学位論文要旨



No 118747
著者(漢字) 田中,誠
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,マコト
標題(和) ネットワーク型産業に対する競争・規制政策
標題(洋)
報告番号 118747
報告番号 甲18747
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第185号
研究科 経済学研究科
専攻 現代経済専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 八田,達夫
 東京大学 教授 金本,良嗣
 東京大学 教授 三輪,芳朗
 東京大学 助教授 大橋,弘
 東京大学 助教授 松村,敏弘
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、ネットワーク型産業に対する競争・規制政策について、理論的な考察を行う4つの章で構成される。第1章から第3章は、典型的なネットワーク型産業である電力産業について分析する。第4章は、ネットワーク外部性を有する技術を基盤とする産業について分析する。

ネットワーク型産業においては、各々のネットワークのもつ特性が、市場取引のあり方に大きな影響を及ぼす。そこで、本論文では、現実において問題となるそれぞれのネットワークの特性を明らかにした上で、各特性に対応した競争・規制政策をいかに設計していくべきかを論じる。

第1章で取り上げるネットワークの特性は、電力システムに固有な「瞬時瞬時の需給均衡の必要性」である。電力システムは、送電ネットワークにより連結された一体のシステムであり、瞬時瞬時において、システム全体の需給バランスが常に保たれなければならない。もし、ある瞬間に、発電が需要に追いつかず、全体の需給バランスが崩れると、局所的ではなく、同期化された全ての発電機の周波数が下がり、やがては電力システム全体の大規模停電へとつながる。需要の変動が緩やかな場合には、それに追随して発電の出力調整をするのは、比較的容易である。しかし、需要が急峻に変動する場合には、それに追随した発電の出力調整は非常に困難となり、システム運用に要する費用も余計に嵩むことになる。そこで、第1章では、リアル・タイムの需給均衡の必要性を踏まえ、急峻な需要変動に対応するための料金制度を分析する。

第2章、第3章で考察の中心となる特性は、送電ネットワークに特有な「送電線の混雑現象」と「物理法則に則った技術的外部効果」である。道路のネットワークを考えた場合、各道路には許容できる交通量のキャパシティが存在するため、混雑現象が発生する。送電ネットワークでも同様に、所与の送電線には、電力を流すことができる物理的なキャパシティが存在するため、「送電線の混雑現象」が発生する。一方、送電ネットワークは巨大な「電気回路」と見なすことができるので、送電容量の増設は、「電気回路」の物理的構成を変えることに等しい。そのため、送電容量を増設する場合には、物理法則に従う電力潮流の変化が生じてしまう。これが、「物理法則に則った技術的外部効果」という特有な現象である。これらの特性を踏まえ、第2章では、送電ネットワークに関して、効率的な混雑管理、効率的な設備形成、適正な固定費回収の問題を、包括的に考慮する方法を考察する。第3章では、さらに、送電ネットワークの最適規模を実現するための、送電事業者に対するインセンティブ規制の問題を分析する。

第4章で分析するネットワークの特性は、よく知られた「ネットワーク外部性」である。これは、特定の財やサービスに関して、利用者の数が増えるにつれ、利便性が増大する効果を表している。つまり、供給側ではなく、需要側の規模の経済性を意味する。「ネットワーク外部性」が存在する場合には、効率的な新技術が普及せず、非効率な旧技術が温存される、過剰な慣性(excess inertia)の問題が生じる恐れがある。今日、次々と開発される新技術に特徴的な点は、不確実性と「ネットワーク外部性」の2つの性質を同時に併せもつことである。そこで、第4章では、不確実性とネットワーク外部性を併せもつ新技術に関して、社会学習を通じた技術選択のダイナミクスを考え、外部性に対処し社会厚生を改善するための政策について論じる。

各章の内容を簡単に要約すると以下のとおりである。

第1章では、電力の急峻な需要変動に対して、リアル・タイム料金を応用する方法を導出する。

電力システムでは、時々刻々と変わる需要に追随して、瞬時瞬時に過不足なく発電ならびに送電が行われなければならない。そのため、需要変動が急峻である場合、電力システムの運用が非常に難しくなり、需要変動に対応するための費用が余計に嵩んでしまう。この問題に対して、従来、工学の分野では、供給側の視点に立ち、技術的な対策を講じてきた。しかし、それは、急峻な需要変動の水準を所与として認め、そのもとで、需要変動への対応費用をつぎこみ、技術的に対処していこうという発想である。これに対し、本章の発想は、需要側の視点に立ち、価格シグナルを活用することで、需要変動の水準自体を改善していこうとするものである。特に、従来明確に取り扱われることがなかった需要変動への対応費用を、「電力の変化率」に依存する形で明示的に定式化し、これを踏まえた最適な料金制度を導出する点に特徴がある。こうして求まる急峻な需要変動を抑制するリアル・タイム料金(RTPS:Real-Time Pricing for a Managing Steep Change of Demand)は、通常のリアル・タイム料金に比べて、需要の立ち上がる始端前後で料金水準を大きく引き下げ、終端前後で料金水準を大きく引き上げる。その結果、急峻な需要変動は大幅に抑制され、「最適な需要変動」の水準が実現する。

第2章では、限界費用に基づくノーダル料金の手法をベースとして、送電ネットワークの効率的な活用、設備形成、固定費の適正回収の問題を包括的に考慮する規制方法を導出する。

短期における送電ネットワークの効率的な活用に関しては、需給バランスや送電線の容量等の制約下で、短期の社会余剰を最大化する手法であるノーダル料金が、標準的になりつつある。一方、長期における送電ネットワークの効率的な設備形成と、固定費の適正回収の問題については、これまで十分な分析が行われてこなかった。両者の間には一般にトレードオフの関係があり、効率的な設備形成を追求すると、固定費の回収が不足し、逆に、固定費の回収を追及すると、設備形成の効率性が歪みかねない。そこで、本章では、これらの問題を包括的に考慮し、ノーダル料金の適用下で、長期的に送電容量を適切に設定し、混雑料金収入により送電線の固定費を回収しつつ、長期社会余剰を極力大きくする方法を導出する。今、与えられた送電設備に対して、常にノーダル料金が課されるものとする。この場合、送電容量を小さくすると、混雑が激しくなり混雑料金収入が増大する一方、送電線の固定費は減少するので、送電事業者に利潤が発生する。逆に、送電容量を大きくすると、混雑が緩和され混雑料金収入が減少する一方、送電線の固定費は増大するので、送電事業者に損失が発生する。したがって、送電容量を適切に設定すれば、混雑レントたる混雑料金収入が送電線の固定費にちょうど等しくなり、送電事業者に利潤も損失も生じない。この時に資源配分の歪みを極力生まないための、送電容量の決定ルールを導出する点が、本章のポイントである。それは、容量増設に伴う、混雑料金変化の効果と物理的な外部効果の差に応じて、送電容量を決定するルールとなる。

第3章では、第2章の問題意識をさらに展開し、送電ネットワークの最適規模を実現するための、送電事業者に対するインセンティブ・メカニズムを導出する。

送電ネットワークの建設・所有と運用を行う送電事業者(Transco)は、設備形成に関して何ら規制を受けない場合、物理的な外部効果を考慮することなく、独占業者として長期的に利潤が最大となるように送電容量を設定する。そのため、社会的に最適な送電容量は実現せず、社会余剰の大きな損失が生じてしまう。そこで、本章では、最適な送電容量を導くために、送電事業者に対する増分余剰補助法(ISS-T法:Incremental Surplus Subsidy Scheme for Transco)を導出する。これは、「飴と鞭」によるインセンティブ・メカニズムである。すなわち、需要家と発電事業者の合計余剰の今期の増分(「飴」)から、前期の混雑料金収入と支出との差額(「鞭」)を控除した額を、補助金として送電事業者に与える方法である。この方法により送電線の最適容量が達成できるのは、長期社会余剰の改善分を最大化する問題に、送電事業者を直面させることができるからである。この方法は、第1に、物理的な外部効果を内部化しつつ、情報の非対称性の問題を克服し、送電線の最適容量を実現できる、第2に、浪費を招くことなく、最適容量を速やかに実現できる、第3に、ノーダル料金の適用下では、必要な情報が、全て簡単に入手できる、という点で有効なインセンティブ規制と考えられる。

第4章では、不確実性とネットワーク外部性を併せもつ新技術に関して、社会学習を通じた技術選択のダイナミクスを考え、外部性に対処し社会厚生を改善するための政策について論じる。

新旧2つの技術を考えた時、ネットワーク外部性が存在する場合には、新技術が優れていたとしても普及せず、既存技術にロック・インしてしまい、社会的に非効率が生じる過剰な慣性(excess inertia)の現象が起きる恐れがある。従来、不確実性とネットワーク外部性を併せもつ新技術に関して、技術普及のダイナミクスを的確に捉えた上での政策論議が、十分に行われてきたわけではない。そこで、本章では、社会学習を通じた技術選択のダイナミクスに焦点を当て、ネットワーク外部性を内生的に包含する動学モデルを考察する。そして、技術普及のダイナミクスを明確に分析した上で、過剰な慣性に対処するには、補助金や税制上の措置等による直接的な普及促進策よりも、むしろネットワークの利用価値を高めるような政策の方が有効であることを論じる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、ネットワーク型産業に対する競争・規制政策について、理論的考察を行ったものである。ネットワーク型産業においては、各々のネットワークのもつ特性が、財やサービスの取引に大きな影響を及ぼす。本論文は、この特性に対応した競争・規制政策をいかに設計していくべきかを論じている。具体的に次の4つのテーマを分析している。第1は、与えられたネットワーク施設のもとでの価格付けである、第2はネットワーク施設の最適投資基準である。第3は、ネットワーク施設の最適な投資のためのインセンティブの設計である。第4は、技術の不確実性の下でネットワークを介して用いられる財の生産における技術開発を促すための政策である。

本論文の各章の内容を紹介すると以下のとおりである。

第1章では、電力の急峻な需要変動に対して、リアル・タイム料金を応用する方法を導出している。電力システムでは、需要に追随して、瞬時瞬時に過不足なく発電ならびに送電が行われなければならない。一瞬でも需給均衡が崩れれば大規模停電につながる恐れがある。この問題に対処するためには、需給均衡を達成する標準的なリアル・タイム料金が必要になる。しかしそれだけでは最適の電力流通は実現できない。需要変動が急峻である場合、電力システムの運用が難しくなり、需要変動に対応するための費用が余計に嵩んでしまうという問題がさらに発生するからである。本章では、需要変動への対応費用を、「電力の変化率」に依存する形で明示的に定式化し、これを踏まえた最適な料金制度を導出している。こうして求まる急峻な需要変動を抑制するリアル・タイム料金は、通常のリアル・タイム料金に比べて、需要の立ち上がる始端前後で料金水準を大きく引き下げ、終端前後で料金水準を大きく引き上げる。その結果、急峻な需要変動は大幅に抑制され、「最適な需要変動」の水準が実現する。

この問題に対して、工学分野では、急峻な需要変動の水準を所与として認め、そのもとで、需要変動への対応費用をつぎこみ、技術的に対処する方策が提案されてきた。それに対して、本章は、価格シグナルを活用することで、需要変動の水準自体を改善する方法を提案している。

第2章は、送電ネットワークにおける、(1)効率的な混雑管理、(2)効率的な設備形成、(3)適正な固定費回収の3課題を包括的に考慮する規制方法を導出している。短期における送電ネットワークの効率的な活用に関しては、送電線の容量等の制約下で短期の社会余剰を最大化する手法であるノーダル料金が、標準的になりつつある。一方、長期における送電ネットワークの効率的な設備形成と、固定費の適正回収の問題については、これまで十分な分析が行われてこなかった。両者の間には一般にトレードオフの関係があり、効率的な設備形成を追求すると、固定費の回収が不足し、逆に、固定費の回収を追及すると、設備形成の効率性が歪みかねない。

本章では、ノーダル料金の適用下で、長期的に送電容量を適切に設定し、混雑料金収入により送電線の固定費を回収しつつ、長期社会余剰を極力大きくする方法を導出している。今、与えられた送電設備に対して、常にノーダル料金が課されるものとする。この場合、送電容量を小さくすると、(1)混送電線の固定費は減少する一方で(2)混雑が激しくなるから混雑料金収入が増大する。このため、送電事業者に利潤が発生する。逆に、送電容量を大きくすると、(1)送電線の固定費は増大する一方で(2)混雑が緩和されるから混雑料金収入が減少する。このため、送電事業者に損失が発生する。したがって、送電容量を適切に設定すれば、混雑料金収入が送電線の固定費にちょうど等しくなり、送電事業者に利潤も損失も生じない。本章では、このような状況をもたらす送電容量の決定ルールを導出している。それは、容量増設がもたらす混雑料金変化の効果と物理的な外部効果の差に応じて、送電容量を決定するルールとなっている。

大都市系統においては、代替的な送電線網が張り巡らされており、各送電線の規模に比べて全体の需要が十分に大きい。このような状況で物理的な外部効果が無視できる場合には、本章で論じた方法を適用することで、送電設備の最適水準と収支制約とを同時に実現できる。

第3章では、第2章の問題意識をさらに展開し、送電ネットワークの最適規模を実現するための、送電事業者に対するインセンティブ・メカニズムを導出している。送電ネットワークの建設・所有と運用を行う送電事業者は、設備形成に関して何ら規制を受けない場合、物理的な外部効果を考慮することなく、独占業者として長期的に利潤が最大となるように送電容量を設定する。そのため、社会的に最適な送電容量は実現せず、社会余剰の大きな損失が生じてしまう。

この問題に対して、本章は、最適な送電容量を導くために、送電事業者に対して、投資が発生させる長期社会余剰の改善分を補助金として与える一方で規制当局の財政負担を軽減するため一括税を課す方法を提案している。この方法は、第1に、物理的な外部効果を内部化しつつ、情報の非対称性の問題を克服して、送電線の最適容量を実現できる、第2に、浪費を招くことなく、最適容量を速やかに実現できる、第3に、ノーダル料金の適用下では、必要な情報が、全て簡単に入手できる、という点で有効なインセンティブ規制と考えられる。

第4章では、不確実性とネットワーク外部性を併せもつ新技術に関して、社会学習を通じた技術選択のダイナミクスを考え、外部性に対処し社会厚生を改善するための政策について論じている。新旧2つの技術を考えた時、ネットワーク外部性が存在する場合には、新技術が優れていたとしても普及せず、既存技術にロック・インしてしまい、社会的に非効率が生じる過剰な慣性(excess inertia)の現象が起きる恐れがある。このような問題に関して、これまで、技術普及のダイナミクスを的確に捉えた上での政策論議が十分に行われてきたわけではない。

これに対して、本章では、不確実性とネットワーク外部性を併せもつ新技術に関して、社会学習を通じた技術選択のダイナミクスに焦点を当て、ネットワーク外部性の問題を内生的に取り込んだ社会学習の動学モデルを考察している点に特徴がある。技術普及のダイナミクスを明確にした分析のもとで、過剰な慣性に対処するには、補助金や税制上の措置等による直接的な普及促進策よりも、むしろネットワークの利用価値を高めるような政策の方が有効であることが論じられている。

もとより、本論文には、課題や問題点がないわけではない。例えば、第2章、第3章で論じられた「物理法則に則った技術的外部効果」については、叙述が必ずしも十分でない。同じく第2章、第3章で取り上げられている「送電線の混雑現象」は、送電線の熱容量に関する制約のみから生じる混雑である。しかし、現実の系統運用では、これ以外にも、安定度や電圧等の技術的な送電制約が重要となる。現実の問題への応用を可能にするためには、これらの技術的な制約条件も十分考慮して、分析のさらなる深化を図る必要がある。さらに、第2章で、送電事業者の収支制約を満たすための別の方法として、ラムゼイ料金による方法を挙げ、導入が現実的でないことを述べているが、ラムゼイ料金による方法と、ノーダル料金をベースとした方法とについて、競合送電線の多寡によってどれくらい厚生の違いが生じるのかについて定量的な比較がほしい。同じく第2章で、一定の条件下において、物理的な外部効果が全くないケースでは、送電設備の最適水準と収支制約とを同時に実現できる可能性を論じている。しかし、物理的な外部効果があるケースについては言及されておらず、その場合についての解明が課題となる。

とはいえ、現在日本の最重要政策の一つであるネットワーク型産業に対する競争・規制政策について、経済学的観点から理論的分析を行い、明快な結果を得たことの意義は大きい。審査委員会は、著者が博士(経済学)の学位を取得するにふさわしい水準にあるという結論に達した。

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