学位論文要旨



No 118742
著者(漢字) 浅妻,章如
著者(英字)
著者(カナ) アサツマ,アキユキ
標題(和) 所得源泉の基準、及びnetとgrossとの関係
標題(洋)
報告番号 118742
報告番号 甲18742
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第181号
研究科 法学政治学研究科
専攻 公法専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中里,実
 東京大学 教授 岩原,紳作
 東京大学 教授 宇賀,克也
 東京大学 教授 中谷,和弘
 東京大学 教授 増井,良啓
内容要旨 要旨を表示する

国家間で課税権を配分する際、所得源泉(所得の地理的割当)、所得配分、執行、政策論が影響する。本稿ではこの中の所得源泉について論ずる。所得は元々人的属性として観念されているものであり、地理的に割り当てることに馴染まない。しかし、国家が地理的に区切られて構成されているため、何らかの基準でもって所得の地理的割当を観念せざるを得ない。

所得源泉を規定するルールには、執行の便宜や政策論(外資導入を図るなど)が紛れ込んでいる可能性がある。しかし、本稿では、執行の便宜や政策論を離れ、純粋に経済的実体に照らして観念される所得源泉(所得の地理的割当)はどのようなものか、その基準について探る。

その際、所得源泉という言葉でのもう一つの意味である。所得源泉説にいうところの所得源泉(所得のorigin・発生源と呼び換えている)を手がかりにすることとした。所得のorigin・発生源として、資産、所得稼得者自身の事業、顧客(の事業)の3つが観念されているのではないか、という推測を元に、どのoriginの観念が個々の場面における所得源泉の基準となっているのか、を探った。例えば、資産という基準は不動産賃料などについて当てはまり、所得稼得者自身の事業という基準は事業所得について当てはまり、顧客という基準は利子所得などについて当てはまる。

本稿では、取引対象別に所得源泉について論ずるというスタイルをとった。これにより、取引対象が同じであっても所得分類・取引方法の違いによって課税の結果が違うことがあり、所得源泉のルールが不整合になっていることが見やすくなる。例えば、特許権を有する者がそれを他者にライセンスすると、その使用料の源泉は概ね顧客に着目して(とりわけ顧客の事業に着目して)決せられる。これに対し、特許権者が自ら製品を製造して販売する場合、その対価は事業所得とされ、概ね所得稼得者自身の事業に着目してその源泉が決せられる。自分で製造に携わる場合も、その所得には特許権の価値の回収が含まれているはずであるが、それもひっくるめて全て事業所得として所得源泉が決せられるのは、奇異である。ライセンスする場合と対比して、所得源泉の決められ方が不整合になっている。

このように不整合が生ずるのは、大雑把に言って、所得源泉と源泉課税管轄権のあり方について、2つのタイプがあるからである。配当、利子、使用料、賃料等は、資本所得型で規律される。資本所得型の規律とは、資産又は顧客(の事業)に着目して所得源泉が定められ、課税方法は費用控除のないgross課税である、というものである。これに対し、販売事業や役務提供事業などは事業所得型で規律される。事業所得型の規律とは所得稼得者自身の事業に着目して所得源泉が定められ、課税方法は費用控除後のnet課税である、というものである。このような着眼点の違いが、所得源泉について解消しがたい不整合の原因となっていると考えられる。

そこで、net課税とgross課税との関係はどうなっているのか、また、所得源泉について不整合を解消する可能性があるのか、理論的考察を試みた。

そして、組合からの利得の分配又は配賦と、法人からの配当とを見比べると、前者はnet課税であり後者はgross課税であるという違いがあるにもかかわらず、課税ベースが似通っていることを発見した。組合員に対する事業所得課税は、組合等の事業体が費用等を控除した後になされるnet課税である一方、株主に対する配当課税は、法人という事業体がやはり費用等を控除した後になされる課税であるが、株主自身が費用控除をするわけではないので、gross課税ということになっている。しかし、いわゆる源泉地国(S国)の課税ベースとしては、組合員に対する事業所得課税においても株主に対する配当課税でも、S国における【事業の成果】とでも呼ぶべきものがS国源泉所得と観念されているのではないか、と考えられる。

問題は、S国における【事業の成果】なるものを画す線引きの基準である。事業所得型の課税を受ける支払いが【事業の成果】を減じる一方、資本所得型の課税を受ける支払いは【事業の成果】を減じない。前者の支払いはS国源泉性を失わしめ、後者の支払いはS国源泉性を失わせない。その線引きについて幾つか理論的説明を試みたが、どれも現状をうまく説明するにはいたらない。所得源泉のルールの分かりにくさは、activeかpassiveかという根拠が不確かな二分法によっているためである、と推測される。

二分法とということは、所得のoriginの三つの観念のうち、一つは考えなくても済むのではないか、という予測を与える。そして、資産という基準については、所得稼得者自身の事業もしくは顧客の事業に代替するものであると考えることができる。例えば、機械等の資産を有し貸しているだけである、といった場合にも、資産が所得に貢献しているのであるから、所得稼得者自身の事業が資産所在地で行なわれていると考えても不思議ではなく、そのためそこに所得源泉があると観念したとしても不思議ではない。逆に、機械や不動産の借り手が、資産所在地で事業を行なって、賃料を支払っているということを強調すれば、資産所在地で顧客が事業を行なっているからそこに所得源泉が認められる、と考えることもできる。

従って、資産という基準については、所得生産活動(事業)の基準に置き換えて考えることができると考えられる。

しかし、場面によって所得稼得者自身の事業に着目したり、顧客の事業に着目したりと、着眼点が異なるため、ソースルールを整合的に捉えることが困難になっている。所得源泉の不整合の解消を図るためにはどちらかの基準に統一することが考えられる。

所得稼得者自身の事業に着目する考え方は、投資家など自ら事業を行なっているわけではない者について機能せず、逆に、誰の事業かを曖昧にしたまま所得源泉を観念することにも、利点がある。そこで、第一の可能性として、事業概念を事物に即して機能的に捉え、実物資産に着目して所得源泉を観念する方向が考えられる。そして、企業と投資家の扱いを分ける基準として、企業が事業を行なって収入を得る場面と、その企業から利益が分配又は配賦される場面とに分けて考え、後者について独自の所得源泉はない、とする筋道が考えられる。付加価値を生み出している場所が所得源泉である、とする考え方である。原産地主義の付加価値税に近づくともいえよう。しかし、付加価値も元来地理的割当に馴染むものではなく、その作業は楽ではないかもしれない。また、者と者との関係で生ずる価格変動の要素を取り除いて、個々の事業所の事業上の機能に対応する所得を観念できるか、理念上も難しい問題を抱える。

第二の可能性として、顧客に着目して、それも、従来のように顧客の事業に着目するのではなく、顧客が消費者である場合にも整合性を保つため、顧客の需要に着目して、所得源泉を観念する筋道が考えられる。この考え方を突き詰めると、所得課税というよりも、仕向け地に課税権を全て移す付加価値税の仕組みに近づく可能性がある。

現在の所得源泉の観念のされ方に、理由の乏しい二分法が強く効いていることが明らかになった。これを認識することで今より合理的な線引きができる可能性があるが、線引きの必要性自体がなくなるわけではないかもしれない。また、本稿で考慮から外した執行や政策論も、具体的な立法論では考慮しなければならない。

審査要旨 要旨を表示する

外国法人は、原則的に国内源泉所得に対して納税義務を負うが、その際の外国法人に対する課税の方法は、当該外国法人が国内に事業所等のいわゆる恒久的施設(PE)を設けて事業活動を行っている場合に得られる国内源泉の事業所得等に対して課税する方式と、当該外国法人が国内に投資をして得られるリターンである国内源泉の利子、配当、使用料等の投資所得に対して源泉徴収制度を用いて課税する方式の、二つの方式に大別される。本論文は、国際課税における所得源泉の概念について、外国法人の取得する事業所得に対する課税と資本所得に対する課税の課税方式の対比を通じた詳細な検討を行うことにより、所得源泉の果たす機能について理論的に分析し、国際租税法の立法論の基礎を提供しようとした本格的なものである。本論文は、「序論」、「問題の所在」、「歴史及び比較法」、「取引対象別に見る所得源泉」、「考察」、「本論文の考察の示唆」、「まとめ」の、全部で7章から構成される。

第1章「序論」は、本論文の目的を次のように定式化する。すなわち、本論文の目的は、事業所得と資本所得の対比を通じて、所得源泉の概念につき検討し、立法論の基礎を提供することにある。このような作業を行う理由として、本論文は、十分な共通理解がないままに、所得源泉地国に課税権を認めるべきか否かといった政策論を論じようとしても、議論が空回りしかねない、という点をあげる。しかも、本論文によれば、現在までのところ所得源泉については内在的な不整合が存在しつづけており、そのような不整合をもたらす根本に遡って検討することが必要である、というのである。

第2章「問題の所在」では、本論文で扱う問題が、ある国に所得源泉が認められるか否か、いいかえれば、所得をいかにして地理的な観点から特定国に割り当てるか、という問題であることを明らかにする。本論文によると、この問題は、その国に課税権が認められるかの問題といったんは区別される。ある国に所得源泉があるからといって、必ずその国に課税権が認められるとは限らないからである。こうして本論文の対象とする問題は次のように限定される。第1に、経済的実体に照らして所得源泉がどのように観念されているか、という問題に力点をおき、執行上の問題や政策論上の問題ときりはなして考察する。第2に、所得の地理的割当の問題に集中し、その所得をどのように人的に配分するかの問題には触れない。第3に、源泉地管轄についてのみ考え、居住地管轄との調整については論じない。

第3章「歴史及び比較法」では、先行業績に言及しながら、所得源泉に関する独米の国内法上の課税ルールがどう展開したかをあとづける。ドイツでは、「帰属所得主義」、すなわち、非居住者がドイツで事業所得に課税される要件としてPE(恒久的施設、外国法人の事業の拠点)の所在を必要とし、しかも、ドイツ所在のPEに「帰属」する事業所得のみをドイツ源泉とするやり方がとられてきた。これに対し、1966年以前の米国では、「全所得主義」が採用されており、所得源泉が米国にあるか否かを取引毎に判定し、米国で事業を行っていると認められる非居住者に対し全ての国内源泉所得を課税対象としていた。ところが、米国は1966年以降、その方式を転換し、いわゆる「実質的関連所得主義」を採用した結果、ドイツの「帰属所得主義」に近似するようになった。なお、以上は事業所得に関する対比であるが、資本所得については、両国とも、顧客の事情に着目して所得源泉を観念することが多い。以上を明らかにしたのち、本論文はさらに、モデル租税条約における所得源泉の扱いを追跡する。そして、所得の種類を分類しそれぞれについて国家間で課税権を割り当てる方式のもとで、事業所得についてPEがなければ居住地国以外では課税できないものとする、という考え方が租税条約において踏襲されてきたと述べる。

第4章「取引対象別に見る所得源泉」は、第5章とならび、本論文の中核的部分である。まずこの章では、所得の発生源について、資産・事業・顧客の3つの基礎的基準を措定し、そのそれぞれが所得の発生源を論ずるうえでどのように機能しているかを、各国の国内法、実定租税条約、裁判例、行政実例などを素材とし、具体的な設例を駆使しつつ詳細に検証している。検討の対象とされるのは、不動産賃料、動産譲渡益・賃料、役務提供の対価、競業避止契約等の対価、知的財産使用料等、利子所得、任意組合や匿名組合における事業成果の配賦、の7つである。

第1に、資産基準の代表例として、不動産の賃料がある。一般に、不動産賃料の所得源泉は不動産所在地国にあるとされる。たとえば、S国に所在する不動産を、S国の非居住者であるR社が第3者に賃貸するとする。この場合、R社の受け取る賃料はS国に所得源泉があるとされる。その理由は、不動産という資産の所在地に着目して所得源泉を決めていることによる。本論文によると、このように資産に着目するやり方は、事業に着目するやり方との間で、不整合をもたらす。たとえば、このR社が当該不動産を賃貸するのではなく、不動産仲介を行う場合には、先の例とほとんど同じ経済的機能を果たしていたとしても、不動産仲介という事業を行っているという理由で、S国に源泉があるとされる範囲が異なってくるからである。

第2に、動産に関する所得源泉は、資産基準と事業基準との揺らぎの中にある。揺らぎには2つの側面がある。その1として、動産がR国からS国に販売される場合、動産そのものが動くので、資産の所在地に着目して所得源泉を決定するのは不適切である。だからこそ、所得稼得者自身の事業に着目して所得源泉が観念されている。しかし、販売の場所を私法に依拠して決することは困難である。そこで、販売(権原移転)の時に問題の動産が所在していた場所が販売地であり、そこが販売所得の源泉地である、という課税ルールが設けられている。いったん資産基準を放棄しながら、結局は復活させているのである。揺らぎのその2として、動産賃貸の所得源泉は動産所在地国にあるとされ、動産販売の場合とは着眼点が異なっている。しかし、本論文によれば、賃貸と販売とは機能的に類似することがあり、賃貸と販売との区別が課税上大きな違いをもたらすことを正当化するほどの区別であるか、疑わしい。

第3に、事業基準の好例は、役務提供の対価である。役務提供の対価の所得源泉は「遂行地」にあるとされている。この場合、事業遂行に至る以前に投下した費用を考慮に入れて所得源泉が決定されることは少ない。隔地者間で役務提供がなされる場合(たとえば放送)、裁判例では所得稼得者自身の物的設備の在る所を重視して、所得源泉を観念することとされている。

第4に、事業基準を適用することが困難な例として、競業避止契約等の対価がある。この場合、事業を行って所得を稼得するのではなく、むしろ、「事業をしない」ことによって対価を得る。つまり、その所得に対応する所得稼得者自身の事業活動が存在しないのであり、事業を遂行した場所を基準にすることはできなくなる。事業所得に対する課税ルールは、事業活動の成果が活動をした者に帰属することを前提としているが、この例から分かるように活動の成果が活動をした者に人的に帰属するとは限らない。つまりここでは、所得の地理的割当と人的配分とがずれているのである。

第5に、事業基準と顧客基準との揺らぎの例として、知的財産の使用料をはじめとする、情報に関する所得がある。たとえば、R社が所有するS国特許権をS国のS社にライセンスして使用料を得る場合、その使用料の所得源泉はS国にあるとするのが一般的である。これに対し、R社が特許発明を自己実施して製品を生産し、その製品をS国に輸出する場合には、たな卸資産の販売に関するルールが適用され、R国に所得源泉があるとされる可能性が出てくる。前者においては特許権の使用許諾を受けた顧客に着目しているのに対し、後者においては所得稼得者自身の事業に着目している。この着眼点の違いが、所得源泉の違いをもたらしている。

第6に、事業基準と顧客基準との揺らぎの別の例として、利子所得がある。一般的に、非居住者がS国にPEを有している場合、PEの事業に着目してS国で課税される。他方で、PEを有していない場合、顧客に着目して所得源泉を観念する。しかし、たとえば銀行が貸付金の利子を受け取る場面では、銀行は金融仲介業という事業を営み、金融仲介というサービスを提供している。とすると、PEの有無によって課税の結果が劇的に異なることになる現行ルールには、疑問がある。

第7に、資産・事業・顧客のいずれの基準の適用例ともいいがたいが、事業の成果が配賦されるものとして、任意組合や匿名組合における事業成果の配賦がある。R国居住者であるR氏がS国で組成された組合に参加している場合、R氏が現実にS国に足を踏み入れることがなくとも、R氏はS国にPEを有するとされ、S国の課税を受けることとされている。R氏が有限責任を負うにすぎない場合であっても、同じルールが採用されている。このようなルールを採用する理由は、S国における事業の成果が外国組合員への所得の配賦という形でS国外に非課税で流出することを防止することにある。本論文によれば、これは、所得の地理的割当と人的配分とのずれの表れである。

第5章「考察」は、以上の検討をふまえ、所得源泉を画すための基礎的な基準について理論的な考察を深める。その論旨は次の4点に集約される。

第1に、いわゆるネット(net)課税とグロス(gross)課税の関係を再検討する。ネット課税とは、稼得した粗収益から、所得を稼得するための投下資本を控除し、その残額を純額(net)でとらえて課税するものである。所得はもともとネットで計測すべきものであるから、ネット課税こそが所得課税の基本である。これに対し、国際課税ルールにおいては、非居住者に対してネット課税を実施することが執行上困難であることから、粗収益に相当する金額を、費用控除を行う前の総額(gross)の金額で把握し、源泉徴収を行うという措置がとられてきた。本論文によると、ネット課税とグロス課税は、従来考えられてきたほど隔絶したものではなく、所得源泉の捉え方において実は共通の基礎をもつ。たとえば、一方で、S組合がS国において事業を行い、その事業利益が非居住者たるR組合員に配賦される場合、組合員に対してネット課税がなされる。他方で、S法人がS国において事業を行い、非居住者たるR株主に配当が支払われる場合、株主に対してグロス課税がなされる。一見すると両者は全く異なるように見える。しかしながら、S国における課税ベースとしては、R組合員に対する事業所得課税においてもR株主に対する配当課税においても、S組合もしくはS法人のS国における「事業の成果」と呼ぶべきものがS国源泉所得と観念されている。両者はその点で、共通の基礎を有しているのである。

第2に、源泉地国における「事業の成果」を画す線引きについて、現行課税ルールの構造を明らかにする。事業収入のうち、(1)源泉地国居住者に対して支払う部分は、控除される。問題は、非居住者に対する支払いのうち、どの部分を控除すべきかである。この点につき、現行のルールでは、(2)配当・利子・使用料・賃料といった資本所得型の規律を受ける支払いは、源泉所得の計算において控除しない。これに対し、(3)動産販売所得や役務の対価といった事業所得型の規律を受ける支払いは、これを控除する。そして、国内源泉所得の範囲は、(1)居住者に対する支払の部分と、(2)非居住者に対する配当・利子・使用料等の支払の部分と観念されている。つまり、源泉地国における「事業の成果」を画すのは、(2)と(3)の間に引かれた区別によるのである。それでは、この区別はいかなる基準によっているのであろうか。本論文は、この線引きを理論的に説明するには困難が伴うとする。すなわち、自己資本(equity)と他人資本(debt)の区別や、付加価値の計算、消極的所得(passive income)と積極的所得(active income)の区別、といった線引きを逐一検討し、それらの難点を指摘する。

第3に、所得源泉の背後にある基礎的な基準のうち資産基準が意味を持たないと主張する。本論文によれば、資産基準は、所得稼得者自身の事業(事業基準)と顧客の事業(顧客基準)のいずれかに代替される。まず、実物でない資産(配当・利子の請求権等)については、その所在地が顧客(金銭債務者)の居住地であってそこが所得源泉である、とする考え方もありえないではない。しかし、端的に顧客(の事業)に着目して所得源泉を観念するほうが簡明である。次に、実物資産については、所得稼得者自身の事業とも顧客の事業とも説明可能である。たとえば、R社が機械等の資産を所有しS国において賃貸する場合、その機械がR社の所得稼得に貢献しているから、所得稼得者自身の事業が資産所在地で行なわれていると考えることもできる。逆に、機械や不動産の借り手が賃借対象物所在地で事業を行って賃料を支払っている点を強調すれば、資産所在地で顧客が事業を行っているからそこに所得源泉が認められる、と考えることもできる。よって、資産基準は、所得生産活動(事業)の基準に置き換えることができる、というのである。

第4に、所得源泉に関する複数の基準を統一する可能性を展望する。資産基準が無意味であり、事業に着目して所得源泉を観念することが正当であるとしても、現行課税ルールにおいては、所得稼得者自身の事業に着目したり、顧客の事業に着目したりと、場面によって着眼点が異なる。着眼点が異なるため、所得源泉を整合的に捉えることが困難になっている。所得源泉の不整合を解決するためには、いずれかの基準に統一することが考えられる。2つの可能性がある。可能性その1は、所得稼得者自身の事業に着目する考え方を徹底することである。もっとも、所得稼得者自身の事業に着目する考え方は、積極的な事業活動を行っていない受動的投資家については機能しない。そこで、事業概念を再構築して実物資産に着目することと、事業収入の稼得とその分配とを分けることが考えられる。可能性その2は、顧客に着目する考え方を徹底することである。しかし、この考え方は、顧客が消費者である場合には機能しにくい。そこで、顧客が消費者である場合にも整合性を保つため、顧客の事業ではなく需要に着目して所得源泉を観念する方向が考えられる。ただし、需要のある国に所得源泉があると観念することを推し進めると、仕向け地に課税権を配分する付加価値税の仕組みに近づく可能性がある。

第6章「本論文の考察の示唆」は、所得源泉がどのように観念されるかを論じた本論文が、先行する立法提案に対してどのような示唆を与えるかを簡潔に述べる。すなわち、1996年の米国財務省提案は、源泉地国の課税権を軽視するものと一般にみられているが、実は所得源泉の観念を否定するものではなく、所得稼得者自身の事業に着目して所得源泉を観念している。源泉地国の課税権を擁護する1998年のDoernberg提案は、課税ベースの侵食の有無に着目し、あくまで者と者との関係を見て課税の有無を決しているから、所得源泉の観念を排したものとみることができる。源泉地国の課税権を擁護しつつ、所得源泉の観念を排してもいないものとして、2000年のAvi-Yonah提案があり、顧客あるいは需要に着目して所得源泉を観念している。

第7章「まとめ」は、本論文の到達点を要約し、具体的な立法論においては、本論文で検討の対象から外した執行の便宜や政策論を考慮に入れなければならないと付言する。

以上が、本論文の要約である。本論文の長所としては、次の諸点が挙げられる。

第一は、本論文が、従来において本格的議論があまり行われてこなかった、国際租税法において採用されている事業所得に対するネット課税と投資所得に対するグロス課税という二種類の課税方式の対比という問題に正面から取り組んで、両課税方式の詳細な検討を通じた、外国法人に対する課税制度の基本的構造の解明に成功しているという点である。国際租税法における事業所得課税のあり方や、投資所得課税のあり方については、すでに、外国の制度の仕組みを紹介した比較法的な先行業績等がいくつか存在するが、本論文は、そのような先行業績における成果を十分にふまえた上で、グロス課税とネット課税という外国法人に対する二つの課税メカニズムの果たしている機能そのものを正面から理論的に解明しようとしている点で、評価することができる。

第二には、本論文が、国際課税における各所得類型ごとの所得源泉地のあり方を分析するに際して、課税制度の構造・その果たす機能に着目した基礎的検討を行うことにより、立法論の基礎を提供しているという点である。国際租税法は、国家間の税収をめぐる深刻な利害対立を背景にかかえているために、その制度が本質的に強い政策性を有することが少なくなく、その点で、解釈論のみでは満足な対応ができない場合も生じうる結果として、立法論が相当に重要な位置を占めることになる。本論文は、立法論の基礎をさぐるために、また、あわせて解釈論の方向性をさぐるために、外国法人に対する課税制度の果たす機能に着目した。本論文の指摘をふまえて、それに執行の観点や経済政策的観点を加味すれば、望ましい国際課税制度に関する立法論的提案をなすことが可能となるのみならず、解釈論に資するところも十分にあるものと思われる。その意味で、本論文は、立法論的提言や解釈論的提言の基礎を提供することに一定程度成功している。

第三に、国際課税における幅広い問題意識の全体像の中で、所得類型ごとの詳細な検討を通じて、所得源泉地の問題を位置付けようとしている点である。すなわち、本論文においては、所得源泉地に関する問題の検討に際して、恒久的施設や、所得配分の問題を意識しながら、国際租税法全体の体系の中で、事業所得の源泉地と投資所得の源泉地の問題が取り扱われている。租税法の中でもきわめて技術性・専門性の高い国際課税制度の分析においては、目の前の問題の解決のためには、大きな視点から当該問題を正確に位置付けるという思考方法が必須のものであるが、筆者の分析には、そのような視野の広さが感じられる。また、本論文は、先行業績における比較法等の成果を十分に取り入れながら、所得類型ごとの所得源泉地の特性について正確な議論を行っており、幅広い問題意識の中で、詳しく検討すべき点は詳しく検討するという柔軟かつ適切な態度が感じられる。特に、所得の発生源について、資産・事業・顧客の3つの基礎的基準を措定し、そのそれぞれが所得の発生源を論ずるうえでどのように機能しているかを、各国の国内法、租税条約、裁判例、行政実例などを素材とし、具体的な設例を駆使しつつ検証している点は評価できる。

もとより本論文にも短所がないわけではない。

第一に、論理的に丹念な分析を行っているものの、やや、断定的ないし書きすぎの感のある表現が散見される。このような、筆者の議論におけるやや大胆とも思われる記述は、時に違和感を与えるかもしれない。この点については、より適切な表現を工夫することにより、分析の視点をより明確にすることが望まれる。

第二に、記述の仕方に、読者にとって不親切に思える場所が多少みられる。基本的な概念に関する説明の仕方が不十分なところがあったり、専門家にとっては当たり前かもしれない外国の制度のあり方が論述の前提とされていたりして、専門家以外の読者が混乱する場合があるのではないかと思われる。このような点についても、今後、より緻密な解説を丁寧に行っていくことが必要であると思われる。

このような問題点がないわけではないが、これらは本論文の学術的価値を必ずしも損なうものではない。本論文が提起した視点は、単に国際租税法にとどまらず、国際的なビジネスロー一般を議論する際の視点を示すものとして新たな学問的地平を開くものであり、学界に対し重要な貢献をなすものと評価できる。従って、本論文は博士(法学)の学位にふさわしい内容と認められる。

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