学位論文要旨



No 118680
著者(漢字) 野口,尚史
著者(英字)
著者(カナ) ノグチ,タカシ
標題(和) 二重拡散効果による多層対流の構造とその形成・発達機構
標題(洋) Formation, Growth, and Structure of Multi-layered Convection due to Double-diffusive Instability
報告番号 118680
報告番号 甲18680
学位授与日 2004.01.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4426号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 安田,一郎
 東京大学 教授 遠藤,昌宏
 東京大学 教授 日比谷,紀之
 東京大学 教授 栗田,敬
 東京大学 教授 新野,宏
内容要旨 要旨を表示する

海洋中には温度・塩分が深さ方向に数mスケールで階段状に変化している場所があることが観測されている。ひとたびこのようなステップ状の鉛直構造が生じると熱や塩分の鉛直輸送は大幅に増加することが考えられるので層構造の形成は海洋物理学的に重要な現象であると思われる。

層構造の形成に関わるメカニズムの一つに本研究で取り上げる拡散型対流がある。拡散係数が異なる2つの成分によって密度成層が作られている流体では、静力学的に安定な密度成層をしていても一方の成分についてみたときに不安定な成層をしていれば二重拡散対流という対流運動が生じることがある。このうち、拡散が速い方の成分(海洋の場合は温度)が不安定成層している場合を拡散型対流と呼ぶ。

拡散型対流による層構造の形成について、室内実験を中心とした研究があるが、それらのほとんどは塩分で安定成層をした流体を底面から加熱することにより多層構造を作り出すもの(Turner,1968; Huppert and Linden, 1979; Fernando, 1987)である。また、層境界面を通しての熱や塩分のフラックスについては2層の流体を用いた定量的な研究がTurner(1965),Shirtcliffe(1973)をはじめ数多くある。しかし、海洋の比較的深い所で最初に層構造がどうやって作られるのか、形成後にはどのくらいの厚さの層ができるのかといった基本的な疑問に対して満足のいく説明は与えられていない。

本研究は大きく分けて3つのテーマからなっている。1つめは拡散型対流の非線形発達について数値実験で調べたもので、一様な成層から層構造が自励的に発生することを示す。2つめは初期に乱流によって成層が変形された場合にも同様の層構造が形成されることを室内実験と数値実験で示す。3つめは層構造が形成された後の層厚の成長をmechanisticなモデルで記述し、多層対流系の力学を考察する。

問題設定

水平(x)方向・鉛直(z)方向ともに無限の広がりをもつ2次元の流体を考える。流体の密度ρは拡散が速い成分Tと遅い成分Sによってρ=ρ0[1+αT+βS]で与えられるとする。ここで、α=ρ0(∂ρ/∂T)S,β=ρ0(∂ρ/∂S)Tである。

TとSがともに鉛直に一様な鉛直勾配〓を持っているとする。本研究で対象とする拡散型成層では〓である。各成分の密度勾配への寄与の比〓を定義すると、静力学的に安定な密度成層の条件はγ<1である。

流体が無限に広がっている場合にはこの問題が持つ長さスケールは〓のみであるので、すべての物理量を〓でスケーリングすると無次元の基礎方程式〓を得る〓。無次元パラメータはPr=ν/κT,T=κS/κT,γの3つだけである。

線形安定性

この基本場に擾乱が与えられた場合の安定性を調べる。式(1)-(3)を各変数について基本場(運動は静止状態)と擾乱に分け、擾乱について線形化する。擾乱として〓の形の解を仮定すると、波数κ,mと増幅率σとの関係式が得られる。

これから、熱-塩系(τ=10-2,Pr=7)に対して拡散型対流が発達するためにはγが臨界値0.876より大きくなければならないことが分かった。発達率が最大となる擾乱は、水平スケールがδの数倍で、鉛直方向には無限に長いものであることが分かった。

一様成層からの層構造の自励形成機構

数値シミュレーション(修士論文)では、線形的にもっとも速く発達するはずの鉛直波数m=0の擾乱がはっきりと現れずに有限のmを持つ多層構造が生じた。なぜ層構造が生じたのか、また、そのときの鉛直波数はどのように決まるのか、を数値シミュレーションの結果を元に、簡単化した非線型モデルで考察した。

基礎方程式を空間変数についてFourier分解すると、ある波数(κ,m)のモードに対する常微分方程式系を得る。〓ここでK2≡κ2+m2で、またNX(κ,m)は波数(κ,m)のモードへの、その他のモードからの非線形寄与(エネルギー輸送関数)である。

主要なモード

どのような相互作用によって層構造が形成されているのかを探るため、数値シミュレーションの結果について、層構造ができる直前の時刻におけるエネルギー輸送関数を調べると、図に示すようなA,B,C,Dの4つのモード間の相互作用が卓越していることが分かった。Aは線形的な最大発達モード、B,CはAと3波共鳴の関係にあるモード、Dは数値シミュレーションで現れる層構造に対応する鉛直波数のモードである。

4波モデル

そこで、この4つのモードだけからなる「4波相互作用モデル」を考えた。理論解析の結果に基づいて、A,B,Cは互いに、DはBとだけ相互作用することを仮定した。この4つのモードの振幅に対する時間発展方程式(4)-(6)を時間積分した。

その結果、線形論では指数関数的に増幅するA,Bのモードに、線形論では減衰モードであるC,Dが急速に追い付き、追い越すことが確認された。Dのモードは数値シミュレーションで見られた層構造と非常に良く似た振舞いを見せた。

非一様成層からの層構造の形成

実際の海洋での多層構造の成因を考える場合、線形的に不安定でかつ一様な(リニアな)成層が作られる状況は自然界では必ずしも実現されるとは限らない。むしろ外的な強制によってしばしば成層に変形がもたらされていると考える方が自然であろう。

このような強制として乱流を考えよう。海洋では内部波の砕波などで乱流がつくりだされている。線形的には安定なγの基本場が乱流混合による変形ρを受けたと考える。簡単のため乱流混合は一過性であり、分子拡散に比べて充分速く起こるとすると、塩分場・温度場は同じ変形を受けると考えられる。混合による塩分場・温度場の変形は水平方向に一様であるとする。この状態を初期場とした成層の時間発展を考えた。

室内実験

室内実験は塩-砂糖系で行なった。恒温槽に入れて一定温度に保ち、壁面からの熱フラックスによる擾乱を無くした水槽(25cm×25cm×10cm)中に、上ほど塩分が濃く下ほど糖分が濃い、線形に密度成層した流体を満たし、3mmメッシュの水平格子を鉛直方向に2cm s-1で通過させた。

その結果、格子が作り出した乱流のために一様な成層は鉛直スケール約3cmの層状の成層に変化した。与えた乱流による運動は数minで減衰し、10min後にはほとんど静止状態になった。ところがそれから7hrほど経過すると、プリューム状の対流運動が層の中央部から突然発生し始めた(図2)。対流運動は上下を比較的密度勾配の大きい領域で挟まれた層の間のみで起こった。この対流運動は定常的ではなく、周期約22minのパルス状の振動を数10サイクルにわたって繰り返した。時間の経過とともに上下にも新たな層が何層か現れ、50hr後には多層構造になった。

数値実験

2次元の数値実験により対流運動の再現を試みた。室内実験に合わせてγ=0.9,τ≡κS/κT=0.3とした。ここでκS,κTはそれぞれ砂糖と塩の拡散係数である。基本場の成層に与える変形ρはκ=0,m=0.025の正弦波とし、その振幅は中間の高さで成層がちょうど中立となるような振幅の1/3倍とした。

しばらく静かな状態が続いた後に中央の層からプリューム状の対流が発生し(図3)、数回の振動を繰り返した。時間の経過とともに最初の対流層の上下にも層が作られ、最終的に多層構造に移行するなど、室内実験と非常によく似た振舞いを見せた。

層構造の成長

ひとたび多層構造が形成されると、その後の発展は初期の成層が線形的に不安定であるか安定であるかによらずよく似ていた。隣り合う層どうし合併を繰り返し、平均的な層厚は時間とともに厚くなった。この合併の過程には、層が消滅するものと、境界が消滅するものの2つのモードが見られた。ここでは、層はなぜ合併を起こすのか、合併はどのように起こるのか、を調べた。

層の内部では活発に対流プリュームが発生し、境界面を突き動かしていた。そこで、層内のプリュームの活発さの指標として運動エネルギーを、上昇/下降プリュームの非対称性の指標として鉛直流の歪度(skewness)にそれぞれ注目して調べた結果、プリュームによる境界面を通した乱流エントレインメントで層の合併の傾向を説明できることを見い出した。

この解析に基づき、「非対称エントレインメントモデル」を提案した。このmechanisticなモデルでは、1)層内は温度・密度が一定とし、2)プリュームは出発した境界面での温度差に比例した浮力を持ち、3)境界面でのリチャードソン数に逆比例したエントレインメントが起こる、と仮定している。そうすると、ある瞬間の層構造が、各層の温度と層厚だけで記述でき、さらにその時間発展も計算できる。

このモデルを簡単な条件のもとで解き、その結果を数値シミュレーションの結果と比較した。境界消滅モードのモデル化として周期的2層の条件を用い、また、層消滅モードに対しては周期的3層の条件を課してそれぞれ層の合併を再現した結果、いずれも非常に良い一致を見せた(図4)。したがって、層構造の成長は乱流エントレインメントで良く説明できることが分かった。また、2層の場合については必ず合併が起こることが分かった(図5)。

(a)主要な4つのモード.矢印はモード間の相互作用を示す.(b)温度場の各モードの振幅の時間発展(縦軸は対数).

室内実験でみられた対流運動とその発展。格子通過後8h後と16h後。濃淡は鉛直密度勾配の大きさに対応する。

数値実験でみられた対流運動とその発展。無次元時間で0.6×10-3と1.2×10-3の時の密度の等値線を示す。

(a)境界面での温度差の時間発展。点は数値シミュレーションの結果、実線は2層モデルの解。(b)層厚の時間発展。点は数値シミュレーションの結果、実線は3層モデルの解。

2層系の相図。縦軸は層厚、横軸は境界での温度差。白丸は不安定平衡点(湧点)、黒丸は安定平衡点(沈点)である。

審査要旨 要旨を表示する

海洋の密度の鉛直分布にはしばしば数mスケールで階段状に変化している場所が見られる。この階段構造の成因として有力なものは、密度が分子拡散率の異なる水温と塩分で決まる海水などで生ずる二重拡散対流である。階段構造の形成・維持機構と時間発展及びこれに伴う物質の鉛直拡散は海洋物理学の極めて興味深い課題であるが、現象の時間スケールが長く、混合に関わる流速も小さいために、海洋中で系統的な観測を行うことは難しく、現在も十分に解明されていない。また、二重拡散対流による階段構造の形成の研究は、これまで主に室内実験により行われてきたが、外部から熱・塩分の流束を与えたものがほとんどで、海洋内部での階段構造の成因を調べるには適切とはいえなかった。

論文提出者は、二重拡散対流が可能な流体中では、境界からの流束がなくとも自励的に階段構造が形成される可能性があるのではないかと考えた。そこで、温度と塩分の一様な鉛直勾配を基本場として持つ無限の流体を考え、これに重なる温度・塩分・速度の擾乱は、水平・鉛直方向に周期的と仮定した2次元鉛直面内の数値実験を考案した。ここで、基本場は上ほど低温低塩分で、拡散型対流が生ずる成層を考えている。提出者は最初に線形理論を用いて、溶媒・溶質が決まっているときには擾乱が発達する条件は、密度勾配比のみで決まり、臨界値より大きいときの増幅率最大の擾乱(FGM)は、水平波長がプラントルの浮力境界層の程度、鉛直波数が0の柱状の擾乱であることを示した。次に、数値実験において、初期にランダムな温度擾乱を与え、その時間発展を調べた。その結果、擾乱の発展はそのエネルギーが、線形安定論から予想されるような発達率で指数関数的に増幅する段階、爆発的に増加する段階、緩やかに増加する段階の3つに分かれることがわかった。ここで、第2段階は階段構造の形成、第3段階は形成された階段構造の合併・成長に対応していた。

第2段階についてスペクトル空間での非線形相互作用を解析した結果、階段構造の生成には、FGMの波に加えて、線形的に増幅可能な波、層構造を与える2種の波の計4つの波が主に関わっていることがわかった。この4波のみからなる切断スペクトルモデルが数値実験の結果を非常に良く再現することから、階段構造はこの4波の非線形相互作用により形成されることが明らかになった。

第3段階で階段構造の中の層同士が融合し時間と共に厚さを増す形態には、隣り合う層の間の境界面での密度差が小さくなる境界面消滅型と、2つの境界面に挟まれた層の厚さが消滅する層消滅型の2つの型があることがわかった。数値実験で得た層内の運動エネルギーと歪度を調べることにより、境界面でのエントレインメントがいずれの型の消滅にも重要な働きをしていることが明らかになった。そこで、層内の対流プリュームがエントレインメントに寄与する簡単な層モデルを作成したところ、数値実験で得られた多数の境界消滅型と層消滅型の層発展が統一的に再現できることがわかった。

提出者は更に、初期安定成層に外的に強制された乱流で成層が変形された場合に生ずる運動を、砂糖-塩系による室内実験と数値実験により調べた。初期に乱流を与えた室内実験では、乱流が減衰した後に、弱い層状の成層が残り静止状態になる。その後、突然プリューム状の対流運動が層状の領域に発生し始め、周期約に対流が発生・消滅を繰り返す脈動現象が生じた。数値実験で再現された脈動現象を解析したところ、この現象は初期に乱流で変形した砂糖・塩分場のうち、塩分場が大きな拡散により早く線形に戻されるために、密度で静的に不安定な成層となり対流が生じ、対流による密度輸送で静的不安定が解消されると、塩分の拡散により再び密度場が静的に不安定になることで生ずることがわかった。

本研究で見出された、一様な成層場からの二重拡散効果による層構造の形成と発達、及び変形された成層場からの脈動する対流は論文提出者が初めて発見したもので、極めて独創性が高く、優れた研究と評価できる。また、これらの現象の成因についても、現時点で考えうる解析は十分尽くされており、現象の理解に大きく貢献した点が評価できる。

なお、本研究の成果は新野 宏氏との共著論文として近々投稿予定であるが、論文提出者が主体となって問題の設定、数値実験、室内実験、解析をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める.

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