学位論文要旨



No 118715
著者(漢字) 小林,哲生
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,テッセイ
標題(和) 乳幼児における数量認知能力 : 視聴覚モダリティ間で提示された刺激に対する数的等価性および操作性
標題(洋) Numerical cognition in infants and young children : Equivalence and arithmetic among auditory-visual intermodal sets
報告番号 118715
報告番号 甲18715
学位授与日 2004.03.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第465号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長谷川,寿一
 東京大学 教授 繁桝,算男
 東京大学 助教授 酒井,邦嘉
 東京大学 教授 久保田,俊一郎
 東京大学 助教授 開,一夫
内容要旨 要旨を表示する

乳児認知研究の新たな発展の中で,言語獲得以前の乳児が数量認知能力をもつことがわかってきた.注視時間を指標とした一連の研究から,視聴覚いずれの刺激でも同一感覚モダリティ内で提示された刺激については,数量に基づいた弁別が可能であることが示された.だが,どういったレベルで数量を認知しているかについては明らかではない.本研究では,乳幼児の数量認知能力の性質をより明らかにするために,以下の3つの実験を行った.実験1では、乳児が異なるモダリティで提示された刺激について数量の点から対応づけできるかどうかを検討した.実験2では、実験1の結果をもとに,乳児が異なるモダリティで提示された刺激についてそれらを足し合わせできるかどうかを検討した.実験3では、乳児で見られたモダリティ間の数量対応づけ能力(実験1の結果)が,3〜4歳児においても一貫して見られるかどうかを検討した.これらの一連の実験により,乳幼児の数量認知がモダリティを超えたレベルでなされているのかどうかを明らかにする.

実験1

期待違反法を用いて,6か月齢児が視聴覚モダリティのそれぞれの刺激を数量の点から対応づけられるかどうかを検討した.物体が落下して音が鳴るという場面を提示した後に,それらの物体の動きを遮蔽物で覆い隠し,音を2回もしくは3回提示した.次に遮蔽物が下降して,物体が2個もしくは3個現れた.もし彼らが音の回数と現れる物体の個数を対応づけられるならば,それらの数が一致する試行(可能事象)よりも,一致しない試行(不可能事象)の方をより長く注視すると考えられる.

方法:6か月齢児16名(平均月齢6か月15日齢)を被験児とした.実験は大学内のプレールームで行われた.被験児は母親の膝に抱えられ,スクリーンから1.5m離れた位置に座ってもらった.スクリーン下方に設置されたビデオカメラによって視線方向が撮影された.馴致試行として,物体(2か3個)が落下し地面に衝突すると同時に音がするというアニメーション刺激を4試行提示した.このアニメーション刺激は,液晶プロジェクターでスクリーン上に提示された.テスト試行では,被験者は2条件(Two条件とThree条件)にランダムに分けられ,可能事象と不可能事象を交互に2試行ずつ計4試行提示された.物体の動きを遮蔽物で完全に覆い隠した状態で,音を2回(Two条件の可能事象;Three条件の不可能事象)もしくは3回(Two条件の不可能事象;Three条件の可能事象)提示した.その後,遮蔽物が下降し,物体が2個(Two条件)もしくは3個(Three条件)現れた.注視時間は,物体が現れてから測定し始め,被験児が2秒間以上ディスプレィから目をそらすまでの時間とした(上限は30秒).

結果:Two条件,Three条件いずれにおいても,被験児は可能事象(Two: M = 13.5s, SD 7.7, Three: M = 10.6s, SD 6.0)よりも不可能事象(Two: M = 20.2s, SD 7.6, Three: M = 16.0s, SD 8.4)を有意に長く注視した(F [1,14] = 19.74, p = .001).この結果は,6か月齢児が、聞いた聴覚刺激の回数に基づいて、遮蔽物の背後にある視覚対象の個数を正確に期待できるということを示唆している.

実験2

先行研究から,乳児が視覚対象で提示される計算課題(足し算・引き算)に正しく反応できることが示唆されている.実験2では,この問題をさらに検討し,彼らが異なるモダリティからの刺激を足し合わせできるかどうかを検討した.実験1と同様の実験設定のもとで,まず物体が1個現れて,次にそれが遮蔽物で覆われた.その状態で,音が1回もしくは2回提示された.その後遮蔽物が下降し,物体が2個もしくは3個現れた.もし彼らが物体の個数と音の回数を足し合わせて,現れる物体の個数を正確に予測できるならば,可能な計算事象よりも不可能な計算事象の方をより長く注視すると考えられる.

方法:5か月齢児32名(平均月齢5か月25日齢)を被験者とした.被験者は2条件(Outcome2条件とOutcome3条件)にランダムに分けられた.Outcome2条件では,物1+音1=物2(可能事象)と物1+音2=物2(不可能事象)を,Outcome3条件では,物1+音2=物3(可能事象)と物1+音1=物3(不可能事象)を交互に提示された(計4試行).実験1と同様の馴致試行を行った後に,テスト試行を行った.まず物体が1つ現れ,その後に遮蔽物が上昇し,それを覆い隠した.その状態で,音が1回(Outcome2条件の可能事象;Outcome3条件の不可能事象),もしくは2回(Outcome2条件の不可能事象;Outcome3条件の可能事象)提示された.その後遮蔽物が下降し,2個(Outcome2条件)もしくは3個(Outcome3条件)の物体が現れた.他の手続きは,実験1とほぼ同様に行われた.

結果:Outcome2条件,Outcome3条件いずれにおいても,被験児は,可能事象(Outcome2条件: M = 11.7s, SD8.5, Outcome3条件: M = 9.7s, SD7.3)よりも不可能事象(Outcome2条件: M = 17.8 s, SD 9.2, Outcome3条件: M = 13.9 s, SD 8.0)の方を有意に長く注視した(F [1,30] = 33.680 p = 0.0001).この結果は,5か月齢児が、目撃した視覚対象の個数と聞いた聴覚刺激の回数を足し合わせて、遮蔽物の背後にある視覚対象の個数を正確に期待できるということを示唆している.

実験3

言語的カウンティング能力を獲得する(3歳後半〜4歳)以前の幼児は,視聴覚モダリティ間の数量を対応づけできないといった先行研究があり,モダリティを超える数量認知にはカウンティングが必要だといった主張がなされている.この問題を検討するために,実験1と同様のアニメーション刺激を用いて,3〜4歳児が視聴覚モダリティ間の刺激を数量の点から対応づけできるかどうか,そしてその能力とカウンティング能力との関連について見本合わせ法を用いて検討した.

方法:3歳前半(N=16;平均年齢3歳1か月齢),3歳後半(N=16;平均年齢3歳10か月齢),4歳(N=16; 平均年齢4歳6か月齢)からなる3つの年齢群,計48名の幼児を対象にした.実験は各家庭もしくは保育園の一室で行われた.被験児はノート型パソコンの前に座り,アニメーション刺激を提示された.実験1と同様の馴致試行を行った後に,テスト試行を行った.遮蔽物が上昇し物体の動きが完全に遮蔽された状態で,音の系列が提示された(見本刺激).その後,5枚のカード(0〜4)を被験児の前に並べて,遮蔽物の背後にある物体の個数と一致するカードを選んでもらった.見本刺激は,聴覚刺激の提示速度,および間隔が異なる2種類のものを用意した(等速度条件[実験3a]と等間隔条件[実験3b]).カードを選択後,遮蔽物が下降し物体が現れた.テスト試行は,5種類の聴覚刺激(0〜4)を2試行ずつ計10試行行われた.提示された音の数と一致するカードを選んだ場合,正試行とした(得点範囲:0〜10点).テスト終了後,彼らのカウンティング能力の獲得の有無を判定した.

結果:すべての年齢群の幼児がこの課題を有意に解決した(3歳前半: M = 5.69, SD 2.7, t [15] = 5.563, p < .0001; 3歳後半: M = 6.50, SD 2.6, t [15] = 6.903, p < .0001; 4歳: M = 7.875, SD 2.3, t [15] = 10.192, p < .0001).また,2種類の聴覚刺激の間に有意な差は見られなかった.さらに3歳児において,この課題の成績と,カウンティング能力の獲得の有無の間に有意な差は見られなかった.これらのことから,3,4歳児が,聞いた聴覚刺激の回数に基づいて、遮蔽物の背後にある視覚対象の個数を正確に予測し,選択することができることがわかる.

総合考察

以上の結果から,5,6か月齢児が,異なるモダリティで提示された刺激について数量の点から対応づけたり(実験1),それらの刺激について足し合わせしたり(実験2)できることがわかった.また,乳児で見られた,こうしたモダリティ間の数量対応づけ能力(実験1の結果)が,3〜4歳児においても一貫して見られることを確認した(実験3).したがって,乳児は言語を獲得する以前から,モダリティに限定されないレベルで数量を認知できることが示唆される.こうした能力が,幼児におけるカウンティング能力の獲得有無に関係なく,存在することも示唆された.これらの数量対応づけや演算に関する能力は,算数の基本法則である「等価性equivalence」や「操作operation」を基礎にしており,これらの法則が「原初的」な形であれ,より早い発達段階で獲得されていることが示唆される.

審査要旨 要旨を表示する

乳幼児の心は、長い間、未熟で混沌としたものととらえられ、言語獲得の段階に応じて徐々に発達するものと考えられてきた。しかし、1970年代以降、言語獲得以前の乳児を対象とし、新たな方法論を用いた研究が進むと、乳児が数や音楽、物理法則、生物概念といった個別の領域の認知能力をかなり初期の段階から備えていることが明らかになってきた。発達心理学の代表的な理論家であるピアジェが、認知能力全般にかかわる一般認知能力の発達を重視したのに対し、近年の研究者たちの多くが、より領域固有的な認知能力の発達を強調する立場をとるようになってきた。数量の認知能力に関する先行研究では、言語獲得以前の乳児が、2以下の数の「足し算」や「引き算」に対応した数的課題を遂行できることが報告されている。また、視聴覚いずれの刺激でも同一感覚モダリティ内で提示された刺激については,数量に基づいた弁別が可能であることも示されている。しかし、これらの先行研究に対しては、そもそも結果が追認されなかったり、追認されたとしても数量認知ではなく親近性の選好によって説明されたりしており、乳幼児がどこまで数量認知能力を持つかをめぐる議論はいまだに続いている。とりわけ、幼児がモダリティを越えた数量表象(例えば、成人であれば、3つの物体も3つの音もどちらも3と認知するような表象)を持つかどうかについては、明確な実証研究はなされていない。このような背景のもと、本研究では、3つの実験によって、乳幼児における異なるモダリティで提示された刺激間の数的対応付けや足し合わせが検討された。

実験1では、6か月齢児が視聴覚モダリティのそれぞれの刺激を数量の点から対応づけられるかどうかの検討が期待違反法(乳児が予期せぬ事象をより長く注視するという現象を利用した行動測定法)を用いて行われた。このテーマに関する先行研究では、乳児に提示される視覚刺激(例:物体の絵)と聴覚刺激(例:ビープ音)の関連性あるいは必然性が必ずしも明確ではなかった。そこで本実験では、物体が落下して音が生じるという場面を導入することにより、モダリティ間の因果性を導入した。手続きとしては、まず、物体が落下して音が鳴るというという場面をアニメーション画面で提示し、乳児にモダリティ間の因果性を馴致させた。その後、物体の落下運動を遮蔽物で隠し、落下音のみを2回もしくは3回提示した(前者がTwo条件、後者がThree条件)。続いて、遮蔽物が下がり、物体が2個もしくは3個現れた。もし被験児が音の回数と現れる物体の個数を対応づけられるならば、それらの数が一致する試行(可能事象)よりも、一致しない試行(不可能事象)の方をより長く注視すると予測できる。被験児は6か月齢児16名で、母親の膝に抱えられてスクリーン前1.5メートルに座った。刺激は液晶プロジェクターにより提示され、被験児の注視反応をビデオで記録した。母親にはスクリーン画面を見ないように教示した。被験児はTwo条件とThree条件の2群にランダムに振り分けられ、可能事象と不可能事象を交互に2試行ずつ計4試行提示された。注視時間は、物体が現れてから測定し始め、被験児が2秒間以上ディスプレィから目をそらすまでの時間とした(上限は30秒)。その結果、Two条件,Three条件いずれにおいても、被験児は可能事象よりも不可能事象を有意に長く注視した。すなわち、6か月齢児が、聞いた聴覚刺激の回数に基づいて、遮蔽物の背後にある視覚対象の個数を期待できることが示唆された。

実験2では、乳児が異なるモダリティからの刺激を足し合わせることができるかどうかを検討した。視覚刺激のみを用いた先行研究では、乳児が単純な足し合わせができると報告されているが、その後の報告では、乳児は単により多く接した刺激を選好注視しているに過ぎないという批判がなされた。そこで本研究では、被験児に提示する視覚刺激の親近性(提示個数)をそろえる実験デザインを設定した。実験手続きは、実験1とほぼ同様であるが、まず物体が1個現れた後、それが遮蔽され、続いて音が鳴り、遮蔽物が下がって物体が再び現れるという順に進んだ。被験児は2条件(Outcome2条件とOutcome3条件)にランダムに分けられた。Outcome2条件では、物1+音1=物2(可能事象)と物1+音2=物2(不可能事象)が、またOutcome3条件では、物1+音2=物3(可能事象)と物1+音1=物3(不可能事象)がそれぞれ交互に提示された(計4試行).実験1と同様の馴致試行を行った後に、テスト試行を行った。被験児が視覚的に目にする物体は、いずれの条件でも同じ個数にコントロールされていた。結果は、Outcome2条件、Outcome3条件いずれにおいても、被験児は可能事象よりも不可能事象の方を有意に長く注視した。このことより,5か月齢児が、目撃した視覚対象の個数と聞いた聴覚刺激の回数を足し合わせて、遮蔽物の背後にある視覚対象の個数を期待できることが示唆された。

実験3では、乳児で見られたモダリティ間の数量対応づけ能力(実験1の結果)が,3〜4歳児においても一貫して見られるかどうか、またその能力がカウンティング能力と関連するかどうかを検討した。実験手続きは、実験1に準じるが、測度としては、乳児で用いた注視時間ではなく、より直接的な反応であるカード選択を用いた(見本合わせ法)。対象被験児は、3歳前半(平均年齢3歳1ヶ月)、同後半(同3歳10ヶ月)、4歳(同4歳6ヶ月)の各16名(計48名)であった。被験児はノート型パソコンの前に座り、アニメーション刺激を提示された。実験1と同様の馴致試行を行った後に、テスト試行を行った。遮蔽物が上昇し物体の動きが完全に遮蔽された状態で、音の系列が提示された(見本刺激)。その後、5枚のカード(0〜4)を被験児の前に並べ、遮蔽物の背後にある物体の個数と一致するカードを選んでもらった。見本刺激は、聴覚刺激の提示速度、および間隔が異なる2種類のものを用意した(等速度条件[実験3a]と等間隔条件[実験3b])。カードを選択後、遮蔽物が下降し物体が現れた。テスト試行は、5種類の聴覚刺激(0〜4)を2試行ずつ計10試行行われた。提示された音の数と一致するカードを選んだ場合、正試行とした(得点範囲:0〜10点)。テスト終了後、彼らのカウンティング能力の獲得の有無を判定した。結果、3群の幼児とも、この課題を有意に解決した。2種類の聴覚刺激の間に有意な差は見られなかった.さらに3歳児において,この課題の成績と,カウンティング能力の獲得の有無の間に有意な差は見られなかった。すなわち、3,4歳児が,聞いた聴覚刺激の回数に基づいて、遮蔽物の背後にある視覚対象の個数を正確に予測し,選択することができること、さらにその能力がカウンティング能力とは独立である事が示された。

以上の3つの実験から、乳児は言語を獲得する以前から、モダリティに限定されないレベルで数量を認知できることが示唆された。また、こうした能力が、幼児におけるカウンティング能力の獲得有無に関係なく、存在することも示唆された。これらの数量対応づけや演算に関する能力は、算数の基本法則である「等価性equivalence」や「操作operation」を基礎にしており、これらの法則が「原初的」な形であれ、早い発達段階で獲得されていると考えられた。

本研究は、期待違反法や見本合わせ法といった非言語的行動指標による認知実験研究である。論文提出者は、ラットのカウンティング能力の認知実験ですでに国際的評価を受ける成果を上げているが、動物実験で磨いた行動実験の手法を乳幼児研究にうまく応用することに成功している。とくに、乳児の足し合わせに関する先行研究で議論になっていた数か、親近性かに関して、親近性の変数を適切にコントロールすることより、数量認知能力を浮き上がらせることができ、実験2の研究は評価の高い国際誌に受理された。

本研究で提示された結果は、行動指標のみであり、本研究では、乳幼児がどのような内的処理過程によってモダリティを超えて数的表象を統合するのかについては明らかにしていない。したがって、乳幼児が高次認知機能としての数的表象を有すると結論付けるのは早計であろう。しかしながら、本研究は、乳幼児の数量認知発達研究を大きく前進させる内容を数多く含むものであり、本審査会は、本論文を博士(学術)を授与するものにふさわしいものと認定する。

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