDNA断片をアフィニティープローブとするDNAアフィニティー精製を繰り返し行うことで、ARR1-1領域またはARR1-2領域に特異的に強いアフィニティーで結合する約80kDaおよび約40kDaのタンパク質をそれぞれ精製した。それらのタンパク質の推定アミノ酸配列を質量分析法により特定し、その配列をもとにそれらのタンパク質をコードする遺伝子を単離した。その結果、ARR1-1領域に特異的に結合するタンパク質をコードする遺伝子は、酵母 Saccharomyces cerevisiae において減数分裂時に中期胞子形成遺伝子群の転写活性化に関わり、減数分裂の進行を制御する主要な転写因子をコードするNDT80遺伝子のホモログであることが示された。そこで、この遺伝子をCmNDT80とした。大腸菌で発現させたCmNdt80は、ARR1-1領域に最も強い親和性で特異的に結合することから、CmNdt80はARR1-1領域等に直接結合する因子であることが示された。CmNDT80破壊株はアルカンを炭素源とした場合、野生型株と同様の生育を示したが、ARR1-1領域に依存するアルカンによる転写誘導活性が特異的に野生型株に比べ大幅に低下したことから、CmNdt80はARR1-1領域を介した転写活性化因子として機能していることが示唆された。CmNDT80の破壊の影響はALK1の転写誘導に特異的なものであったことから、CmNdt80はALK1特異的なアルカンによる誘導性の制御に関与する因子であることが考えられた。

一方、ARR1-2領域に特異的に結合するタンパク質をコードする遺伝子は、S. cerevisiae においてセントロメア結合タンパク質として染色体の安定性に関わる他、メチオンニン生合成系遺伝子の転写活性化因子としても機能することが報告されている basic helix-loop-helix 型タンパク質をコードするCBF1 (centromere binding factor 1) 遺伝子のホモログであることが示された。そこで、この遺伝子をCmCBF1とした。Cbf1が転写活性化因子としても機能することから、CmCbf1も染色体における機能の他、ALK遺伝子の転写調節にも同時に関与している可能性が示唆された。しかしながら、大腸菌で発現させたCmCbf1はアフィニティー精製に用いたARR1-2領域への結合性を有していなかったことから、CmCbf1は他のタンパク質と複合体を形成してDNAに結合し、機能している可能性が示唆された。

C. maltosaの長鎖ジカルボン酸高生産株におけるALK遺伝子の発現解析

C. maltosaはアルカンによって生育させた場合、アルカン代謝産物として長鎖ジカルボン酸(DCA)を生成する。C. maltosaには、複数回の変異源処理を経て、アルカンを代謝してDCAを高生産するようになった変異株が存在し、DCAの発酵高生産に用いられている。そのような株において、DCAが高生産される要因の一つとして、アルカンや脂肪酸の炭化水素鎖末端の酸化反応に関わるP450alkの発現量の上昇に伴う活性上昇が考えられた。そこで、野生型株とDCA高生産株におけるP450alkの発現量を比較したところ、DCAを高生産する変異株ではP450alkのアルカン誘導時の発現が転写段階で顕著に上昇していることが示され、それが主にALK遺伝子プロモーターの転写誘導活性の上昇に起因するものであることが示された。また、脂肪酸の水酸化活性が特に強いP450分子種をコードするALK5の発現が変異株で特に顕著に上昇していたことから、ALK5遺伝子産物の高発現による脂肪酸ω末端の水酸化活性の上昇がDCAの高生産に大きく寄与している可能性が示唆された。

本研究では主要なALK遺伝子のプロモーター領域の解析を通じて、種々の誘導物質によるALK遺伝子の誘導性の制御に関わる応答配列を特定し、その解析を通じて、ALK遺伝子群の転写誘導機構の特殊性および複雑性を明らかにした。また、アルカン応答領域に特異的に結合する因子の精製を介してALK遺伝子群の転写調節に関与すると考えられる2種の転写因子をコードする遺伝子を単離した。今後は、本研究の成果に基づき、これらの遺伝子産物の機能を解明し、他のアルカン応答に関わる遺伝子を同様に単離、解析していくことで、C. maltosaにおけるALK遺伝子群の脂溶性物質による転写調節機構の全貌が明らかにされることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

酵母の中には炭化水素を資化して生育するものが多くあり、そのような資化能は多くの場合、誘導性である。n-アルカンを原料とする長鎖ジカルボン酸の生産に利用されるn-アルカン資化性酵母Candida maltosaでは、n-アルカンやその誘導体を単一炭素源として培養した場合、n-アルカンの初発酸化反応に関与するチトクロームP450(P450alk)が転写段階で顕著に誘導される。P450alkは8種のALK遺伝子群によってコードされており、そのうち、n-アルカンで強く誘導されるALK1、ALK2、ALK3およびALK5がコードする4種のP450alk分子種がn-アルカンの資化において主要な役割を担っている。これらは基質とする炭化水素鎖に対する特異性が異なっている。本論文では、これらのうち、主要なALK遺伝子群のプロモーター領域を解析して、ALK遺伝子群の転写誘導機構の特徴を明らかにした。ついで、n-アルカン応答領域に選択的に結合するタンパク質を精製し、その分析によって、n-アルカンに応答する転写調節への関与が予想される2種の遺伝子を単離したものである。

まず序論では、各生物が保有するチトクロームP450、n-アルカン資化性酵母のn-アルカン誘導性P450alkの諸性質、及び本論文の研究目的について概説した。

第一章では、主要な3種のALK遺伝子ALK1、ALK2、及びALK5の誘導特異性をレポーター遺伝子を用いた解析、及びノーザン解析により調べ、ALK遺伝子の誘導特異性と、それらがコードするP450分子種の基質特異性との間に有意な相関関係が認められることを明らかにした。

第二章では、これら3種のALK遺伝子のプロモーター領域の解析を行い、n-アルカン、オレイン酸、及びペルオキシソーム増殖剤の一種であるクロフィブレート等に応答した誘導性に関わる6ヶ所のシス領域を特定した。また個々のシス領域に特異的に結合するタンパク質がそれぞれのシス領域に対して存在することから、予想外に複雑な転写制御機構が存在する可能性を示した。また、n-アルカンとクロフィブレートによって強く誘導されるALK2遺伝子のプロモーター領域の欠失解析と変異導入解析の結果、n-アルカン応答配列(ARE2)はE-boxに相当する配列(CATGTG)を含み、クロフィブレート応答配列(CRE2)は3個のCCG配列を重要な因子として含むことを明らかにした。このことから、n-アルカンに応答する転写調節と、クロフィブレートに応答する転写調節の経路が異なるものであることを示した。さらに、CRE2に特異的に結合するタンパク質の存在を明らかにするとともに、CRE2は不飽和脂肪酸やステロイドホルモンにも強く応答することを示した。

第三章では、二種のn-アルカン応答領域(ARR1-1及びARR1-2)にそれぞれ特異的に結合するタンパク質を、DNAアフィニティー精製法を用いて精製し、これらに由来するペプチド断片の質量分析と、近縁のCandida albicansのゲノム配列データベースの検索によって、これらをコードする2種の遺伝子(それぞれCmNDT80及びCmCBF1)を特定、単離した。その結果、CmNDT80は、Saccharomyces cerevisiaeにおいて減数分裂の進行を制御する転写因子をコードするNDT80遺伝子のホモログであった。また、もう一方は、S. cerevisiaeにおいてセントロメア結合タンパク質として染色体の安定性に必要とされる他、MET遺伝子群などの転写活性化にも関与するbasic helix-loop-helix型タンパク質をコードするCBF1遺伝子のホモログであった。これらのうち、大腸菌で発現させたCmNdt80はDNAアフィニティー精製のプローブに用いたARR1-1領域に強い親和性で特異的に結合することを示した。また、Δcmndt80株では、野生型株に比べ、ARR1-1領域によってもたらされるn-アルカンによる誘導性が選択的に大幅に低下することから、CmNdt80がALK1の転写調節に関わる可能性を示した。

第四章では、C. maltosaの長鎖ジカルボン酸高生産変異株におけるALK遺伝子群の発現レベルを解析し、変異株では主要なALK遺伝子の誘導発現レベルがいずれも高まっていること、特に生産物であるP450alk5が脂肪酸ω酸化能の高いALK5の誘導発現レベルの上昇が顕著であることを見いだした。それゆえ、特に脂肪酸のω位の水酸化活性の上昇が、変異株における長鎖ジカルボン酸高生産の一因であることを示唆した。

以上、本論文は、ALK遺伝子群のプロモーターの解析によってそれらの転写調節の特性を明らかにするとともに、転写調節に関与すると思われるDNA結合タンパク質を捕捉したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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