学位論文要旨



No 118726
著者(漢字) 山際,謙太
著者(英字)
著者(カナ) ヤマギワ,ケンタ
標題(和) 局所パラメータの導入による破面の特性化に関する研究
標題(洋)
報告番号 118726
報告番号 甲18726
学位授与日 2004.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5646号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 助教授 吉川,暢宏
 東京大学 助教授 高橋,淳
 東京大学 講師 泉,聡志
内容要旨 要旨を表示する

材料が破壊した際に形成される破断面には,破壊の進行状況を示す特徴的な模様が残っている.機械構造物の破損事故等の原因究明に,破面解析は非常に有効な手段であり,信頼性の高い構造物の設計の為に重要な役割を果たしている.従来の破面解析は,解析熟練者が,破面観察を行い,定性的な評価の元に事故原因を推定してきた.しかし,近年,熟練した破断面解析者は減少し,解析結果の信頼性が低下していることが指摘されている.この問題に対して,数値破断面解析の分野は,解析者に依存しない結果を提供することから,客観性があり,信頼性の高い解析結果を提供するものとして期待されている.また,解析初心者へ,破断面解析における意思決定の支援を行うことも期待されている.本論文では局所パラメータを用いた破面の数値解析法を提案し,破面の客観的解析を行う.

破面は,観察する領域や観察倍率に応じて,様々な様相を持つ.ここで,領域や倍率に応じた破面の特徴を「局所性」と呼ぶ.そして,様相の遷移は破壊機構と密接な関係があることが報告されている.しかし,数値破面解析の分野においては,局所性を評価するためのパラメータは確立されておらず,例えば領域評価に関しては人間の目で判断する場合が多く,観察者の主観の入りやすい解析手法が行われていた.本論文では,局所性を評価するために必要なパラメータ(局所パラメータ)を提案する.局所パラメータは,主に領域と破面様相の関係,観察倍率と破面様相の関係を示すパラメータである.領域と破面様相の関係を評価するためには,1:ストライエーション度,2:2次元局所Hurst数を提案する.破面は画像に周期性がある場合,疲労破面である場合が多いことから,周期性がある場合の領域評価用としてストライエーション度を提案する.一方,周期性が無い場合の領域評価を行うために,2次元局所Hurst数を提案する.また,観察倍率と破面様相の関係を評価するためには,観察倍率毎のフラクタル次元を提案する.次に個々のパラメータについて説明する.

疲労破面の主な特徴であるストライエーションの破面率は,応力比やΔKとの関係が指摘されており,作用応力推定に有効な指標である.本章では,ストライエーション領域を評価するための局所パラメータとして,ストライエーション度を提案する. ストライエーション度は,破面画像内の画素単位に割り当てられるパラメータであり,その画素を中心とした周辺領域について,ストライエーションの周波数に対応した波の強度を示すパラメータである.画素単位に評価するために,本研究ではウェーブレット変換を用いる.ウェーブレット変換は,信号や画像の局所性評価に有効な手法である.そして,本論文では,疲労破面画像からストライエーション度を示すプロセスについて示す.

そして,ストライエーション度の有効性を確認するために,仮想的にストライエーションを含む破面を作成した.そして,ストライエーション度を用いて,仮想的に設定されたストライエーション領域を検出した.次に,2.25Cr-1Mo鋼とA2017-T4アルミニウム合金の軸荷重疲労試験の破断面に適用した.その結果,ストライエーション度を用いることで,疲労破面の破面率が評価でき,実破面においてもストライエーション度が有効であることを示した.また,ストライエーション破面率を求める過程において,従来の目視による領域評価よりも客観性の高い方法でストライエーション破面率を求めることが可能であることを示した.しかし,ストライエーション破面率を決めるために導入したしきい値の決定は,観察者の主観によるものであるので,自動的なしきい値の決定に関しては今後の課題として残された.

次に,破面が周期性を持たない場合に,領域の評価を行う為の局所パラメータを提案する.特に破面の観察倍率に依存しない複雑さを評価するための特徴量として,2次元局所Hurst数を提案する.局所Hurst数は,従来の研究から破面の複雑さ評価に有効な指標である.しかし,従来用いていた局所Hurst数は,1次元であり,局所Hurst数の計算には,詳細なプロファイル(縦断面)が必要であり,作成には非常に手間がかかった.その為,破面全体から,数本のプロファイルしか解析できず,解析したプロファイルと破面全体の特徴は不明瞭であった.本研究では2次元の局所Hurst数を求める方法を提案し,破面の濃淡画像から求める手法を提案した.濃淡画像を用いることで,簡易に破面の全体の複雑さを評価することが可能になった.また,2次元化することで,従来はある画素の前後の画素のみを用いて評価していた複雑さが,ある画素の前後左右の画素を用いて評価することが可能になり,破面の様相を画素単位で,より特徴量に反映することが可能になった.

本論文では2次元局所Hurst数を破面に観察されるストレッチゾーンの幅(SZWC)の定量評価について応用した.SZWCは,破壊じん性値(JIc)との相関が従来の研究で指摘されており,SZWCの定量評価は,破断時の荷重を評価できる点で有効である.しかし,従来の研究ではストレッチゾーンの領域やSZWCの評価は,目視によるものが主であった.本研究では,SZWCを定量評価する為の手法をあわせて提案し,圧力用配管用炭素鋼STPG370の破壊じん性試験破面に適用した.その結果,目視により決定したストレッチゾーンやSZWCを比較してよく一致することが確認された.従って,2次元局所Hurst数が破面の評価に有効であることが確認された.

最後に,観察倍率と破面様相の関係を示す局所パラメータとして,観察倍率毎のフラクタル次元を提案する.フラクタル次元は,計測する対象がフラクタル性を持つ場合は,フラクタル次元が一定であるが,フラクタル性を持たない場合は,フラクタル次元が減少する.破面観察において,観察倍率が低倍率の場合,破面はフラクタル性をもつが,観察倍率が大きくなると様相が変化し,フラクタル性を失う.従来の研究では,特定の観察倍率において得られた破面像からフラクタル次元を求めていたため,広範囲の観察倍率(空間スケール)におけるフラクタル性の議論が行われていなかった.本研究では,観察倍率を変化させながら,各観察倍率におけるフラクタル次元を計算して,破面のフラクタル性を広範囲の観察倍率について求めた.観察対象としたのは,TiAlのクリープ,クリープ疲労破面である.クリープ破壊は,粒界破壊の領域と粒内破壊の領域,クリープ疲労破面に関しては,粒内破壊の破面に対して適用した.その結果,破面には,フラクタル性がある空間スケールと無い空間スケールが存在し,その境界は破面に特徴的な大きさと相関があることがわかった.例えば粒界破壊破面では,結晶粒の大きさが特徴長さとして求めることができた.しかし,その特徴的な大きさが,破壊機構や組織的な影響なのかについては別途の指標を用いる必要がある.

以上,本研究では,これまで観察者の主観に依存していた局所性の評価について3種類の局所パラメータを提案することで,主観に依存しない客観的な局所性評価を実現した.そして,具体的に実破断面に適用し,有効性を確認した.その上で,個々のパラメータの破面や破面画像への適用方法を示した.また,様々な破面様相に対し,局所パラメータを適用した際に得られる情報についてもまとめた.

審査要旨 要旨を表示する

破面解析は機械構造物の破損事故等の原因究明に,有効な手段であり,熟練者により多くのデータが蓄積されて来た.しかし,従来の破面解析は,解析熟練者が,破面観察を行う場合が多く,定性的な評価に留まるものが多く,客観性の観点から問題が指摘されてきた.今後,熟練者の減少は,技術の伝承の上で問題を生ずることが懸念されている.本論文では,数値破断面解析のフラクトグラフィ分野への導入により,より客観的な破面特性の表現方法の検討を行っている.数値破断面解析の中でも特に,局所パラメータに着目し,破面の数値解析法の提案,検証を行っている.本論文は以下の6章で構成されている.

第1章では本研究の背景および,フラクトグラフィ分野に関するの従来の研究の調査結果を示し,本論文の研究目的および論文の構成を述べている.

第2章では破断面の局所性評価手法の提案を行っている.破面は,観察する領域や観察倍率に応じて,様々な様相を持つため,「局所性」を破壊機構と関係付けることがフラクトグラフィの一般化のためには必要となる.ところが,数値破面解析の分野においては,局所性を評価するためのパラメータは確立されておらず,観察者の主観に依存する割合が多いのが現状である.本論文では,この問題の解決のため局所性を評価するための新たなパラメータ(局所パラメータ)を提案している.領域と破面様相の関係を評価するために,1:ストライエーション度,2:2次元局所Hurst数の2種類の提案を行っている.前者が破面に周期性がある場合に,後者が周期性がない場合に有効なパラメータであることを示している.さらに,観察倍率と破面様相の関係を評価するためには,観察倍率毎のフラクタル次元を提案している.次章以降に個別の破面への適用方法を詳述している.

第3章では,ウェーブレット変換を用いた疲労破断面のストライエーション同定法の提案を行っている.疲労破面の主な特徴であるストライエーションの破面率は,応力比やΔKに依存することが知られており,作用応力推定に有効な指標となる.本章では,このような力学情報の導出に資するため,ストライエーション領域を評価するための局所パラメータとして,ストライエーション度を提案している.特に,画素単位の評価を可能とするために,ウェーブレット変換を用いた手法を開発している.本章では,疲労破面画像からストライエーション度を示すプロセスについて述べている.ストライエーション度の有効性を検証するため,仮想的にストライエーション破面を作成し,設定されたストライエーション領域の検出,確認を行った.次に,2.25Cr-1Mo鋼とA2017-T4アルミニウム合金の軸荷重疲労試験の破断面に適用した.その結果,ストライエーション度を用いることで,疲労破面の破面率が評価でき,実破面においてもストライエーション度が確実に評価できることを示した.しかし,ストライエーション破面率を決めるために導入したしきい値については,観察者の主観に依存するため,この決定法については今後の課題として残された.

第4章では,局所Hurst数を用いたストレッチゾーン幅の定量評価手法の提案を行っている.破面が周期性を持たない場合に,破面の観察倍率に依存しない特徴量として,2次元局所Hurst数を提案している.局所Hurst数の破断面解析への応用は,従来,専ら1次元でしか利用されて来なかったところ,本研究では2次元へと拡張し,破面の濃淡画像から求める手法を提案した.濃淡画像を用いることで,簡易に破面の全体の複雑さを評価することが可能となり,2次元化することで,従来よりもより多くの情報を特徴量に反映することが可能になった.提案する2次元局所Hurst数をストレッチゾーンの幅(SZWC)の定量評価に適用し検証している.SZWCの測定に関しては,従来目視により行われることが多かったが,ここではSZWCを自動的に定量評価する為の手法を提案し,圧力用配管用炭素鋼STPG370の破壊靭性試験破面に適用した.その結果,目視により決定したストレッチゾーンやSZWCを比較してよく一致することが確認された.従って,2次元局所Hurst数の有効性が確認された.

第5章では,観察倍率と破面様相の関係を示す局所パラメータとして,観察倍率毎のフラクタル次元を提案している.破面観察において,観察倍率が低倍率の場合,破面はフラクタル性をもつが,観察倍率が大きくなると様相が変化し,フラクタル性を失う場合がある.従来の研究では,フラクタル次元と観察倍率の関係が詳細に議論されてこなかったため,フラクタル性の適用性が十分に明らかにされていなかった.本研究では,観察倍率を変化させながら,各観察倍率におけるフラクタル次元を計算し,破面のフラクタル性を広範囲の観察倍率について求めている.観察対象としたのは,TiAlのクリープ,クリープ疲労破面である.クリープ破壊は,粒界破壊の領域と粒内破壊の領域,クリープ疲労破面に関しては,粒内破壊の破面に対して適用した.その結果,フラクタル性が成立する限界の寸法のオーダーは破面に特徴的な大きさと相関があることを示した.例えば粒界破壊破面では,結晶粒の大きさが特徴長さと一致していることを示した.この特徴量と,破壊機構,金属組織との関係については今後の課題として残された.

第6章では本研究で得られた結果の要約及び,今後の研究課題について展望している.

以上のように,本論文で開発された局所パラメータを用いた破面の特性化手法は,フラクトグラフィの分野に大きな貢献があり,その波及効果は極めて大きなものがある.本研究によって,破断面から事故分析を行う技術にも大きな貢献があるものと期待される.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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