学位論文要旨



No 118745
著者(漢字) 高岡,慎
著者(英字)
著者(カナ) タカオカ,マコト
標題(和) 季節性と経済時系列分析
標題(洋)
報告番号 118745
報告番号 甲18745
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第183号
研究科 経済学研究科
専攻 経済理論専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國友,直人
 東京大学 教授 矢島,美寛
 東京大学 教授 久保川,達也
 東京大学 助教授 大森,裕浩
 東京大学 助教授 丸山,祐造
内容要旨 要旨を表示する

本論文は筆者が大学院在学中に行ってきた研究を総合したものであり、経済時系列分析の中で、特に季節性の処理に関する問題を取り扱っている.

経済時系列データにおける季節調整は古くて新しい問題である. 時系列の季節的な周期に関する統計的な議論は19世紀に遡り、それ以降も様々な形で研究がなされてきたが、近年1990年代末に米国商務省センサス局によって季節調整プログラムX-12-ARIMAが開発されたことが契機となり、官庁統計でのX-12-ARIMAの導入の是非が実務的観点から論議されると同時に、あるべき季節調整法に関して理論的、実証的な学問的関心からの議論が活発に行われている. 本論ではこうした季節性の扱いを巡る様々な問題について概観した上で、いくつかのトピックを取り上げて理論的研究を行った.

以下1章は、季節性を表す時系列モデルの最近の研究に関するサーベイである.Box-Jenkins(1976) による季節ARIMAモデルの拡張である、RegARIMA モデルや、Periodic モデルについて概観し、一方で季節単位根検定に関する最近の注目すべきトピックとして、Seasonal mean shiftの問題に触れた.

2 章では、季節性ほど注目されることは少ないものの、経済時系列のシステマティックな変動要因である、曜日効果に関する研究である. 経済統計や官庁統計などの月次または四半期の時系列データは、季節性の他に、1ヶ月に含まれる曜日の構成の変化や、月ごとの日数の違いよって生じる「曜日効果」(trading dayeffect、あるいはcalendar effect) を含む場合が多い. 曜日効果はカレンダーの配置によって集計データの上で発生する見かけ上の変動であるため、データを用いた景気動向の分析などにおいては、季節性と同様、何らかの方法により元のデータから除去されることが望ましい場合が少なくない. ここでは月次データについて、カレンダーの周期性に着目することにより、スペクトル解析の手法を用いて曜日効果の存在を識別する方法と、時間領域における確率モデルを用いた曜日効果のモデリングと調整について論じた. また従来の方法を拡張した曜日効果の確率的係数モデルを提案し、鉱工業生産指数などのデータに対する適用を試みた.

3章は、ある種の非線形性を有する季節変動モデルを提案するものである. 近年では季節調整プログラムX-12-ARIMA が世界的に広く利用されるようになっているが、そのプログラムでは内部でRegARIMA モデルと呼ばれる時系列モデルが、データの事前処理に用いられている. このモデルは、いわゆる季節ARIMA モデルを拡張したものであり、回帰パートを導入することによって、レベルシフトや曜日効果の処理など、さまざまな時系列の変動を柔軟に表現できるようになっている. しかしながら、時系列が非定常な和分過程の実現値であると考えられる場合には、このRegARIMAモデルに基づくモデリングには、ある種の問題が生じる可能性がある. ここではその数学的な問題点について指摘した上で、季節転換自己回帰移動平均モデル(Seasonal Switching autoregressive moving average(SSARMA))なるモデルのクラスを提案する.SSARMAモデルは、多くの経済時系列で観察される季節性を表現することが出来る. {yt,t=0,1,…}をSSARMA モデルに従う系列とすると、

と書くことができる. これは各季節の変動を別個に表現するための形式である. こうしたモデルの数学的性質について考察をした後、日本のマクロの経済時系列等を用いた実証分析を行った.

4章は、区分的に線形関数で表されるような時系列モデルを考え、それによって途中で構造変化が発生しているような時系列の表現と予測の問題について考察した. マクロ経済時系列は、少ない頻度で発生する何らかの外生的な事象(例えばオイルショックなど) の影響によって、ある時期に水準や伸び率に関して大きな変化を見せることがある. 4章ではそのような系列に当てはめ得ると思われるある種の非線形な時系列モデルを提案している. ここで提案するモデルは、1 =τ0<τ1<τ2<…を変化点として、

という形式を持っており、折れ線グラフのようなパスを作ることになる. さらにこのモデルを

と表される季節変動を表すモデルと組み合わせて、実際のデータに則して予測力の検討を行った. ここでδ[j]i は独立にN(0,σ2σ) に従う. このようなモデルは、時系列のトレンドにおける構造変化と、季節性におけるSeasonal mean shift の発生に関して確率的な変動を与えたものである. こうしたモデルを実際のデータに適用した結果、短期的な予測力に関して改善が見られた.

5 章は、日本の財務省が作成している重要な統計である法人企業統計が、平成13 年10-12 月期以降の季節調整値を新たに公表するにあたって、財務省の協力依頼を受けて、筆者を含めたグループが季節調整プログラムX-12ARIMA の安定的な運用方針の策定のための調査分析を行った結果についてまとめたものである.ここではX-11、X-12ARIMA、Decomp の3 つの季節調整法の比較検討を通して、過去に公表された季節調整値の将来の改定幅が大きいか小さいかという意味での時間的安定性や、複数の時系列間での整合的な季節調整をいかに行うかといった、理論的というよりはむしろ実務上しばしば問題となる論点に関して、法人企業統計の数値に即して検討した. また何通りかのシミュレーションを通して、適切と思われる季節調整の方針を提案した.

6 章では全体のまとめと今後の展望について記した. 本論では季節性の問題を巡る歴史的経緯を踏まえた上で、2章から4章にかけて曜日効果、季節性、トレンドの各成分に関して、ある種の非線形時系列モデルによる表現を提案した. またそのような形式が、短期的な予測等について、従来の線形モデルとの比較においてより有効である可能性を示した. 今後はこれらの要素を総合した経済時系列モデルの構築に基づいて、実務的要請に応え得る季節調整の枠組みを提案していくことが課題である.

審査要旨 要旨を表示する

論文の内容

本論文では、経済時系列の統計的分析の中で古くから重要な問題として位置づけられてきている季節性の統計的扱いに焦点を置き、関連する幾つかの重要な問題についての考察をまとめている。論文を構成している各章はそれぞれかなり異なる問題を経済時系列における季節性との関連の中で考察している。各章の概要は次のようにまとめることができよう。

第1章では季節性を表す時系列モデルに関する近年の研究についての解説と展望を行っている。統計的時系列の統計的分析では伝統的な統計モデルとしてよく知られているBox-Jenkins(1976) による季節ARIMA(Seasonal autoregressiveintegrated moving average) モデルをさらに拡張した、RegARIMA モデルや周期(Periodic)時系列モデルについて概観し、さらに、季節単位根検定に関する最近の注目すべき話題として、季節的平均シフト(Seasonal mean shift)の問題についても言及している。経済時系列における季節性の分析や統計的モデルは経済統計や官庁統計などで(季節調整済み)公表系列の作成を行う実務上で重要な季節調整(seasonal adjustment)の問題への応用がある。官庁における季節調整については米国センサス局で開発されたX-11 プログラムやその改良最新版であるX-12-ARIMA プログラムが重要な位置をしめている。このX-12-ARIMA プログラムの他にも赤池氏や北川氏(統計数理研究所)が開発したDECOMP プログラムなども有用な方法であることを指摘している。

第2章では季節性とともに経済時系列の変動要因となっている曜日効果に関して得られた結果を報告している。曜日効果は季節性と混同されることも少なくないが、実際の観察される多くの経済時系列や中央官庁により作成・公表される多くの官庁統計では、月次または四半期の時系列データにおける変動を分析して処理する必要がある。このとき、季節性のみならず1ヶ月に含まれる曜日の構成の変化や月ごとの日数の違いよって生じるいわゆる「曜日効果」(trading day effect、あるいはcalendar effect) が無視できないことも少なくない。曜日効果はカレンダー上での曜日配置によって、集計データの上で発生する見かけ上の変動と考えられる為に、時系列データを用いた景気動向の分析などにおいては季節性と同様、何らかの方法により原データより除去されることが望ましい場合も少なくないことが指摘されている。

さらに、第2章では月次データについて、カレンダーの周期性に着目することにより、スペクトル解析の手法を用いて曜日効果の存在を識別する方法と時間領域における確率モデルを用いた曜日効果の統計的モデリングと曜日効果の調整についての検討している。特にこれまでに知られている曜日効果の処理方法を拡張し、曜日効果に関する確率的係数モデルを提案し、日本の鉱工業生産指数データの曜日効果が可変的である指摘等の興味深い適用結果を報告している。

第3章ではある種の非線形性を有する統計的季節変動モデルを提案している。近年の官庁統計の世界ではアメリカ商務省センサス局の時系列研究グループが開発した季節調整プログラムX-12-ARIMA が日本を含めて世界的に広く利用されるようになっている。このX−12−ARIMAプログラムでは内部でRegARIMAモデルと呼ばれる時系列モデルがデータの事前処理部分で用いられている。このモデルは季節ARIMA モデルを拡張したものであるが、回帰パートを導入することによって、レベル・シフトや曜日効果の処理など様々な時系列の変動を柔軟に表現できるようになっている。しかしながら、時系列が非定常な和分過程の実現値であると考えられる場合には、このRegARIMA モデルに基づくモデリングには、非定常性を巡りこれまで無視されてきている大きな統計的問題があることが指摘されている。

さらに、第3章ではReg-ARIMA モデルを利用する時に生じる統計的問題点を指摘するにとどまらず、季節転換自己回帰移動平均モデル(Seasonal switching autoregressive moving average(SSARMA))と呼ぶ統計的モデルのクラスが提案されている。このSSARMAモデルは、非線形時系列モデルの一種であるが、多くの経済時系列で観察される季節性を表現することが出来ることが主張されている。このSSARMA モデルは線型時系列モデルである伝統的な季節ARIMA (autoregressiveintegrated moving average(自己回帰和分移動平均)) を拡張したモデルである。この非線形時系列モデルの統計的性質についての理論的考察を行い、季節非定常性に関する”見せかけの季節非定常性”の問題を指摘している。また、日本の消費系列などの季節性が顕著に観察される幾つかの経済時系列を用いて実証分析を行っている。

第4章では経済時系列のトレンドが区分的に線形関数で表されるような時系列モデルを導入し、この統計的時系列モデルにより構造変化が発生するような時系列の表現できることを主張し、さらにマクロ時系列の予測の問題について考察している。この時系列モデルでは、ある強度関数を持つ確率的点過程1=τ0<τ1<τ2<…を変化点として含み、時間とともに実現する時系列経路は折れ線グラフの周りを変動することになる。この統計モデルを利用した分析により近年の計量経済分析でしばしば利用される線形非定常モデルによるトレンド分析が、必ずしも適当ではない可能性があることが指摘されている。さらに、こうしたトレンドに関する統計モデルを季節変動モデルと組み合わせて統計的モデリングを行う方法が、現実に観察される経済時系列のトレンド変動と季節性の変動の分析にとり有用な手段であることを示している。

また、実際のデータを用いて予測方法やその予測力の検討を行っている。ここで、トレンドの変化増分を表しているδ[j]i は独立にN(0, σ2δ ) にしたがうものとしているものと想定しているので、この時系列モデルは、経済時系列トレンドにおける構造変化と季節性における季節的平均シフト(Seasonal mean shift)項に確率的な変動を導入した統計モデルとみることができよう。

最後に第5章では、日本の財務省が発表している重要な官庁統計である法人企業統計を分析例として季節調整において生じる実際的問題を考察している。この章で報告されている内容は、実際に財務省研究所の依頼を受けて、投資を含む日本の重要な企業データの季節性を分析し、財務省における公表値を作成する際に利用する季節調整プログラムの安定的な運用方針の策定の為に行った分析をまとめたものである。様々なシミュレーション実験等を行って、官庁統計において有用と思われる方針を示している。日本の官庁ではこの間、米国センサス局で開発されているX-12-ARIMA プログラムをあまり検討することなく無批判的に利用する傾向もある中で、本章の議論は法人企業統計にとどまることなく、日本の官庁統計の現場において様々な形で応用可能であると評価されよう。

講評

本論文はこれまで日本においては特に十分な研究の蓄積があるとは言い難い経済時系列における季節性の統計的分析に焦点をおいた本格的な研究である。経済時系列の性質を定常性・非定常性や非線形性といった、統計的時系列分析における最新の概念や方法を十分に利用する中で新たな可能性を追求し、幾つかの独創的な研究結果を含んでいる。特に近年の計量経済分析においてはしばしば利用されている、線形非定常時系列モデルを利用することの問題点の指摘や統計的分析はマクロ経済学で利用される経済時系列の分析などにおいてもかなりの意味があると評価されよう。

第二に、既に言及したように、季節性の統計的問題は単に知的興味のある時系列変動の分析という問題にとどまらず、古くから官庁統計における季節調整に関わる実務的問題としても重要な側面を持っている。こうした意味では、本論文では統計理論的研究が季節性の処理の実際的な問題と結びついた幾つかの新しい研究結果を報告していることにもかなりの実務的価値があろう。本論文で報告している研究結果の中でも特に第5章は経済時系列や日本の官庁統計への今後の応用上でかなり重要な意味があると評価されよう。

次の各章で展開されている内容について、審査委員からのコメントを述べておく。第1章はサーベイであるので特に審査委員からは意見はなかった。第2章では官庁統計においては重要な曜日効果の分析を行っている。スペクトル分析を用いる方法は興味深いものがあるが、曜日効果について本論文で提案している統計的(確率)モデルについてより深い理論的検討が望まれる。

第3章と第4章において本論文では季節時系列分析の手段として独自の時系列モデルを提案している。第3章においては近年では官庁統計において一般的に利用されているRegARIMA モデルの統計的問題を指摘しているが、応用上には重要な意味があると考えられる。第4章で提案している構造変化と季節モデルの組み合わせも興味深いが、これまでに経済時系列のトレンドに関しては様々なアプローチが研究されているので、そうした既存の研究との比較や対比の研究、あるいは予測問題での性能を含めて新しいアプローチの有用性の評価が望まれる。

最後に財務省の法人企業統計に関する研究であるが、実際の官庁統計に役立っている意味においては重要な貢献があると考えられる。ただし、米国や日本の官庁における季節調整の実態についてより包括的な研究結果がなかったことについて、少し期待はずれ感を表明した審査委員もいた。この季節調整の問題は日本の中央官庁における実際的な運用と直接的に関わるだけにとどまらず、官庁データの解釈を巡り政策運営や評価などにも間接的には関わるので今後にさらなる本格的研究を期待したい。

論文審査の結論

以上の講評では高岡氏が提出した論文の各章における分析について、審査委員が気がついた問題点、改善の可能性、今後の研究課題などについて幾つかの論点を指摘した。もろん、本論文の全体的な内容そのものはオリジナルな内容が多く含まれているだけにとどまらず、既に完成度も高く、本研究科が要求する課程博士論文の基準を十分に満たしていると考えられる。したがって、この審査委員会は、本論文を博士(経済学)の学位を授与するにふさわしいと全員一致で判断した。

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