学位論文要旨



No 118679
著者(漢字) 佐々木,貴彦
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,タカヒコ
標題(和) 超伝導近接系における永久電流
標題(洋) Persistent Current in the Superconducting Proximity Systems
報告番号 118679
報告番号 甲18679
学位授与日 2004.01.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4425号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塚田,捷
 名古屋大学 助教授 田仲,由喜夫
 東京大学 助教授 勝本,信吾
 東京大学 教授 吉岡,大二郎
 東京大学 教授 樽茶,清悟
内容要旨 要旨を表示する

金属と超伝導のきれいな接合面を作ると金属中に超伝導状態がしみだし、金属が超伝導的な性質を示すようになる。これは一般的に超伝導近接効果と呼ばれている。金属が得る超伝導的な性質の代表的な現象のひとつが、マイスナー効果の誘起である。この現象については、理論的にも、実験的にもいろいろな研究がなされてきた。理論的には、誘起されたマイスナー領域の大きさはきれいな金属中ではT-1、汚い金属中ではT-1/2の温度依存性を示すことがDe-Genneによってしめされた。なおここでいうきれいな金属とは、金属中の電子の平均自由行程がコヒーレンス長に比べ十分長い金属のことをさし、汚い金属とはそれらの関係が逆になる物質のことである。また誘起されたマイスナー効果の実験としては、シリンダー状の超伝導物質に金属を巻き付け(図1参照)、巻き付けた金属の磁場に対する応答を観測するという実験が数多く行われ、上に書いた理論の結果と矛盾しない結論を得ている。これら実験で使われるサンプルの典型的な大きさは、金属の厚さが〜10μmのオーダーであり、典型的な温度領域は〜mKのオーダーである。これら超伝導により誘起されたマイスナー効果についての実験は従来の理論でよく説明されていた。ところが十年程前にMotaらにより行われた実験は従来の近接効果に対する理解ではまったく説明できなかったのである。彼らは従来用いられたサンプルと同じようなサンプルを用いて磁化率をはかり図2のような結果を得た.ただ従来の実験と違う点は、サンプルサイズがより小さく、金属はよりきれいで、より低温領域まで温度を下げて実験をしていたことである。温度Tr(図2中に定義されている。)までは温度を下げるにしたがいマイスナー効果が誘起されている。ところがさらに低い温度ではマイスナー効果が打ち消され常磁性的な振舞が見えてくるのである。この超低温において誘起された常磁性磁化率成分をχpara(T)と定義する。χpara(T)は以下のような特徴を持っている。

常磁性成分の出現のしかたにサンプル依存性が非常にあり、ある時は金属に誘起されたマイスナー効果を完全に打ち消したり、またある時は内部の超伝導のマイスナー効果までもを打ち消す大きさの常磁性を示すこともある。 〓のような温度依存性を示す。ここでξNはコヒーレンス長、Lはサンプルの外側の円周の長さである。 磁場のエネルギースケール、hωc、はFermiエネルギーやギャップエネルギーと比べて十分に小さい 以上3つの事実は、超伝導近接系において、温度のエネルギースケールが各エネルギースペクトルの間隔より小さくなる温度領域においては磁場による "AB-phase" の効果が非常に重要になることを示している。

そこで我々は、この"AB-phase"が超伝導近接系で電子の運動にどのような影響を2次元電子系を用いて調べることにした。モデルとしては、図3のように超伝導領域を有する有限サイズの2次元電子系を考えた。そしてこの系に一様な外部磁場を印加することにより誘起される永久電流が金属中において磁場および温度をパラメータとしてどのように変化するかに付いて調べた。また、この永久電流により作られる磁化およびその磁化を磁場で積分することで得られる熱力学ポテンシャルを計算した。計算された、電流分布・磁化・熱力学ポテンシャルの磁場依存性を解釈するために、エネルギースペクトルの磁場依存性・超伝導ギャップ依存性を調べた。その結果次のような結論を得た。

超伝導近接効果の有無に関わらず、コヒーレンス長がシステムサイズより長くなる様な低温領域において磁化は磁場にたいして振動する。超伝導近接系においては、磁化が磁場にたいして超伝導近接効果のない場合と比べ非常に大きな振幅をもって振動し、またゼロ磁場近傍においては必ず反磁性的な磁化が磁場により誘起されることがわかった。(図4参照)システムに磁場が侵入するとAB-phaseの影響で各エネルギーはシフトする。その様子を図5に載せる。絶対零度における話に限定するならば、Fermi面をエネルギー準位が交差すると占有されていた準位は非占有準位となる。そのため系の全角運動量に急峻な変化がもたらされる結果となる。エネルギー準位がFermi面を交差しない限りは、磁場が増加すると反磁性的な磁化が増加するが、Fermi面をエネルギー準位が交差するとその磁場において常磁性的な磁化が不連続な磁場依存性とともに誘起されるのである。その様子を表したのが、図6である。

以上が磁化が磁場にたいして振動する理由である。これらの話は、吉岡らや石川らによって議論された。では、なぜ超伝導近接系においては、磁化の振動が大きくなり、ゼロ磁場近傍では反磁性になるのかを以下で説明する。

超伝導近接系においては、超伝導系と常伝導系の境界条件により、ゼロ磁場においてはエネルギースペクトルにミニギャップが形成される。(図5参照)磁場の系への侵入により各エネルギー準位はシフトするが、超伝導近接効果によりエネルギースペクトルにミニギャップが開いているためにゼロ磁場近傍においては、エネルギー準位がFermi面を交差することができない。その結果反磁性的な磁化がゼロ磁場付近では誘起されるのである。また系全ての量子状態が一斉に反磁性的な磁化を誘起するため、大きな反磁性磁化がゼロ磁場近傍において磁場で誘起され、結果として磁化は大きな振幅とともに振動する結果となるのである。磁場が大きくなりある程度超伝導近接効果によるミニギャップが壊されてしまえば、あとは超伝導近接効果のない場合と同様の振動を磁化はするのである。

次に磁化のゼロ磁場付近での周期についても議論した。磁束がシステムに侵入してくるにつれてエネルギー準位がシフトしミニギャップが閉じていくのである。すなわち、磁化の振動の磁場に対する周期は、磁場が小さいうちはミニギャップを壊すのに必要な磁場の大きさで決まることとなる。ここでz軸方向の角運動量方向ごとにエネルギースペクトルを観察すると、z軸方向の角運動量の大きな状態ほど小さな磁場でミニギャップが閉じ、z軸方向の角運動量の小さな状態はミニギャップが大きな磁場が印加されるまで閉じない結果となった。z軸方向の角運動量が大きい状態は常伝導領域に波動関数の大きな確率振幅を持つ状態であり、逆に、z軸方向の角運動量が小さい状態は超伝導領域に大きな確率振幅を持つ状態である。すなわち常伝導領域に大きな確率振幅を持つ状態はすぐにミニギャップが壊れ、超伝導領域に大きな確率振幅を持つ状態はミニギャップがなかなか壊れないという結果となった。以上のことを考慮すると、常伝導領域の面積が大きくなれば周期は短くなる。ギャップエネルギーが大きくなれば周期は長くなる。となることが予想される。これらの予想は実際に計算により確かめることができた。

近接系の実験で使われる、典型的なサンプル。S、Nは超伝導および金属をあらわす。

図は金属の磁化率χN(T)の温度依存性を示している。図中の矢印は温度変化の方向をあらわしている。また(+)および(・)はそれぞれAC磁化率およびDC磁化率に対する結果である。AgNbの前に付いている数字はサンプルの番号である。(F. Bernd Muller-Allinger and Ana Celia Mota: Phys. Rev. Lett. 84(2000)3161を引用)

内部に超伝導領域を持つ有限サイズの2次元電子系。S、Nは超伝導および金属をあらわす。Rはシステムの半径、rgは超伝導体の半径である。

κBT/(hω0)=0.2における常伝導領域の磁化の磁場依存性

エネルギースペクトルの磁場依存性。上は超伝導近接効果がない場合で、下は超伝導近接効果がある場合である。超伝導近接効果によりFermi面ふきんにミニギャップが形成されている。

エネルギースペクトルと磁化の振動の関係。緑はエネルギーゼロの線、赤がエネルギースペクトル、青が磁化を表す。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、超伝導近接効果を示す小さな同心円形の超伝導・常伝導接合系におけるAB位相の効果を解明し、常伝導体内部の超伝導振幅、電流分布、磁化、熱力学ポテンシャルの興味深い磁場依存性を明らかにし、メゾスコピック近接効果系の特徴に関する重要な知見を得た。本論文は5章よりなり、1章はメゾスコピック超伝導近接効果の導入、2章では理論研究の現状とモタの実験、3章では本研究の理論モデルと計算結果、4章では計算結果の物理的考察、5章は全体のまとめを述べた。

常伝導金属と超伝導体の界面から超伝導状態が染み出し、常伝導金属の一部が超伝導の性質を示す超伝導近接効果は、すでによく知られた現象である。しかし、コヒーレンス長が系のサイズと同程度になると、どのような効果が現れるかについては未だ完全な理解に至っていない。実際、モタの実験結果は、従来の近接効果の理論では理解できない現象である。すなわち、超伝導体の円柱を常伝導金属で同心円状に覆った試料に磁場を印可し転移温度以下に冷やすと、反磁性帯磁率に常磁性帯磁率の成分が加わりマイスナー効果を打ち消すことさえある。これは超伝導メゾスコピック系に特有な現象と考えられるが、その機構は解明されていない。

学位申請者はモタの実験に触発されて、メゾスコピック系に特有な超伝導近接効果の理論的解明をめざした。すなわち、常伝導金属で同心円状に超伝導体円盤を覆った取り扱いやすい2次元系で、放物線型のポテンシャルに閉じ込められた清浄極限の電子ガスについて解析した。このモデルはモタの実験そのものの説明には不十分であるが、超伝導メゾスコピック系に特有な未知の現象を見出すためには有効であると思われる。

円対称な系を取り扱うために極座標をもちいると、一様磁場が加わった場合でも、常伝導状態ではすべての波動関数が解析的に求められる。超伝導体があるとき、そこに一様なギャップエネルギー(ペアポテンシャル)を仮定し、上述の解析的な基底関数による永年方程式を解く。こうして正確に求められる系の状態を用いて、摂動論的な近似を用いずに種々の物理量を数値計算した。

得られた重要な結果を以下に述べる。温度が平均レベル間隔のオーダより低い場合には、全系にわたって電子のコヒーレンスが保たれるので、磁化の磁場依存性にAB効果(アハラノフ・ボーム効果)に起因する不連続な変化が現れる。このメカニズムは、準位構造の磁場変化から理解できる。すなわち軌道の囲む面積を貫く磁束に比例して円周方向の波数ベクトルが変化するが、その正負により準位エネルギーが上昇、または下降する。フェルミ準位での交差で電子がそれらの準位間を乗り移る時に、磁化の急峻な跳びが現れる。この現象は常伝導メゾスコピック系におけるAB効果として知られていたが、磁場ゼロの時の準位構造に超伝導ミニギャップがある超伝導近接効果系でも、同様に起こることが確認された。一方、理論計算によって常伝導領域での磁化が、磁場の関数として大きく振動することが見出された。すなわち、超伝導ギャップエネルギーが有限な場合には、磁場が弱い領域で必ず磁化は反磁性的になるが、ある程度、磁場が強くなると磁化は極小をとった後、常磁性的振舞に転ずる。しかし、さらに磁場が強くなると、磁化は減少し再び反磁性的となり、以後このような変化をくり返す。この振動振幅は温度上昇とともに減少し、周期は超伝導体内部のギャップエネルギーが増加、あるいは常伝導部分の内側半径が減少する程、長くなることが示された。これは超伝導ミニギャップが大きい程、ゼロ磁場での準位分布スペクトルにおけるピーク間隔が大きくなることによる。ミニギャップ構造は超伝導領域の存在に起因し、磁化の振動は超伝導近接系で顕著な現象といえる。実際、中心部が超伝導になっていない系でも磁化の振動が観察されたが、中心部が超伝導の系での振動はこれより遥かに大きく、また磁場が弱い時に反磁性的であることがその特徴である。

さらに、本研究では常伝導体内に染み込んだ超伝導振幅の分布や、印可磁場に誘導された電流分布についても新しい知見を得た。前者については、低温では常伝導体内の超伝導振幅が干渉による振動現象を示し、温度の上昇と共に振動が消失することが示された。後者については、超伝導体領域では常に反磁性電流が流れ磁場と共に強くなるが、常伝導体領域では電流分布に振動構造が現れ、磁場によっては常磁性成分が支配的になる。また、電流の強度は磁場の強さに比例しない。温度を上げるとこの振動構造は消失し、超伝導・常伝導界面で常磁性電流、外側表面で弱い反磁性電流が流れるのみとなる。

このように、本論文はメゾスコピック超伝導近接効果系の興味深い性質を、簡明なモデルを用いて厳密に理論的に示したもので、その学術的な価値は高い。また、本論文は福山秀敏氏との共同研究であるが、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって、博士(理学)の学位を授与できると、審査員全員で認めた。

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