学位論文要旨



No 118670
著者(漢字)
著者(英字) Garvey,Thomas
著者(カナ) ガーヴィ,トーマス
標題(和) 日本における最小限生活空間の有効利用の研究
標題(洋) Important Factors in the Effective Use of Small-scale Living Spaces : Japan as a Context of Study
報告番号 118670
報告番号 甲18670
学位授与日 2004.01.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5640号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

ハムレット王子にとってデンマークという国は牢獄であった。ソローにとって10×15フィートの小屋は「森の生活」に十分であったし、鴨長明は10フィート四方の方丈を逃避先として選んだのだった。空間の知覚はかなりの部分、主観的である。生活空間の主観的評価がどのように得られ、どのように有形・無形の要因がそれに結びつき、デザイナーがどのように空間の肯定的な質に貢献できるかが本研究の課題である。

背景と目的

本研究は地球外の最小限居住環境への関心から生まれた。人類が地球外に移動すると同時に、地球上ではますます多くの人間が都市空間の、より限定された生活空間に移動している。この二つを結びつけるのは、小規模生活空間に人間がどのように反応し、生活するかを理解することであり、ここから得られる示唆がどのように未来の生活空間デザインを変革しうるかを知ることが出発点であった。日本を研究フィールドとしたのは、人口が都市部に集中しているからだけでなく、日本の工業が高い生活レベルを実現するプロダクトの開発に成功してきたことから、ごく自然な選択であった。

本論文は、日本における小規模な空間居住の諸条件を調べることで環境とライフスタイルの関連についての知見を得て、デザインの役割を明らかにすることを目指す一連の研究の成果である。工業デザインの産物である家具、設備類や他のモノは特に重視された。一般に間違われる次の2つの仮定は本研究にとって重要である。密度が混み合いと同義で、高密度環境は低い生活の質と同義だというものと、小さな生活空間はライフスタイルに過大な制限を加え、よって広い生活空間に劣るというものだ。ライフスタイル、行動、デザインの研究はそもそも学際的であり、本研究は建築や工業デザインだけでなく、関連する環境行動研究の文脈にも位置づけられる。

本論文は大きく理論研究と調査からなる。デザイナーにとってのガイドとなりうる理解の枠組みを提供することを目指し、理論研究では本研究が貢献しうる点を特定し、調査では空間規模がアクティビティとモノに及ぼす影響を調べた。

理論研究

環境行動研究において密度、混み合いとストレスの関連について多くの研究がある。建築や構築環境のデザインを扱ったものもあるが、一部の例外を除いて小規模空間のデザインに特に着目した研究はない。工業デザインへの言及の少なさについては、専門分野として比較的歴史が浅いことと、理論的研究が限られていることが理由としてあげられる。

さらに、研究のタイプの両極端による支配が明らかとなった。一方に高度に理論的で抽象的なアプローチと、反対に実験室でコントロールできる特定の変数に焦点をあて、しばしば非常に細密に数値化するアプローチがある。いずれも学問的には適切であっても、デザイナーから見れば現実のデザイン課題への実用性と妥当性を欠く。これら両極端の間は、知見の共有と相互交換が可能な場であり、デザイン理論家と実務家、研究と実践の橋渡しをする中間領域を作り出すことは重要と思われた。

密度、混み合いとストレスについては、バウムとパウルス(Baum & Paulus)のモデルで概観できる。このモデルは、混み合い感の評価に関連する要因を入力変数とし、それに加わる背景要因、そして出力変数として混み合い感の有無と、混み合い感がある時にストレスがどのように緩和されうるかを示したものである。このモデルは本研究の扱う範囲外の変数も数多く含んでいるため、ここでは小規模生活空間の有効利用に最も関連の深い要素、いいかえれば、構築環境における物理的な人工物を提案・生産するのが仕事であるデザイナーのコントロールが及ぶ範囲に焦点をあてた。

混み合いモデルの入力変数、行動の制約とコントロール喪失はグループ化できる。背景要因の入力変数では、物理的セッティングの特性が最も関連が深い。これら3要因がデザイナーが一般に考慮する点である。このモデルによれば、混み合い感があるとストレスが伴い、それに有効な、あるいは不十分な折り合いがつけられる。有効な折り合いと、適応または許容が出力変数にあたる。

実態調査

調査は限定された生活空間の影響を、プロダクトと環境の変化と、その結果としての人間行動の2つの観点から明らかにすることを目的に行った。調査対象は20m2以下の空間とした。この面積は東京に住む独身者の小さめの住まいとして一般的であるのと、この広さのマンションの画一性によって条件がある程度コントロールされるからである。

第一の調査ではプロダクトと環境について、前段の理論が、どのように現実化するかを調べた。理論にデザイン的思考を組み合わせて、どのようにデザインが混み合いとストレスを緩和することができるかを探ることを目的として、空間的制約に対処したデザイン事例を写真・ビデオにより記録し、データベース化した。ここから共通するデザイン上の傾向が明らかとなった。例えば「小型化」という操作は住宅や2階建て駐車装置、家具やプロダクトに至るまでおびただしい数で見られた。

生活空間に展開されるアクティビティは空間(行為を包含する大きさ)とモノ(数と大きさ)の組み合わせを必要とする。空間とモノのサイズ(容積、場合によっては面積)を、ここでは本を読む(小さな空間、小さなモノ)、風呂に入る(中くらいの空間、大きなモノ)というように、小・中・大に分類した。この分類は身体感覚的なもので文化にも依存するが、厳密に分類してもここで論じる折り合い行動の構造に本質的には影響しない。

全てのアクティビティが専用の空間を持てない場合は、混み合いによるストレスが起き、それに対して折り合い行動がとられる。ここではアクティビティの「小型化」「重複」「代替」「消去」の4種類の折り合い行動について述べる。

空間やモノを最小限まで小型化することで、与えられた空間全体におけるアクティビティの自由度は上がる(日本はユニットバスのような小型化の例に事欠かない)。一つの空間におけるアクティビティの重複や、例えば一つのテーブルが家族の食卓にも子供の勉強机にもなるような、一つのモノを多機能に使うのも有効である。アクティビティが結果として同様の満足が得られる他のものと代替されることもある。例えば、家具づくり(大きな空間・モノ)を模型づくり(小さな空間・モノ)に置き換えることができる。アクティビティの消去という反応もあり得る。これらの相互作用的な反応が様々な度合いで複合する。

必要とされるアクティビティと望まれるアクティビティでは、後者が犠牲になる傾向がある。前述のメカニズムで全ての望まれるアクティビティが可能な場合か、一部のアクティビティの自発的な代替または消去がある場合に折り合いがつくが、強制された代替・消去や、代替・消去できないアクティビティの過度の小型化や重複は、折り合いの失敗とストレスにつながる。

第二の調査では人間とその行動に着目し、学生寮のような小規模生活空間のためにデザインされたモノ、家具や設備がどのように使われるか(あるいは使われないか)を調べた。目的は、居住者による満足度評価、表現に使われる語彙、設備・家具の満足度に絡む要因(大きさ、機能性、無形の質)を分析することで望ましい住環境の条件を明らかにすることと、その結果を小規模生活空間の有効利用に関する一般的枠組みに当てはめることだった。東京大学駒場国際ロッジの13m2の個室に住む20カ国、41人の外国人留学生に対してアンケートとインタビューが行われた。調査対象は外国人だが、デザインは日本的文脈で生まれたもので、その特徴の多くは小規模空間での生活を容易にするための工夫である。

部屋のレイアウトと個々の家具・設備に関しては、大きさ(広さ)が常に満足度の最も重要な要因だった。言語的記述は主に大きさについてであり、次に無形の質、機能性、環境制御要因が続いた。定量化できる質を述べた言葉は、そうでないものの3倍聞かれた。つまり、満足度を決めるほとんどの要因は数量化できる。

バルコニーとベッドは、大きさとフレキシビリティーゆえ最も満足度が高かった。満足度が低かったのは、収納が足りず、小さすぎると評価された台所と、スペース節約の特徴的な工夫があるにもかかわらずシャワー/トイレだった。デザイン意図の考察において、この点は重要と思われた。

家具・設備の使われ方と折り合い行動との関連を分析すると、高い満足度にもかかわらず、バルコニーは洗濯物を干す以外にほとんど使われていなかった。このことからバルコニーの意義は外部とのつながりや、中間的な緩衝領域としての役割にあると思われた。造り付けのベッドは使わない時には壁に垂直に収納できるが、調査対象の3分の2が常時ベッドを下げており、想定された使われ方と実際との潜在的ギャップの存在を窺わせた。むしろ作業面や座る場所として利用され、選択性があることが便利だと評価された。

これらから一般的な小規模生活空間に望まれる条件を考えると、大きさ・広さと機能性があげられる。また、必要な、あるいは望まれるアクティビティが行われうるならば、空間的制約は許容できるものと思われる。設備・機能の小型化は有効だが、それは機能的要求を減らすのではなく、質を高める方向でなければならない。無形の価値への言及は多く、それらの要素やそれを生み出す方法を明示するのは難しいが、設計において見過ごすことはできない。

結論

理論研究では、デザイン理論が環境行動研究の理論と関連し、統合されうる領域を明らかにし、学際的な知見の可能性を示した。調査では、小規模生活空間におけるモノがどのように空間の使われ方に影響し、どのように要求された行動が達成または制限されるかを考察した。以上から小規模生活空間の有効利用に関する理論的枠組みにおいて考慮すべき項目が提示された。これらを用いて、将来的により優れた小規模生活空間をデザインすることが可能であると結論できる。

しかし、本研究は小規模居住空間を弁護しようというものではない。目的はあくまで小規模空間の有効利用において重要な要素は何か、そしてそれらがプロダクト、行動、人間の生活にどのように影響を与えるかを探ることにある。本研究では広さだけが小規模空間における生活の質と機能性を規定するわけではないことが示された。つまり、小さいことは必ずしも悪いことではない。ただし、そこによく住まうための他の条件が妨げられなければという条件つきである。逆に、居住空間には可能な限り広い物理的空間を用意するべきだという議論も成り立つだろう。すなわち、本研究では日本にはスケールの縮小を最大限実現した事例が多くみられることに着目したが、そうした縮小がデザインのベストな手法とは限らない。これらの事例から得られる知見をどのようにデザインスタンダードや新しい居住空間の創造に適用するかは重要な課題である。

審査要旨 要旨を表示する

この論文は、空間の知覚はかなりの部分主観的であるという前提に立ち、生活空間の主観的評価がどのように得られ、どのような要因がそれに結びつき、設計においてどのように空間の質の向上に貢献できるかを考察することを目的としている。

本論文は6章から構成される。

第1章では、研究の概要と目的,研究方法と論文の構成を述べている。

第2章では、既往研究の考察を行っている。基本となる理論をまず環境行動研究理論におき、「混雑」の概念を述べている。次に工業デザイン理論をもとにして、シナリオライティングの論理を解説している。

第3章では、日本を調査の対象にした理由、歴史的展望、そして現状の分析を行っている。

第4章では、理論体系を論じている。概要と言葉の定義、スケールの限界に対するデザイン上の対応、重要な要素についての考察である。

第5章では、実地調査の報告を行っている。ケーススタディの目的とタイプ、東京大学駒場国際ロッジでの調査を分析・考察している。

第6章では、考察と全体の結論をまとめている。

本論文は、デンマークという国(牢獄・クルミの殻)に閉じこめられたハムレット王子、10×15フィートの小屋で「森の生活」をしたソロー、10フィート四方の方丈を逃避先にした鴨長明を例に挙げることから始まっている。現代では宇宙船という地球外の最小限居住環境へ人類が移住すると同時に、地球上ではますます多くの人間が都市空間内の限定生活空間に移住していることに注目し、この二者を結びつけて、小規模生活空間への人間の反応を理解することにより未来の生活空間設計の変革を思考することを目的としている。

都市部への人口集中だけでなく、工業技術開発に成功して、高い生活水準を実現している日本の住居を最小限空間の典型例として研究フィールドに選択している。

日本の小規模空間居住の諸条件を調べることを通して、まず環境とライフスタイルの関連についての知見を得、工業デザイン産物の家具・設備類などに注目している。密度が混み合いと高密度環境は低い生活の質と同義であるという見解と、小規模生活空間はライフスタイルに過大な制限を加え広い生活空間に劣るという見解における一般的誤解に疑問を見出して研究仮説としている。このようなライフスタイル・行動・デザイン研究は元来学際的で、環境行動研究の文脈としても本研究は位置づけられる。

本論文は理論考察的研究と調査実証的研究から構成され、前者では本研究が貢献可能な点を特定し後者では空間規模が活動とモノに及ぼす影響を論じている。

調査では、プロダクトと環境の変化、人間行動の両観点から20m2以下の限定された生活空間の影響を明らかにすることを目的としている、例えば、「小型化」という操作は住宅や2階建て駐車装置、家具やプロダクトに至るまで夥しく存在していることを指摘し、空間とモノのサイズ(容積、面積)を、本を読む(小さな空間、小さなモノ)、風呂に入る(中くらいの空間、大きなモノ)というように、小・中・大に分類している。全てのアクティビティが専用空間を持てない場合は、混合いによるストレスが発生し、それへの折り合い行動が発生することを発見し、アクティビティの「小型化」「重複」「代替」「消去」の4種類の折り合い行動について述べている。次の調査では人間と行動に着目し、小規模生活空間用にデザインされたモノ、家具・設備がどのように使われるか(使われないか)を、東京大学駒場国際ロッジの13m2の個室の実測とそこに住む20カ国、41人の外国人留学生に対してアンケートとインタビューにより調べている。その結果、部屋レイアウトと個々の家具・設備に関しては、大きさ(広さ)が常に満足度の最大要因であり、言語的記述を見ると、主に大きさ、次に無形の質、機能性、環境制御要因であり、定量化できる質を述べている言葉は他より3倍存在することを指摘している。つまり、満足度を決めるほとんどの要因は数量化できるとしている。

以上、本論文は理論考察研究では、デザイン理論が環境行動研究の理論と関連し、統合されうる領域を明らかにし、学際的な知見が得られる可能性を示している。調査実証研究では、小規模生活空間におけるモノがどのように空間の使われ方に影響し、どのように要求された行動が達成・制限されるかを考察している。以上から小規模生活空間の有効利用に関する理論的枠組みにおいて考慮すべき項目を明確に提示している。つまり、小さいことは必ずしも悪いことではない。ただし、そこによく住まうための他の条件が妨げられなければという条件つきであることを明らかにしたのである。

このように、本論文は今後、人口の増加と相対的に狭くなる居住環境における建築的な在り方について基本的な知見を示し、建築計画学の発展に大きな寄与をしたものである。

よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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