学位論文要旨



No 118685
著者(漢字) 葉村,真樹
著者(英字)
著者(カナ) ハムラ,マサキ
標題(和) 首都機能移転の東京一極集中是正効果に関する地域生産関数を用いた考察
標題(洋)
報告番号 118685
報告番号 甲18685
学位授与日 2004.02.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第5645号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 教授 藤井,眞理子
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 講師 荒巻,俊也
内容要旨 要旨を表示する

首都機能移転は、1960年代に過密都市東京に対する抜本的解決策としての提言が検討されて以来、東京の過集積の是正策として取り上げられるようになった。特に、日本経済の拡大局面では、東京への人口集中による過密問題、地方部における過疎化問題の解決策として、首都機能移転問題は大きなテーマとなってきた。本研究では、東京一極集中=「東京圏における全国的かつ継続的な人口転出入超過の状態」と定義し、東京における首都機能の存在が東京の生産力効果に寄与し、東京一極集中を引き起こしている要因となっているのか、また首都機能移転がこの東京一極集中を是正する上で有効な施策となりうるかについて考察を行った。研究に当っては、日本における人口移動及び東京圏への人口集中についての考察を踏まえ、以下の仮説を設定している。

東京一極集中=「東京への人口集中圧力」を生み出しているのは、他都市圏を上回る東京都市圏の実質賃金=限界労働生産性の高さである。

東京都市圏の限界労働生産性を高めているのは、「規模の経済」、「集積の経済」、そして “首都機能”という「比較優位」の存在。

“首都機能”は、これらのうち「比較優位」の存在として、東京都市圏の生産量にプラスの効果を与え、限界労働生産性を高めていると考えられる。

本研究の主題は、この仮説を“首都機能”の代理変数を生産要素に含んだ生産関数の推計から検証することにある。すなわち、生産関数の推計に当って“首都機能”として生産要素に加えられた代理変数の推計パラメータが有意に正であれば、“首都機能”が、都市圏の生産量にプラスの効果を与えていることが実証できる。さらに、推計された生産関数から算出した各都市圏の限界労働生産性について、東京都市圏の他都市圏に対する向上分が“首都機能”による部分であるならば、首都機能が東京一極集中=東京圏における全国的かつ継続的な人口転出入状況の要因であるということを説明することができる。

さらに、推計された生産関数を用いて、首都機能移転による東京一極集中是正効果についての考察を行った。すなわち、推計された生産関数を用いて、移転先候補地域に相当する都市圏に移転相当分の労働投入と首都機能の増大分、および新都建設で想定されている社会・民間投資を反映、東京都市圏は転出相当分の労働投入と首都機能の減少分を反映させる。そしてそれぞれの限界労働生産性の変化をみて、移転先都市圏の限界労働生産性が高まり、東京都市圏のそれが低下することで、東京の「独り勝ち」状態の構造が崩れるならば、東京一極集中が是正される可能性があるということである。

具体的には、市町村ベースの通勤・通学実態に基づく118都市圏(標準大都市雇用圏「SMEA」)を設定、設定した都市圏の時系列及びクロスセクションをプールしたプールド・データと、クロスセクションの2種類のデータソースについて、従業地就業者数20万人以上(44都市圏)、10万人以上20万人未満(34都市圏)、さらに10万人未満の都市圏(40都市圏)と、3種類の都市圏規模別に首都機能を生産要素に含む理論モデル(コブ=ダグラス型の地域生産関数)により首都機能の生産効果の推計を行った。推計に当たっての基本スタンスは、東京への一極集中は、都市形成の経済要因である「比較優位」、「規模の経済」、「集積の経済」の3つの要因が複雑に絡み合ってひき起こされ、これらの一極集中要因の中でも、他都市にはなく、東京のみが持つ「比較優位」要因としての「首都機能」が、東京一極集中を、より促進しているのではないかという点である。

ここで問題となるのが、「首都機能」を代理する説明変数をどのように設定するかということである。本研究では、中央集権体制国家における「政治行政中枢機能」と、地域間を垂直統合的にコントロールする「企業活動中枢機能」という、いわば二つの「首都機能」を生産要素に反映させて、コブ=ダグラス型の地域生産関数の推計を行った。複数の代理変数候補について検討を行った結果、「政治行政中枢機能」については、「国家公務従業者数」(国勢調査)を用い、「企業活動中枢機能」については「資本金1億円以上の企業本社数」(事業所・企業統計)及び「本所・本店・本社従業者数」(事業所・企業統計)の2つを候補として、生産関数の推計を試行することとした。

さらに各種資本ストックについては、都市で整備される社会資本ストックも「規模の経済」、「集積の経済」の観点からも生産要素として重要な要素であることが考えられるということ、さらに、首都機能移転の影響という観点では、首都機能移転が移転先への巨額な公共投資を伴う公共事業としての首都機能移転の効果についても検証する必要があることから、特に都市的な意味合いを持つ社会資本ストックについても生産要素に加えた。

なお、都市における「規模の経済」、「集積の経済」を反映するという観点から、一次同次の制約条件を課さない生産関数式とした。

以上より、本研究におけるコブ・ダグラス型生産関数の基本型はつぎのとおり。Y=ANaKpbKgcSdHeここに、

Y:地域総生産(1990年価格)

N:労働投入量(従業地就業者数)

Kp:民間資本ストック(1990年価格)

Kg:社会資本ストック(1990年価格)

S:政治行政中枢機能代理変数(国家公務従業者数)

H:企業活動中枢機能代理変数(資本金1億円以上企業数 or 本所従業者数)

しかし、「H:企業活動中枢機能代理変数」についても、2種類の変数候補を用いた推計を行ったものの、全て推計パラメータが負になるなど、良好な推計結果が得られなかった。「H:企業活動中枢機能代理変数」については、生産の要因というより生産の結果である可能性も考えられ、ステップワイズ法に基づく変数選択による推計を行ったところ、これがが除外されたため、以下の基本式に基づく推計へと変更した。Y=ANaKpbKgcSdここに、

Y:地域総生産(1990年価格)

N:労働投入量(従業地就業者数)

Kp:民間資本ストック(1990年価格)

Kg:社会資本ストック(1990年価格)

S:政治行政中枢機能代理変数(国家公務従業者数)

これより得られた推計式は、以下のとおりである。

次に、推計された生産関数から、対象となった東京都市圏を含む従業地就業者数20万人以上の44都市圏の限界労働生産性の簡単な試算を行い、首都機能移転によって、どのような変化が考えられるかについて考察を加えた。

まず、1994年のデータに基づき44都市圏の限界労働生産性の試算を行った。ここからは、東京都市圏の限界労働生産性は、大阪・名古屋などの他の三大都市圏を含めて、他都市圏を圧倒して高いことが分かる。

限界労働生産性の格差は、人口移動を引き起こすとの仮説について検証する意味で、推計した東京都市圏の限界労働生産性と全20万人以上都市圏平均の限界労働生産性の格差の推移と、東京圏への人口転入超過数の実績値推移を見た。

これをみると、やはり東京圏への転入超過が拡大した1980年代中盤から後半にかけて、限界労働生産性格差も拡大し、転入超過が減少するのに合わせて、限界労働生産性格差も縮小しているのが伺える。そこで、限界労働生産性格差と東京圏への転入超過数との相関係数(ピアソンの積率相関係数)を算出してみたが、相関係数0.813(t値:5.033)という点からも相関性は高いと考えられる。

次に、首都機能移転を行った場合、限界労働生産性格差はどのように変化するか、参考までに簡単な試算をやってみた。移転直前の東京都市圏および移転先都市圏の各データを1994年時点と同じと仮定し、これに移転審議会で第1段階における移転規模として想定されている移転従業者数と、公共・民間投資額から、下表に示す数値を加えて試算を行った。

以上から推計された、首都機能移転前・首都機能移転後の東京都市圏、郡山都市圏、名古屋都市圏それぞれの限界労働生産性は次のようになる。なお、ここで移転に公共・民間投資額は新都市建設の10年間に投資されることが想定されているが、これについて実質額の合計であると考え、また投資された分が100%各資本ストックに蓄積されるとした。

まず、東京都市圏については、移転前と移転後で限界労働生産性に大きな変化がないことが分かる。人口にして10万人程度の移転では、さして効果がないことが分かる。一方、郡山都市圏へ首都機能移転が行われた場合、郡山都市圏の限界労働生産性は大幅に上昇、首都機能移転前の名古屋都市圏(全国で3番目の高さ)を超える水準になることが分かる。移転先が名古屋都市圏の場合、移転先である名古屋都市圏の限界労働生産性も上昇し、移転前と比較して東京都市圏との差は縮まることがわかる。

次に、1980〜1994年各年次につき、従業者数20万人以上都市圏について、クロスセクションで政治行政中枢機能代理変数を生産要素に含む生産関数の推計を行った。その結果、すべての年において修正済み決定係数は0.99を上回り、政治行政中枢機能代理変数以外の変数の推計パラメータは有意に正となった。このように、政治行政中枢機能代理変数の推計パラメータの推移をみてみると、政治行政中枢機能の存在が、生産に寄与する度合いが、どのように変化したかをみることができる。15年間のデータ期間において、優位性がみられるのは5ヵ年と限られるものの、1980年代からは低下傾向、1990年代に入ってからはほぼ横ばいの傾向にあることがうかがえる。

同様にして、クロスセクションによる推計から、規模の経済(労働と資本ストックの推計パラメータの合計値)の推移をみてみる。この値が1を超える場合、都市圏に規模の経済(集積の経済)が存在すると考えられる。

ここからは、少なくとも、東京都市圏を含む従業地就業者数20万人以上という比較的大規模な都市圏において、中小都市圏とは異なる規模の経済、集積の経済が働いており、絶対的かつ相対的にも、それが80年代に入って拡大したことがうかがえる。

従業地就業者数20万人未満の都市圏の推定パラメータの和は、1を下回っており、この推計結果からは20万人未満の中規模・小規模の都市圏においては、規模の経済が負である可能性があるとみることができる。特に従業地就業者数20万人未満10万人以上の中規模の都市圏では、パラメータの和が低下傾向にあることから、集積による経済への負の効果が拡大している可能性があるとみることもできる。そして、首都機能移転の東京一極集中是正効果ということでは、移転後の移転先都市圏の限界労働生産性は大きく向上するものの、東京都市圏の限界労働生産性の低下はわずかであり、相変わらず東京都市圏が、全都市圏で最も高い限界労働生産性を維持する都市圏であり続けることが示された。

本研究において留意すべき点は、首都機能移転後も中央集権的な構造は変わらないという仮定にたった分析となっているということである。国会等移転審議会などにおいて議論されているように、首都機能移転によって地方分権化が一気に進み、中央集権的な構造が崩れ、政治行政面での首都機能の生産効果自体が変化する可能性については、議論の対象外としている。

以上から、1980年代における東京圏への大幅な人口転入超過現象という東京一極集中現象は、首都機能が存在することによる生産拡大効果に伴うものというより、むしろ都市の規模の経済・集積の経済の拡大に拠るところが大きかったのではないかと考えられる。これが、産業構造によるものなのか、あるいは中央集権体制や各種規制などの制度的な枠組みによるものなのかについては、本研究の対象外であるが、このような中小規模都市圏が規模の経済を享受できない状況を生み出している要因を突き止め、それに対する適切な処方箋を持って対処することが、今後求められているというのは確かであろう。もちろん、その処方箋は首都機能移転ではなく、ほかの何かということになる可能性が高いが、それについての検討は次の機会に譲ることとしたい。

従業地就業者数20万人以上の都市圏の限界労働生産性

限界労働生産性格差と東京圏への転入超過数推移(1980〜1994年)

首都機能移転による東京都市圏/移転先都市圏の変化

首都機能移転による限界労働生産性の変化

クロスセクションによる政治行政中枢機能の推計パラメータ

都市圏規模別にみた規模の経済の推移

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、東京一極集中=「東京圏における全国的かつ継続的な人口転出入超過の状態」と定義した上で、首都機能の存在が東京一極集中を引き起こしている要因となっているのか、また首都機能移転が東京一極集中を是正する上で有効な施策となりうるかについて考察を行ったものである。従来、実証的研究が乏しいままに議論されてきた東京一極集中と首都機能の関係性について、計量的評価を試みた点に本研究の独自な特徴がある。

第1章では、1960年代の高度成長期にはじまる首都機能移転論議の黎明期から首都機能移転論議の歴史を整理し、優れて政治行政的に実践的な主題である本研究のテーマ(首都機能移転計画)について議論の特徴を明らかにするとともに、上記のようなとくに研究上の欠落部分が存在することを示している。

第2章は、1992年の「国会等移転に関する法律」の施行以降、東京一極集中の是正が政策目的として掲げられながら、具体的な論拠が示されずにきたことを、既存文献から整理している。これらの事実を提示することで、首都機能移転と東京一極集中の関係についての実証的な研究という本研究の独自性を明確にしている。

第3章は東京一極集中問題を「東京の過密問題」と「東京と地方の人口偏在問題」の二つと定義し、1990年代から現在に至るまでの二つの問題に関する量的変化を把握しているが、その分析手法は独自の工夫が見られ評価できる。

第4章では、首都機能移転に関する既往研究についてレビューすることで、改めて本研究の独自性と意義について論証するという目的を果たしている。さらに、本研究と類似する地域生産関数推計を用いた移転効果に関する東京都の研究との違いを明らかにしつつも、方法論について参考にすることを明確に言及し、手法の妥当性をサポートしている。

第5章は、本研究の仮説とその理論的な背景について論じている。都市工学を始め、人口学、地理学、そして都市経済学、開発経済学と幅広い学究分野における既往研究に対する考察から、国内の人口移動の要因として、地域間限界労働生産性格差を導き出している。人口移動は、極めて複雑な社会減少であるが、それを充分に理解した上で、議論を明確化することに成功している。また、東京一極集中の要因として「規模の経済」、「集積の経済」、「比較優位の存在」の3つを挙げ、比較優位の存在として「政治行政中枢機能」に加え、「企業活動中枢機能」を挙げ、比較優位の存在の可能性を検証する第一ステップとして、東京と、地方中枢都市について、それぞれ「東京ダミー」と「地方中枢ダミー」と呼ぶダミー変数を含むプールド・データによる生産関数推計を試行しているが、この作業は、後の章における地域生産関数による移転効果の検証の導入として役割を確実に果たしている。

第6章は、地域生産関数の推計にあたって用いる首都機能代理変数について検討している。代理変数選択は、例えば政治行政中枢機能代理変数の国家公務従業者数については、現業を除く立法・行政・司法の三権に限るなど、変数としての代理性を充分考慮したものとなっていると評価できる。

第7章は、本研究の分析単位となった都市圏を「標準大都市雇用圏」に基づき設定し、各都市圏データの推計方法について述べている。「標準大都市雇用圏」は既往研究でも都市圏単位として頻繁に用いられており信頼性が高く妥当と判断される。各都市圏のデータも、データソース及び推計方法は妥当である。

第8章は、第7章で設定した都市圏を3つの規模に分け、1980〜1994年の15年間のデータから、それぞれプールド・データとクロスセクションデータによる地域生産関数推計を行っている。結果、東京を含む10万人以上の都市圏では「政治行政中枢機能」が有意に正の生産効果をもたらしているとし、これが移転した場合の移転先都市圏と東京都市圏における限界労働生産性の変化を考察している。シンプルなシミュレーションではあるが、移転による東京一極集中是正効果について検討した初めてのケースとして評価できる。また、クロスセクション分析からは大規模都市の集積の経済が拡大していることを示している。このような分析結果の詳細な考察は、今後の研究に待たれるが、有意義な分析結果と考えられよう。

本研究の意義は、冒頭述べたように、首都機能移転という計画の評価を地域総生産に及ぼす効果として捉え、種々の工夫を行ってその推計をなした点にある。その結果、移転先によって効果が相当程度に異なるなど現実政策的にも興味深い結果が得られた。同時に、首都機能代理変数として国家公務従業者数を用いた生産関数の推計を、例えば既に首都機能移転を行った国や、首都の過密が問題視されている途上国について行うことで、これらの国(都市)における首都機能移転の効果を検証するなどの発展性も期待されよう。あるいは、複数の国を国際比較することで、中央集権型国家と地方分権型国家の都市の生産構造に違いを把握するための研究としても意義がある。このように、定量的な計画評価をなした点と、手法の応用性についても知見を得たことは本研究の優れた業績である。

よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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