学位論文要旨



No 118678
著者(漢字) 佐藤,正博
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,マサヒロ
標題(和) 地球環境統合モデルによる温暖化と経済成長の長期解析
標題(洋)
報告番号 118678
報告番号 甲18678
学位授与日 2004.01.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第458号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松原,望
 東京大学 助教授 藤垣,裕子
 立正大学 教授 後藤,真太郎
 東京大学 助教授 藤井,康正
 東京大学 教授 高橋,正征
内容要旨 要旨を表示する

1997年の気候変動枠組条約第3回締約国会 (COP3) で採択された京都議定書は、先進国にたいする二酸化炭素削減目標を設定している。この厳しい削減目標の緩和策として、「新規植林および再植林で吸収する正味の炭素量を各国の削減量に加味できる」とする条項および「他の国での温室効果ガスの削減量を自国の削減目標に加味できる」とする条項が付け加えらた。しかし、政治的にはもとより、科学的にもその数値レベルは決定できなかった。その後、2001年に開催されCOP6の再会合で、加味される数値レベルが決定されたものの、その実態は、日本、ロシア、カナダに対する政治的な譲歩にすぎなかった。しかし、この決定に際しても、依然として、植林による二酸化炭素吸収の効果は科学的に解明されていなかった。これは、植林は、土壌、地域気候に大きく左右され、詳細に把握しなければ、その効果を評価できないため、削減量を植林で緩和する緩和策を各国別に設定するには困難な状況であったためである。

しかし、将来の土地利用変化など前提された条件で、土壌、気候の地域的特性の平均像をマクロ的に把握すれば、排出削減緩和効果の定量的把握は可能である。

本研究の目的は、排出削減の緩和策としての植林の二酸化炭素吸収効果を時系列かつマクロレベルで計測し、定量化する方法を確立することである。

ところで、将来の二酸化炭素削減率を時系列で予測するとき、将来時点の排出量を知る必要がある。二酸化炭素の排出量は経済成長と共に増えると考えられ、将来の削減率は経済成長に依存する。したがって、経済成長を推定するマクロモデルが必要となる。

本研究では、Nordhaus [1994] のDICEモデル (Dynamic Integrated model of Climate and the Economy) を拡充して、植林の二酸化炭素吸収効果を評価できるものとした。DICEモデルを拡充したポイントは以下のとおりである。

DICEモデルには含まれていない森林生態系による吸収のモデル化では、Lieth [1975], Esser [1991] の理論をベースとして森林生態系における純一次生産量(光合成で吸収される二酸化炭素のうち、呼吸で排出される二酸化炭素を差し引いた正味の炭素固定量)を推定する全球レベルの簡易な推定式を導出した。さらに、この推定式に植林による二酸化炭素吸収量の変動を加味し、植林の効果を推定できるものとした。

海洋での二酸化炭素吸収のモデル化において、DICEモデルでは2層の構造となっており、吸収も濃度勾配に依存する形態になっていた。本モデルでは現実に合致するように大気と海洋上層での二酸化炭素の化学平衡を考慮し、さらに、海洋深層への輸送は、海洋を多層に分割して、輸送の遅れを表現できるものとした。

DICEモデルでは、効用は消費のみの関数となっているが、「地球にやさしい」製品の選択購買、環境税の受け入れなどは、実際の効用が消費ばかりではなく、環境レベルにも影響を受けることを意味している。本研究では、人間の温暖化に対する感受性を効用関数に取込み、モデル化した。

このモデルの拡充と、京都議定書の植林の効果を科学的に定式化することで、以下の知見が得られた。

京都議定書の植林の有効性評価により、排出規制を緩和する手段としての植林は、初期費用が生じるが、その後70〜80年は植林の排出規制代替利益が生じ、有効であることがわかった。(図1、図2)

また、植林は、二酸化炭素の限界削減費用と限界植林費用の交差する時点に開始するのが最も経済的効果が高くなることが示された。(図3)

DICEモデルの海洋における二酸化炭素吸収では、理論的に推定されたように長期的には本モデルに比べ過大推定となることが示された。(図4)

DICEモデルと同じ効用関数を用いた政策変数の最適化では、DICEモデル同様に排出を増加させ、気温を上昇させる結果(図5、図6)となったが、人間の温暖化に対する感受性を考慮した効用関数を用いた場合、炭素税(図9)と同程度の負担を受け入るなら、温度は安定化させ得ることが示された。(図7、図8)

本研究は、地球環境問題の解決のための施策の一つとして、京都議定書の条項にある「植林効果の加味」を定量的に把握し、その効果を評価した。その結果、今後、おおよそ100年程度にわたって植林が有効であることを明確化できた。京都議定書の削減目標が厳しい各国は、協調して初期の段階に集中的に植林を実施することで、京都議定書の実現可能性が高まると考えられ、この提言が、本研究の政策上の意義といえる。

植林で緩和される二酸化炭素排出量

排出削減の植林代替による経済的効果

排出削減と植林の限界費用

海洋での二酸化炭素吸収フラックス

従来の目的関数での経済成長

従来の目的関数での大気温度

気温変動を考慮した目的関数での経済成長

気温変動を考慮した目的関数での温度変化

炭素税

Cline, W.R. [1992], The economics of global warming, Institute for International EconomicsEsser. G. [1991], “Osnabruck Biosphere Model: structure, construction results,” Modern Ecology: Basis and Applied Aspects, Elsevier, pp.679-709Nordhaus, W. D.[1994], Managing The Global Commons, The MIT Press宇沢弘文 [1995a], 『地球温暖化の経済学』, 岩波書店佐藤正博 [1999], 「地球温暖化統合モデルの研究I」, 『環境経済政策学会大会報告要旨集』, pp.228-229佐藤正博 [2000], 「地球温暖化統合モデルの研究II」, 『環境経済政策学会大会報告要旨集』, pp.10-11佐藤正博 [2001], 「地球温暖化統合モデルの研究III」, 『環境経済政策学会大会報告要旨集』, pp.122-123佐藤正博 [2003], 「気候変動統合モデルの研究〜気候変動と経済成長の長期シミュレーション解析〜」, 『産能短期大学紀要』, pp.107-119
審査要旨 要旨を表示する

本論文の意義は、いわゆるCOP3において、科学的かつ政治的にも未解決とされた「新規植林および再植林で吸収する正味の炭素量を各国の削減量に加味」、「他の国での温室効果ガスの削減量を自国の削減目標に加味」の科学的明確化を一定条件のもとで解決したことにある。

従来より、温暖化問題に用いられてきた標準モデルは Nordhaus のDICEモデル(動的気候−経済統合モデル)であるが、この欠点は、(i) 森林生態系でのCO2吸収がモデル化されていない、(ii) 海洋でのCO2吸収のモデル化において、2層の構造となっており、吸収も濃度勾配に依存する形態になっているため、現実の大気と海洋上層でのCO2の化学平衡および海洋深層への輸送は、輸送の遅れを表現できず、長期的には過大吸収になる、(iii) 「地球にやさしい」製品の選択購買、環境税の受け入れなどの行動は、実際の効用が消費ばかりではなく、環境レベルにも影響を受けることを意味しているが、消費のみの関数となっている、という点にあり、この結果、経済成長は維持して、人間の効用は最適化されるが、環境としては持続不可能となる。

これを解決するため、本論文では (i) (ii) (iii) に対応して、それぞれ、(i) 森林生態系による吸収のモデル化では、Lieth (1975), Esser (1991) の理論をベースとして、森林生態系における純一次生産量(光合成で吸収される二酸化炭素のうち、呼吸で排出される二酸化炭素を差し引いた正味の炭素固定量)を推定するための全球レベルの簡易な推定式を導出した。さらに、この推定式に植林によるCO2吸収量の変動を加味し、植林の効果を推定する推定式を作成した、(ii) 海洋でのCO2吸収のモデル化において、現実に合致するように大気と海洋上層でのCO2の化学平衡を考慮し、さらに、海洋深層への輸送は、海洋を多層に分割して、輸送の遅れを表現できるものとした、(iii) 人間の温暖化に対する感受性を効用関数に取込み、モデル化する、以上主要3点の拡充を行った。

その結果、次の結論を得ている。a)京都議定書の植林の有効性評価により、排出規制を緩和する手段としての植林は、初期費用が生じるが、その後70〜80年は植林の排出規制代替利益が生じ、有効であることがわかった。

また、植林は、CO2の限界削減費用と限界植林費用の交差する時点に開始するのが最も経済的効果が高くなることが示された、b)DICEモデルの海洋におけるCO2吸収では、理論的に推定されるように長期的には本モデルに比べ過大吸収となる問題が生じることが示された、c)DICEモデルと同じ効用関数を用いた政策変数の最適化では、DICEモデル同様に排出を増加させ、気温を上昇させる結果となったが、人間の温暖化に対する感受性を考慮した効用関数を用いた場合、炭素税と同程度の負担を受け入るなら、温度は安定することが示された。

以上のことを要約すると、本論文は、地球温暖化問題における植林効果の評価問題の理論的かつ実際的な問題の解決するのみならず、海洋でのCO2過大吸収の解決、温暖化を直接に考慮した効用関数の導入による温度安定化戦略の再評価という点で大きな意義がある。なお、海洋ぼかりではなく、大気の構造も細分化するならば、本論文の価値はさらに高まると思われる。

したがって本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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