学位論文要旨



No 118684
著者(漢字) 石川,敬司
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,ケイジ
標題(和) 表面プラズモン共鳴を利用した光デバイスの性能向上
標題(洋) Application of Surface Plasmon Resonance to Photonic Devices
報告番号 118684
報告番号 甲18684
学位授与日 2004.02.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5644号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 助教授 岡田,文雄
 東京大学 助教授 藤岡,洋
内容要旨 要旨を表示する

Introduction

表面プラズモン共鳴(Surface Plasmon Resonance)とは、金属表面における電子の集団振動(表面プラズモン)を光励起することで、励起光による電磁場と励起された表面プラズモンによる電磁場とが共鳴し、金属表面から数十nm程度の極近傍において電磁場強度が著しく増大する現象である。本研究では、表面プラズモン共鳴を実際の光デバイスに応用できる可能性を検討することを目的とし、色素増感型太陽電池、および微粒子配列結晶を用いた発光デバイスへの応用を検討した。両者における光応答は、それぞれ、TiO2ナノ粒子膜の細孔表面に吸着させた色素、および結晶のナノ細孔中での色素分子であり、金属微粒子を担持して表面プラズモン共鳴を発現することが期待できる。

Utilization of the surface plasmon resonance to dye-sensitized solar cells

実験

アノードは、透明導電性膜基板上にレーザーアブレーション法により作製したTiO2緻密膜をRu系色素[cis-(SCN)2bis(2,2'-bipyridyl-4,4'dicarboxylate)Ru(II)]のエタノール溶液に浸漬して吸着させて作製した。一方、カソードは、同基板上にPtをスパッタリングにて製膜した。これらの電極と熱可塑性ポリマー及びCo(phen)33+/2+系電解液を用いて電池とした。上記電池を分解し、アセトニトリルで軽く洗浄後、真空蒸着によりAg重量膜厚4.1, 7.4nm(ICPにて定量後、均一な重量膜厚として算出)で製膜した。これをアノードとしてAgなし電池と同様に電池を作製した。電池の概念図をFig.1に示す。

Ag蒸着前後における電池の分光感度スペクトル測定を行った。

結果と考察

Ag=4.1nmにおける色素なしおよび色素ありの電池の短絡電流密度の分光感度特性をそれぞれFig.2、Fig.3に示す。Fig.2において、370[nm]付近の光電流がTiO2に由来し、その電流がAg蒸着によって減少することがわかる。これは、TiO2-電解液界面においてAgが存在することにより、電解液→TiO2という電子移動が阻害されるためと考えられる。また、可視光域でAg蒸着による電流増大がみられ、Ag微粒子による光電流が生じていると考えられる。

Fig.3においても、可視光域で電流増大が見られ、その増大量が色素のないセルにおける増大効果よりも大きいことから、その要因としてAg微粒子に由来する電流よりもAgプラズモンによる色素の光吸収増大に起因する効果が支配的であるといえる。

Agの蒸着量や色素の吸着量を変えると、光電流が減少する場合もある。TiO2と電解液の界面における銀の存在によってTiO2表面の障壁が変化することや、色素励起電子の銀を介した再結合によって、光電流の減少が生じると考えられる。

Formation process of three-dimensional arrays from silica spheres

本節では、シリカ球の自然沈降堆積法による3次元配列過程を共焦点レーザー顕微鏡により直接観察し、配列過程の解析を行った。

実験

自然沈降堆積法による3次元配列構造作製には、多分散度が5%以内のシリカ球(粒径D:700nm、1000nm、1500nm)を用いた。これらの水分散液をカバーガラス基板上に滴下してシリカ球を堆積させた。その際、共焦点レーザー顕微鏡により、カバーガラス基板の下部から堆積過程を観察した。分散液の濃度、pHを変化させ、乾燥前後での比較も行った。また、得られた像から単位面積あたりのシリカ球の個数N[個m-2]を算出し、シリカ球の投影面積πD2/4[m2]を乗じたπND2/4を充填率と定義し、評価した。得られた像の全ての粒子の中心間距離をカウントした動径分布関数も併せて評価した。

結果と考察

充填率変化の速度過程を明らかにするために、速度式を考えた。まず、充填率変化は、最終的な充填率との差でその速度が決まるとし、(下記(1)式)、初期の充填率変化は沈降による物質移動のみによって決まる((2)式)とした。沈降開始時は充填率を0とすると((3)式)、(4)式の速度式が成り立つ。

これを実験値とともにプロットしたものがFig.4になる。沈降初期における物質移動に伴う充填率の上昇については実験値と計算値はよく一致するが、沈降中期以降においては、計算値は実験値より大きな値を示す。これは、沈降がすすむとすでに堆積している粒子によって沈降してくる粒子に静電反発力による上向きの力がかかり、沈降速度を減じていると考えられる。Fig.5に上下2つの粒子にかかる静電反発力を下向きの(重力-浮力)との比でプロットしたものを示す。数μm程度の粒子間距離において、下向きの重力に対して静電反発力が大きく効いてきており、より粒径の小さい700nmにおいて顕著であることも、Fig.4の結果と対応している。

Fig.6は、最終的な充填率の堆積層数に対する依存性であるが、堆積層数が大きいほど、最終的な充填率が大きい、すなわち、粒子間距離が小さいことがわかる。これは、上部粒子からの圧密の影響が考えられる。

堆積がすすむことで、粒子間の反発力によって粒子の配列がおこるが、さらに粒子が沈降することで圧密がかかり、配列構造を保ちながら粒子間距離が短縮することがわかった。

以上より、自然沈降堆積法におけるシリカ球の3次元配列を直接観察し、液中の堆積の挙動を解明した。充填速度、構造形成、構造固定において粒子間力の影響が大きいことがわかった。

Utilization of the surface plasmon resonance to emission devices

本節では、シリカ球配列結晶を利用した発光デバイスにおける、表面プラズモン共鳴の影響を評価した。

実験

粒径300nmのシリカ球微粒子分散液に振とうを加えながらシリカ球を沈降させて配列構造を作製した後、乾燥させ、500℃で焼成してシリカ球配列結晶を作製した。この細孔表面を(3-Mercaptopropyl)trimethoxysilaneによって化学修飾し、銀微粒子エタノール分散液(粒径:5〜10nm、日本ペイント製)に浸漬して銀を担持した。さらに細孔内に色素(Rhodamine 6G)を導入し、発光特性を評価した。また、Ag微粒子存在下における色素の吸収スペクトル変化を測定した。吸収スペクトル測定では、配列結晶ではなくガラス基板上のシリカ球薄膜(〜10μm)を用い、Agの担持等は上記と同じように行った。

結果と考察

Fig.7にAg担持をしないときの配列結晶中の色素の発光スペクトルを示す。9.5mW程度の励起光強度において、スペクトルの狭線化がみられる。一方、Fig.8に示したAg担持のものは、1.2mW程度で狭線化が見られる。すなわち、Agの存在によって、狭線化の閾値が下がっていることがわかる。閾値の変化を見るために、励起光強度に対するピーク位置の変化をFig.9に示す。ピーク位置の変化は、Agの存在下で励起光強度が1/10程度になっている。これは、発光効率がAgの存在下で10倍になっていることに対応していると考えられる。

Agの存在による発光効率増大の原因として、2つの理由が考えられる。一つはAg微粒子の光散乱によって励起光、あるいは発光の実効的な光路長が長くなること、そしてもう一つは、Ag微粒子による表面プラズモン共鳴により、色素の吸収効率あるいは発光効率が増大することである。Fig.10に、ガラス基板上のシリカ薄膜細孔中での色素の吸収スペクトルとAgの存在によるその変化を示す。410nm付近にAgのプラズモン吸収、525nm付近に色素の吸収に伴うピークが現れる。Agのプラズモン吸収によるスペクトルからは、光散乱に伴う長波長側のブロードなスペクトルが見られない。一方、Agの存在下において、色素の吸収スペクトルが著しく増大していることがわかる。このことから、Agの存在による発光効率の増大は、Agによる光散乱ではなく、表面プラズモン共鳴であることが確かめられた。

Conclusions

色素増感型太陽電池、および微粒子配列結晶を用いた発光デバイスにおいて、表面プラズモン共鳴の利用を検討した。

色素増感型太陽電池では、構造の明確なTiO2緻密膜を用いて検討を行った結果、表面プラズモン共鳴による光電流の増大が確かめられたが、Agによる電極界面での悪影響が大きいことがわかった。

微粒子配列過程の解析をin-situで行い、堆積過程の速度式をたてた。速度、配列構造形成、構造過程において、粒子間の静電反発力の影響が重要であることがわかった。

配列結晶を用いた発光デバイスへの表面プラズモン共鳴の応用を検討したところ、表面プラズモン共鳴による効果として10倍程度の発光効率増大を達成した。

作成したセルの構造

分光感度スペクトル(色素なし, Ag=4.1nm)

分光感度スペクトル(色素あり, Ag=4.1nm)

無次元化した充填率経時変化

上向きの静電反発力

充填率の堆積層数依存性

発光スペクトル(Agなし)

発光スペクトル(Agあり)

ピーク位置の励起光強度依存性

色素とAgの吸収スペクトル

審査要旨 要旨を表示する

表面プラズモン共鳴は、金や銀などの金属ナノ粒子近傍において分子の光応答が著しく増大する現象である。この現象は、金属表面近傍の数十nm程度でしか効果が期待できないため、その応用は表面増強ラマン散乱やセンサーなどの分析手法のみにとどまっていた。しかしながら、近年、ナノスケールの空間を有する光デバイスが提案されてきており、これらのデバイスにおいて表面プラズモン共鳴を応用することは十分期待でき、その可能性を検討する必要がある。本論文は"Application of Surface Plasmon Resonance to Photonic Devices"(和訳「表面プラズモン共鳴を利用した光デバイスの性能向上」)と題し、表面プラズモン共鳴を光デバイスに応用することを目的とし、色素増感型太陽電池及び3次元配列結晶を用いた発光デバイスにおいてその可能性を検討したもので、6章からなる。

第1章は序論であり、色素増感型太陽電池及び3次元配列結晶を用いた発光デバイスについて背景と既往の研究を概説し、本論文の目的を明らかにしている。

第2章では、表面プラズモン共鳴の理論的背景を示し、理論及び予備実験として行った光吸収スペクトル測定から、2種の光デバイスにおける銀微粒子を用いた表面プラズモン共鳴の応用可能性を示している。

第3章では、表面プラズモン共鳴を色素増感型太陽電池に利用する検討を行った結果を述べている。一般に色素増感型太陽電池には多孔質のチタニア膜が用いられるが、本論文では、より簡潔に表面プラズモン共鳴の影響を理解するために緻密なチタニア膜を用いて検討を行っている。チタニア膜表面への色素吸着量及び銀微粒子の担持量を様々に変化させて電池の光電特性を測定した結果、銀を担持することによって励起色素が失活する割合が高い場合が多いが、色素吸着量及び銀担持量が少ない条件下では表面プラズモン共鳴によって光短絡電流密度が増大することを示している。

第4章及び第5章では、3次元配列結晶を用いた発光デバイスにおいて表面プラズモン共鳴を利用する検討を行っている。まず第4章では、秩序よく配列構造を得る指針を得ることを目的とし、共焦点レーザー顕微鏡を用いて自然沈降堆積法による3次元配列過程をその場観察し、解析している。配列過程において、配列速度及び配列構造形成に粒子間反発力が大きく寄与していることを明らかにしている。また、配列構造において上部からの圧密の影響が大きいことも示している。第5章では、シリカ球配列結晶を用いた発光デバイスを作製、評価し、発光特性における表面プラズモン共鳴の影響を検討している。シリカ球を用いた3次元配列結晶の細孔内にローダミン6G溶液を浸透させた試料において、発光スペクトルの狭線化を観測しており、狭線化に伴い発光スペクトルが短波長側にピークシフトすることから、これがASE(Amplified Spontaneous Emission)に由来することを示している。また、配列構造の内表面に粒径8nm程度の銀微粒子を担持したものについても、同様の短波長側へのピークシフトを伴う狭線化した発光スペクトルを得ており、銀を担持していないものと比較して発光強度が10倍程度増大することに成功している。銀微粒子及び色素の吸収スペクトル測定結果から、発光増大が銀微粒子による光散乱に起因するものではなく、表面プラズモン共鳴による効果であることを明らかにしている。さらに、表面プラズモン共鳴による3次元配列結晶細孔中での色素の発光増大を静電的なモデルを用いて理論計算した結果、実験による発光増大を再現しており、その妥当性を検証している。

第6章では、第5章までの研究成果を総括するとともに、将来の展望をまとめている。

以上、本論文は色素増感型太陽電池及び3次元配列構造を用いた発光デバイスにおいて表面プラズモン共鳴を利用した効率向上を示すことで、新たな光デバイス構築の可能性を示しており、化学システム工学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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