No | 118761 | |
著者(漢字) | 後原,綾子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | セドハラ,アヤコ | |
標題(和) | アフリカツメガエル初期胚を用いた試験管内における眼の形成と移植実験系の確立 | |
標題(洋) | In vitro induction and transplantation of eye during early Xenopus development | |
報告番号 | 118761 | |
報告番号 | 甲18761 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第480号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 広域科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本研究室ではアフリカツメガエルの胞胚期のアニマルキャップを用いて試験管内での臓器形成を行ってきた。アニマルキャップとは、胞胚期の動物極に位置する未分化で、多分化能をもつ細胞からなる。現在までに、アニマルキャップに様々な因子を処理することにより、筋肉、神経、血球、腎臓、心臓、膵臓などを試験管内で形づくることに成功している。一方、脊椎動物全般において、眼が誘導される仕組みは広く保存されていることが知られている。神経胚中期に前脳の一部が表皮に向かって膨らみ、やがて眼杯となる。眼杯は、接している表皮に働きかけてレンズを誘導する。眼杯はやがて眼胞となり、最終的にはレンズとの相互作用の結果、正しい配置に並んだ神経網膜層に分化する。このようにして、感覚器官の一つである眼は複雑な高次誘導を経て形づくられる。このため、試験管内で高率に眼を形づくるは困難であった。そこで、私はアフリカツメガエル胞胚のアニマルキャップを用いて、試験管内で高率に眼を形づくる実験系の確立を目指した。その結果、試験管内で高率に眼を形づくることに成功した。 アフリカツメガエル初期原腸胚の原口上唇部の領域はオーガナイザーと呼ばれ、強い頭部誘導能を持つことが知られている。この初期原腸胚から切り出した原口上唇部を、後期胞胚から切り出したアニマルキャップでサンドイッチ培養を行うと、サンドイッチ外植体はセメント腺などの前方構造に分化した。このとき、眼の細胞は見られなかった。一方、この原口上唇部を、側方帯域を含む領域とともに切り出したアニマルキャップでサンドイッチ培養すると、前方構造だけでなく、脊髄やヒレなどの後方の構造も誘導された。この時には、どの外植体にも眼が分化しているのがみられた。次に、側方帯域が及ぼす原口上唇部に対する影響を調べるため、私は初期原腸胚から切り出した原口上唇部と側方帯域を組み合わせて1日培養し、部位特異的神経のマーカー遺伝子の発現をRT-PCR法によって調べた。その結果、原口上唇部のみを単独で培養したときには終脳の遺伝子マーカーBF1の発現のみが見られ、神経網膜層の遺伝子マーカーPax6およびXrx1の発現は見られなかったのに対し、原口上唇部と側方帯域を組み合わせて培養したときには、終脳の遺伝子マーカーBF1の発現に加えて、前脳と中脳の境界領域の遺伝子マーカーEn2、後脳の遺伝子マーカーのKrox20、脊髄の遺伝子マーカーHoxB9の発現がみられ、さらに、神経網膜層の遺伝子マーカーPax6およびXrx1の発現も見られた。このことから、初期原腸胚の原口上唇部は帯域の細胞により後方化されることがわかった。この知見より、眼の誘導の中心となる間脳領域を試験管内で誘導するためには、原口上唇部と、後方化の活性をもつ側方帯域の量をうまくコントロールしてサンドイッチ培養することにより、眼の誘導の中心となる間脳領域が試験管内で誘導され、その結果として眼が効率に誘導されるのではないかという仮説を立てた。そこで私は、初期原腸胚から前方神経を誘導する原口上唇部を切りだし、これを後方化の活性をもつ側方帯域の細胞と組み合わせてから、後期胞胚から切り出した2枚の無処理のアニマルキャップでサンドイッチ培養を行った。原口上唇部と側方帯域を組み合わせてサンドイッチ培養することにより、中枢神経系のうち、前脳、後脳、脊髄のどの領域が形成されているのかを調べるため、サンドイッチ外植体を1日培養し、部位特異的神経のマーカー遺伝子の発現をRT-PCR法によって調べた。その結果、原口上唇部のみをアニマルキャップでサンドイッチ培養したときには終脳の遺伝子マーカーであるBF1の発現のみが見られたのに対し、原口上唇部と側方帯域を組み合わせてサンドイッチ培養したときには終脳の遺伝子マーカーBF1の発現に加えて、前脳と中脳の境界領域の遺伝子マーカーEn2、後脳の遺伝子マーカーのKrox20の発現が確認された。何れのサンドイッチ外植体においても、脊髄の遺伝子マーカーHoxB9の発現は見られなかった。このことから、原口上唇部と側方帯域を組み合わせてサンドイッチ培養することにより、眼の誘導の中心となる間脳周辺の神経が誘導されていることがわかった。さらに私は、このサンドイッチ外植体を4日間培養し、分化した組織を観察した。その結果、高頻度で外植体は眼に分化していることがわかった。本研究で確立した実験系でのみレンズをふくむ眼が形づくられることを確認するため、私はRT-PCR法によって分化したレンズ特異的遺伝子マーカーであるbeta-crystallinの発現を確認した。その結果、眼を作る条件でのみbeta-crystallinの発現が見られたことから、本実験で確立した実験系は、レンズ、神経網膜層、色素網膜層からなる完全な眼を形づくるのに最も適した系であることが分かった。次に私は、試験管内でつくった眼にも正常な眼と同様にして背腹軸を持つかどうかを明らかにするため、背側の神経網膜層で発現する遺伝子Xvent2および腹側の神経網膜層で発現する遺伝子Xvax2に対するプローブを作成して、試験管内でつくった眼におけるこれらの遺伝子マーカーの発現場所をWhole mount in situ hybridizationを行うことにより調べた。その結果、試験管内でつくった眼にも背腹軸が存在することがわかった。さらに、私は試験管内でつくった眼に分化した眼の細胞があることを調べるため、免疫組織化学的手法を用いて網膜神経層の桿体細胞の円盤に蓄積する事が知られているロドプシンに対する抗ロドプシン抗体、レンズに蓄積することが知られているクリスタリンに対する抗クリスタリン抗体、ミューラーグリア細胞に蓄積することが知られているグルタミン合成酵素に対する抗グルタミン合成酵素抗体を用いて抗体染色を行った。その結果、それぞれの抗体について正常な眼と同じように特異的な染色が見られたことから、外植体で作った眼の中にも分化した眼の細胞が分化・誘導されていることが分かった。 試験管内で作成したレンズ及び網膜も含めた眼が実際に機能しうるかどうか検証するため、移植実験を試みることにした。まず始めに、私は試験管内でつくった眼を幼生に移植することは可能かどうかについて検討した。移植をする細胞と移植を受ける細胞とを見分けるため、細胞系譜トレーサーでラベルした胚を用いて試験管内で眼をつくった。この試験管内で作成した眼球を外植体から摘出し、外科的手法により両眼を除去したステージ33の幼生の左眼の位置に移植した。その結果、未分化細胞から試験管内で作った眼球は幼生に生着し、正常発生と同様に移植された場でレンズや網膜に分化することが分かった。さらに、移植した眼から幼生の間脳領域に向けて視神経を伸ばすことが観察された。この移植した眼から再構成された視神経が幼生の脳の視蓋に正しく投射しているかどうか調べるため、私は視神経をDiIの結晶(脂溶性の赤い蛍光色素)で染色した。その結果、再構築された視神経は幼生の間脳に達し、間脳の腹側に位置する視交叉をとおり、視蓋に到達していることがわかった。これらの移植をうけた幼生を飼育したところ、変態を終えた後も移植された眼が生着し続けることが分かった。このことから、試験管内でつくった眼はステージ33の幼生に移植可能であり、また変態後も維持されることがわかった。 次に、私は試験管内でつくった眼が機能するかどうか調べることにした。無尾両生類は、外界の光の明るさに応じて、体色を変化させることが知られている。眼で受けた明るさの情報が脳に伝わり、暗い環境下では体色を暗くし、明るい環境下では明るい体色となる。これを元に、私は外科的手術により両眼を除去した幼生に試験管内でつくった眼を一つ移植し、これを飼育し、変態したカエルの体色を観察することで、移植した眼が光を受容する感覚器官として機能するかどうか調べることにした。その結果、両眼を除去したあと移植を受けなかった場合は、眼からの光の刺激がないために、皮膚の色素胞が開いたままになり、黒いカエルとなった。一方、移植を受けたカエルは、移植した眼から光の刺激をうけとるため、外界の明るさに合わせて体色を変化させ、明るい体色のカエルとなった。このことから、試験管内でつくった眼が機能することが示唆された。 | |
審査要旨 | 本研究では、アフリカツメガエル初期胚を用いて、試験管内で高率に眼を形づくる実験系を確立することを目的として実験を行った。 アフリカツメガエル初期原腸胚の原口上唇部の誘導能調べた結果、初期原口上唇部は、後期胞胚から切り出したアニマルキャップに対して前脳やセメント腺などの前方の構造を誘導する能力を持つこと、側方帯域を含む領域とともに切り出したアニマルキャップに対して前方構造だけでなく脊髄やヒレなどの後方の構造を誘導することを示した。 側方帯域が及ぼす原口上唇部に対する影響を調べるため、初期原口上唇部と側方帯域を組み合わせて培養し、部位特異的神経のマーカー遺伝子の発現をRT-PCR法によって調べた。その結果、原口上唇部のみを単独で培養したときには終脳の遺伝子マーカーBF1の発現のみが見られ、神経網膜層の遺伝子マーカーPax6およびXrx1の発現は見られなかったのに対し、原口上唇部と側方帯域を組み合わせて培養したときには、終脳の遺伝子マーカーBF1の発現に加えて、前脳と中脳の境界領域の遺伝子マーカーEn2、後脳の遺伝子マーカーのKrox20、脊髄の遺伝子マーカーHoxB9の発現がみられ、神経網膜層の遺伝子マーカーPax6およびXrx1の発現も見られることを示した。 ここまでの知見から、眼の誘導の中心となる間脳領域を試験管内で誘導するためには、原口上唇部と、後方化の活性をもつ側方帯域の量をうまくコントロールしてサンドイッチ培養することが必要なのではないかという仮説を立てた。 初期原腸胚から前方神経を誘導する原口上唇部を切りだし、これを後方化の活性をもつ側方帯域の細胞と組み合わせてから、後期胞胚から切り出した2枚の無処理のアニマルキャップでサンドイッチ培養を行うことにより、試験管内で高率に眼をつくる事に成功した。 原口上唇部と側方帯域を組み合わせてサンドイッチ培養することにより、中枢神経系のうち、前脳、後脳、脊髄のどの領域が形成されているのかを調べるため、サンドイッチ外植体を1日培養し、部位特異的神経のマーカー遺伝子の発現をRT-PCR法によって調べた。その結果、原口上唇部のみをアニマルキャップでサンドイッチ培養したときには終脳の遺伝子マーカーであるBF1の発現のみが見られたのに対し、原口上唇部と側方帯域を組み合わせてサンドイッチ培養したときには終脳の遺伝子マーカーBF1の発現に加えて、前脳と中脳の境界領域の遺伝子マーカーEn2、後脳の遺伝子マーカーのKrox20の発現が確認された。何れのサンドイッチ外植体においても、脊髄の遺伝子マーカーHoxB9の発現は見られなかった。このことから、原口上唇部と側方帯域を組み合わせてサンドイッチ培養することにより、眼の誘導の中心となる間脳周辺の神経が誘導されていることがわかった。 試験管内でつくった眼を4日間培養し、分化した組織を観察したところ、正常な眼と同じように、レンズ、神経網膜層、色素網膜層が分化しているのを確認した。 RT-PCR法によって分化したレンズ特異的遺伝子マーカーであるbeta-crystallinの発現を確認することにより、本研究で確立した実験系でのみレンズをふくむ完全な眼が形づくられることを示した。 背側の神経網膜層で発現する事が知られている遺伝子Xvent2および腹側の神経網膜層で発現する事が知られている遺伝子Xvax2の発現場所をWhole mount in situ hybridizationにより調べることにより、試験管内でつくった眼にも正常な眼と同様にして背腹軸を持つかどうかを明らかにした。 試験管内でつくった眼に分化した眼の細胞があることを調べるため、抗ロドプシン抗体(視細胞)、抗クリスタリン抗体(レンズ)、抗グルタミン合成酵素抗体(ミューラーグリア細胞)を用いて抗体染色を行い、分化した眼の細胞があることを示した。 試験管内でつくった眼を、発生の進んだステージ33幼生に移植することは可能かどうかについて検討した。その結果、未分化細胞から試験管内で作った眼球は幼生に生着し、正常発生と同様に移植された場でレンズや網膜に分化し、変態を終えた後も移植された眼が生着し続けることを示した。 試験管内でつくった眼をステージ33の幼生に移植すると、移植した眼から幼生の間脳領域に向けて視神経を伸ばすことが観察された。この移植した眼から再構成された視神経をDiIの結晶(脂溶性の赤い蛍光色素)で染色することにより、視神経が幼生の脳の視蓋に正しく投射していることを示した。 試験管内でつくった眼が光を受容する感覚器官として機能するかどうか調べるために、外科的手術により両眼を除去した幼生に試験管内でつくった眼を一つ移植し、これを飼育し、変態したカエルの体色を観察した。その結果、両眼を除去したあと移植を受けなかった場合は、眼からの光の刺激がないために、皮膚の色素胞が開いたままになり、黒いカエルとなったが、移植を受けたカエルは、移植した眼から光の刺激をうけとるため、外界の明るさに合わせて体色を変化させ、明るい体色のカエルとなった。このことから、試験管内でつくった眼は、移植後、光を受容する感覚器官として機能することを示した。 本研究により、ツメガエル初期胚を用いて初めてレンズ・神経網膜層・色素網膜層の全てが揃った眼を高率に形づくる実験系を確立し、さらに試験管内でつくった眼を発生の進んだステージ33の幼生に移植する事に成功し、試験管内でつくった眼が移植後、光を受容する感覚器官として機能することを示した。 したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいもとのと認定する。 | |
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