学位論文要旨



No 118689
著者(漢字) 高瀬,泉
著者(英字)
著者(カナ) タカセ,イズミ
標題(和) 日本における「強かん」の被害者への対応 : 医療者および警察官からみた現状および問題点
標題(洋)
報告番号 118689
報告番号 甲18689
学位授与日 2004.02.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2216号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 教授 加藤,進昌
 東京大学 講師 佐藤,元
内容要旨 要旨を表示する

背景

これまで「強かん」の被害者に対するさまざまな実態調査が行われ、関係諸機関での対応の改善が叫ばれてきた。しかし、実際に対応にあたる各職員が抱える問題および個々の意識に焦点があてられることはほとんどなかった。

そこで、「強かん」の被害者に事件後の最も早い段階で接触する医療機関および警察での対応の現状を探り、各職員の意識と実際の対応との関連を検討し、さらなる対応の改善に必要な因子を検討していくことが強く求められている。なお、本研究では海外にならい、‘rape'すなわち「forced vaginal penetration, anal rape, oral rape and/or rape by a physical object」を「強かん」と定義した。

研究目的

本研究の目的は、1) 医療機関および警察での対応の現状を明らかにする 2) 各職員が直面している問題を探る 3) 各職員の意識と実際の対応との関連を探ることにより、「強かん」の被害者への対応の改善に必要な因子を検討することである。

研究の方法

医師および看護師に対する調査

2001年6月から8月にかけて東京都内および大阪府下の全救急告示医療機関(各々384および335施設)の医師および看護師を対象に自記式質問紙調査を実施した。質問項目は過去5年間の「強かん」の被害者の受診数、病院の現状、「強かん」の被害者への対応に関するマニュアルの有無、病院主催の研修等の有無、病院主催による海外研修等の経験者の有無、各対象者の年代、性別、配偶者の有無、職種、職歴、専門分野、「強かん」の被害者の診察およびケア経験数、個人的な研修等の参加経験、「強かん」の被害に遭った個人的な知り合いの有無、「強かん」に関する意識、「医療者の姿勢」に関する意識、対応の実際である。なお、「強かん」に関する意識の各項目は、Field が偏見の有無をはかるために開発し、その後、Ward が文化を超えて通用することを立証した指標を用いた。さらに、病院の現状、「医療者の姿勢」に関する意識および対応の実際を問う各項目は、海外で「強かん」等の被害者へ実際に行われている対応を参考に作成した。質問紙の最後には自由記述欄を設け、頻度の高い項目について検討を加えた。

警察官に対する調査

2001年7月から8月にかけて警察庁刑事局捜査第1課の協力のもと、2中規模県警で性犯罪捜査に従事する警察官100人を対象に自記式質間紙調査を実施した。質問項目は年代、性別、配偶者の有無、子供の有無、職歴、‘強行犯'所属期間、研修等の参加経験の有無、性犯罪捜査の従事による意識変化の有無、職場の現況、被害者が申告をためらうと考えられる場合などである。質問紙の最後には自由記述欄を設け、頻度の高い項目について検討を加えた。

結果および考察

医師および看護師に対する調査

東京都内では384施設中168施設 (43.8%)、大阪府下では335施設中161施設 (48.1%) より「該当者なし」の回答を得た。「強かん」の被害者への対応経験をもつ医師および看護師は東京都内で50人、大阪府下で51人であった。回答者は男性医師57人 (56.4%)、女性医師13人 (12.9%)、看護師31人 (30.7%) であった。年代は東京では40代が最も多く18人 (36.0%)、大阪では50代が最も多く20人 (39.2%) であった。「強かん」の被害者への対応に関する研修等の参加経験および個人的経験を有する者はそれぞれ29人 (28.7%) および22人 (21.8%) にとどまった。

まず、被害者の受け入れ状況について、13歳未満の被害者への対応経験を有する医師および看護師が4人に1人の割合で存在した。

次に、病院の現状として、一部の施設を除き、被害者が診察担当者の性別を選択できないことが調査により初めて示された。さらに、心理的なサポートが十分に行われていないこと、十分にプライバシーの保護ができていないこと、マニュアル等による取り組みを行っている施設は1割強にすぎないことなども明らかとなり、施設により「強かん」の被害者への対応が異なる可能性が示唆された。また、医療者が「強かん」の被害者への対応にあたり、現実的に直面している問題として、診断書料のみではなく、医療費まで含めた公的な支援の必要性が挙げられた。

さらに、医療者の意識および対応に影響する因子として年代、地域、研修等の参加経験および個人的経験が示された。地域差には施設内のマニュアルの有無が大きく影響したと考えられ、我が国においてもその重要性が改めて示された。これらの結果より、我が国でも研修等により関係諸機関の各職員の意識変化を図れる可能性が示唆された。

一方、これまで「強かん」に関する意識に影響すると指摘されてきた対応経験数および性別は、「診察および検査を迅速に終了させるため個々の処置につき逐一同意を得る必要はない」の項で、女性でより被害者の意志の尊重について認識している傾向にあったこと以外、有意な差を認めなかった。

このように、性別を問わず、個人的経験を有する者およびマニュアルや研修等による教育を受けた者は、被害者に共感し、その意志を尊重している傾向にあったことから、さらなる「強かん」の被害者への対応の改善には、マニュアルや研修等の充実を図ることが急務であると考える。

さらに、被害者に共感を示す者および医療者の理想的な姿勢を十分に把握する者は、理想的な医療対応を行っている傾向にあり、個々の意識が被害者への対応に影響する可能性が示唆された。

本研究では「強かん」の被害者への対応を医療者の自己評価により判定したことを改めて念頭に置く必要がある。しかし、自由記述欄やインタビューをも含めた考察により、医療者が置かれている現状およびその問題点を浮き彫りにするという目的は十分に果たされたものと考える。

警察官に対する調査

回答者は男性49人 (49.0%)、女性51人 (51.0%)で、年代はAおよびB県警ともに20代が最も多く、それぞれ17人 (34.0%) および18人 (36.0%) であった。職歴の平均値は15.7年(範囲;1-40年)であった。

研修等の参加経験を有する者は56人で、そのうち47人 (83.9%) が研修等の内容を「有意義であった」または「どちらかと言えば、有意義であった」と回答しており、その重要性が改めて示された。また、性犯罪捜査従事による意識変化には、職業的経験、職場の対策および研修等参加、個人的経験などが大きく影響し、Campbell の結果と同様の傾向を示した。

職場の現況に関しては、性犯罪捜査に従事する女性警察官の不足が改めて示された。さらに、身体見分や証拠試料採取時の対応には地域差があることが示された。また、警察官の評価は全体的に高いという特徴があった。この点については、実際により良い対応が行われているのか、模範的な回答をしただけなのか不明であるが、組織的に展開されている被害者対策により個々の認識は高いと考えられ、この点からも職場での対策や研修の影響が大きいと考えられた。

「強かん」に関する意識については、被害者に対して共感を示す意見が多くみられた一方、厳しい意見も少なからず存在した。これは、犯罪防止を強く望むがゆえか、偏見等によるものかはさらなる検討が必要である。

「警察官としての姿勢」については、一番の被害者対策は犯人の検挙であるという姿勢が示された。さらに、研修等の徹底により被害者への対応が改善されつつあることも明らかとなった。

まとめ

病院の現状として、一部の施設を除き、被害者が診察担当者の性別を選択できないこと、心理的なサポートが十分に行われていないこと、プライバシーの保護ができていないこと、マニュアル等による取り組みを行っている施設は1割強にすぎないことなどが明らかとなり、「強かん」の被害者に対して、施設により対応が大きく異なる可能性が示唆された。警察においては地域差が存在する可能性が示されたものの、全体的に被害者に配意した対応を行っている傾向にあった。

いずれの機関においても女性職員による対応の必要性およびその数の不足が指摘された。さらに、関係諸機関相互の連携が円滑でなく、他機関への不満および要望等が存在した。また、医療者が現実的に直面している問題として、診断書料のみではなく、医療費まで含めた公的な支援の必要性が挙げられた。

医療者の個々の意識および対応に影響する因子として、年代、地域、研修等の参加経験および個人的経験が示されたが、地域差には施設内のマニュアルの有無が大きく影響していると考えられた。さらに、個々の意識と実際の対応との間には関連があり、被害者に共感を示す者および医療者の理想的な姿勢を十分に把握する者は、理想的な医療対応を実践している可能性が示された。また、警察官の性犯罪捜査従事による意識変化には、研修等への参加のみでなく、職業的経験や職場の対策も影響因子として大きいことが示された。

以上より、さらなる「強かん」の被害者への対応の改善には、マニュアルや研修等の充実が急務であり、女性を中心に研修等を受けた職員による対応の展開が望まれる。また、海外におけるSANEなど新しい制度の導入についても検討の余地がある。

本研究の結果を関係諸機関へ還元することで、相互の連携の一助となることを期待する。また、関係各省庁へ働きかけることで医療費の公的な負担が早期に実現することを希望する。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、医療機関および警察での「強かん」の被害者への対応の改善に必要な因子を明らかにするため、医療者および警察官に対して自記式質問紙を用いた調査を行い、各職員の意識と実際の対応との関連について統計学的手法を用いて検討したものであり、下記の結果を得ている。なお、本研究では海外にならい、‘rape'すなわち「forced vaginal penetration, anal rape, oral rape and/or rape by a physical object」を「強かん」と定義している。

病院の現状として、一部の施設を除き、被害者が診察担当者の性別を選択できないこと、心理的なサポートが十分に行われていないこと、十分なプライバシー保護ができていないこと、マニュアル等による取り組みを行っている施設が1割強にすぎないことが明らかとなり、施設により「強かん」の被害者への対応が異なる可能性が示唆された。警察においては身体見分や証拠試料採取時の対応に地域差の存在する可能性が示されたものの、全体的に被害者に配意した対応を行っている傾向にあった。

いずれの機関においても女性職員による対応の必要な状況が少なくないこと、および女性職員の数の不足が指摘された。さらに、関係諸機関相互の連携が円滑でなく、他機関への不満および要望等が存在した。また、医療者が現実的に直面している問題として、診断書料のみでなく、医療費まで含めた公的な支援の必要性が挙げられた。

医療者の個々の意識および対応に影響する因子として年齢、地域、研修等の参加経験および個人的経験が示された。地域差もみられたが、これには各施設におけるマニュアルの有無が大きく影響していると考えられた。さらに、個々人の意識と実際の対応との間には関連があり、被害者に共感を示す者および医療者の理想的な姿勢を重視する者は、理想的な医療対応を実践している可能性が示された。また、警察官の性犯罪捜査従事に関する意識には、研修等への参加のみでなく、職業的経験や職場の対策も影響因子として大きいことが示された。

以上、本論文は「強かん」の被害者に対する個々人の意識と実際の対応との間には関連があることを我が国で初めて明らかにしたものである。また、マニュアルや研修等の充実により関係諸機関の職員の意識変化を図れる可能性を示した。本論文で得られた知見は、我が国における「強かん」被害者への対応のさらなる改善に貢献するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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