学位論文要旨



No 118716
著者(漢字) 岩井,草介
著者(英字)
著者(カナ) イワイ,ソウスケ
標題(和) 細胞性粘菌の新奇キネシン様蛋白質の同定と解析
標題(洋) Identification and Characterization of a Novel Kinesin-related Protein from Dictyostelium discoideum
報告番号 118716
報告番号 甲18716
学位授与日 2004.03.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第466号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須藤,和夫
 東京大学 教授 村田,昌之
 東京大学 助教授 豊島,陽子
 東京大学 助教授 上村,慎治
 東京大学 助教授 奥野,誠
内容要旨 要旨を表示する

(序論)

キネシンは細胞骨格の1種である微小管の上を滑り運動する“モーター蛋白質”の一群である。1985年に軸索輸送を引き起こす新奇蛋白質として初めて精製されて以来、現在では100種類以上にも及ぶ類似蛋白質(キネシン様蛋白質)が広範な真核生物で同定され、真核生物において大きなスーパーファミリーを形成することが知られている。細胞内においては、細胞分裂、神経軸索輸送を含む細胞内輸送、形態形成などの幅広い機能に関与しており、特に細胞内輸送の対象物質は様々な細胞内小器官、膜小胞から巨大蛋白質複合体、細胞骨格繊維まで多岐にわたる。なお最初に発見されたキネシンの仲間は、現在ではconventionalキネシンと呼ばれることが多い。近年、細胞内の種々の過程において、異なる細胞骨格であるアクチン繊維と微小管が協同的に機能していることが明らかになってきた。微小管モーター蛋白質であるキネシン様蛋白質についても、一部のものがアクチン繊維と物理的あるいは機能的に相互作用することが示唆されているが、まだその数は少ない。特にアクチン繊維と直接相互作用してそれを制御するものはほとんど知られていない。

細胞性粘菌Dictyostelium discoideumは、その生活環において二分裂、エンドサイトーシス、走化性細胞運動、多細胞体制での発生分化などの多彩な挙動を示す真核生物である。目的遺伝子を相同組み換えによる遺伝子破壊や多コピープラスミドを用いた過剰発現などの手法によって解析することが容易であるため、それらの細胞機能を研究するためのモデルとしてよく用いられている。最近ではゲノムプロジェクトなどで遺伝子の網羅的解析も進められており、それらのデータも蓄積している。細胞性粘菌においても、その多彩な細胞の挙動に対応して、多様な構造と機能を有するキネシン様蛋白質の存在が予想される。一部の細胞性粘菌のキネシン様蛋白質は内外のグループによって既に解析が行われているが、残りのものは全く機能が分かっていない。本研究では、キネシンスーパーファミリー蛋白質の細胞内における多様な機能について新たな知見を得るために、多彩な細胞の挙動を示すモデル生物である細胞性粘菌より新規のキネシン様蛋白質を同定してその機能を解析した。

(結果)

ゲノムプロジェクトの探索によって、細胞性粘菌には少なくとも13種類のキネシン様蛋白質が存在することが分かった。その中にはconventionalキネシンと相同性を示すものが3種含まれていた。3種のうち2種は既に発生や膜輸送への関与が示唆されていたので、残りの1種をDdKin5と命名し遺伝子全長をクローニングして解析を行った。予想されるアミノ酸配列より、DdKin5はN末端から順に、モータードメイン、柄部、尾部の3つの領域から構成されていた。モータードメインがconventionalキネシンのものと最も高い相同性を示したのに対して、モータードメイン以外の領域は既知のいかなる蛋白質とも相同性を示さなかった。柄部はコイルドコイルを形成して2量体化することが予想された。尾部領域は塩基性残基に富んでおり、負に荷電した構造体と相互作用する可能性が示唆された。

DdKin5のモータードメインを大腸菌で発現してATP加水分解活性を測定した。ATP加水分解速度は微小管非存在下で0.012 s-1であったが微小管存在下では0.17 s-1と約14倍に上昇したことから、DdKin5のモータードメインは他のキネシン様蛋白質同様に、微小管によって活性化されるATP加水分解活性を保持していることが分かった。しかしその活性は他のconventionalキネシンのものよりもはるかに小さいことから、発現した蛋白質の大部分は不活性である可能性が示唆された。一方モータードメインを細胞性粘菌で発現し、細胞抽出物を用いて微小管との共沈殿を行ったところ、約70%が微小管と共に沈殿しそのうち約半分がATP存在下で微小管から解離したことから、DdKin5のモータードメインは他のキネシン様蛋白質同様に、ATP依存的な微小管との結合能を保持していることが分かった。

DdKin5の細胞内局在を調べるために、抗DdKin5抗体を作製し、間接蛍光抗体法によって細胞を染色した。DdKin5は栄養増殖期においては、特に仮足や王冠構造のような、アクチン繊維が集積した細胞表面の突出構造に強く局在し、また細胞質全体にも弱く散在していた。走化性運動中の細胞においては、細胞質全体に弱く散在するだけでなくアクチン繊維の集積した先導端に強く局在した。DdKin5が細胞内において主にアクチン繊維と相互作用していることは、Triton不溶性の細胞骨格に分画されたことからも支持される。DdKin5がアクチン繊維と相互作用するのに必要なドメインを同定するために、DdKin5の様々な欠失変異体にGFPを融合して細胞性粘菌で発現した。全長にGFPを融合したものは、内在性のDdKin5と同様の局在を示した。C末端側40残基を欠失すると細胞質全体に散在したことから、C末端側の尾部ドメインがアクチン繊維との相互作用に必要であることが分かった。一方C末端側の尾部ドメインのみにGFPを融合すると、一部がアクチン繊維との共局在を示したことから、アクチン繊維との相互作用には尾部ドメインのみで十分であることが分かった。

尾部ドメインがアクチン繊維と直接相互作用する可能性を検討するために、尾部ドメインをGST融合蛋白質として大腸菌で発現し、アクチン繊維との共沈殿を行った。尾部ドメインはアクチン繊維と共に沈殿したことから、in vitroでアクチン繊維と直接結合することが明らかになった。相互作用の解離定数は0.58μMであり、尾部ドメインが細胞内においてもアクチン繊維と直接結合していることを示唆する。さらに相互作用は塩濃度感受性であることから主に静電相互作用に基づいていると考えられる。尾部ドメインに柄部を一部付加して大腸菌で発現したものは、低速度の遠心でアクチン繊維と共に沈殿した。柄部を一部付加した尾部ドメインによってアクチン繊維が架橋された可能性を調べるために、そのアクチン繊維を電子顕微鏡で観察したところ繊維の束が形成されていた。以上よりDdKin5の尾部ドメインはアクチン繊維と直接相互作用し、その束を形成することが明らかになった。

DdKin5の細胞内における機能を調べるために、相同組み換えによってDdkin5遺伝子破壊株を作成した。遺伝子破壊株は無菌培養中で正常に増殖し、発生によって野生株と変わらない正常な子実体を形成したことから、DdKin5は細胞性粘菌の増殖と発生に必須ではないことが分かった。また遺伝子破壊株は野生株とほとんど変わらない正常な液体成分エンドサイトーシス、貪食作用、走化性細胞運動、細胞接着などを示した。遺伝子破壊株は大腸菌ローン上でのプラーク形成にわずかに欠陥を示したことから、DdKin5は細胞表層でアクチンの束を形成することによって、細胞が粘液状のローンの中を通過する力の発生に寄与しているのかもしれない。

DdKin5を過剰発現すると、アクチン繊維の集積した大きな膜ラッフルや多数の王冠構造を形成した細胞がしばしば見られた。また細胞質分裂にも異常が見られたことから、DdKin5の過剰発現はアクチン繊維の編成に影響を与えることが分かった。さらに全長DdKin5の過剰発現株がモータードメインを欠失した変異体の過剰発現株よりも重篤な異常を示したことから、モータードメインもアクチン繊維の編成に関して何らかの役割を果たしている可能性が示唆された。また全長DdKin5の過剰発現株には、微小管の形態が異常である細胞が一部含まれていたことから、DdKin5は微小管の動態の制御に関与している可能性も示唆された。

(結論)

細胞性粘菌の新奇キネシン様蛋白質DdKin5は、モータードメインがconventionalキネシンと相同性を示すものの、モータードメイン以外の領域は既知の蛋白質とは相同性を示さず、機能も全く異なるものであった。DdKin5の尾部がアクチン繊維と直接結合し、その束を形成したことから、DdKin5は新奇のアクチン束形成蛋白質であると結論される。細胞内においても、細胞表面のアクチン依存的な構造と相互作用しており、アクチン繊維の束を形成することによってそれらの構造の形成に関与していると考えられる。DdKin5のモータードメインが微小管依存的な滑り運動を行うかどうかは本研究では分からなかったが、他のキネシン様蛋白質同様にATP依存的な微小管との相互作用を示したことから、DdKin5は少なくとも細胞内におけるアクチン繊維と微小管の潜在的な連結因子であると考えられる。尾部ドメインを欠失した変異体が特定の構造体と結合しないことから、DdKin5が何らかの物質を微小管に沿って輸送しそれを表層アクチンとつなげている可能性は低い。DdKin5はむしろ細胞表層に結合しながら微小管の動態を制御したり、細胞表層へアクチンの束を輸送したりしている可能性がある。本研究によって、微小管モーター蛋白質であるキネシン様蛋白質について、他の細胞骨格であるアクチン繊維との直接的な相互作用およびその制御という新たな機能が明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

キネシンは細胞骨格の1種である微小管の上を滑り運動する“モーター蛋白質”の一群である。本研究では、キネシンスーパーファミリー蛋白質の細胞内における多様な機能について新たな知見を得るために、多彩な細胞の挙動を示すモデル生物である細胞性粘菌より新規のキネシン様蛋白質を同定してその機能を解析した。

ゲノムプロジェクトの探索によって、細胞性粘菌には少なくとも13種類のキネシン様蛋白質が存在することが分かった。その中にはconventionalキネシンと相同性を示すものが3種含まれていた。このうち1種をDdKin5と命名し遺伝子全長をクローニングして解析を行った。予想されるアミノ酸配列より、DdKin5はN末端から順に、モータードメイン、柄部、尾部の3つの領域から構成されていた。モータードメインがconventionalキネシンのものと最も高い相同性を示したのに対して、モータードメイン以外の領域は既知のいかなる蛋白質とも相同性を示さなかった。柄部はコイルドコイルを形成して2量体化することが予想された。尾部領域は塩基性残基に富んでおり、負に荷電した構造体と相互作用する可能性が示唆された。

DdKin5のモータードメインを大腸菌で発現してATP加水分解活性を測定した。また、モータードメインを細胞性粘菌で発現し、細胞抽出物を用いて微小管との共沈殿を行った。この結果、DdKin5のモータードメインは他のキネシン様蛋白質同様に、ATP依存的な微小管との結合能を保持していることが分かった。

DdKin5の細胞内局在を調べるために、抗DdKin5抗体を作製し、間接蛍光抗体法によって細胞を染色した。DdKin5は栄養増殖期においては、アクチン繊維が集積した細胞表面の突出構造に強く局在していた。走化性運動中の細胞においては、アクチン繊維の集積した先導端に強く局在した。DdKin5が細胞内において主にアクチン繊維と相互作用していることは、Triton不溶性の細胞骨格に分画されたことからも支持された。DdKin5がアクチン繊維と相互作用するのに必要なドメインを同定するために、DdKin5の様々な欠失変異体にGFPを融合して細胞性粘菌で発現した。全長にGFPを融合したものは、内在性のDdKin5と同様の局在を示した。C末端側40残基を欠失すると細胞質全体に散在したことから、C末端側の尾部ドメインがアクチン繊維との相互作用に必要であることが分かった。一方C末端側の尾部ドメインのみにGFPを融合すると、一部がアクチン繊維との共局在を示したことから、アクチン繊維との相互作用には尾部ドメインのみで十分であることが分かった。

尾部ドメインがアクチン繊維と直接相互作用する可能性を検討するために、尾部ドメインを大腸菌で発現し、アクチン繊維との共沈殿を行った。相互作用の解離定数は0.58μMであり、尾部ドメインが細胞内においてもアクチン繊維と直接結合していることを示唆した。さらに相互作用は塩濃度感受性であることから主に静電相互作用に基づいていると考えられた。尾部ドメインに柄部を一部付加して大腸菌で発現したものは、低速度の遠心でアクチン繊維と共に沈殿した。柄部を一部付加した尾部ドメインによってアクチン繊維が架橋された可能性を調べるために、そのアクチン繊維を電子顕微鏡で観察したところ繊維の束が形成されていた。以上よりDdKin5の尾部ドメインはアクチン繊維と直接相互作用し、その束を形成することが明らかになった。

DdKin5の細胞内における機能を調べるために、相同組み換えによってDdkin5遺伝子破壊株を作成した。遺伝子破壊株は無菌培養中で正常に増殖し、発生によって野生株と変わらない正常な子実体を形成したことから、DdKin5は細胞性粘菌の増殖と発生に必須ではないことが分かった。また遺伝子破壊株は野生株とほとんど変わらない正常な液体成分エンドサイトーシス、貪食作用、走化性細胞運動、細胞接着などを示した。

DdKin5を過剰発現すると、アクチン繊維の集積した大きな膜ラッフルや多数の王冠構造を形成した細胞がしばしば見られた。また細胞質分裂にも異常が見られたことから、DdKin5の過剰発現はアクチン繊維の編成に影響を与えることが分かった。このことから、DdKin5は微小管の動態の制御に関与している可能性が示唆された。

本研究は、微小管モーター蛋白質であるキネシン様蛋白質がアクチン繊維との直接的な相互作用およびその制御という新たな機能をもつことを明らかにした。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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