No | 118677 | |
著者(漢字) | 島田(日江井),香弥子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | シマダ(ヒエイ),カヤコ | |
標題(和) | 一年生草本ママコナの送粉共生系と繁殖生態に関する研究 | |
標題(洋) | A study on pollination systems and reproductive biology of an annual herb, Melampyrum roseum var. japonicum (Scrophulariaceae) | |
報告番号 | 118677 | |
報告番号 | 甲18677 | |
学位授与日 | 2004.01.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第457号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 広域科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 被子植物の繁殖に関わる形質(花の形態、色彩、香り、性など)の多様性の進化には、送粉者が大きく関与してきたと考えられている (Grant & Grant 1965)。特に花の形態と送粉者との形態的な適合、あるいは開花時期と送粉者の出現時期の同調、などの両者の密接な相利共生関係は顕著な例であり、‘ポリネーション・シンドローム'と呼ばれている。これまで、植物の繁殖に最も効果的に寄与した送粉者に適応して植物は種分化した、といういわゆる‘Stebbins の原理 (1970)'をもとに、植物-送粉者間の適応関係を解明しようとする研究が盛んになされてきた。しかし、実際の植物の繁殖様式とその送粉者との関係は必ずしも一対一ではなく、1つの植物に対して複数の送粉者が訪花している場合や、ある植物の送粉者が同時期に別の植物種も訪花している場合が多い。従って、植物と送粉者の適応進化の要因を理解するためには、送粉者間の貢献度を定量化して比較するなど、よりきめ細かな研究が必要である (Ollerton 1996 ; Waser 1998 ; Johnson & Steiner 2000)。 そこで私は、従来の訪花頻度や形態的な適合により、ポリネーション・シンドロームの例として単純に理解されてきた植物-送粉者の関係も、植物の繁殖への送粉者の貢献度を定量化して評価することによって、送粉者の効果をより明確にできると考えた。研究対象としたゴマノハグサ科ママコナ属ママコナ (Melampyrum roseum var. japonicum) は、左右相称を基本とした花の形態を持ち、種子による繁殖を行うが、その花粉の媒介には口吻長の異なる複数種のマルハナバチが関与することが知られている (Kudo 1993)。さらに、発芽、生長、開花、繁殖を1年以内で完結する一年生植物であるため、花、種子などへの繁殖コストを直接的に評価できるという利点も併せ持っている。 そこで本学位論文は、ママコナを対象に交配様式を含む生活史、繁殖と資源配分機構、送粉共生系の実態の調査・研究を行い、植物の繁殖に及ぼす複数の送粉者種間の効果の違いに着目して、植物が送粉者を一種に限定していない意義について考察することを目的とした。 ママコナの繁殖様式 ママコナの花は両性花であるが、雄蕊と雌蕊は直接接しない。野外における袋掛け、除雄などの交配実験を行った結果、自家和合性を有するが、自動的に自家受粉する機構はなく、また、強制自家受粉と他家受粉による結実率(成熟したさく果内の、結実種子数/胚珠数)には差異は認められなかった。しかし、花粉管の伸長速度を自家・他家花粉間で比較したところ、他家花粉の方が24時間以内に珠孔まで達する数が多かった。以上の結果からママコナは、繁殖には送粉者の媒介を必要としており、他家受粉を選好しているが、隣家受粉を含めた自家受粉による結実も可能なことが明らかとなった。 ママコナは一個体あたり、通常9-11個の花序からなり、それぞれの花序には8-24個の花をつける。ひとつひとつの花をマーキングし、花序間および花序内の開花・結実の変異性について追跡調査したところ、結実率は花序間および花序内において差は認められなかったが、結果率(結実したさく果の数/花数)は、開花の早い主軸や、花序内においても開花順に高かった。この変異性の要因を探るため、ママコナの花を蕾の段階で切除し、花序あたりの花数を2、4、8、12、切除なしの5段階にそろえ、その後の結果率・結実率への影響を調べる資源分配・操作実験を行った。結果率は、花数の減少に伴い徐々に増加したが、結実率は、花序あたり2個ずつ残した場合に高くなった以外、花数の影響はなく一定値を示した。また、ママコナの主軸を用いて、花序内の花の位置による結果率、結実率への影響を調査したところ、花の位置による影響はなかった。 以上から、ママコナでは、さく果を成熟させるための資源が開花の順序に従って分配されていることが明らかになった。その一方で、結実率に関しては花序間、花序内、花数、位置などによる顕著な差はなく、以下の野外における操作実験では、結実率を指標にして送粉者の貢献度を比較できることを確認した。 ママコナの繁殖への複数マルハナバチ種間の貢献度の違い 山梨県犬切峠 (IP) のママコナ群落は、ナガマルハナバチ (Bombus consobrinus)、トラマルハナバチ (B. diversus)、ミヤママルハナバチ (B. honshuensis)、オオマルハナバチ (B. hypocrita) の4種のマルハナバチによって訪花されている。この4種のマルハナバチがママコナの繁殖に及ぼす効果の違いについて、(1) マルハナバチの訪花頻度および訪花行動、(2) マルハナバチの形態および訪花姿勢、(3) 訪花回数と花粉持ち出し量の関係、(4) 送粉される花粉の量および質(自家花粉と他家花粉の割合)、(5) 花粉管伸長数、(6) 結実率および種子重量、(7) 訪花回数と結実率の関係を定量的に測定し比較した。 これら4種のマルハナバチ種は口吻長に大きな違いがみられ、それに伴いママコナへの訪花行動やママコナの種子生産の質と量には、以下のような顕著な違いが認められた。例えば、口吻の最も長いナガマルハナバチがママコナを一回訪花した時に、柱頭に付着させた花粉のうちの39%が他家花粉であり、一回訪花による結実率は4種の中で最も低いが、種子のサイズは大きかった。口吻が二番目に長いトラマルハナバチでは、一回の訪花で葯から持ち出す花粉量は最も多いが、柱頭に付着させる量は少なかった。しかし、付着させた花粉の65%は他家花粉で、24時間で珠孔まで達した花粉管伸長数は多かった。一回訪花による結実率は高いが、種子のサイズは小さかった。一方、口吻が比較的短いミヤママルハナバチでは、花序内移動の割合が高く、隣家受粉をさせやすいと考えられた。実際、ミヤママルハナバチは、一回訪花により柱頭に付着させる花粉量が最も多く、そのうちの自家花粉の比率 (76%) は高かった。結実率は4種の中で最も高いが、種子のサイズは最も小さかった。4種の中で最も口吻の短いオオマルハナバチは、口吻が蜜源まで届かず、花粉収集が主目的で、他種とは訪花姿勢が異なっていた。オオマルハナバチの生息個体数は少なかったため充分なデータを収集できなかったが、柱頭に付着させる花粉はほとんど他家花粉であった。 以上のように、一見同じように見えるマルハナバチ種の訪花も、送粉者間の形態・行動様式の違いにより、その後のママコナの種子生産様式を大きく変えることが明らかになった。ここでは、ママコナは特定のマルハナバチ種に送粉を依存しないことによって、繁殖に多様性をもたらし送粉を確実なものにしていることが示された。 訪花昆虫相の異なる群落におけるママコナの繁殖 上述したように、ママコナは通常、複数種のマルハナバチによる送粉共生系を維持しているが、その植物-送粉者両者の関係の可塑性を理解するために、一種のマルハナバチ (B. diversus) しか生息していない茨城のママコナ群落(田野 : TN)、及びマルハナバチが生息していない北九州の2群落(三里松原 : SM、筑前新宮 : CS)において、送粉昆虫とその活動、花形態、結実率を調査した。 主たる送粉者としてトラマルハナバチしかいないTNにおいては、ママコナの花筒長はIPの花筒長と比較して有意に2mm長く、トラマルハナバチの口吻長に一致していた。ここでは、送粉者の誘引に直接関わる花の形質に関して、TNにおける唯一の送粉者であるトラマルハナバチの形態に適合していることが確認された。 一方、SM、CSでは、主な送粉者としてセイヨウミツバチ (Apis mellifera)、ハキリバチ (Megachile) などの訪花が認められた。それらの訪花頻度は低く、活動は盛んではなかったが、結実率はIPと同程度であった。この地域は、Ollerton (1996) が指摘していた代替の送粉者に繁殖を依存している例と考えられる。 以上の結果から、従来の訪花頻度や形態的な適合によりポリネーション・シンドロームとして理解されてきた植物-送粉者の関係にも、複数送粉者の種間で植物の繁殖に対する貢献度に違いがあることを明確にできた。ママコナは送粉者のマルハナバチ1種の存在下では、マルハナバチと一対一対応の適応を示す一方、貢献度に違いのある複数の送粉者の訪花を充分に受けられる環境下では、特定種に依存しないことによって、繁殖に多様性をもたらし送粉を確実なものにしていた。さらにマルハナバチが存在しない環境下でもマルハナバチ以外の送粉者を受け入れて繁殖を確実にしていた。以上のように、本学位論文では、ママコナを対象に、従来の送粉者を特定化する対応関係だけではなく、複数種が関与する多様な送粉共生系の適応進化の存在を具体的に明らかにした。 | |
審査要旨 | 生物にとって繁殖は、自らの遺伝子を後世に残す上で極めて重要である。多くの陸上植物の繁殖では、花粉を雌しべ(雌蕊)に到達させる必要があり、そこには進化の結果、さまざまな工夫が見られる。花粉の移動には昆虫などの送粉者の関与することが多く、その際に、植物の繁殖に関わる花の形質と主な花粉送粉者には、形態の適合や時間的な同調性のみられることが多い。このような植物と送粉者との密接な共生関係は“ポリネーション・シンドローム”とよばれ、共生相手を特定化する関係が適応進化として重要視されてきた。しかし、さまざまな植物種において、形態の異なる複数種の送粉者が繁殖に関与し、必ずしも共生相手を特定化しない関係の可能性が指摘されるようになった。本学位論文は、植物が従来型のポリネーション・シンドロームだけでなく、異なった送粉者に対応して受粉の機会を多くして、より幅広い環境下で繁殖を可能にしている状況を明らかにした。 本研究で用いられたゴマノハグサ科ママコナ属のママコナ (Melampyrum roseum var. japonicum) の花は、筒状で上唇弁の中に雌しべと雄しべ(雄蕊)が内包されているため、ハナアブ・甲虫・チョウによる訪花では送粉効果がなく、花蜜と花粉を求める複数種のマルハナバチが送粉に関与する“マルハナバチ媒花”であることが知られている。また、ママコナは1年生植物のために、花・種子などへのエネルギー投資により生じる繁殖のコストの直接評価が容易で、研究対象として適している。 本論文は6章で構成されていて、第1章ではダーウィン以来の関連分野の研究を広範囲に精査・整理して本研究の研究方向をとるにいたった経緯をまとめ、第2章では研究対象のママコナと研究を実施した野外調査地の特徴を述べている。 第3章では、野外での繁殖様式調査によって、ママコナの繁殖にはマルハナバチによる花粉媒介が不可欠なことを確認し、さらに他家受粉を選好しているが、自家受粉による結実も可能なことを明らかにした。その際に、結果率が開花の順に高くなることを見出し、開花の順に果実へ資源が配分された結果であることを、摘花実験によって示した。また、種子結実率は、花の位置や開花順序に影響されないことを示し、以下の野外における操作実験では、種子結実率を指標にして送粉者の貢献度の比較が可能となることを確認した。 第4章ではママコナに訪花する複数種のマルハナバチ各種の貢献度を評価した。評価実験は、ナガマルハナバチ・トラマルハナバチ・ミヤママルハナバチ・オオマルハナバチの4種が、ママコナを訪花する山梨県犬切峠において、単一種のマルハナバチだけが訪花するように人為的に制御して、野外で行った。その結果、これら4種は口吻長が異なるため、1回の訪花で雌しべの柱頭に付着させる花粉数と花粉の質(自家花粉と他家花粉の割合)の異なることが明らかになった。さらに、その後の種子生産に対しても、マルハナバチ種間で明らかな違いが認められた。以上の結果は、ママコナの繁殖に対して、それぞれのマルハナバチ種が異なる貢献をしていることを示している。しかし、4種のマルハナバチの存在下では、ママコナには特定送粉者に特化するような花の形態進化は見られなかった。 第5章では、トラマルハナバチ1種が生息する環境(茨城県田野)での調査によって、ママコナの花筒長とトラマルハナバチの口吻長に形態的な一致がみられ、単一種のマルハナバチの存在下では、唯一の送粉者に適応して種子生産の行われていることが確認された。さらに、マルハナバチの生息しない環境(北九州、三里松原および筑前新宮)でもママコナの大群落が発達していて、そこでは、セイヨウミツバチ・ハキリバチ・ツチバチなどの異なった形態のさまざまな代替送粉者が繁殖に関与していた。ここでは、ママコナは、いずれの代替送粉者とも形態的な対応関係は示さなかった。 第6章では、以上の結果をまとめ、ママコナは送粉者のマルハナバチ1種の存在下ではマルハナバチと一対一対応の適応を示すことを確認し、貢献度に違いのある複数のマルハナバチ種が存在する環境下では、ママコナが特定種に依存しないで複数種を受け入れることによって、繁殖に多様性をもたらし、送粉を確実なものにしていることを明らかにした。さらに、マルハナバチが存在しない環境下でもママコナはマルハナバチ以外の送粉者を受け入れて繁殖を確実にしていることも明らかにした。 以上のように、本学位論文では、ママコナを対象に、従来の「送粉者を特定化する」対応関係だけではなく、複数種が関与する多様な送粉共生系の適応進化の存在を具体的に明らかにした。従って、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。 | |
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