学位論文要旨



No 118709
著者(漢字)
著者(英字) Armin,Rump
著者(カナ) アーミン,ルンプ
標題(和) 癌抗原CA125/MUC16とMesothelinの発現と機能解析
標題(洋) Expression and function of tumor antigens CA125/MUC16 and mesothelin
報告番号 118709
報告番号 甲18709
学位授与日 2004.03.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2218号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 客員助教授 西中村,隆一
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 助教授 神野,茂樹
内容要旨 要旨を表示する

本研究は腫瘍抗原として良く知られているCA125とMesothelinの発現と両者の分子間相互作用を解析したものである。

CA125は、モノクローナル抗体OC125で認識される腫瘍抗原として同定され、卵巣癌の診断及び治療後の再発の監視に広く用いられている。CA125は細胞表面に発現しているだけでなく、酵素反応により切断されて可溶性フラグメントとして細胞外にも存在する。ごく最近、CA125遺伝子が同定され、I型膜蛋白質で短い細胞内ドメインと巨大な細胞外ドメインを持つことが明らかとなった。細胞外ドメインはセリン、トレオニン、プロリンに富む156アミノ酸からなる反復配列を60個以上含んでおり、高度に0-グリコシル化されている。卵巣癌以外にも、CA125は羊膜、ミュラー管、及び成体の胸腔、心外膜、アポクリン汗腺及び乳腺で発現しているが、正常な卵巣上皮では発現していない。

Mesothelin は中皮細胞、中皮腫、及び卵巣癌に対する抗体CAK-1で同定された腫瘍抗原である。Mesothelin は分泌蛋白質で細胞膜にはGPI-リンクで結合している。全長69 kDaからN末端の31 kDaが酵素的に切断され、40 kDaのC末端側フラグメントが細胞膜上に残る。これらのフラグメントは共に N-グリコシル化部位を含んでいる。全ゲノム発現プロファイル法を用いた最近の研究では膵臓、胃、肺、及び子宮内膜の腺癌でMesothelinの過剰発現が報告されている。Mesothelin の発現は、生理的な状況では発生過程で発現が調節されており胎生7日で強く、胎生11日では発現が消失し、胎生15日で弱く、胎生17日で強い発現が認められる。Mesothelin 欠損マウスは健康で生殖可能であり目立った表現型を持たない。

Mesothelinの生物学的な機能をさらに解析するために、私はMesothelinに対する受容体/結合蛋白質を同定し、CA125が Mesothelin 結合分子であることをみいだした。Mesothelin はCA125に結合し、この相互作用が細胞間接着をもたらす。CA125を発現している卵巣癌は Mesothelin を発現している腹腔中皮細胞への高率に転移することから、CA125-Mesothelin による細胞間接着は重要な意義があると考えられる。さらに、私は悪性度の高い漿液性乳頭状腺癌の生検試料でCA125と Mesothelin が共発現していることを示した。これまでの文献と合わせて、私の結果は以下で議論するように幾つかの臨床医学に対する示唆を含んでいる。

本研究における最も重要な発見はCA125が Mesothelin 結合分子であることである。私はこの分子間結合の存在を幾つかの独立した証拠から示した。

発現クローニング法により卵巣癌細胞株(OVCAR-3)の発現 cDNA ライブラリーからMesothelinの結合蛋白質として二つの独立したクローンを分離した。すなわち、スフェロプラスト融合で形質導入したCOS細胞にエピトープタグをつけた Mesothelin 蛋白質を反応させ、Mesothelin結合細胞をセルソーターで分取して導入遺伝子を回収するものである。この方法により得られた二つのクローンは同一の遺伝子・CA125の部分配列であり、短い方のクローンはCA125の反復配列しか含んでいない。このことからMesothelinはCA125の反復配列と結合することが明らかとなった。

フローサイトメトリー法によって、ヒト及びマウスの Mesothelin とOVCAR-3細胞との結合が示された。さらにマウス Mesothelin とOVCAR-3との結合は Mesothelin 特異的なモノクローナル抗体B35で阻害された。逆に、CA125はMesothelinを強く発現しているマウスLO細胞株と結合し、B35抗体はこの結合を阻害した。CA125はMucinファミリーに属する蛋白質だが、Mesothelin は他の Mucin 分子とは結合しなかった。したがって観察された結合は特異的なものである。

Mesothelin とCA125とを同時に形質導入したCOS細胞からOC125抗体で Mesothelin が免疫沈降されるが、Mesothelin または CA125 を単独で形質導入した COS 細胞では Mesothelin が免疫沈降されない。

Mesothelinを発現している腹腔中皮がCA125を発現している卵巣癌細胞の転移好発部位であることから、転移の初期過程に必要な異なる細胞間の接着にCA125及びMesothelinが関与していると考え、細胞間接着アッセイ法を開発した。LO細胞を6ウェルプレートで単層に培養した。このLO細胞に、106個のOVCAR-3細胞を加えた後、緩やかに遠心してOVCAR-3細胞を単層のLO細胞に接触させた。短時間の培養後、付着しなかったOVCAR-3細胞を除くために培養プレートを十分に洗い、残りの細胞をディッシュからはがし取って、LO細胞に付着したOVCAR-3細胞の数をフローサイトメーターで測定した。

このアッセイ法によって、私はOVCAR-3細胞とLO細胞との異細胞間接着がB35抗体によって用量依存的に阻害されることを見出した(抗体非存在下では9%のOVCAR-3細胞がLO細胞に結合するのに対して、高濃度の B35 抗体存在下では1%以下しか結合しなかった)。同様のOVCAR-3との細胞間接着実験をLO細胞の代わりにマウス胎仔横隔膜細胞初代培養を用いて繰り返した。横隔膜は両面が中皮細胞で覆われており、培養した横隔膜細胞の15%がMesothelinを発現していた。LO細胞と同様に、OVCAR-3細胞は横隔膜培養細胞に付着し、この結合はB35抗体で阻害された。

さらに、CA125とMesothelinは卵巣漿液性嚢状腺癌で共発現していた。サンプル数は少ないが、 Mesothelin の発現と漿液性嚢状腺癌の病理組織学的な悪性度との関連が認められた。卵巣上皮の癌化過程で、Mesothelinの発現はCA125の発現よりも遅い過程で起こる可能性が示唆された。公開されているデータベースを検索したところ、多くの卵巣癌、膵臓癌のみならず中皮腫や進行した乳癌でもMesothelinとCA125の共発現が極めて高く認められることが明らかとなった。

本論文で私はCA125がMesothelinに結合し、この分子間の相互作用が異細胞間の接着を媒介することを示した。さらにCA125とMesothelinはしばしば同一の細胞で発現していることを見出した。このことから、MesothelinはCA125の反復配列に結合しており、従ってこの結合は非常に多価である可能性が高いということは重要である。Mesothelin は卵巣癌細胞に発現しており、蛋白質分解後も CA125 分子を二次的に細胞膜上に結合することによって CA125 を発現している癌細胞と中皮細胞との結合を競合的に阻害するよりはむしろ増強すると思われる。

CA125-Mesothelin を介した卵巣癌の腹腔中皮への転移性の接着に関して次のようなモデルが考えられる〔図参照〕。CA125分子は、プロリン残基と糖鎖を多く含むことから、特定の蛋白構造を取るよりはむしろ伸長した構造を取ると予想される。22097アミノ酸からなるCA125は伸展した状態では赤血球の直径より大きな11μmの長さと予想される。腹水中に剥離した卵巣癌細胞の表面から、CA125 は”釣り糸“のように伸び、免疫系に認識されないようにカモフラージュしながら、60個の反復配列の一つを介して近くの中皮細胞上のMesothelinに結合する。いったん結合すると、”釣り糸“状のCA125分子は中皮細胞と癌細胞の両方に発現しているMesothelin分子とさらに結合することによって引き寄せられ、細胞間を多価に結合させる。可溶性のCA125フラグメントもまたMesothelinを介した細胞間の結合に関与すると考えられる。CD44H-ヒアルロン酸及びインテグリンβ1-フィブロネクチンといった他の既知の卵巣癌細胞-中皮細胞間の結合機構に対して巨大なCA125が阻害的に作用する可能性も考えられる。このことは、OVCAR-3細胞と横隔膜初代培養細胞を一時間以上結合させると B35 抗体で阻害できなかったという私の観察結果と一致する。これに対して、LO細胞では阻害効果は培養時間によらないことから、二次的な結合分子がLO細胞上には発現していない可能性が示唆される。

私の実験結果は、CA125とMesothelinのC末端とが細胞の接着に関与しており、卵巣癌の転移に重要な役割をしていることを示唆するものである。本研究は、MesothelinのC末端を含む部分の機能を初めて明らかにしたものであり、癌化における CA125 の役割を示唆する。これら二つの分子に関してはより一層の研究が必要であるが、以下のような臨床的な応用が考えられる。

Mesothelinは卵巣癌の危険性の高い患者の転移を防ぐ薬剤のターゲットとなる。

日常的に行われているCA125の血清濃度の検査に加えてMesothelinの血中濃度も測定すべきである。この点は他の研究者も提案していることであるが、血清中のMesothelin濃度がどの程度組織での発現を反映しているかは明らかでなく、本研究はこの CA125 と Mesothelin の複合検査法に生物学的な裏付けを与えるものである。特に、Mesothelinは癌組織においてCA125を保持することで血清CA125の測定で偽陰性をもたらす可能性がある。

卵巣癌における Mesothelin 陽性は、卵巣癌の悪性度が高いことに示唆する可能性がある。

Mesothelin及びCA125は、これらが共発現している他の癌や子宮内膜症においても同様の役割を果たしている可能性がある。

こうした患者にとって潜在的な有用性を実証するためには、動物実験による私の発見と大規模な臨床データとの臨床的な関連の検討が必要であろう。

本論文では、卵巣癌とは無関係ではあるが、NLRR4と名付た胸腔、心外膜及び腹腔の中皮細胞層に発現している新規遺伝子のクローニングについても述べている。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は卵巣癌の癌抗原 CA125 と、中皮細胞、中皮腫及び卵巣癌の癌抗原であるMesothelinとの分子間相互作用によって、これらの分子を発現した細胞間の結合を起こすことを明らかにしたものであり、下記の結果を得ている。

CA125とMesothelinの分子的結合を複数の方法によって証明している。A: 発現クローニング法によってヒト卵巣癌細胞株OVCAR-3のcDNAライブラリーからMesothelinの結合蛋白質として独立した二つのクローンとしてCA125の部分は配列が単離された。B: フローサイトメトリー法によって、ヒト及びマウスMesothelinがCA125を発現しているOVCAR-3細胞に結合し、この結合がマウス Mesothelin 特異的モノクローナル抗体B35によって阻害された。C: Mesothelin と CA125 とを同時に形質移入した COS 細胞から CA125 抗体で Mesothelin が免疫沈降されるが、Mesothelin または CA125 を単独で形質移入したCOS細胞では Mesothelin が免疫沈降されない。このことからCA125と Mesothelin の結合を生化学的に確認された。

CA125と Mesothelin との結合によって、これらを発現している細胞間の結合することを証明するために細胞結合アッセイ法を開発した。その結果、CA125 を発現するOVCAR-3細胞は、マウス Mesothelin を発現する細胞株及びマウス胎仔横隔膜初代培養細胞に対して結合した。この異なる細胞間の結合はB35抗体により用量依存的に阻害された。胎仔横隔膜細胞の Mesothelinを発現する細胞は、腹膜の中皮細胞を含むと考えられ、卵巣癌細胞が腹腔内へ転移する際にCA125と Mesothelin による異なる細胞間の結合に関与することが示唆される。

卵巣癌生検切片の免疫染色によって、CA125とMesothilinとが共発現していることを示した。

公開されている遺伝子発現データベースを解析し、CA125と Mesothelin は高い相関性を持って発現していることを見出した。

以上、本論文は卵巣癌の癌抗原であるCA125と Mesothelin が、これらを発現している異なる細胞間の接着に強く関与していることを示した。これまでCA125の結合蛋白質は知られていたが、生物学的機能を示す報告はなかった。本研究は、卵巣癌の転移機構に関するCA125の生物学的機能を示す初めての報告であり、卵巣癌の転移に関して重要なな発見であると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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