学位論文要旨



No 118704
著者(漢字)
著者(英字) Triyoso,Wahyu
著者(カナ) トゥリヨソ,ワヒュー
標題(和) 日本の陸域浅発地震による地震危険度
標題(洋) Shallow crustal earthquake hazard in the Japanese Islands
報告番号 118704
報告番号 甲18704
学位授与日 2004.03.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4433号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 工藤,一嘉
 東京大学 助教授 都司,嘉宣
 東京大学 助教授 纐纈,一起
 東京大学 教授 島崎,邦彦
 東京大学 助教授 池田,安隆
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的は地震危険度モデルのより良い理解と、日本列島の地震危険度図作成である。最大加速度および最大速度の地震危険度図を作成する。付加事項として、過去の研究との比較のため、これらの地震危険度図には地盤効果を含める。論文提出者の最終目標はインドネシアおよび東南アジアの地震危険度図作成にある。

地震危険度研究の一つの重要な因子は、地震危険度推定のために用いられる長期地震活動度モデルの信頼性にある。様々な長期地震活動度モデルがどのような特徴を持つかを調べるために、様々なモデルを作成した。これらのモデルの真の評価のためには、十分な数の大地震が発生するまで、数十年も待たなければならない。しかし、現在すぐに使用できるのは過去の地震活動の記録のみである。本研究では、すべてのモデルを評価するために歴史地震を用いることを提案する。長期地震活動度モデルを試験し、選択し、最適化するための手法を開発した。

様々な長期地震活動度モデルを作成するために、数種類の異なるデータセットを用いる。それらは、地震計で記録された小地震および中地震のカタログ(気象庁による、1926-1997年)、地震地帯構造区分図、Kumamoto (1997)による活断層研究成果、およびGPSデータ(国土地理院による、1994-1999年)である。新モデル作成のために二つのモデルを組み合わせることも試みた。Frankelによって1995年に提案された空間平滑化法、Wardによって1994年に利用が提案されたひずみ蓄積情報、および活断層の平均変位速度の推定値や他のパラメターに基づく手法(例えばWesnousky他,1984)を用いる。

モデルやパラメターの定量的な評価のために、赤池情報量基準(AIC, Akaike, 1974)を用いる。400年間(1596-1925年、2000年)の陸域の歴史大地震に基づいて、それぞれのモデル或いはモデルパラメターに対し、地震発生と非発生の事象が起こる尤度を計算する。さらに、様々なモデルのAICの値と全く情報がない場合のAICとの差、δAICを計算する。そして最もδAICの大きなモデルを、最も信頼できるモデルとして選ぶ。本研究で作成された様々なモデルのうち、活断層モデルと小地震のカタログを用いた地震地帯構造区分図モデルとを組み合わせたモデルが、最も高いδAICを示した。さらに、相関距離と重みのパラメターを最適化することを試みた。最適化されたモデルの頑強性を試験するために、他の歴史地震のデータセットを用いた。その結果、最適化が必ずしも頑強なモデルをもたらさないことがわかった。

δAICによる試験の結果、現在の小地震および地表のひずみは約150年前の過去の大地震の影響を強く受けていることを見いだした。また、異なるモデルを組み合わせることにより、未知の震源や、位置が予め特定できない震源を取り扱うことができる。

多量の小地震データと適当な地帯構造区分図があれば、Frankel (1995)によって提案された手法によるモデルよりも良いモデルを作成することができる。この結論は、インドネシアのような国の地震危険度図の作成に重要である。また、前世紀の大地震の空間分布が今世紀の地震活動を示さないことに注意を払うことも重要である。

弾性論の線形性が成り立つ範囲では、地盤の効果を推定するために、小地震のデータが使えることも示した。強震計が整備されれば、小地震のデータはほとんどすべての場所で入手可能となる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は日本の陸域に発生する浅発地震を対象として、その長期的な発生危険度を評価する手法(モデル)の提案を行い、10x1Okm2を単位とする地域で予想される地震動強さ分布図を作成している。本論文は5章および3補遺からなり、第1章では本研究の目的・背景・論文の構成を中心として記述され、第2章ではこれまでに提案された代表的なモデルをレヴューし、それぞれの予測モデルに対して日本のデータを適用し、危険度評価の差を議論している。第3章では作成したモデルの歴史地震データ(400年間)をターゲットとした事象発生の尤度を計算し、赤池情報量基準により各モデルの歴史地震データへの適合性の検討を通じて、最も信頼性の高いモデルを提案している。第4章は地震発生危険度と地震動強さの予測モデル(補遺Bに記述)を統合し、地震危険度地図を作成した。第5章はまとめと本論文で得られたモデルの適用性を述べている。

地震危険度地図は国の地震安全対策の根幹をなす資料である。本研究は、その最も基礎となる地震発生の長期活動度モデルに高い信頼性を持たせる目的がある。従来から提案されている長期地震活動度モデルは、地震記録、活断層データ、GPSデータなど異種のデータセットを用いており、予測モデルを単純には比較できない。特に海外のモデルは適用対象地域が異なる。本論文ではそれぞれのモデルが均等に対比出来るように、各モデルに対してM>6.8の地震発生の100年期待値を比較した。独自のモデルとその組み合わせも含めて14モデルを比較している。このような比較は他に類がなく、モデルの差を一目で理解できる表現は評価すべき労作である。

さらに、モデルやパラメターの定量的な評価のための赤池情報量基準を導入して、400年間の陸域の歴史大地震データをターゲットとして評価した。その評価方法は、それぞれのモデル或いはモデルパラメターに対し、地震発生と非発生の事象が起こる尤度を計算する。そして、様々なモデルのAICと全く情報がない場合のAICとの差、δAICをモデルのデータ適合性の評価基準とするものである。この適合性を評価する基準は、本論文の最も特徴ある新しい視点と言える。δAICが最大となるモデル、つまり最も信頼できる長期予測モデルは、本論文で検討したモデルの中で新しい組み合わせモデルとして提案された「活断層モデルと小地震のカタログを用いた地震地体構造区分図モデルとの組み合わせ」であった。さらにこの予測モデルに影響をあたえる地震発生相関距離と2種モデルの組み合わせの重みを最適化した上で、時期の異なる歴史地震(800-950年)と昭和(1925-2000年)の大地震への適合性を検査した。最適化のメリットは少ないもの、先の提案モデルが最も信頼性に富むことを確認している。

本論丈が提案する地震発生の長期予測モデルは、多量の小地震データと適当な地体構造区分図があれば、小地震データを用いる代表的なモデル(Frankel, 1995)よりも過去の大地震発生をより良く説明することができることから、今後、論文提出者が目的としている、歴史地震資料の乏しい自国(インドネシア)での地震危険度図の作成に光明を与える結果となっている。

様々な長期地震活動度モデルを検討する中で、関連研究に極めて興味ある結果も導かれている。その一つは、現在の小地震活動および地表のひずみが、現在から約150年前までの大地震の影響を強く受けていることの指摘であり、南Californiaでの検討結果(Jackson et al.,1997)とも調和的である。第2は前世紀の大地震の空間分布が今世紀の地震活動を示さないことであり、歴史地震資料のみのモデルは不適切であるとの結論を得たことである。

最終成果は地震発生の確率論的長期予測モデルと地震動強さの評価とを組み合わせた地震危険度図の作成である。地震動強さは距離減衰の形で表現され、さらに地盤の影響を考慮した地震危険度図が作成されている。この距離減衰モデルには最近の強震データを用い、減衰の地域差を考慮し、かつ地盤効果として地質・地形学的資料の簡便な分類による評価を導入した独自のモデルを作成し、首尾一貫した結果を提出している。

以上のように、本論文は地震発生の長期予測モデルを確率論により評価し、最も信頼性のあるモデルを提案しており、地震活動度評価に重要な貢献であると判断される。また地震危険度図の作成は社会の高い要請にも応えるものになっている。本論文の第2章は島崎邦彦・塚越芳樹、第3・4章は島崎邦彦との共同研究によるものであるが、論文提出者が主体となって解析を行なったもので論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、審査員一同は、本論文提出者が理学博士の学位を受ける資格があるものと判定した。

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