学位論文要旨



No 118703
著者(漢字) 吉田,光宏
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,ミツヒロ
標題(和) 温度安定型高Q空洞を用いた大電力Cバンドマイクロ波パルス圧縮システムの研究開発
標題(洋) The Research and Development of High Power C-band RF Pulse Compression System using Thermally Stable High-Q Cavity
報告番号 118703
報告番号 甲18703
学位授与日 2004.03.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4432号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中村,典雄
 東京大学 教授 森,義治
 東京大学 教授 横谷,馨
 東京大学 助教授 川本,辰男
 東京大学 教授 酒井,英行
内容要旨 要旨を表示する

電子陽電子衝突型加速器は高エネルギー物理学において精密測定という重要な役割を担ってきた。電子陽電子加速器としては、CERNのLEP-IIが世界最大の加速器である。LEP-IIは重心系エネルギー200GeVに達し電子陽電子加速器ならではの精密実験を筆頭とした実験により様々な成果を得てきたが、標準模型の最も重要なメカニズムであるヒッグス粒子の発見・測定を行なうにはエネルギー、ルミノシティー共に不十分であった。しかしLEP-IIのような円形のシクロトロン加速器では加速電子からのシンクロトロン放射が非常に大きくなり、これ以上のエネルギーの加速器建設は現実的ではない。

一方電子線形加速器を用いた加速器では、重心系エネルギー500GeV〜1TeV程度の加速器建設の可能性が見込まれる。日本では将来計画としてGLC (Global Linear Collider) の建設のための開発研究が精力的に行なわれている。このような電子陽電子リニアコライダーでは主線形加速器(GLCでは20km)が建設のほとんどを占め、到達可能な重心系エネルギーを決定する事になる。GLCで予定されている500GeV〜1TeVの重心系エネルギーを得るためには、この主線形加速器は数十MV/mという高電界で電子加速を行なう。このため、現時点では高周波加速方式が最も現実的である。

近年の精密物理実験の成果により、軽いヒッグス粒子の存在の可能性などから、300〜500GeVの比較的低いエネルギーで実験を開始した方が良いという物理上の要請がある。そして実験の早期開始のため、実用化の目処の立ち易いCバンド(5712MHz)電子線形加速器への期待が高まっている。GLCをターゲットとして新たに開発しているCバンド線形電子加速器システムの基本的設計はSバンド線形加速器を踏襲しており、従来技術の延長で安定な運転が見込まれるが、Sバンドに比べ効率が高く、容易に高電界が得られる。ただしこのような高電界のCバンド線形電子加速器は世界でも初めての試みであり、各種の百MW級のハイパワーに対応した各種のデバイスの開発が必要である。またGLCでの高ルミノシティーを得るためにマルチバンチ運転を行うため、加速管やマイクロ波パルスコンプレッサーを大幅に改善する必要がある。

本論文は、このCバンド線形加速器ユニット用の大電力マイクロ波パルスコンプレッサーの研究開発について記述されている。

電子陽電子リニアコライダーでは高いルミノシティーを得る必要があるため、電子はマルチバンチで加速する必要がある。このためCバンド線形加速器ユニット用のマイクロ波パルスコンプレッサーは、ビームローディングを考慮したやや後上がりのパルス波形を出力する必要がある。Cバンド周波数では導波管遅延回路を用いた圧縮は巨大になり現実的でない。それに比べディスクローディッド構造による結合空洞を用いた遅延回路は装置も小型で、効率も70%程度が得られる。Cバンド線形加速器ユニットとしては、3セル結合空洞を用いたパルスコンプレッサーを採用している。パルスコンプレッサーのマイクロ波蓄積空洞は数μsという長い時間マイクロ波を蓄積する必要があるため、高いQ値が要求される。このパルスコンプレッサーは、蓄積空洞である第一空洞と第三空洞がTE01,15モードで、またその2つの空洞を結合する結合空洞をTE01,5モードで励振するように設計されており、それぞれ19万及び9万のQ値を持つ。

本論文では、このような3セル結合空洞型のマイクロ波パルスコンプレッサーの理論的考察及びシミュレーション方法を確立した後、研究開発要素である加速ゲインの向上、モード変換純度の改善、高Q空洞の周波数安定化の開発研究、数百MW出力対応のハイパワーモデルの製造とその大電力試験及び大電力試験に必要な各種デバイスの開発について述べる。

加速ゲインの改善としては、3セル結合空洞型パルスコンプレッサーを最適化すると共に、クライストロンの出力パルスの立ち上がり部分を位相補償により活用する方法を確立した。また導波管からパルスコンプレッサーのマイクロ波の蓄積モードであるTE01モードへのモード変換における純度の改善に関しては、電磁シミュレーションコードの精度の向上を計り、従来以上の精度で最適な構造寸法を決定できるようになった。

またマイクロ波パルスコンプレッサーは常伝導の加速器コンポーネントの中で最も高いQ値の空洞で構成され、今回設計したパルスコンプレッサーのマイクロ波蓄積空洞は従来の2倍のQ値である20万という値を持つ。このような非常に高いQ値を持つ空洞は、空洞の寸法変化に非常に敏感であり、銅で製造した場合0.1℃程度の温度制御が必要になる。運転時の発熱などを考慮すると、このような温度制御は非常に難しい。このような問題を解決するため、極低熱膨張材であるスーパーインバーを空洞の母材として用いて、従来の銅製空洞に比べ周波数変化を大幅に抑えた温度安定型空洞の研究・開発を行なった。スパーインバーという特殊素材を用いた空洞の製造は世界でも初めての試みであり、製造工程についても様々な評価を行なった。特に空洞の内側に銅壁を形成する方法としてPR銅電鋳法及びHIP法を利用したテスト空洞を製造し評価した。そして開発した周波数安定化空洞を用いたパルスコンプレッサーの大電力モデルの製造を行なった。図1は開発した温度安定型空洞を用いたパルスコンプレッサーの断面構造を示したものである。製造した温度安定型パルスコンプレッサーは、通常の銅製空洞と比べ共振周波数の温度依存性を1/7という測定結果が得られ、非常に温度変化に対して安定である。

さらにパルスコンプレッサーの大電力試験を行う上で、基本的な導波管コンポーネントである3dBハイブリッドと、装置全体を小型化するため減衰器の設計・開発を行なった。3dBハイブリッドは、従来のボタンによる調整を無くし単純化した物を開発した。また減衰器は周期構造型の構造で群速度を落とし、全てステンレス製であるが、1台(全長500mm)あたり-3dBの減衰になるように設計を行なった。図2は製造した減衰器の断面図である。

開発したパルスコンプレッサー及び、導波管コンポーネントを組み立て、50MWのCバンドクライストロンを用いて大電力試験を行なった。図3に大電力試験のブロック図を、また図4に実験装置の写真を示した。この大電力試験で入力45MW、2.5μsに対して、出力135MW、0.5μsを50ppsで安定に出力する事に成功した。

また開発した温度安定型マイクロ波空洞の技術は、他の温度安定な空洞が必要な機器に応用できると共に、さらに高いQ値の空洞を安定に運転できる可能性が見込める。

マイクロ波パルスコンプレッサー

減衰器の断面図

大電力試験のブロック図

大電力試験装置

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、電子・陽電子ビームを重心系で500-1000GeVまで加速するリニアコライダー計画の主加速管の1つであるCバンド加速管において、加速電場勾配を大幅に高めるために必要なパルス圧縮システムの開発研究についてまとめたものである。電子陽電子衝突型加速器は、高エネルギー物理学において衝突時のノイズが少なく精密測定可能な加速器であり、その中でシンクロトロン放射による加速電子のエネルギー損失がない線形加速器を基盤とするリニアコライダーへの期待が高まっている。リニアコライダー用主線形加速器に必要な高い加速勾配のためには、従来のSバンド加速管(加速周波数2856MHz)では不十分であり、Cバンド加速管(加速周波数5712MHz)がその候補として開発されている。しかし、高周波電源であるクライストロンのピーク電力には限界があるため、その長いパルスを圧縮して高いピーク電力を得るパルス圧縮システムが必要になる。しかも、マルチバンチ運転によって高いルミノシティを得るために比較的長いパルス幅が必要とされている。本論文のCバンド用パルス圧縮システムでは、19万という高いQ値を持つ3セル結合空洞を採用することによって高効率でかつ長時間マイクロ波を蓄積することを可能としているが、高いQ値を持つ空洞の安定な運転のためには空洞寸法が温度に対して安定であることが不可欠であり、従来の銅製の空洞では困難である。

論文提出者は、空洞出力の安定性を確保するために、スーパーインバーという極めて熱膨張係数の低い素材を空洞の円柱部の母材として使用した。空洞内壁は電気伝導率の良い銅を使う必要があるので、スーパーインバーと銅を接合するいくつかの方法を試験した結果、接合面の強度、大量生産性、経済性などの点で優れているHIP (Hot Isostatic Pressing) による方法を採用した。また、空洞の円柱部と銅製である端板及びセル間の結合ディスクの接合において、SUS製リングをその間に挿入してTIG溶接し、端板とディスクによる熱膨張や歪みの影響を小さくすることに成功した。このような方法で製作されたパルス圧縮システムの大電力モデルに対して共振周波数の温度依存性が銅製空洞の約1/7という測定結果を得ることができ、熱的に非常に安定であることを実証した。

論文提出者は次に、大電力試験に必要ないくつかの基本的なコンポーネントの開発を行った。その中の1つは、3dBハイブリッドと呼ばれる電力の分配器であり、従来のボタンによる調整をなくしたものを設計・製作した。モード変換器は、マイクロ波の導波管での電磁場のモードをパルス圧縮空洞内でのモードに効率良く変換させるもので、4つの穴で結合しているタイプのものを開発した。減衰器は、ステンレス製で周期構造を持つ新しいタイプの減衰器で、全長50cmとコンパクトであり、-3dBに電力を減衰させるように設計・製作された。

大電力モデルと大電力用の基本コンポーネントの製作後、実際に50MWのCバンドクライストロン1台を用いて大電力試験を行った。その結果、ピーク電力45MW、パルス幅2.5μsのクライストロンからのマイクロ波パルスの入力に対して、パルス圧縮装置によってピーク出力135MW、パルス幅0.5μsのパルスを50Hzの繰り返しで安定に出力することに成功した。

この他、論文提出者は、エネルギー効率を高めるために、高周波電源の立ち上がり部分を位相変調することで有効に利用し、20%以上の効率の改善が図れることを実験的に示した。

本論文は全10章からなる。第1章は序文で研究の動機と目的について、第2章はCバンド加速システムの解説、第3章は解析的方法とシミュレーションによるCバンド圧縮システムの特性、第4章は電力効率を高める方法とその検証、第5章はスーパーインバー用いた空洞の製作方法、第6章は製作された大電力モデルの小電力試験の結果、第7章はCバンド用コンポーネント(モード変換器、ハイブリッド、減衰器)の開発、第8章は大電力試験の結果について述べられている。第9章は、本装置に関連した将来計画、第10章は本論文の結論が示されている。

以上のように、本論文は、リニアコライダー計画の主加速管の1つであるCバンド加速システムの高い加速勾配を実現するためのパルス圧縮システムの実用化に大きな進展を与えるものであり、加速器のコンパクト化にも貢献する研究である。この論文は他2名との共同研究であるが、論文提出者が中心となって製作や実験を行っており、論文提出者の寄与は十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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