学位論文要旨



No 118711
著者(漢字) 田村,康博
著者(英字)
著者(カナ) タムラ,ヤスヒロ
標題(和) 骨芽細胞分化における基質細胞間相互作用の役割 : その細胞内シグナルの解明
標題(洋)
報告番号 118711
報告番号 甲18711
学位授与日 2004.03.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2220号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 瀧澤,始
 東京大学 助教授 矢野,哲
 東京大学 講師 竹内,二士夫
内容要旨 要旨を表示する

I型コラーゲンは骨の細胞外基質を構成する成分として重要な物質であるが、骨芽細胞分化にとっても必須の促進因子であることが知られている。私はI型コラーゲンが骨芽細胞分化を促進する機序を解明するために、Focal adhesion kinase(FAK)とdiscoidin domain receptor-2 (DDR2)の2つのシグナル分子に着目し、以下の実験を行った。

まず私は、マウス骨芽細胞様MC3T3-E1細胞において、β1インテグリンシグナルの直接下流に位置するFAKが、bone morphogenetic protein 2(BMP-2) -Smad1シグナルや骨芽細胞分化のために必須の役割をすることを示した。

インテグリンを介する細胞基質間相互作用は骨芽細胞分化に不可欠なことが知られている。竹内らはI型コラーゲンによるα2β1インテグリンの集結により活性化されるシグナルが骨芽細胞様MC3T3-E1細胞の分化に関与していることを示してきた。FAKはβ1インテグリンシグナルの直接下流に位置し、その不活性化は骨芽細胞分化を障害することが示されている。骨芽細胞様MC3T3-E1細胞におけるFAKの役割を明らかにするため、私はantisense FAK messenger RNA(mRNA)を恒常的に発現するMC3T3-E1細胞(asFAK細胞)を用い実験を行った。asFAK細胞において、骨芽細胞マーカーであるアルカリフォスファターゼ(ALP)活性は、21日後までの長期培養においても、BMP-2処理下においても上昇しなかった。またasFAK細胞にBMP-2を処理してもオステオカルシンの発現は刺激されなかった。対照MC3T3-E1細胞ではBMP-2はSmad1の核内移行を促進し、Smad1反応領域を含むSmad6遺伝子プロモーターの転写活性を刺激した。しかし、asFAK細胞においてBMP-2は、Smad1の核移行を起こすにもかかわらず、Smad6遺伝子プロモーターの転写活性を増加させることができなかった。これらの結果から骨芽細胞様細胞においてFAKはSmad1核移行ではなくSmad1依存性の転写活性に関与していると考えられた。このことより骨芽細胞様細胞におけるインテグリン-FAK活性化によるシグナルは、BMPシグナルに転写活性化の部位で収束する可能性があると考えられた。以上より、FAK活性化は骨芽細胞分化を刺激するBMP-Smadシグナルに必須であることが示唆された。

次に、骨芽細胞様細胞における、I型コラーゲンに対するチロシンキナーゼレセプターDDR2の働きを検討した。

I型コラーゲンに対する非インテグリンレセプターであるDDR2は骨芽細胞様細胞に発現している。チロシンキナーゼ配列を含むDDR2の細胞内領域は、I型コラーゲン刺激によってDDR2自身や他の蛋白のチロシンリン酸化を起こすと考えられている。DDR2は、インテグリンを介してコラーゲンにより活性化されるFAKやPI3-Kやその下流の分子を直接リン酸化しない。しかし FAK やphosphatidyl inositol 3-kinase(PI3-K)に対する抗体での免疫沈降により、これらの分子と密接な相互作用をすることがわかった。チロシンキナーゼ欠失DDR2は細胞骨格を障害し、骨芽細胞マーカーであるアルカリフォスファターゼ活性を抑制するが、DDR2全長の過剰発現は骨芽細胞における分化マーカーを増加させた。このようにDDR2は骨芽細胞において、基質コラーゲン刺激に対しインテグリン関連のシグナル伝達分子と協調しつつ機能している可能性があると考えられた。

以上のように、骨芽細胞においてI型コラーゲンは、インテグリン・DDR2を介しFAK、PI3-Kなどを活性化させ、それらの分子同士およびBMP2シグナルとの協調の下に骨芽細胞分化を促進するものと考えられる。この経路をさらに解明していくことが、代謝性骨疾患の病態解明等に重要と思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は骨芽細胞分化における細胞外基質の役割を明らかにするため、骨芽細胞様MC3T3-E1細胞の長期培養により骨芽細胞分化形質発現が経時的に進展する系を用いて、細胞内分子 FAK(focal adhesion kinase)によるシグナルとコラーゲンレセプターDDR2(discoidin domain receptor2)シグナルの骨芽細胞分化との関連を検討したものであり、以下の結果を得ている。

Antisense FAK messenger RNA(mRNA)を恒常的に発現するMC3T3-E1細胞(asFAK 細胞)では、長期培養においても骨芽細胞分化誘導因子 BMP-2(bone morphogenetic protein-2)処理下においても骨芽細胞分化マーカーが上昇せず、骨芽細胞分化が障害されていることが分かった。

BMP-2シグナルの細胞内伝達因子Smad1にFLAGタグのついた蛋白を発現するプラスミドをasFAK細胞に導入し、免疫染色によってSmad1細胞内局在を調べたところ、asFAK細胞ではBMP-2刺激によるSmad1核移行は障害されていないことがわかった。

Smad1 反応領域を含むSmad6遺伝子プロモーターにルシフェラーゼ遺伝子をつないだプラスミドをasFAK細胞に導入して転写活性を調べたところ、asFAK細胞ではBMP-2刺激にともなうSmad1依存性の転写が障害されていることが分かった。さらに1.2.を考え合わせることによりFAKは骨芽細胞分化に不可欠な役割を果たし、その役割はSmad1核移行でなくSmad1依存性の転写を支持することによると考えられた。

コラーゲン刺激後の MC3T3-E1 細胞溶解液を抗 FAK 抗体、抗P13-K(phosphatidyl inositol 3-kinase)抗体で免疫沈降することにより、DDR2、FAK、PI3-Kはコラーゲン刺激下で密接な関係を示すことが分かった。

チロシンキナーゼ欠失DDR2を発現するプラスミドをMC3T3-E1細胞に導入したところ、細胞骨格は障害され骨芽細胞マーカーは抑制されたが、MC3T3-E1細胞に DDR2 全長を過剰発現させると骨芽細胞分化マーカーは増加した。4.と考え合わせるとDDR2は骨芽細胞において、基質コラーゲン刺激に対しインテグリン関連のシグナル伝達分子と協調しつつ骨芽細胞分化を促進する可能性があると考えられた。

以上、骨芽細胞様MC3T3-E1細胞において、FAKシグナルおよびDDR2シグナルを操作し、FAK シグナルが骨芽細胞分化おいて不可欠な働きをすること、DDR2シグナルも FAK シグナルと協調しつつ骨芽細胞分化を促進する可能性があることを明らかにした。本研究はこれまで明らかにされてこなかった細胞外基質による骨芽細胞分化促進作用の機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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