学位論文要旨



No 118672
著者(漢字) 松下,健治
著者(英字)
著者(カナ) マツシタ,ケンジ
標題(和) 再突入極超音速プラズマ流の電磁気力による制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 118672
報告番号 甲18672
学位授与日 2004.01.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5642号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 助教授 小紫,公也
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景

地球低軌道からの再突入飛行体は宇宙ステーションへの輸送システムそして将来の宇宙活動のために不可欠である。そのような飛行体の設計において重要な問題のひとつが空力加熱に対する熱防御である。

再突入飛行における高い熱負荷は、飛行体前面に発生する強い衝撃波によって加熱された高温の空気によるものであるが、低軌道からの再突入においても、このような高温の空気は弱電離している。プラズマ物理学によれば、電磁場を用いることによりこのような電離した空気を制御することが可能である。このようなアイデアに基づいて、最近多くの研究が行われている。そのひとつが飛行体表面での空力加熱を低減する熱防御システムである。

研究の目的

現在までこの電磁場によって空力加熱を低減する熱防御システムについて様々な観点から研究が行われているが、いずれも特定の飛行環境下での研究に終始しており、実際の地球低軌道からの再突入状態における様々な飛行環境下での系統的な検討は行われていない。本研究では実際の地球低軌道からの再突入状態においてこの熱防御システムが実現可能であるかどうかを検証することを目的とし、様々な実飛行環境下における熱防御システムの効果について包括的に調査し、その結果重要な影響を与えると判明した後述のホール効果による影響について詳しく調べることとした。検証には数値シミュレーションの技法を用いる。実飛行状態のサンプルとしてスペースシャトルの再突入状態を使用し、磁気による効果を決定するパラメータを実飛行状態で見積もり、そのパラメータを用いて熱防御システムの効果を検討した。

制御の原理

始めに磁気による熱防御システムの原理を簡単に説明しておく。図1のように、磁気Bが印加された軸対称な鈍頭物体に対してプラズマの流れVが当たっている状態を考える。オームの法則により、プラズマの流れが磁力線を横切るとき軸対称面に垂直な方向(周方向)に電流Jが流れる。そして、このような電流に対して磁気が作用して図1に示されたようなローレンツ力F が働く。このローレンツ力の方向はおおむね流れに逆らう方向に働いており、ローレンツ力によって流れが減速されることになる。流れが減速されることにより衝撃層が広がり、物体表面での温度勾配が減少して熱流束が減少することになる。

磁気を強くすると上記の効果が増加するものの、同時にホールパラメータと呼ばれるパラメータが大きくなり、ホール電流と呼ばれる電流が軸対称平面内を流れる(このような効果をホール効果と呼ぶ)。ホール電流が流れると、それに応じて周方向に流れる電流が減少する。そのため、ホール電流が流れて周方向に流れる電流が減少すると流れに対する減速力が低下し、磁気による熱防御の効果が減少する。

熱防御の効果は周方向の電流による物体表面での温度勾配の減少とホール電流への電流散逸のバランスで現れる。そのバランスはインタラクションパラメータ〓とホールパラメータ〓により決まるため、両パラメータの見積もりが重要となる(ただし、σは電気伝導度、Bは磁気の強さ、Lは代表長さ、V∞は代表速度、Ve,inは電子の衝突周波数である)。本研究では実飛行状態での両パラメータを見積もった上で、熱防御システムの効果を検討した。

実飛行状態での予測

解析手法

本研究では地球再突入機の実飛行状態の流れ場を予測・解析することで熱防御システムの有効性を調べる。実飛行状態のサンプルとしてスペースシャトルの再突入軌道を使用することにした。

本解析では検討対象とする物体として、スペースシャトルのノーズ半径と同じ半径の半球を考え、この物体周りの極超音速流れを数値的に解析する。我々の関心がよどみ点付近にあるためである。熱防御の効果は上記パラメータのみではなく磁場の配位そのものに強く依存する。物体周りに印加する磁場に関しては様々な印加の仕方が考えられるが、この研究では最も基本的と考えられる磁気双極子を球の中心に置いた場合を考える。以下の議論はこの磁気配位に対してのみ成り立つことに注意されたい。磁気の強さが強くなればなるほど流れ場に対する効果が大きくなるのであるが、この解析ではよどみ点での磁気の強さを実現性を勘案して0.1Tとした。図2にスペースシャトルの典型的な再突入経路が示してあり、この中の4つのケースの飛行状態について予測を行うこととした。

上に述べた4つの状態のおける気流条件について、本研究では2種類のコードを併用して予測を行った。第一のコードは低磁気レイノルズ数モデルの熱量的に完全な気体についての電磁流体コードに、一般化されたオームの法則を組み合わせた、磁気の作用を解析するための「磁気コード」、第二のコードは熱化学非平衡計算を含んだNavier-Stokesコードを基としたQ、βeを予測するための「実在気体コード」である。予測手順はまず、上記気流状態で実在気体コードを用いて実フライト状態でのQ、βeを予測する。そして、予測されたQ、βeのよどみ点付近での代表値を磁気コードに織り込んで、磁気による効果を含めた解析を行った。

予測結果 −ホール効果を考慮しない従来手法に基づいて−

実在気体コードによる解析によって、Q、βeの代表値を求め、その値を磁気コードに織り込んで解析を行った。まず、現在の標準的な手法であるホール効果を考慮しない解析を行った。その結果、熱防御の効果として最大のケースで23%熱流束が減少することがわかった。ただし、βeは各ケースとも1より大きな値をもちホール効果が現れる可能性を示している。

予測結果 −ホール効果を考慮した場合−

ホール効果がどのように影響を与えるのかを調べるために磁気コードをホール効果を含めた解析ができるように改良し、前節と同じ予測解析をホール効果を含めて行った。その結果、ホール効果によって熱流束の様子が変化し、熱防御の効果は最大のケースでも0.2%であることがわかった。この予測より実飛行環境下ではホール電流による影響は大きく、熱防御の効果をうち消してしまうことが判明した。

熱防御効果が現れる飛行条件の検討

以上により、スペースシャトルの飛行経路では、ホール効果により熱防御の効果がうち消され最大のケースでも0.2%しかないことがわかった。そこでシャトルの飛行条件にこだわらずに熱防御効果が現れうる飛行条件を検討する。

インタラクションパラメータ、ホールパラメータと熱流束の関係

まず、インタラクションパラメータ、ホールパラメータについて、それによるよどみ点での熱流束の変化を調べる。その結果を図3に示す。この図では熱流束はQ、βeがともにゼロの場合の値について正規化されており、Qが大きいほど、またはβeが小さいほど熱流束減少の効果が大きくなることを示している。

飛行高度、飛行速度とインタラクションパラメータ、ホールパラメータの関係

続いて、飛行高度、飛行速度に対するQ、βeの変化について調べた。高度を70、60、50km、速度を8、7、6、5km/sとして予測計算を行った。よどみ点での磁気の強さを0.1Tとした場合についてのQ、βeを図4に示す。Qについては、速度が速いほど電気伝導度が大きいため、高度が高いほど密度が低いためQが大きくなることを示している。また、βeについては、速度が速いほど圧縮により密度が高くなるため、また高度が低いほど密度が高くなるためβeが小さくなることを示している(密度が高くなると電子の衝突周波数が増し、βeが小さくなる)。

飛行高度、飛行速度と熱流束の関係

(5.1)、(5.2)で得られた結果をもとにQ、βeを介して飛行高度、飛行速度に対する熱流束の変化を調べることができる。この結果を図5に示す。飛行速度が速いほど衝撃層が高温となって電離度が増し、電気伝導度が大きくなってQが増すので熱流束の低減効果が大きくなることがわかる。ただし、熱防御の効果は最大のケースでも2.4%である。電子密度の推定には実際の値に対して不確定性があるため、電子密度が仮に推定値の5倍であるとして解析した場合の熱流束を図6に示す。図6によると熱防御の効果はどの飛行条件でもノミナル値より大きくなり最大のケースで11%で、電子密度の熱流束に対する影響が大きいことがわかる。磁気の強さの影響を見るため、磁気の強さを3倍にしたときの熱流束を図7に示す。熱防御効果が最大のケースで高々6.5%ではあるが磁気を調節することで熱防御の効果を大きくすることができる可能性を示している。

結論

磁気力を用いた熱防御システムについて理論的検討を行った。実飛行を想定した計算を行い、Q、βeを見積もった上で、この見積もり値を用いて磁気を印加した場合の計算を行った結果、これまでの標準的な手法であるホール効果を考慮しない解析では熱防御の効果が最大23%現れることがわかった。しかし、ホール効果を考慮した解析を行ったところ結果は大きく異なり熱防御の効果は高々0.2%であった。従ってスペースシャトルの実飛行環境下ではホール効果が無視できず、ホール効果により熱防御システムの効果がかなりうち消されてしまうことが判明した。

続いて、シャトルの飛行条件にこだわらずに熱防御の効果が現れる飛行条件を調べた。その結果、速度が速い条件ほど熱防御の効果が現れるが、実用的飛行条件では、その効果は最大でも2.4%と大きくない。しかし、電子密度の推定には大きな誤差が含まれることから、もし本予測値より電子密度が大きければ適度な熱防御の効果を期待できる。また、磁気を調節することでも改善の余地がある。とはいうものの、熱防御の効果は依然として小さい。ただし、これらの結論は本研究で仮定された磁気配位に依存していて、磁気配位を変えれば状況が変化する可能性がある。

これまでホール効果を考慮しないまま熱化学非平衡、磁気変動などの詳細な研究が数多くなされているが、まず単純なモデルでよいのでホール効果による熱防御効果減少の影響が少ない磁気配位を検討し、その上で詳細な検討を行うことが必要である。

制御の原理

実飛行経路

インタラクションパラメータ、ホールパラメータに対する正規化された熱流束

飛行高度、飛行速度に対するインタラクションパラメータ、ホールパラメータ

飛行高度、飛行速度に対する正規化された熱流束(ノミナル)

飛行高度、飛行速度に対する正規化された熱流束(電子密度5倍)

飛行高度、飛行速度に対する正規化された熱流束(磁気3倍)

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)松下健治提出の論文は「再突入極超音速プラズマ流の電磁気力による制御に関する研究」と題し、本文8章及び付録1項から成っている。

大気中を高速飛行する飛行体周りに生じる極超音速流れは高温であり、そのために生じる飛行体の加熱を防ぐことが機体設計上の重要な課題となっている。そのような流れはしばしば弱いながらも電離しており、電磁気力による制御の可能性および制御の結果としての加熱の低減が理論的に指摘されていた。最近、特に数値解析を用いて、特殊な仮定を用いながらも、その可能性があらためて様々の角度から検討されている。しかしながら、スペースシャトル等、地球低軌道から再突入飛行するような飛行体に対して、そのような効果がどの程度期待できるかについての検討は現在行われていない。このような検討はこの効果の実用化の観点からは必須である。そのため、本研究ではスペースシャトルを例にとり、実際的な飛行経路に沿って、この効果がどの程度期待できるかについて検討を行っている。

第1章は序論であり、当該電磁効果の原理、研究の現状が述べられ、さらに、本研究の目的が述べられている。続けて、本研究の構成が述べられる。即ち、本研究では、この効果の程度を把握するため、まず、飛行経路に伴う各飛行条件における流れの状態を実在気体効果を含む計算により予測し、その結果をもとに、電磁効果を含む流れについての別の計算により、当該効果を見積もることとしている。

第2章では、電磁効果を含む流れの計算方式について説明している。支配方程式は、通常の流れの方程式にローレンツ力、ジュール加熱効果を含むいわゆる電磁流体モデルといわれているものである。このモデルでは、電磁効果は、磁場の強さの2乗に比例し、プラズマの密度や電気伝導係数、機体のサイズ、飛行速度などに依存する無次元パラメータ(インタラクションパラメータと言う)に現れてくる。また、電場と電流との関係は、一般的にはホール効果などが現れるが、これまでの解析では単純なオームの法則が用いられるのが現状である。一方、本研究ではホール効果まで解析可能としている。さらに、これらの数値モデルの数値解析法について説明されている。

第3章では、上記電磁流体モデルの数値的な解の妥当性が検討される。インタラクションパラメータへの解の依存性、さらに、ホールパラメータに対する解の依存性が検討され、本研究で開発された計算コードは十分信頼できることが結論されている。それらの依存性を要約すると、磁場の強さが強くなるとインタラクションパラメータは大きくなり、それにともない、加熱の低減効果も大きくなる。また、ホールパラメータが大きくなると、加熱の低減効果が失われる傾向にある。

第4章は、実在気体効果を含む計算方式の説明であり、温度非平衡を4温度モデルで表し、非平衡化学反応を11種化学種について考慮したモデルであることが述べられる。さらに、この計算方式によるプラズマの密度予測の妥当性が過去の飛行データと比較検討され、信頼できる予測を与えると結論づけられている。

第5章では、ノミナルな実飛行としてスペースシャトルの飛行に着目してその経路に沿っての電磁力による加熱量低減効果を検討している。その際、電磁力の効果として、現在の標準的モデルであるところの、ホール効果を無視し、インタラクションパラメータのみを考慮したモデルで、加熱量低減効果を見積っている。また、機体形状は機体先端部のみに着目して、半球を頭部にもつ円筒形状で模擬することとし、磁場配位は従来の研究に従い双極型の配位を先端部に仮定している。検討の結果、実現可能性のある磁場の強さにおいて、約20%程度の加熱率の低減効果が、特に高高度において、期待できることが示されている。これと並行して、本モデルで無視されたパラメータの大きさを見積ったところ、ホールパラメータが予想外に大きく、単純に無視することには無理があるとの結論を得ている。

第6章では、5章の指摘を引き継いで、ホールパラメータを考慮した解析を行っている。ノミナルな実飛行環境下で予想されるホールパラメータを考慮した結果、加熱率の低減効果がホール効果により弱められるため、第5章において見出された加熱の低減効果はほとんど期待できないほど弱まってしまうとの結論に達している。

第7章では、加熱の低減効果が期待できる可能性をノミナルな飛行状態の近傍で探っている。このため、シャトルの飛行経路近傍における飛行条件での加熱低減効果の現れ方を探るとともに、磁力の強さ、電離の度合いの効果について検討を加えている。その結果、さまざまな可能性を考慮するとある程度低減効果が期待できるものの、あくまでも、その効果は小さく、ここで仮定された磁場配位では、現在期待されている電磁力による加熱量の低減効果について余り期待できないとしている。

第8章は結論であり、シャトルに代表される地球低軌道からの再突入機における電磁力による空力加熱の低減効果について、従来検討されここでも仮定された磁気配位ではその効果が予想外に小さいことを結論としている。また、この結果は、従来の研究においては無視されてきたホール効果によるものであることを明らかにしている。さらに、さまざまな可能性を考慮すると、低減効果がある程度期待できるものの、あくまでも、その効果は小さく、現在期待されている磁気力による加熱量の低減については、磁気配位等、さまざまな工夫が必要であるとしている。

以上要するに、本論文は再突入機における電磁力による空力加熱量の低減効果について現実的な飛行環境下での現れ方について検討を加え、従来の予想に反し、一般に期待されているような低減効果を期待することが困難であることを示すと共に、さらなる工夫が必要であることを明確にした点で、宇宙工学に貢献するところが大きいと認められる。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク