学位論文要旨



No 118748
著者(漢字) 清水,大昌
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,ダイスケ
標題(和) 立地数量競争に関する研究
標題(洋) Essays on Spatial Cournot Competition
報告番号 118748
報告番号 甲18748
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第186号
研究科 経済学研究科
専攻 経済理論専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松井,彰彦
 東京大学 教授 田渕,隆俊
 東京大学 教授 神取,道宏
 東京大学 助教授 松村,敏弘
 東京大学 助教授 柳川,範之
内容要旨 要旨を表示する

この論文では、4つの手法を用いて、立地−数量競争分析においての基本的な性質を明らかにしている。それらの手法とは、製品差別化を読み込んだ需要曲線を用いた分析、円環市場に企業が3社以上存在するときの均衡分析、円環市場で4社が競争するときの均衡比較分析、そして線形市場における厚生分析である。

Hotelling (1929) が立地競争モデルを構築した以降、均衡において企業が集積するか分散するかということがこの分野での重要な論題となった。Hotelling は企業の戦略変数を立地のみにした結果、企業が集積することを示した。しかし、企業が立地のみ戦略を変えられるという仮定は非現実的とされた。その後、企業が立地した後に価格競争をする立地−価格モデルが開発され、今でも寡占理論においての基本モデルとされている。ここでの結論は Hotelling と逆、つまり均衡において企業は分散するというものであった。

一般に寡占モデルにおいては、数量競争と価格競争のどちらが起こるかは市場の性質によってきまり、両方を同様に分析することが重要視されている。しかし、立地競争に関しては、数量モデルはほとんど分析されていなかった。その後 Anderson and Neven (1991) (以下AN)によって立地−数量分析が始まったといえる。このモデルでは、線形市場において、二企業が第一期に立地し、それを基に第二期に数量競争を行う。輸送費は企業が払い、距離に比例する。ここでの結論はまた Hotelling と同様になり、企業は集積するというものであった。

その後、Pal (1998) がANの結論は市場の形状に依存するということを示した。ANは線形市場を仮定して、集積を導いた。Pal は立地−数量競争モデルにおいて、円環市場を仮定すると企業の分散が起こることを示した。また、立地−価格競争モデルでは線形市場と円環市場の両方において企業の分散が起こることから、Pal は円環市場においては必ず企業の分散が起こると結論付けた。

これらの結果を元に、本論文では立地−数量モデルの基本的な性質についての研究を行った。まず2章において、立地−数量競争モデルにおける製品差別化についての研究を行った。立地モデルは製品差別化も説明できるものとして考えられてきたが、立地−数量モデルを使うことにより、元来の解釈である立地競争の概念を損なうことなしに製品差別化を取り入れることが出来た。そこで、立地競争分析で一般に使われる線形市場と円環市場を採り、製品差別化を含蓄する逆需要関数を用いた上で、既存論文にある製品差別化の無い状態との比較を複占モデルで考えた。これにより以下の結果が得られた。

円環市場においては財の性質により企業の均衡における行動が変わる。財が代替的な時は立地の分散が起こり、補完的なときは集積立地が均衡で現れる。しかし、線形市場においては財の性質にかかわらず集積のみが均衡として実現される。この結果は立地効果と戦略効果という二つの要因に帰着が出来る。立地効果とは市場の形状により、立地に最適な点が存在するかを示す。円環市場ではこれは無く、線形市場では輸送費最小となる線分の中点に立地する誘引を企業に与える。戦略効果は企業同士の相互効果において最適な点が存在するかを示す。ここでは財の性質によって均衡行動が変わってくる。円環市場においては戦略効果のみが存在し、線形市場においては両方存在するも、戦略効果を立地効果が常に上回り、上記のような均衡の結果が現れる。以上により、本論文は立地効果と戦略効果が立地−数量競争分析において重要な役割を果たすことを示した。

3章では、円環市場における均衡分析を行った。Pal では企業数が2のケースまでしか分析されなかったが、それを拡張し、一般の企業数nでの設定を考えた。多企業の均衡分析は Pal が前述の論文において、各企業が均衡に離れることが唯一であるという推論のみを立てていた。それに対して Matsushima (2001)にて、企業数が4のケースでそうではない均衡の存在が示された。3章は均衡には大きく分けて四つのパターンがある事を示し、それらが成立する条件を導出した。それらのパターンは Pal の推論と Matsushima の均衡パターンを部分集合として含んでいる。これにより、線形市場で見られた全企業の集積が起こらないこと、そして立地−価格競争では見られなかった部分的な集積が起こりうることを示した。

4章では、4企業存在するときの均衡のうち、上記の Pal と Matsushima の均衡を取り上げ、均衡比較分析を行った。また、ここでは先行研究にあった線形の輸送費用(輸送費用が距離に比例する)という仮定を緩め、凹凸性を認めた。現実には輸送費用は非線形であることが多く見られる。例えば、徒歩や自転車での輸送は疲労がたまるため限界費用が距離に応じて増えていくが、飛行機での輸送は、費用が離着陸のときに多く掛かり、飛行中の時の費用は相対的に低いため、限界費用は距離に応じて減っていく。よって、非線形の輸送費用を考えることにより、モデルの現実性を高めた。結論として、まず均衡の成立する輸送費用のパラメータの範囲は Pal には制限が無かったことに対し、Matsushima には凹凸どちらかにでも偏りすぎているときには均衡にならないことを示した。また、四企業が逐次的に立地を決めるという設定の下では、Pal は必ずサブゲーム完全均衡になっているが、Matsushima は輸送費用が線形である場合のみにサブゲーム完全均衡になっていることがわかった。よって、これらの2つの概念において、Pal の均衡パターンは Matsushima の均衡パターンと比較して、より頑強な均衡であるということを示した。また、厚生分析も行った。両タイプの厚生水準は線形の輸送費用では一致するが、少しでも凹凸性が見られると、Pal タイプの方の厚生水準が高くなることが示された。

5章では線形市場モデルにおける厚生分析を行った。先行研究は均衡分析のみで厚生分析は全く行われておらず、政策提言を行うためにはこの分析は不可欠のものである。ここでは、先行研究での消費者の分布が一様であるとの仮定をより一般化し、対称性のみを仮定した。その結果、消費者余剰の観点においては企業が中央集積をすることが、どのような消費者の分布に対しても必ず望ましいことを示した。他方、生産者余剰については必ずしもそうではなく、また、双方を含めた社会余剰の観点から考えると、中央集積に対する各企業の私的誘因が、集積による混雑効果がなくとも過剰になることを示した。また、以上は複占モデルで考えたが、一般企業数nの場合も考えた。線形の均衡はANが示したように一様分布ならn企業の場合でも中央集積になる。5章では、中央集積が社会厚生を最大にするための、分布に対する必要条件を導出することが出来た。

以上の4通りの分析により、立地−数量競争分析の基本的な性質がより明確になったと言える。

審査要旨 要旨を表示する

論文の概要

当該論文はHotellingの空間モデルを数量競争の形に拡張したいくつかの研究から構成されている。Hotellingの立地選択の問題はd'Aspremontらによって企業が立地選択の後、価格競争を行うという枠組みに拡張された。Hotellingの当初のモデルのように[0,1]の線形区間に消費者が分布しているというモデルでは、2企業の場合、単純な立地競争のときには中央に企業が集中するのに対し、価格競争が付加されたモデルではなるべく相手から離れて価格下落を防ぐインセンティブが優るため、両企業は別々の端点に立地する状態が唯一のサブゲーム完全均衡となる。

一般に寡占市場において、価格競争となるか数量競争となるかは主として財の性質によっており、価格メカニズムが円滑に機能する場合には、企業は数量にコミットして価格は市場の実勢に委ねるという数量競争となる。この性質は立地選択を含めたものである。それにもかかわらず立地選択モデルにおいては従来価格競争の研究に比して数量競争の研究が希薄であった。当該論文の最大の貢献は、この現実的であるにもかかわらず長い間見過ごされていた市場形態を詳細に分析した点にある。

この立地数量競争に関して、先行研究としてはAnderson and Neven, PalおよびMatsushimaの研究があるものの、かれらの分析は例示にとどまるものが多く、研究の包括性において当該論文の貢献は大きい。以下に論文の概要を述べる。

第2章の基本モデルにおいて、清水氏は2企業経済において、立地選択の後、数量競争を行うという基本枠組みをまず提示する。その際、輸送費は立地点と消費点の距離の線形関数であるとしている。立地モデルは製品差別化モデルと解釈されることもあるが、ここでは、立地数量モデルを使うことによって、元来の解釈である立地競争の分析という立場を保ちつつ製品差別化の要素も取り入れた極めて豊かなモデルとなっている。この解釈の下、線形市場と円環市場が分析され比較された。価格競争のときと異なり、どちらのモデルを用いるかによって、また、財が補完的か代替的かによって結果は定性的に異なる。

その結果を特徴づけるのが、立地効果と戦略効果である。立地効果は消費者との物理的距離から来る効果で、円環市場ではこの効果は存在しない(ゼロとなる)。なぜならどこに立地しても消費者への距離の累計は変わらないからである。この市場ではしたがって、相手との競争圧力を測る戦略効果が企業の立地点を決定することになる。戦略効果は財が補完財か代替財かによって異なる。代替財の場合には、相手から離れていればいるほど、競争圧力が低くなることから、立地点が遠ざかる方向に働く。それに対し、補完財の場合には相手と近いほどお互いにプラスの影響を与え合うため、立地点が近づくことになる。したがって、円環市場においては、財が代替的なときには、企業は離れて立地し、補完的なときには集積が起こる。

他方、線形市場においては、立地効果により線分の中央に立地することが望ましくなる。さらにこの効果は戦略効果を常に凌駕し、集積が起こることが確かめられている。

第3章は企業数を増やした場合の円環市場における均衡を分析している。ここでは、均衡が4つのパターンに分けることができることを示し、その完全な特徴づけを行っている。とくに先行研究のPalは全企業が離れて等間隔に立地するという推測を立てていたが、この条件は均衡のための十分条件にすぎず、実際にはより広範な均衡が存在することが示されている。

第4章では、輸送費の線形性の仮定を落として、円環市場の分析を行った。輸送費が非線形になった瞬間にモデルの分析は極めて複雑になる。清水氏はこの複雑性をクリアするために立地点を4点に制限し、4企業による競争を分析した。4企業が4つの立地点に均等に立地する均衡のほうが、2企業ずつ向かい合って(一番遠い点に)立地するよりも均衡として維持されやすい(より多くのパラメタの下で維持される)ことを示した。また前者のタイプの均衡のほうが、厚生水準が高くなることも示された。

第5章は線形市場における厚生分析を行った。先行研究は均衡分析のみで厚生分析がまったく行われておらず、この点不十分なものであったと言わざるを得ない。この市場では、消費者余剰の観点からは企業が中央に集中するほうが望ましいとの結果を得た。それに対し、社会厚生の観点からは、中央集積が過剰になる場合があることも同時に示された。

論文の評価

繰り返しになるが、立地選択モデルにおいては従来価格競争の研究に比して数量競争の研究が希薄であった。当該論文の最大の貢献は、この現実的であるにもかかわらず長い間見過ごされていた市場形態を詳細に分析した点にある。この立地数量競争に関して、先行研究としてはAnderson and Neven, PalおよびMatsushimaの研究があるものの、かれらの分析は例示にとどまるものが多く、研究の包括性において当該論文の貢献は大きい。

第2章、第3章はそれぞれ論文として、国際学術誌に発表されており、その研究水準の高さを裏付けるものとなっている。

第3章、第4章、第5章は審査委員の一人である松村氏との共著となっており、この点に関する議論も行われた。当該論文の査読、当人の質疑応答および松村氏の言に基づき、清水氏の貢献が十分に大きいことが疑いないと審査委員会は判断した。

上記の点に鑑み、清水氏の緻密な分析、議論が将来的に他の分野において発揮されることを期待することより他、審査委員会ではとくに異論もなく、全会一致で経済学博士の授与にふさわしいと判断した。

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