学位論文要旨



No 118669
著者(漢字) 大野,孝恵
著者(英字)
著者(カナ) オオノ,タカエ
標題(和) 皮質脊髄路シナプスの発達・可塑性
標題(洋) Development and plasticity of corticospinal synapses in vitro
報告番号 118669
報告番号 甲18669
学位授与日 2004.01.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2215号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 高橋,智幸
 東京大学 教授 加賀,君孝
 東京大学 助教授 尾藤,晴彦
内容要旨 要旨を表示する

皮質脊髄路は最長かつ線維数最大の皮質遠心路であり、それ故、多くの神経疾患や外傷の座となり、その損傷は重篤な運動障害をもたらし得ることから、この系の生物学的特性を解明する事は、基礎的にも臨床的にも極めて重要であるが、投射距離の長さ等からこれまで十分追求されているとは言い難かった。

我々は新生ラットの感覚運動皮質と脊髄のスライスを共培養して皮質脊髄路シナプスをin vitroで再構築し、皮質深層を電気刺激して脊髄よりフィールドシナプス後電位(field EPSP)を記録する方法で、そのシナプス形成の空間分布を簡便かつ定量的に評価できる系を確立することに成功している(Takuma et al(2002)Neuroscience 109, 359-370)。今回は、この再構築系を用いて、皮質脊髄路シナプスの脊髄内における空間分布、その発生過程に見られる活動依存的なシナプス除去、更にそのメカニズムを明らかにし、その過程で興味ある事実を発見するに至った。

新生ラット(PO)の感覚運動皮質(前肢領域)と脊髄(頚髄)のスライスを共培養した。大脳皮質は冠状断,脊髄は水平断で400μmにスライスし、皮質から前肢領域を切り出し、皮質側に向ける脊髄白質は除去した。両スライスを500μm離してコラーゲン膜上の気相-液層境界面に置き、37℃,air95%,CO25%の環境で静置培養した。

皮質脊髄路シナプスはin vitroにおいてもin vivoと同様、脊髄背側に部位特異的に局在する

スライスを記録用チェンバーに置き、37℃に維持し、95%O2,5%CO2で飽和した潅流液で潅流した。白金双極電極を用いて2Hzの電流パルスで皮質深層を電気刺激し、その反応を脊髄よりガラス管微小電極で細胞外記録した(field EPSP)。シナプス形成の空間分布を定量的に評価するため、脊髄灰白質より100μmの格子状にfEPSPを記録した。培養後14日(14DIV)以降では、皮質に対して脊髄背側を向けた場合にも腹側を向けた場合にも、field EPSPはin vivoで皮質脊髄路が終わる脊髄背側(Rexed IV-VI層にほぼ一致した部位)に限局した分布を示すことがわかった。

皮質脊髄線維終末の分布を形態学的に調べるため、大脳皮質深層にbiocytinを置き、皮質脊髄投射線維を順行性標識した。神経終末は、14DIVでは皮質に対して脊髄背側を向けた場合にも腹側を向けた場合にも脊髄背側に限局して分布していた。

発達初期には脊髄灰白質にび漫性にシナプスが形成されるが、9日頃より腹側からシナプス除去が始まり背側に限局していく

つぎに、シナプス形成過程の時間経過を追うと、6DIVよりfield EPSPが記録可能となり、7DIVには脊髄灰白質全体に比較的広範に見られるようになる。しかし9DIVより腹側からは消退が始まり、14DIVには上述の脊髄背側部に限局するようになる。この過程をbiocytinを用いて組織学的にも検討してみると、神経終末は、シナプス分布の変化と平行して7DIVでは脊髄全体に分布し、9DIVから14DIVにかけて、脊髄背側へ限局していくことが確認された。

上記シナプス除去・背側への限局化は、活動依存的な過程である

視覚皮質、体性感覚皮質など中枢神経系において発生初期における活動依存的な可塑性が示されていることから、上記シナプス形成過程の活動依存性を検討した。培養液にNMDA受容体阻害剤であるD-2-amino-5-phosphonovaleric acid(APV)50μM、AMPA受容体阻害剤である6-cyano-7-nitroquinoxaline-2,3-dione(CNQX)10μM、及びNaチャネル阻害剤であるtetrodotoxin(TTX)3μMを添加し、対照群と比較した。シナプス終末の消退は、APV及びTTXにて抑制され、CNQXによる効果は両者に比べて優位に小さかった。これより、この発生過程におけるシナプス除去が活動依存性であり、かつNMDA受容体の活性化が必要である事が示唆される。

シナプス除去は腹側への軸索側枝の除去に伴っている

ここで、発生過程における神経終末の消退が、皮質における脊髄腹側に軸索をおくる錐体細胞の細胞死によるものか、腹側軸索側枝の軸索除去によるものかを検討するため、2種類の実験を行った。

1つの細胞が背側と腹側へ軸索側枝を送っていれば、その間に軸索反射が存在するはずである。1つはこれを確認するための電気生理実験で、paired pulse刺激を行った。7DIVに行ったpaired pulse刺激実験では、脊髄腹側刺激により皮質刺激の反応が干渉を受けており軸索反射が確認された。

もう1つは組織学的実験で、赤と緑2色の蛍光ビーズ(fluorescent latex microspheres, Lumafluor)を各々腹側・背側脊髄に注入して逆行性二重標識を行った。これらのビーズは神経終末からのみ取り込まれ、通過線維からは取り込まれない特性をもっている。注入には径30μmのガラス管微小電極を用い、2種のビーズの混入を避けるために最低150μmは離すよう、マニピュレーターを用いて顕微鏡下で慎重に行った。この逆行性二重標識でも7DIVには皮質細胞の大部分が二重に染色されたことから、同一の皮質細胞より脊髄腹側および背側に軸索が分岐していると解釈された。

7DIVに確認された脊髄腹側からの反応が14DIVには消失し、7DIVには二重に染色されていた皮質細胞も14DIVには大部分が背側脊髄に注入した単色のみに染色されていた。以上より、前述のfield EPSPおよび神経終末の消退の少なくとも主要な部分は、単一ニューロンの軸索側枝の軸索除去である可能性が示唆される。

本研究にて、皮質脊髄路シナプスの形成過程におけるシナプス除去とその可塑性が発見され、その可塑性が活動依存性であること、発生過程における神経終末の消退が皮質における神経細胞死によるものではなく軸索除去であることが解明された。これらは、皮質脊髄路および神経回路形成の分野の研究における貢献である。一方、軸索除去は痙性対麻痺,ALSをはじめとする錐体路疾患の病態との関連も注目され、この過程を究明することはこれら疾患を解明する上でも重要であろう。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、多くの神経疾患や外傷の座となり、その損傷が重篤な運動障害をもたらし得る皮質脊髄路のシナプスをin vitroで再構築し、その再構築系を用いて、皮質脊髄路シナプスの脊髄内における空間分布、その発生過程に見られる活動依存的なシナプス除去、更にはそのメカニズムを明らかにすることを目的としており、以下の結果を得ている。

シナプス形成の空間分布を定量的に評価するため、皮質深層を刺激し脊髄灰白質より100μmの格子状にfield EPSPを記録したところ、培養後14日(14DIV)以降では、皮質に対して脊髄背側を向けた場合にも腹側を向けた場合にも、field EPSPはin vivoで皮質脊髄路が終わる脊髄背側(Rexed IV-VI層にほぼ一致した部位)に限局した分布を示すことが明らかにされた。

皮質脊髄線維終末の分布を形態学的に調べるため、大脳皮質深層にbiocytinを置き、皮質脊髄投射線維を順行性標識したところ、神経終末は、14DIVでは皮質に対して脊髄背側を向けた場合にも腹側を向けた場合にも脊髄背側に限局して分布することが示された。

シナプス形成過程の時間経過を追ったところ、field EPSPは7DIVには脊髄灰白質全体に比較的広範に見られるが、9DIVより腹側からは消退が始まり、14DIVには上述の脊髄背側部に限局するようになることが示された。この過程をbiocytinを用いて組織学的にも検討したところ、神経終末は、シナプス分布の変化と平行して7DIVでは脊髄全体に分布し、9DIVから14DIVにかけて、脊髄背側へ限局していくことが確認された。

NMDA受容体阻害剤であるD-2-amino-5-phosphonovaleric acid(APV)50μM、AMPA型受容体阻害剤である6-cyano-7-nitroquinoxaline-2,3-dione(CNQX)10μM、及びNaチャネル阻害剤であるtetrodotoxin(TTX)3μMのうち一つを培養液に添加し、上記シナプス形成過程の活動依存性を検討したところ、シナプス終末の消退は、APV及びTTXにて抑制され、CNQXによる効果は両者に比べて有意に小さかったことから、この発生過程におけるシナプス除去が活動依存性であり、かつNMDA受容体の活性化が必要である事が示された。

発生過程における神経終末の消退が、皮質における脊髄腹側に軸索をおくる錐体細胞の細胞死によるものか、腹側軸索側枝の除去によるものかを検討した。まずpaired pulse facilitationを利用して軸索の腹側分枝-背側分枝間の軸索反射の存在を示す電気生理学実験では、7DIVに記録できた脊髄腹側からの反応が14DIVには消失していた。また赤と緑2色の蛍光ビーズ(fluorescent latex microspheres, Lumafluor)を各々腹側・背側脊髄に注入して逆行性二重標識を行う組織学的実験を試みた結果、7DIVには二重に染色されていた皮質細胞も14DIVには大部分が背側脊髄に注入した単色のみに染色されていた。以上から、前述のfield EPSPおよび神経終末の消退は軸索分枝の除去であることが示唆された。

以上、本論文にて皮質脊髄路シナプスの形成過程とその可塑性が明らかにされ、その可塑性は活動依存性である点、発生過程における神経終末の消退が皮質における神経細胞死によるものではなく軸索分枝の除去であることがわかった点など、今後の研究に大きく寄与するものと考えられる。軸索除去の概念は痙性対麻痺,ALSをはじめとする疾患との関連からも注目されつつあり、この過程を究明することは各疾患の病態を解明する上でも重要であり、本研究は学位の授与に値するものと考えられる。

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