学位論文要旨



No 118729
著者(漢字) 木島,まどか
著者(英字)
著者(カナ) キシマ,マドカ
標題(和) 多孔質結晶体におけるメタンの吸着挙動 : 閉じ込めおよび分極の効果
標題(洋) Effects of Confinement and Polarization on the Adsorption Behavior of Methane in Porous Crystals
報告番号 118729
報告番号 甲18729
学位授与日 2004.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5649号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 助教授 平尾,雅彦
 東京大学 教授 水野,哲孝
内容要旨 要旨を表示する

研究内容

多孔質材料に対する室温近傍におけるメタンの吸着について、材料特性と吸着特性の関係を明確化することを目的とし、種々の多孔質結晶体を用いて実験的に検討を行った。得られた吸着特性を熱力学および統計熱力学に基づいて解析することにより、これらの関係を明らかにした。

吸着材料として、結晶性の多孔質材料であるゼオライトおよびその類縁物質を用いた。ゼオライトは多孔質なため大きい比表面積をもつだけでなく、分子サイズの小さい細孔をもつために細孔内における材料-分子間相互作用が強く、比較的低い気相圧力において吸着量が大きい。また結晶性のため、比較的均一な構造をしており、その構造がある程度解明されている。さらに、組成や構造によって、局所電場や酸・塩基点といった特異な局所場を有する材料がある。

吸着材料の材料特性の評価は、2つの実験的手法に依った。1つはアルゴン吸着等温線測定で、得られた等温線を解析することにより細孔径および細孔容量を評価することができる。もう1つは赤外分光法によるプローブ分子のその場観察で、材料に吸着させたプローブ分子の分極状態から、材料表面の局所場の種類、相互作用の強さを評価することができる。

吸着材料に対するメタンの吸着特性の評価は、メタン吸着等温線測定という実験的手法に依った。

材料特性と吸着特性との関係については、両者の単純な相関関係を議論するだけでなく、両者がどのような分子の状態によって関連付けられるか、2段階の解析を用い、ミクロな分子の状態とマクロな吸着特性との関係の明確化を試みた。1段階目の解析は熱力学に基づき、吸着等温線から細孔内の吸着相の微分モルエネルギー−U、微分モルエントロピー−Sを求めるものである。この解析は、特に吸着相の状態について仮定を用いる必要がなく、全ての実験値に適用することができる。−U、−Sと分子の状態の関係について、定量的議論はできないが定性的な考察が可能である。2段階目の解析は、統計熱力学に基づき、吸着相の状態としてあるモデルを仮定し、−U、−Sと、分子の状態に関するいくつかの因子との関係を記述するものである。本研究では、均一な相互作用場を仮定したモデルを用いて−U、−Sを記述し、これを特異な相互作用場のないゼオライトについての実験値に適用し、フィッティングすることにより分子の状態に関する各因子の値を求めた。これにより、特異な相互作用場のない材料について、材料特性と、吸着特性を決めている各因子の関係を定量的に議論できた。

研究成果1: 材料特性

用いた材料のひとつであるETS-10は、塩基性触媒作用をすることが知られている。赤外分光法によるプローブ分子のその場観察を用いて、この材料のNaイオン交換体、Csイオン交換体について局所場の評価を行った。その結果、Na-ETS-10、Cs-ETS-10は塩基性酸化物であるMgOと同程度の塩基強度をもつ塩基点を有することがわかり、塩基点として働く骨格酸素原子の位置も推定することができた。また、Na-ETS-10は強い局所電場をもつことがわかった。

研究成果2: 特異な局所場をもたない材料におけるメタンの吸着挙動(閉じ込め効果)

特異な局所場(局所電場、酸・塩基点)をもたない材料については、統計熱力学的解析により、分子の状態と吸着特性の関係を定量的に関連づけることができた。マイクロ孔内では分子が材料-分子間相互作用によって安定化を受ける(化学ポテンシャルが下がる)とともに、分子運動の制約によってエントロピー的に不安定化する(化学ポテンシャルが上がる)ことが明らかになった。また、密度増加にともなう分子-分子間相互作用による安定化効果が、マイクロ孔内では小さくなることもわかった。有効細孔径0.6 - 0.7 nm(アルゴン吸着による)の領域では、これらの効果の細孔径依存性は顕著である。

研究成果3: 特異な局所場をもつ材料におけるメタンの吸着挙動(閉じ込めおよび分極の効果)

特異な局所場をもつ材料については、統計熱力学的解析が可能なモデルの構築が困難なため、熱力学的解析によって得られる吸着相の微分モルエネルギー−U、微分モルエントロピー−Sについての定性的な考察にとどまる。結論として、細孔内に強い静電場や塩基点を有するゼオライトにおいても、有効細孔径0.6 - 0.7 nmの領域では吸着特性はほぼ細孔径によって決まり、強い静電場や塩基点の影響は顕著に現れないことがわかった。

研究の独創性

本研究で用いた熱力学的および統計熱力学的解析の手法を、メタンのマイクロ孔材料における吸着に適用し、ミクロな分子の状態とマクロな吸着特性との関係を明確化した例はほとんどない。特に、異なる細孔径をもつ数種の材料について検討し、細孔内の分子の状態と細孔径との関係を定量的に議論した点が本研究の独創的点である。これにより、これまであまり詳細に検討されていなかった細孔内の吸着相とバルクのエネルギーやエントロピーの違い(閉じ込め効果)が明確になった。

メタンの吸着挙動はメタンの吸着貯蔵という応用的観点から興味深く、検討例は少なくないが、用いている材料の種類が炭素材料などに限られている。本研究では様々なゼオライトを用いることにより材料特性を幅広く変え、材料特性と吸着特性との関係を明確にした。これにより、メタンの貯蔵材料に対する材料選択、材料設計の指針が得られた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、多孔質材料に対する室温近傍におけるメタンの吸着について、材料特性と吸着特性の関係を明確化することを目的とし、種々の多孔質結晶体を用いて実験的に検討を行ったものである。得られた吸着特性を熱力学および統計熱力学に基づいて解析することにより、これらの関係を明らかにしている。

第1章では、多孔質材料に対する室温近傍におけるメタンの吸着について、既往の研究と課題をまとめている。その中で、ミクロな分子の状態とマクロな吸着特性との関係の明確化の必要性、および特異な局所場(局所電場、酸・塩基点)を有する材料についての検討の必要性に言及している。これに基づき、本論文の位置付けと目的を定義している。また、本論文では吸着材料として結晶性の多孔質材料であるゼオライトおよびその類縁物質を用いているが、その利点について言及している。

第2章では、特異な局所場を有する材料における、局所場の質と強度の評価を行っている。具体的には、塩基性触媒作用をすることが知られているETS-10の、Naイオン交換体、Csイオン交換体について、赤外分光法によるプローブ分子のその場観察を用いて評価している。その結果、Na-ETS-10、Cs-ETS-10は塩基性酸化物であるMgOと同程度の塩基強度をもつ塩基点を有すること、Na-ETS-10は強い局所電場をもつことが明らかにされている。

第3章では、メタンの吸着等温線の解析手法について、既往の研究をまとめるとともに本論文で採用した手法の利点および適用の限界について述べている。本論文では、2段階の解析を用い、ミクロな分子の状態とマクロな吸着特性との関係の明確化を試みている。1段階目の解析は熱力学に基づき、吸着等温線から細孔内の吸着相の微分モルエネルギー−U、微分モルエントロピー−Sを求めるものである。この解析は、特に吸着相の状態について仮定を用いる必要がなく、全ての実験値に適用することができる。−U、−Sと分子の状態の関係について、定量的議論はできないが定性的な考察が可能である。2段階目の解析は、統計熱力学に基づき、吸着相の状態としてあるモデルを仮定し、−U、−Sと、分子の状態に関するいくつかの因子との関係を記述するものである。本論文では、均一な相互作用場を仮定したモデルを用いて−U、−Sを記述し、これを特異な相互作用場のないゼオライトについての実験値に適用し、フィッティングすることにより分子の状態に関する各因子の値を求めている。これにより、特異な相互作用場のない材料について、材料特性と、吸着特性を決めている各因子の関係を定量的に議論することが可能となった。

第4章では、第2章で述べている局所場の評価以外の材料特性評価および、メタンの吸着特性評価の詳細について述べ、また、局所場のないハイシリカ材料に関する実験結果について解析、考察している。材料特性評価はアルゴン吸着等温線測定に、メタンの吸着特性評価はメタン吸着等温線測定という実験的手法に依っている。特異な局所場をもたない材料については統計熱力学的解析が適用でき、分子の状態と吸着特性の関係を定量的に関連づけている。マイクロ孔内では分子が材料-分子間相互作用によって安定化を受ける(化学ポテンシャルが下がる)とともに、分子運動の制約によってエントロピー的に不安定化する(化学ポテンシャルが上がる)こと、また、密度増加にともなう分子-分子間相互作用による安定化効果がマイクロ孔内では小さくなることが明らかになっている。有効細孔径0.6 - 0.7 nm(アルゴン吸着による)の領域では、これらの効果の細孔径依存性は顕著である。

第5、6章では、特異な局所場をもつ材料について、実験およびその解析によって検討している。第5章では官能基を導入したメソポーラスシリカについて検討し、アミノ基やチオール基を導入したメソポーラスシリカにおけるメタン吸着量は、窒素吸着等温線から求めた表面積あたりで比較すると、官能基導入前の材料とほぼ一致するという結果を得ている。これにより、メタンとこれらの官能基との間の相互作用は物理的なものが主であると結論づけている。

第6章では、骨格外カチオンを持つメタロシリケートについて検討している。特異な局所場をもつ材料については統計熱力学的解析が可能なモデルの構築が困難なため、熱力学的解析によって得られる−U、−Sについての定性的な考察を行っている。その結果、細孔内に強い静電場や塩基点を有するゼオライトにおいても、有効細孔径0.6 - 0.7 nmの領域では吸着特性はほぼ細孔径によって決まり、強い静電場や塩基点の影響は顕著に現れないことが示されている。

第7章では、本論文で用いた材料そのもののメタン貯蔵材料としての可能性について議論している。他のメタン貯蔵材料と比較した結果、重量あたりの貯蔵量は炭素材料などに劣るが、得られる細孔径の範囲が広く、また細孔径が均一なものが得られるため、操作圧力領域の選択の幅が広いことが特徴として挙げられている。

第8章では第6章までの研究成果を総括するとともに、本論文で用いた解析手法の他の系への適用可能性および、メタンの貯蔵材料に対する材料選択・設計の指針を述べ、今後の展望としてまとめている。

以上要するに、本論文は、細孔内に吸着されたメタンに対する閉じ込め効果、分極の効果を、分子の状態との関係を通して明確化したもので、物理化学および化学システム工学に大きな貢献をするものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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