学位論文要旨



No 118744
著者(漢字) 石塚,史樹
著者(英字)
著者(カナ) イシヅカ,フミキ
標題(和) 現代ドイツ企業における管理層職員 (Fuhrungskrafte) の形成と変容
標題(洋)
報告番号 118744
報告番号 甲18744
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第182号
研究科 経済学研究科
専攻 経済理論専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴田,徳太郎
 東京大学 教授 佐口,和郎
 東京大学 教授 工藤,章
 東京大学 教授 小野塚,知二
 千葉大学 教授 雨宮,昭彦
内容要旨 要旨を表示する

本稿では、現代ドイツ企業の管理層職員について、その形成、雇用、労使関係、雇用条件の変化にたいしての調整が、ドイツ企業の企業組織変革運動との関わりにおいて論じられた。これによって、同職員層を第2次世界大戦後のドイツ企業の発展史との関わりの上で位置づけ直し、その従業員層としての形成および変化を示すことが目指された。

第I部では、第2次世界大戦後の時期におけるドイツ企業の企業組織変革運動と企業管理層職員の形成との関わりが、一般的な議論として扱われた。

まず、第1章において、企業管理層職員という概念の登場と事実上の従業員としての形成が探られ、これによって、以下のことが示された。すなわち、企業経営陣を除く企業の上層の管理層を、企業管理層職員という概念で一括把握する慣習は、戦後ドイツ企業が新しい企業運営スタイルを追求する運動の過程で、初めて登場した。この概念を創造し、ドイツ企業に広めた主体は、使用者サイドが有する企業向け教育機関のサークルであった。そのため、企業管理層職員とは、使用者サイドが主導して開発された概念であり、多分に当時のドイツ企業が望んだ企業内管理層のイメージを反映していた。

企業管理層職員を、事実上の従業員層としての存在にしたのは、1970年代以降加速されたドイツ企業の事業再構築運動であった。ここでは、様々な改革理念が実行に移される中で、企業の望む理想の企業内管理層としての意味を込められ、企業管理層職員が事実上の従業員層として形成された。これにより、企業組織変革という視点から使用者サイドの利害によって形成された企業内管理層としての、企業管理層職員の性格が明らかになった。

続く第2章においては、企業管理層職員が有する雇用システムの体系およびその新しい傾向を検討することをつうじ、これが有するいくつかの特徴の意味と背景を探ろうとした。

ここでは、就職前から勤務人生における選抜、昇進、給付のあり方、退職に至るまで雇用慣行の変化が詳細に論じられ、そのそれぞれが事業再構築運動において企業によって重視された経営理念を反映していることが明らかにされた。

第3章では、自らの雇用形成に関与する従業員層としての企業管理層職員の側面に、焦点が当てられた。すなわち、理想の企業内管理層として企業管理層職員を形成しようとした使用者サイドの政策にたいし、企業管理層職員自身が、自らをいかに形成しようとしてきたかを、考えようとした。

このような問題視点に基づき、ここでは、企業管理層職員が独自に有する利益代表の構成およびその発展が論じられた。そして、企業管理層職員は、ドイツ企業の発展の中で、企業管理層職員も独自の利益代表を発達させ、これをつうじて、産業レベル、職場レベルを問わず、自己層の雇用条件に影響を与えてきた実態が明らかにされた。そして、この利益代表が、第2次世界大戦前後の時期をつうじ、どのように発達してきたのかが探られた。これにより、企業管理層職員が、ひとつの従業員層として自らの利益を企業経営により強く反映させる必要に迫られ、その利益代表を強化してきた事実が明らかになった。

第II部では、1990年代の事業再構築の時期における、化学産業の事例研究が行われた。これによって、化学産業に絞り込み、ドイツ企業の企業組織変革運動との関係のもと、企業管理層職員の従業員としての変化を示そうとした。

具体的には、1990年代の化学産業企業による事業再構築の動きが企業管理層職員の雇用にもたらした影響、およびこれにたいして企業管理層職員が行った調整政策が探られた。これによって、企業管理層職員の従業員としての性格がいかに変化したのか、そして企業管理層職員というファクターを関与させた場合、1990年代の事業再構築が、実際にはいかに進行したのかを明らかにしようと試みた。

第4章では、後続の章の前提として、化学産業の企業管理層職員がいかに利益代表と関わってきたかが探られた。そして、ドイツ化学産業企業の労使関係の特殊性、企業管理層職員の利益代表と一般産業労組との関係の変化という視点から、これが詳しく検討された。

ここでは、化学産業の大企業では一般産業労組の支配が未確立である一方で、企業管理層職員の労組が、企業管理層職員にたいする高い組織力と、雇用条件形成にかんする強い影響力を行使している実状が示され、この利益代表の強さを支える背景も探られた。

次に、第5章では、1990年代に化学産業企業がどのような事業再構築政策を行い、その結果、企業管理層職員の雇用環境が具体的にどのように変化したのかが、産業全体レベルから企業レベルに至る、いくつかの側面において分析された。

ここでは、実際に事業再構築政策が展開した結果、大幅に従業員数が削減されるなどの雇用条件上のネガティブな影響が生じ、企業管理層職員も、このような影響からは免れ得なかったことが明らかにされた。

すなわち、化学産業の企業管理層職員が被った雇用条件上のネガティブな影響は、早期退職などをつうじた直接的な人員削減、比較的高齢の社員の高失業化、所得上昇の抑制、人員削減に起因する労働強化、職場の利益代表の活動を脅かすことなどに及んだ。化学産業企業で展開した事業再構築政策は、企業管理層職員にとっては、必ずしもポジティブに受け止められる変化を、その雇用環境においてもたらさなかった。逆に、事業再構築政策にたいする不快感および批判的な態度を醸成する結果になった。

このような実態が、企業管理層職員の側にいかなる動きを生み、その結果どのような影響を事業再構築に及ぼしたのかが、第6章で探られた。ここでは、企業管理層職員の労組組織が、調整政策の主体として捉えられ、産業および企業両レベルでの調整が分析された。

産業レベルでの調整では、使用者団体との協約締結交渉をつうじた政策、労使の協約交渉当事者間における社会的パートナーシップを利用した政策が中心的に分析された。

化学産業において、大卒者俸給基本協約は、1992年代、大きな変革圧力を使用者団体よりかけられた。企業管理層職員の労組はこれにたいし、雇用上の危機的な状況を背景に、使用者団体にたいする譲歩交渉を繰り返した。

しかし、企業管理層職員労組は、協約システムの変更を受け入れながら、大卒者協約が有する最低労働条件決定機能を防衛することに成功した。すなわち、労働コスト削減が目指された事業再構築の時期にあっても、企業管理層職員は、その最低労働条件を維持することに成功した。また、企業管理層職員労組は、大卒者協約の締結交渉をつうじ、産業レベルで企業管理層職員の雇用促進のための条件を整えようとした。

企業管理層職員の雇用環境が悪化したことを受けて、企業管理層職員労組は、使用者団体および一般産業労組との社会的パートナーシップの強化をつうじて、労使協調に基づく産業レベルでの共通の立場を形成する政策を追求した。

これは、企業管理層職員労組は、使用者が追求する政策への批判的な声明を、一般産業労組と共同で行うことで使用者サイドを牽制する姿勢をとりつつ、一方では使用者団体とも共同声明を行う形を取った。これにより、企業管理層職員の雇用条件を包括的に守る内容の合意を、使用者団体にも確約させたのであり、企業管理層職員労組が自己層の利益を、産業レベルでの使用者サイドの基本的な政策方針の形成に、反映させたことを意味した。

企業レベルにおける企業管理層職員労組の調整政策は、事業再構築運動のネガティブな影響を被った企業管理層職員の雇用条件に、具体的な影響を及ぼすことを目的として行われた。この作業を実際に担ったのは、事業所レベルの利益代表組織だった。

この調整政策として、分析の対象となったのは、企業経営陣への直接の抗議活動、企業経営の方向性にかんする労使間自由合意、雇用条件上の不利な影響を被った企業管理層職員のために、拘束力ある諸規則を企業経営陣との間で締結することだった。

これをつうじて以下のことが明らかになった。すなわち、雇用条件の悪化に直面して、企業管理層職員は、企業経営陣の政策にたいして明確に異議を申し立て企業経営陣に圧力をかけることで、企業の事業再構築の基本路線にかんする修正を実現してきた。また法定の利益代表機関によって、事業再構築の影響で従来の労働条件の変更を余儀なくされた企業管理層職員のために、拘束力ある規則を企業経営陣との間で締結することをつうじて、企業管理層職員の雇用を具体的に防衛した。事例研究で取り上げた企業管理層職員の利益代表は、個人業績に基づくボーナス・システムの導入に際しても、労働コスト引き下げの手段としてこれを導入しようとする使用者サイドの意図が貫徹されることを、阻んだ。

このように、1990年代の事業再構築期には、企業管理層職員が、自らの雇用条件をめぐる調整政策をつうじ、部分的とはいえ、使用者が押し進めようとした事業再構築運動の形成に関与してきた像が浮かび上がる。すなわち、現代ドイツ企業においては、企業経営のあり方を形成する機構の中に、企業管理層職員が、その利益代表をつうじて決定要素のひとつとして含まれるようになっており、これが現代ドイツ企業の変容を性格づけている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、現代ドイツの企業における「管理層職員」について、それが層として形成された過程、この層にかかわる雇用システムの変容、その利益を代表する組織の形成と活動、さらに、とりわけ1990年代における同層の雇用の実態とその利益代表組織の活動を明らかにすることを課題としている。ここにいう管理層職員とは、企業の職員層のうち、最上層の経営者の下にあってその候補者とみなされる層を指しており、ドイツではFuhrungskrafteと呼ばれているものである。

本論文の内容について、以下簡単に紹介する。

序章では、ドイツおよび日本における当該課題を巡る研究史を詳細に検討し、法律学、社会学、経営学いずれの分野においても、当該層が正面から分析されることがほとんどないままに置かれている研究の現状を明らかにし、そのうえで検討されるべき課題を設定している。それがすなわち、管理層職員が層として形成された過程、その雇用条件の変遷、その利益代表組織の発展とその運動、その組織の経営者との関係および一般労働組合との関係の解明である。

本論は2部6章から成っており、第I部で全産業にわたる認識が提示されたうえで、第II部で化学産業の事例が扱われている。

第1部の第1章では、管理層職員という概念の形成の歴史が、1950年代に焦点を当てて述べられる。そこでは、管理層職員と呼ばれる層が、従来の指導的職員(leitende Angestellte)および協約外職員(auβertarifliche Angestellte)と重なりつつも、企業経営側から独自の課題を担うべき層として期待され、位置づけられる形で登場したこと、しかしながら第1次石油危機以降の企業組織変革運動(いわゆる事業再構築)を通じて、管理層職員は従業員としての自己認識を強め、事実上従業員として企業内に定着したことが明らかされている。

第2章では、経営側の企業組織変革運動に力点を置きつつ、管理層職員の台頭過程において形成された雇用システムの特徴、そしてその変容が明らかにされる。とくに、選抜、昇進、給付、退職に関わる雇用慣行の変化が、企業組織変革運動に込められた経営側の理念を体現したものであることが強調される。

第3章では、企業組織変革運動あるいは事業再構築を通じて管理層職員を形成した経営側の働きかけに対して、管理層職員自らがどのように対応したのかが明らかにされる。とくに、彼らが自らの利益を代表する組織を、一般労働組合からは独立した組織として形成し、そのうえで一般労働組合と連携しつつ経営側との労使関係を形成した過程が明らかにされる。さらに、そのような労使関係を通じる当該層に関わる雇用慣行および法制度の変容についても、全産業にわたる一般的な分析がおこなわれている。

第II部では、管理層職員が顕著に発展し、かつその利益代表組織が目立って強固かつ活発な化学産業の事例が扱われる。その冒頭第4章では、化学産業における管理層職員の利益代表組織が形成された過程、その組織の一般労働組合にたいする関係とその変容が明らかにされているとともに、その組織が高い組織率を背景に雇用条件をめぐる労使交渉において強い影響力を行使しえたことが示されている。

第5章では、引き続き化学産業の事例に即して、1990年代に経営側によって強力に推進されたいわゆる事業再構築の過程において、管理層職員の雇用条件が被った変容が分析される。従業員数が大幅に削減されるなかで管理層職員も負の影響を免れえず、早期退職などをつうじた人員削減、高齢社員の高失業率、所得抑制、労働強化、利益代表組織の活動への制約などの現象が明らかにされる。

第6章では、前章で明らかにされた事業再構築の負の影響にたいして、管理層職員の利益代表組織が、一般労働組合との連携の下に労使交渉において積極的な役割をはたしたことが、産業、企業、職場の3つの次元に即して詳細に明らかにされている。産業次元では、当該職員層の利益代表組織は経営側との協約締結・改訂交渉において、大卒者俸給に関する協約の最低労働条件維持機能を守り、かつ雇用の拡大を促した。さらに、経営側や一般労働組合との共同声明その他の手段を通じて、同組織は雇用条件を防衛することに成功した。企業次元についてはBASFの事例が観察されるが、ここでは当該層の雇用条件を具体的に防衛するために、経営側にたいする直接的抗議行動、経営方針をめぐる労使の合意形成、雇用条件をめぐる拘束力を有する規則の形成などの手段が採用された。この方針は具体的には、職場の次元において遂行された。すなわち、事業所レベルの利益代表組織は経営側にたいして明確な異議申し立てをおこない、事業再構築方針の修正などを実現するとともに、法定機関の活動を通じて拘束力のある規則に関する労使合意を達成して雇用条件を防衛した。全体として、管理層職員の利益代表組織の活動は、事業再構築における経営側の意図を有効に規制したという点において、言い換えれば、さもなければより大規模・徹底的に遂行されたであろう事業再構築(工場や研究所の閉鎖にいたるそれ)を、自らの積極的な関与を通じて緩和した点において、高く評価されている。さらに、事業再構築がたんに株主価値の実現というにとどまるものではなく、労使という社会的パートナー間の合意形成を通じて実施されたというドイツの特徴が明らかにされている。

終章では、これまでの章における事実発見と主張が要約されている。

戦後期における管理層職員の存在は、法学・社会学・経営学などの分野で注目されながらも、その実態については正面から取り上げられるところが少なかった。また、1990年代以降ドイツで進行した企業体制と労使関係の変容のなかで、その動向はほとんど知られていない。本論文は、こうした管理層職員の実態を初めて本格的に解明したものといってよい。その論点は、当該職員の層としての形成の歴史過程、雇用システムの形成と変容、その利益代表組織の形成と労使関係の展開、そして1990年代における事業再構築の影響とそれにたいする対抗という広い範囲に及ぶ。しかも、当該主題に関わる内外の研究成果を周到に吸収したうえで、著者自身の現地における精力的な聴取り調査、文献渉猟等に基づいて詳細に分析・記述したものである。その対象時期は戦後全体にわたり、その視野は1990年代旧東ドイツ地域にも及んでいる。全章をつうじて分析・記述は詳細を極め、しかも長大な論文でありながら全体の論旨は明快であって、かつおおむね説得的である。その成果は、ドイツ経済史・経営史、労使関係史などの関連分野において先駆的と言ってよく、学界に貢献するところ大であるとみなしうる。

ただし、いくつかの問題点を指摘しておかなければならない。ひとつは、本論文での詳細な実証の成果について、その理論的な含意をより明らかにする必要があるという点である。とくに、管理層職員の利益代表組織の有した労使交渉における影響力がどのような根拠あるいは源泉に基づくものなのかについては、大卒化学者の高い組織率、彼らの専門職としての連帯感、労働市場のあり方、また利益代表組織形成の強固な伝統、さらに企業内自由合意にたいして法的な規制力が付与されるというドイツの特殊な歴史的伝統など、著者が指摘している諸点と関連させつつ考察を深める必要があろう。また、こうした諸論点の解明のためには、経営側の意思決定のより立ち入った解明が必要となろう。いまひとつ、本論文では化学産業の事例が取り上げられたが、管理層職員の組織と運動は、それ以外の産業、とくに金属機械産業、流通業、サービス業などでは自ずと異なった展開が見られたはずであり、それらの事例をも明示的に視野に入れた論述が必要となるという点をも指摘しなければならない。

以上、若干の問題点を指摘したが、しかしそれらは本論文の価値を大きく減殺するものではない。また、それらは自ずと本論文の課題を超える性格のものであり、氏自身、そうした分析上の限界を意識した留保を付すとともに、今後の課題であることを明記している。

したがって、本審査委員会は全員一致をもって、本論文は博士(経済学)の学位を授与するに値するものと判断した。

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