学位論文要旨



No 118727
著者(漢字) 田浦,裕生
著者(英字)
著者(カナ) タウラ,ヒロオ
標題(和) ティルティングパッドジャーナル軸受の安定性に関する研究
標題(洋)
報告番号 118727
報告番号 甲18727
学位授与日 2004.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5647号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,正人
 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 教授 須田,義大
 東京大学 助教授 濱口,哲也
 東京大学 講師 鈴木,健司
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,ティルティングパッドジャーナル軸受の自励振動安定性を実験と理論により解析し,当該自励振動のメカニズムを解明して,自励振動の発生を防止するための軸受設計指針を提示したものである.

序論

すべり軸受でささえた回転軸には軸受油膜の不安定化作用による自励振動(オイルウィップ)が発生することがあり,高速回転機械ではこの自励振動が絶対に発生しないようにすべり軸受を設計することが求められる.ティルティングパッドジャーナル軸受は他の形式のすべり軸受に比べて安定性が高く,ピボット回りの揺動運動についてのパッドの慣性モーメントを無視する従来の簡便な理論解析では不安定化作用をする油膜の連成ばね項が存在しなくなることから,原理的にオイルウィップは発生しないとされていた.しかし,最近のモデル実験あるいは実機の運転では,軸受荷重やパッドの予圧係数が小さいときにオイルウィップが発生したという報告がなされている.

従来の理論解析でも,ピボット点回りの揺動運動についてのパッドの慣性モーメントを考慮した場合は油膜の連成ばね項が存在することになり,慣性モーメントが大きい場合には連成ばね項も大きくなって,オイルウィップが発生することが予測される.しかし,この理論モデルでは慣性モーメントが実用上あり得ないほどの大きな値になってはじめてオイルウィップが発生することがわかり,実験的事実を説明することができない.また,軸回転同期周波数よりも低い周波数で軸が振れ回り,かつパッドがその周波数でピボット回りに揺動運動すると仮定して理論的に求めた油膜減衰が負となる場合があることから,ティルティングパッドジャーナル軸受のオイルウィップの原因は油膜の負減衰であるとする説もあるが,油膜の負減衰が実測された実験例は今までにないので,この説も説得力に欠ける.これらのことから,ティルティングパッドジャーナル軸受のオイルウィップを合理的に説明できる理論モデルは未だ提示されていないと言える.

そこで,ティルティングパッドジャーナル軸受のオイルウィップ発生のメカニズムを合理的に説明できる理論モデルを新たに構築してそれを実験的に検証し,さらにその理論モデルに基づいて,安定な運転を可能とする軸受設計指針を提示することを本研究の目的とした.

この目的を達成するため,以下のような実験と理論解析を行った.まず,実験では,剛な回転軸上に油膜を介してティルティングパッドジャーナル軸受を浮上させる軸・軸受系,およびティルティングパッドジャーナル軸受によって弾性ロータを支える軸・軸受系の2つについてそれぞれ,パッド予圧係数,軸受荷重などを変化させてオイルウィップが発生する時の軸回転速度を計測した.なお,後者の系では,異なる2つの方法で軸受をハウジングへ取り付けて実験した.一方,理論解析では軸・軸受系の運動方程式を導出し,特性方程式の複素根の実部の符号から安定・不安定を判別する線形安定性解析を行った.その際使用する油膜のばね係数,減衰係数は,ティルティングパッドジャーナル軸受について従来から一般に使用されている主対角項のばね係数2つ,減衰係数2つの計4項のみではなくて,連成項や各パッドの揺動運動に対応する項を含んで (10n+8)個の項(ここでnはパッド枚数)により構成されるフルセットの油膜係数を使用する.この油膜係数は軸と軸受が並進相対運動するとして求めたものであり,軸受と軸が相対的に傾斜する場合は,それを考慮して求めた傾斜ばね係数,傾斜減衰係数を追加して使用する.

ティルティングパッドジャーナル軸受の自励振動に関する実験解析, ティルティングパッドジャーナル軸受の自励振動に関する理論解析

まず,両端を転がり軸受で支えられた剛な回転軸のスパン中央部に,油膜を介してティルティングパッドジャーナル軸受を浮上させた軸・軸受系について解析した.実験では,軸受すき間,予圧係数,軸受荷重の大きさに依らず,ある回転速度以上になると軸受がコニカルモードの激しい振動を発生し,回転速度をさらに上げても振動が持続する.また,その振動数は回転非同期で軸回転周波数よりも低い.コニカルモードのため,軸受油膜の傾斜ばね係数,傾斜減衰係数を考慮して剛体軸上に浮上するティルティングパッドジャーナル軸受の線形安定性解析を行い,安定限界速度を理論的に求めたところ,安定限界速度が予圧係数と軸受荷重にほとんど依存しないという点については実験と理論が一致した.また,オイルウィップが発生する回転速度では傾斜ばね係数の連成項が大きな値になっていることが確認された.これにより,この軸・軸受系のオイルウィップ現象については本理論モデルにより合理的に説明可能となったが,理論的安定限界速度は実験値よりも若干低く,定量的な予測精度の向上が本モデルの課題である.

ティルティングパッドジャーナル軸受に支持された弾性回転軸の安定性に関する実験解析,ティルティングパッドジャーナル軸受に支持された弾性回転軸の安定性に関する理論解析

第4,5章では,先に解析した系と異なり,実際の回転機械と同じように軸受ハウジングに取り付けたティルティングパッドジャーナル軸受で回転軸を支える軸・軸受系について解析した.その意味で第4,5章は本論文の中核的な章である.ただし,理論では軸の両端をティルティングパッドジャーナル軸受で支持しているのに対し,実験では容易に行うため,軸の一端を試験軸受であるティルティングパッドジャーナル軸受で支持し,他端は自動調心転がり軸受で支持している.回転体は軸受スパン中央部に単一の集中質量を有するジェフコットロータで,曲げ1次の危険速度が900 rpmの弾性ロータである.この軸・軸受系では,二つの異なる方法で軸受をハウジングに取り付けた.一つは,試験軸受を内部に装着した自動調心玉軸受をハウジングに取り付けるもので,ロータが曲げ1次モードで変形して回転軸中心線が試験軸受内で相対的に傾斜すると,油膜の傾斜ばね作用によってすべり軸受にモーメントが作用するので,玉軸受の自動調心作用により試験軸受も追随して傾斜する.したがって,運動方程式を構成する際に油膜反力の傾斜ばね項,傾斜減衰項を考慮する必要はない.これを軸受単純支持とよぶ.他方は試験軸受をハウジングに直接固定するもので,試験軸受内で軸が傾斜しても軸受はそれに追随して傾斜できない.このため,油膜の傾斜ばね作用,傾斜減衰作用が発生するので、それを考慮して運動方程式を構成する必要がある.これを軸受固定支持とよぶ.

まず実験を行った結果,軸受単純支持の場合は軸受荷重,予圧係数の値に依らず,実験の上限速度(7500 rpm)まで増速してもオイルウィップが発生せず,安定であった.これに対し,軸受固定支持の場合は,予圧係数,軸受荷重に依らず5000rpm前後になるとオイルウィップが必ず発生するという結果になった.

続いて,油膜反力の傾斜ばね項,傾斜減衰項を考慮しないで済む軸受単純支持の系の運動方程式を立てて複素固有値解析を行い,安定限界線図を求めた.この安定限界線図は本研究により初めて求められたものである.これより,予圧係数が小さい場合は,軸受定数が増加する(たとえば軸受荷重の低下,油膜粘度の増加,軸受すきまの低下など)とともに安定限界速度は単調に低下して比較的低い軸回転速度で一定の下限値に収束するので,軸受定数の高い領域には不安定領域が広く存在する.一方,予圧係数が0.15より大きい場合は,軸受定数の小さい領域で比較的高い軸回転速度の範囲内においてのみ不安定になるだけで,それ以外は広く安定領域が存在することがわかった.実験結果と比較すると,予圧係数が高い場合に非常に高回転速度まで安定であるという点で実験結果と整合する.しかし,予圧係数が低い場合の実験において理論安定限界回転速度に達してもオイルホイップが発生していないという点で理論モデルと一致しない(特に軸受荷重が小さい場合).この原因についてはまだ究明できていない.

油膜反力の傾斜ばね項,傾斜減衰項を考慮する必要のある軸受固定支持の場合についても,同様に複素固有値解析を行って,初めて安定限界線図を提示した.得られた線図は,全て予圧係数について,軸受単純支持の予圧係数が小さな場合と基本的にほぼ一致しており,予圧係数が大きくなっても安定限界線に大きな変化がないという点で軸受単純支持の場合と異なっている.実験結果と比較すると,安定限界速度は予圧係数と軸受荷重にあまり依存しないという定性的な特徴は一致するものの,安定限界速度の理論値は実験値よりも低い.これは,実験装置では軸の他端を転がり軸受で支えているため,系を不安定化させる油膜反力の傾斜ばね連成項の影響が理論モデルの半分の小ささになっているためと考えられる.

結論

並進運動のフルセットの油膜係数と傾斜運動の油膜の傾斜ばね係数,傾斜減衰係数とを組み合わせて,線形振動解析の手法によりティルティングパッドジャーナル軸受でささえた回転軸の安定線図を求め,当該軸受のオイルホイップ発生のメカニズムを理論モデルにより説明することができる.

軸受単純支持となるような軸受取付けとすることにより,不つりあい共振応答振幅を増大させる危険を招く予圧係数の増加を行うことなく,広い安定な運転領域を確保することができる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「ティルティングパッドジャーナル軸受の安定性に関する研究」と題し、6章と若干の付録からなる。

すべり軸受でささえた回転軸には軸受油膜の不安定化作用による自励振動(オイルウィップ)が発生することがあり、高速回転機械ではこれが絶対に発生しないように設計することが求められる。従来、ティルティングパッドジャーナル軸受は、原理的にオイルウィップを発生しない最も安定なすべり軸受とされていた。しかし最近になって、軸受荷重やパッドの予圧係数が小さい場合にオイルウィップが発生したという報告が相次いでなされている。ところが、従来の理論モデルは、このティルティングパッドジャーナル軸受で発生するオイルウィップ現象を合理的に説明することができていない。そこで本研究では、ティルティングパッドジャーナル軸受のオイルウィップ発生のメカニズムを合理的に説明できる理論モデルを新たに構築してそれを実験的に検証し、その理論モデルに基づいて安定な運転を可能にする軸受設計指針を提示することを目的としている。

第1章「序論」では、研究の背景、従来の研究、先行する関連研究の内容を論じ、次いで本研究の目的と研究方針を述べている。

第2章「剛体軸で支持されたティルティングパッドジャーナル軸受の安定性に関する実験解析」では、先行する研究報告の追試として、剛な回転軸上に油膜を介してティルティングパッドジャーナル軸受を浮上させる軸・軸受系の装置を使用して、実験を行った。その結果、軸受すき間、予圧係数の大きさに依らず、ある回転速度以上になると軸受が激しい振れ回り振動を発生し、回転速度をさらに上げても振動が持続すること、また、その振動数は軸回転周波数よりも低い回転非同期であること、この周波数の強制振動外力が存在しないことから、この振動は軸受油膜の不安定化作用を原因とする自励的な不安定振動(オイルウィップ)であるとしている。また振動モードは常にコニカルモードであり、パラレルモードの振動は発生しなかった。

第3章「剛体軸で支持されたティルティングパッドジャーナル軸受の安定性に関する理論解析」では、第2章での実験的事実を踏まえて、ティルティングパッドジャーナル軸受とジャーナルの中心軸線が相対的に傾斜する場合に油膜が発生する傾斜ばね・傾斜減衰の作用を理論的に明らかにし、その作用を傾斜ばね係数、傾斜減衰係数で表現してその特性を明らかにした。次に、この係数を用いて軸・軸受系の運動方程式を導出し、特性方程式に対してラウス・フルビッツの安定判別法を適用することにより線形安定性解析を行って安定限界速度を理論的に得ている。実験値との定量的一致度は十分ではないものの、実測された安定性挙動と定性的に良い一致をみた。また傾斜ばね係数の連成項が不安定力として作用し、オイルウィップを発生させることが明らかになった。

第4章および次の第5章は本論文の中核的な章である。まず第4章「ティルティングパッドジャーナル軸受で支持された回転軸の安定性に関する実験解析」では、ティルティングパッドジャーナル軸受によって支持された弾性ロータのモデル装置を用いて実験したところ、油膜の傾斜ばね・傾斜減衰作用を無視できる軸受単純支持方式の装置では、実験の範囲内ではオイルウィップが発生しなかった。これに対して、油膜の傾斜ばね・傾斜減衰が作用する軸受固定支持方式の装置では、パッドの予圧係数、軸受荷重によらず、ロータの曲げ1次固有振動数に等しい振動数のロータの振れ回り振動が必ず発生し、ティルティングパッドジャーナル軸受で支えた回転軸でもオイルウィップが発生することを実証した。

第5章「ティルティングパッドジャーナル軸受で支持された回転軸の安定性に関する理論解析」では、第4章の実験に対応する理論解析を行っている。オイルウィップの発生が確認できた軸受固定支持方式の装置に対応して、油膜の傾斜ばね係数、傾斜減衰係数のみならず、フルセットの並進ばね係数、並進減衰係数を用いて軸・軸受系の運動方程式を導出し、特性方程式の複素固有値解析を行って線形安定性解析を行っている。その結果、実験結果を定性的によく説明できる安定限界線図を得ることが出来た。また、安定限界速度については理論予測と実測値の定量的一致度が十分に得られていないが、この原因についても種々論じている。さらに、実験ではオイルウィップが発生しなかった軸受単純支持方式の装置についても同様に線形安定性解析を行ない、パッド予圧係数が大きい場合は実験範囲内では安定であるという実験結果と対応する解を得た。これらの理論解析により、ティルティングパッドジャーナル軸受でささえた回転軸のオイルウィップ発生のメカニズムが合理的に説明できるようになったと言える。さらに、これらの理論モデルを用いて、軸受や軸の設計変数が安定性に与える影響を詳細に検討し、広い安定な運転領域を確保するための設計指針を提示している。

第6章「結論」では、以上の知見を総括している。また付録として、座標系の詳細、式の詳細な導出過程を説明している。

以上を要するに、本研究は従来明らかにされていなかったティルティングパッドジャーナル軸受の安定性挙動とそのメカニズムを実験と理論解析により明らかにし、導出した理論モデルに基づいて安定な運転を確保するための当該軸受の設計指針を提示したもので、トライボロジーと振動学に関わる分野の機械工学、並びに関連する工業技術の発展に大きく寄与したと言える。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク