学位論文要旨



No 118728
著者(漢字) 分林,大輔
著者(英字)
著者(カナ) ワケバヤシ,ダイスケ
標題(和) 遺伝子ベクターシステムの為の末端機能化荷電性ブロック共重合体とプラスミドDNAから形成されるポリイオンコンプレックスミセルに関する研究
標題(洋) Study on Polyion Complex Micelles Formed from End-Functionalized Charged Block Copolymer and Plasmid DNA for Gene Vector System
報告番号 118728
報告番号 甲18728
学位授与日 2004.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5648号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 助教授 吉田,亮
 東京大学 助教授 井上,博之
内容要旨 要旨を表示する

遺伝子治療実現の為の重要な条件の一つに、安全に効率良く、標的細胞に治療遺伝子を導入し、所定の遺伝子発現を達成する遺伝子ベクターの開発が挙げられる。これまでは、ウイルスベクターがその遺伝子導入効率の高さから、臨床試験において主に用いられてきたが、1999年にアデノウイルスベクターによる遺伝子治療において、死亡事故が報告され、ウイルスベクターに代わる安全性の高い非ウイルスベクターの研究開発が盛んに行われている。その中で、カチオン性連鎖とポリエチレングリコール(PEG)のような親水性連鎖からなるブロックコポリマーがポリアニオンであるプラスミドDNAと水溶液中で形成するポリイオンコンプレックスミセル(PICミセル) は、遺伝子ベクターとしての様々な有用性を持つものとして注目が集まっている。PICミセルは、カチオン性連鎖がDNAと静電相互作用を駆動力としてコンプレックスを形成し、その周りを親水性連鎖が覆う構造をとる。これにより、電荷の中和点でさえも高い水溶性を保ち、生体内に存在する血清タンパクなどとの非特異的な相互作用を減少することができる。また、PICミセルの粒子径はナノオーダーであり、生体内での高い組織浸透性が期待できる。

しかしながら、PICミセルの遺伝子ベクターとしての能力としては、まだ十分ではなく、さらなる発展が期待されている。PICミセルの機能化として、本研究では、PICミセルに特定の組織、細胞への標的指向性の付与を施すために、PICミセル表層へのリガンド分子の導入を目的とした。これまでに、カチオン性ホモポリマーとDNAからなるポリプレックスへのリガンド分子の導入は数多く報告されているが、PICミセルでの報告は少数派であり、しかも、その効果は必ずしも十分ではない。このような現状から、著者は、標的指向性を有するミセル型遺伝子ベクターのために、まず最初に、末端に反応性基を有する荷電性ブロックコポリマーを設計し、新規合成を試みた(二章)。

以下に、本論文での各章の要約を示す。

一章では、遺伝子治療についてまず述べ、これまでに用いられてきたウイルスベクターと特徴とその問題点について、さらには非ウイルスベクターシステムとしてのPICミセルの概要について述べた。また、カチオン性ポリマーを基にしたシステムでの化学構造の影響や、本論文でのターゲットである細胞内取り込みとレセプター介在性遺伝子導入についてのこれまでの報告をまとめた。他に、非ウイルスベクターシステムによる遺伝子導入において度々障害となるエンドソーム/リソソームでの分解を回避するための方法論もしるした。また、本研究でカチオン性高分子として選択した、ポリジメチルアミノエチルメタクリレート(PAMA)の遺伝子導入剤としての特徴をまとめ、最後に本論文の構成を示した。

二章には、その新規ブロックコポリマーの合成とプラスミドDNAとからなるPICミセル調製、さらにはPICミセル表面の反応性基の存在証明を行った。末端反応性荷電性ブロックコポリマーとしては、親水性連鎖をしてPEGを、カチオン性連鎖としてポリジメチルアミノエチルメタクリレート(PAMA)選択し、PEG末端にアルデヒド基の保護基であるアセタール基の導入に成功した。ここでは、所属研究室で確立した、ヘテロ二官能性PEGの合成法と金属アルコラートにより開始されるAMAのアニオン重合法を組み合わせて、問題となるような副反応なしにブロックコポリマーの合成に成功した。得られたブロックコポリマー(acetal-PEG-PAMA)はpH 7.4の緩衝液中においてプラスミドDNA(pDNA)と混合するとコンプレックスを形成し、その混合液は1カ月以上沈殿等は観察されず、コンプレックスが高い水溶性を有することが示された。また、動的光散乱測定によりコンプレックスのサイズは149.0 nmであり、水中での高い分散性と合わせて、PICミセルの形成が示唆された。さらに、得られたPICミセル溶液を酸性下(pH2.5, 2 h)にさらすとアセタール基がアルデヒド基に変換されることがアルデヒド基検出蛍光試薬との反応による蛍光強度増大により示され、表層部に反応性基(アルデヒド基)を有するPICミセルが得られることが明らかとなった。

三章では、本研究で合成したacetal-PEG-PAMAとpDNAとから形成されるPICミセルの物理化学的特性と培養細胞に対する遺伝子導入効率との関係について、acetal-PEG-PAMAとプラスミドDNAとの混合比の影響に焦点を当てて、詳細な検討を行った。ここで混合比の定義は、pDNAのリン酸基に対するacetal-PEG-PAMAのAMAユニットのモル濃度比とし、本論文中ではN/P比とした。acetal-PEG-PAMAはpKa値が7.1であるが、静電相互作用を駆動力として化学量論的な比であるN/P=1でpDNAとコンプレックスを形成することが示され、また、動的光散乱測定やエチジウムブロマイド蛍光強度測定によりpDNAはコンパクションされて100 nm程の粒子径を有するPICミセルに内包されることが示された。一方、安定性の観点として、大過剰量のモデルポリアニオン存在下でさえもPICミセルはPAMA/pDNA complexesとは異なり、ミセル内核の疎水性の増大によると考えられるpDNAの内包が得られ、ミセル化による安定性向上が示された。また、それに対応するように293細胞に対するin vitroでの遺伝子発現評価において、PICミセルはPAMA/pDNAコンプレックスを上回る遺伝子導入効率を得て、ミセル化の有用性が示された。PICミセルのN/P比と遺伝子導入効率の関係では、PICミセルは非常に高いN/P比(N/P=25)で遺伝子導入効率の最大値をとった。このような高いN/P比でのacetal-PEG-PAMA/pDNA complexは、ゼータ電位測定からコア−シェル構造を保ったPICミセルではなく、表面にacetal-PEG-PAMAが会合し、PAMA連鎖を露出した構造体をとることと、フリーで存在するacetal-PEG-PAMAによるいわゆるバッファー効果などにより遺伝子導入効率を高められると考えられる。

四章では、標的指向性PICミセルの調製とその遺伝子導入における効果について検討した。実験系としては、アシアロ糖タンパクレセプター(ASGP-R)を表面に有するヒト肝癌細胞Hep2細胞を選択し、acetal-PEG-PAMAのアセタール基を酸処理によりアルデヒド基に変換後、還元アミノ化法によってASGP-Rに対するリガンド分子であるラクトースをブロックコポリマーのPEG末端に導入した。得られたlactoe-PEG-PAMAとpDNAとから形成するlactose-micelleは、acetal-PEG-PAMAとpDNAとから形成するacetal-micelleと同様の粒子径とゼータ電位を持つことが示され、物理化学的特性に違いがないことが示された。このlactose-micelleとacetal-micelleによるHepG2細胞に対する遺伝子導入効率を評価すると、lactose-micelleがacetal-micelleを上回る遺伝子導入効率を示し、また、ASGP-Rに対するリガンドであるアシアロフェチュイン(ASF)共存下では、ASFの阻害効果により、lactose-micelleとacetal-micelleの遺伝子導入効率は同程度であったことから、lactose-micelleがレセプター介在性エンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれていることが示された。lactose-micelleとacetal-micelleの遺伝子導入効率の差はより低DNA doseで大きくなり、レセプター介在性エンドサイトーシスによる取り込みの効率化が示唆された。

五章では、各章の総括を示した。

この論文を通して、著者は末端機能化荷電性ブロック共重合体(acetal-PEG-PAMA)とpDNAから成るPICミセルの遺伝子デリバリーの分野での有用性を検討してきた。著者は、この論文内で創製されたシステムが、将来の遺伝子デリバリー研究の発展に寄与し、安全で良好な治療効果が証明された遺伝子治療が実現されることを願ってやまない。

審査要旨 要旨を表示する

ヒトゲノムの解読によって様々な遺伝病や難治性疾患の原因遺伝子が明らかにされつつあり、それに対する遺伝子治療の実現が期待されている。治療遺伝子を標的細胞内へ導入するための遺伝子ベクターには、これまで主にウイルスベクターが用いられてきたが、アデノウイルスベクターによる臨床試験での死亡例報告等を契機として、近年非ウイルスベクター開発の要求が飛躍的に高まっている。しかしながら、カチオン性ポリマーから成る非ウイルスベクターは、ウイルスベクターよりも安全性と汎用性の面で優れているが、遺伝子導入効率が低いというのが現状である。本論文は、効率的な遺伝子導入実現の観点から、カチオン性ポリマーとプラスミドDNA(pDNA)間のコンプレックス形成に基づく新規ポリプレックス型ベクター材料の分子設計を行った研究をまとめたものであり、末端機能化カチオン性ブロック共重合体の新規合成とpDNAを内包するポリプレックス(ポリイオンコンプレックス(PIC)ミセル)の調製、さらには、その遺伝子ベクターとしての有用性について述べられている。

第1章は緒論であり、遺伝子治療と遺伝子導入方法に関する概論の後に、PICミセル型遺伝子ベクターの特徴や現状が述べられ、本論文の背景が示されている。さらには、効率的な遺伝子導入のために必要なポリプレックス型ベクターの特性が、分子構造や分子修飾による機能付加と関連づけて述べられ、PICミセル型遺伝子ベクターの構造設計とそのための高分子材料設計の指針が示されている。本章の最後においては、以上の概論と関連づけて、本論文の目的と構成が示されている。

第2章は、a-末端にアルデヒド基の保護基として機能するアセタール基を配したポリエチレングリコール(PEG)とポリジメチルアミノエチルメタクリレート(PAMA)からなるブロック共重合体(acetal-PEG-PAMA)の新規合成とpDNAを内包するPICミセル形成について述べられている。acetal-PEG-PAMAの合成は、まず、アニオン開環重合によって分子量を高度に制御したacetal-PEG-O-K+を得て、さらに、このacetal-PEG-O-K+のw-アルコラート末端からAMAのアニオン重合を行うという新たな方法に基づいて行われている。通常、金属アルコラートからメタクリレート系モノマーの重合を開始することは難しいが、ここでは、AMAの側鎖エステルのβ位に電子供与性原子が存在することに着目して、ブロック共重合を成功に導いている。PEG-PAMAブロック共重合体の重合が副反応なく進行し、かつPEGのα-末端への定量的アセタール基導入に基づいて、目的とするacetal-PEG-PAMAが得られたことは、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)ならびにプロトン核磁気共鳴スペクトル(1H-NMR)による構造解析から示されている。さらに、合成されたacetal-PEG-PAMAは、pDNAとpH7.4の緩衝液中で150nmの会合体(PICミセル)を形成し、1ヶ月以上の長期間において高い水溶性を保つことが示されている。また、酸処理によってアセタール基はアルデヒド基に変換可能であることから、pDNAを安定に内包し、かつ反応性のアルデヒド基を表層に有するPICミセルが形成されることが述べられている。

第3章では、acetal-PEG-PAMAとpDNAから得られるPICミセルの物理化学的特性について詳細に検討した結果が述べられるとともに、培養細胞(293細胞)への遺伝子導入に対するPICミセルの物理化学的特性の影響とミセル化の効果ついて、acetal-PEG-PAMAとpDNAの混合比(N/P比)に着目して検討した結果が示されている。N/P比の増加に伴い、pDNAはacetal-PEG-PAMAとのPIC形成に基づいて凝縮構造へと変化し、動的光散乱(DLS)測定から90〜100nmの粒径を示すPICミセル内に安定に内包されることが明らかとされている。PICミセルの安定性は、ポリアニオン(ポリビニル硫酸)との交換反応の観点から評価され、PAMA/pDNAポリプレックスよりも安定にpDNAを内包できることが示されている。さらに、PICミセルはPAMA/pDNAポリプレックスに比べて高い遺伝子導入効率を示し、遺伝子ベクターシステムにおけるミセル化の有用性が示されている。また、N/P比と遺伝子発現効率の関係から、PICミセルの物理化学的性質が遺伝子導入効率に与える影響についても詳しく述べられている。

第4章は、標的指向性PICミセル型遺伝子ベクターの有用性について述べられている。第2章で得られたacetal-PEG-PAMAのPEG末端に肝細胞のアシアロ糖タンパク質レセプター(ASGP-R)に対するリガンドとして、ラクトースが導入されたlactose-PEG-PAMAを得る方法論が示され、さらに、このブロック共重合体とpDNAとから表層にラクトースを導入したPICミセル(lactose-micelle)を調製する方法が述べられている。さらに、ここでは、ヒト肝癌由来のHepG2細胞に対して、lactose-micelleがacetal-PEG-PAMAとpDNAから成るacetal-micelleと比べて効率的な遺伝子導入を達成出来ることが示されている。この導入効率向上は、ASGP-Rに対するリガンドであるアシアロフェチュインによって効果的に阻害されることからレセプター介在性エンドサイトーシス(RME)によるものであることが考察されている。RMEを介したPICミセルの遺伝子導入の効率化は、低pDNA doseにおいてより顕著であり、リガンド導入PICミセルによるin vivo遺伝子導入に期待が持てるものと結論づけている。

第5章は、総括として本論文全体の内容がまとめられている。機能性PICミセル型遺伝子ベクターの創製ならびに、その物理化学的特性と遺伝子発現活性との相関を明らかとした本論文の内容は、バイオ関連分野での高度機能材料開発に有用な知見をもたらすものであり、特に遺伝子治療用材料への展開を通じてバイオマテリアル産業分野への貢献が大きい。よって、本論文はマテリアル工学の見地から鑑みて博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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