学位論文要旨



No 118681
著者(漢字) 松本,洋介
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,ヨウスケ
標題(和) 密度成層中の速度シアー境界層を介した無衝突プラズマの乱流輸送についての研究
標題(洋) Turbulent Mixing and Transport of Collision-less Plasmas across a Stratified Velocity Shear Layer
報告番号 118681
報告番号 甲18681
学位授与日 2004.01.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4427号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 寺沢,敏夫
 大阪大学 教授 高部,英明
 東京大学 助教授 横山,央明
 宇宙研 助教授 篠原,育
 東京大学 教授 向井,利典
内容要旨 要旨を表示する

速度勾配層において成長することが知られているKelvin-Helmholtz (K-H)不安定は、大気現象から天文学的現象と幅広いスケールにおいて観測され、それ故に数多くの研究がなされてきた。太陽風-地球磁気圏相互作用の観点においても例外ではなく、人工衛星によるプラズマの直接観測によってその存在が明らかになっている。特に、K-H不安定が最も成長しやすい領域である低緯度境界面(LLBL)においては、太陽風のプラズマが地球磁気圏内に直接浸入している痕跡が報告されており、Dungey[1961]のリコネクションモデルに次ぐ新たな太陽風プラズマの輸送モデルにおいて、K-H不安定は重要な役割を果たしているのではないかと考えられてきた。しかしながら、これまで数多くの観測的な「状況証拠」は挙げられているものの、それを裏付ける理論的な支えがなかった。そこで本研究では、K-H不安定によって太陽風プラズマを広範囲に渡って輸送することが可能であることを示し、新たな太陽風-地球磁気圏相互作用のモデルを理論的側面から提唱することを目的としている。

まず、基本的な設定の下でのK-H不安定によるプラズマの混合について研究を行うため、一様垂直磁場配位の下、full particle simulationによる計算を行った。その結果、プラズマの混合領域は境界面においてもっとも混合しており(図1)、K-H不安定の時間発展によってその境界面の長さが伸び、変形することによってプラズマの混合領域が時間とともに増大することがわかった(図2)。また、境界面に対して垂直方向への拡散は、電子の境界面が小さいスケールで変形することによってイオンの混合領域を埋め尽くし、その結果、イオンと電子の混合領域の面積が同程度になることがわかった。この電子の境界面を変形させるのはイオンと電子の熱揺らぎによって生じる、静電波によるものであると考えられる。

太陽風と地球磁気圏の特徴的な差異は、そのプラズマの非一様性にある(図3)。我々はこの点に注目し、プラズマの密度(温度)差がある場合のK-H不安定について研究をおこなった。

理想MHDシミュレーション

密度成層中のK-H不安定について、その密度比に対する非線形発展の特徴の違いに注目し、解析を行った。その結果、密度比が1対0.2の場合、K-H不安定の非線形段階において渦の周辺及び内部で2次的不安定が成長することがわかった。渦の周辺においては2次的K-H不安定が成長し、また、その内部においては2次的Rayleigh-Taylor(R-T)不安定が成長することがわかった(図4)。その結果、強い乱流へと発展する。この乱流の強さは密度比によることがわかり、また、2次的R-T不安定は乱流を発生させるのみならず、プラズマを低密度領域に輸送する働きがあることがわかった。これまでのK-H不安定の流体計算においては、3次元性による2次的不安定が発生し、乱流に移行することが知られていたが、2次元平面内のR-T不安定による乱流への移行を示したのは本研究が初めてである。

Full particleシミュレーション

MHD計算の結果を踏まえて、Full particleシミュレーションを行った。その結果、MHDの計算よりも早い段階で渦の外側で2次的R-T不安定が成長することがわかった(図5)。密度が一様な場合と比べると、密度比が1対0.1、1対0.2のケースにおいて、これまでにない時間、空間スケールでプラズマの混合が促進されることがわかった(図6)。また、乱流の発生によって、流体の運動エネルギーは小さいスケールへと輸送されるが、最終的にはイオンの慣性長程度で押えられ、イオンスケールで決まることがわかった。

太陽風-地球磁気圏相互作用の観点から、密度成層中のK-H不安定の非線形発展について研究をおこなった。その結果、密度比が大きい場合には、2次的K-H、R-T不安定が成長し、乱流へと移行することがわかった。また、2次的R-T不安定は、プラズマを密度が大きい領域から小さい領域に輸送する重要な役割を果たしている。以上の結果から、以下のような太陽風-地球磁気圏相互作用のモデルを提唱したい。

1.長時間の南向き惑星間空間磁場(IMF)が続き、従来のリコネクションモデルにより、磁気圏内のプラズマが希薄になり、温度が高くなる。2.IMFが南向きから北向きになる。3.低緯度境界面において密度差が非常に大きくなっているため、K-H不安定による効果的な太陽風プラズマの磁気圏内への輸送が起こる。4.磁気圏内の温度が冷やされ、密度が一様になり、K-Hによる輸送が止まる。

混合領域を表した図。左図が、イオン、右図が電子の混合領域。

イオン、電子の混合領域の全領域に対する割合の時間変化

人工衛星Geotailによる、低緯度境界面の観測

MHDシミュレーションの結果。密度比1対0.2

full particleシミュレーションの結果。密度比1対0.2。

混合領域のシミュレーション領域に占める割合の時間変化。α:太陽風側に対する密度比

審査要旨 要旨を表示する

速度勾配層において成長するKelvin-Helmholtz (K-H)不安定性は、大気・海洋現象から天文学的現象に及ぶ幅広い分野において研究がなされてきた。太陽風・地球磁気圏においては、低緯度境界面(LLBL)においてK-H不安定性の発達が観測されている。このK-H不安定性は渦を介した運動量輸送にとどまらず、太陽風プラズマの磁気圏への輸送・混合にも重要な役割を果たしているとする多くの観測的示唆がある。しかしそれらは「状況証拠」にとどまり、それを裏付ける理論的根拠がなかった。この理論的解明の遅れは、K-H不安定性は流体的な不安定性であるにもかかわらず、輸送・混合の解明にはプラズマの粒子性の考慮が必要であることに起因する。

本論文はまさにこの理論的根拠を提供しようとするものであり、プラズマ中でのK-H不安定性を、電磁流体シミュレーションと、プラズマを構成するイオン・電子を全て粒子的に追跡する粒子シミュレーションの両方の手法により扱い、輸送・混合過程について新しい知見を得ている。全体は概要(第一章)、まとめ(第五章)を含む五章構成であり、二つのappendixからなるが、中核となるのは二章から四章であり、以下、各章ごとに内容を述べる。

まず、基本的な設定の下でのK-H不安定によるプラズマの輸送・混合について理解するため、一様垂直磁場配位の下、粒子シミュレーションによる解析を行った。その結果、イオン、電子共に混合領域の広がりの時間発展は、K-H不安定の時間発展による境界線の長さの伸びと境界線に対して垂直方向の古典的拡散の二つのメカニズムの組み合わせによって説明できること示した。さらに、ラーマー半径の小さい電子の混合はイオンに比べて効率が悪いとの予想を覆し、電子混合領域ははイオン混合領域を追随するように増加していることを見いだした。そして、その電子の効率的混合はイオンと電子の運動の差によって励起された静電波モード内での電子の拡散が原因であるとする結論を得た。

密度非一様が大きい場合、その中でのK-H不安定性の発展とそれに伴うプラズマ輸送・混合過程は密度一様な場合とは本質的に異なる可能性がある。論文提出者はこの点に注目し、密度非一様(密度成層)プラズマ中でのK-H不安定性について研究をおこなった。

電磁流体シミュレーション:密度成層中のK-H不安定性の非線形発展は密度比に依存することを示した。密度比が十分大きい場合、K-H不安定性の渦の周辺においては二次的K-H不安定性が成長し、渦の内部においては二次的Rayleigh-Taylor(R-T)不安定性が成長する。さらにこれら二次的不安定性が種となり強い乱流へと発展する。これまでのK-H不安定性の流体計算においては、3次元性による2次的不安定が発生し、乱流に移行することが知られていたが、2次元平面内のR-T不安定性による乱流への移行を示したのは本研究が初めてである。

粒子シミュレーション:電磁流体計算の結果を踏まえて、粒子シミュレーションを行った。その結果、粒子的効果により電磁流体過程よりも早い段階で渦の外側で2次的R-T不安定性が成長することを示すとともに、乱流の発生による粒子の輸送・混合の定量的評価を得た。また、乱流エネルギーの高波数への輸送は[イオンのラーマー半径]-1のスケールで止められることを明らかにした。

第三章で明らかにした密度非一様なプラズマ中での乱流輸送過程についての結果を踏まえ、磁気圏低緯度境界面の構造の朝夕非対称性の可能性について研究を行なった。夕方側境界面は磁場と渦度の内積が正になる正勾配であり、朝側は内積が負となる負勾配であるという違いがある。電磁流体的にはこの正負は物理過程に影響を与えないが、プラズマの粒子性を通じて非線形発展に寄与する可能性がある。粒子シミュレーションによりこの可能性が現実のものであることが示された。すなわち、朝側では二次的R-T不安定性がイオンの有限ラーマー半径効果よって妨げられ、太陽風プラズマの混合が抑えられる。一方、夕方側では二次的R-T不安定性は妨げられず効率的に混合が促進される。これらの結果は、太陽風プラズマの磁気圏内への輸送・混合において勾配の符号が支配的であるとする新しい知見をもたらした。

以上をまとめるに、本論文提出者は太陽風-地球磁気圏相互作用の観点から、密度非一様性を持つプラズマ中でのK-H不安定性の非線形発展について研究を行ない、それに伴う輸送・混合過程について重要な新しい成果を挙げた。本論文には、星野真弘氏との共著論文の内容が含まれるが、本論文提出者が主体となって研究遂行したものであると認められる。

以上により、審査員一同は、博士(理学)の学位を授与するに十分値するものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク