学位論文要旨



No 118764
著者(漢字) 保戸田,二香
著者(英字)
著者(カナ) ホトダ,ニカ
標題(和) ADAMフッミリーメタロプロテアーゼによるアミロイド前駆体タンパク質のシェディング活性の解析
標題(洋) Study on the shedding activity of amyloid precursor protein by ADAM family metalloproteases
報告番号 118764
報告番号 甲18764
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第483号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 教授 久保田,俊一郎
 東京大学 助教授 渡辺,雄一郎
 東京大学 助教授 豊島,陽子
内容要旨 要旨を表示する

プロテオリシスは様々な生理機能に関与し、生体を維持するために必要不可欠な現象である。なかでも、成長因子やサイトカイン、細胞接着因子といった膜タンパク質の切断・分泌はシェディングと呼ばれ、細胞の成長や炎症反応、細胞移動などを調節している。シェディングには通常働いている構成的な活性以外に、PKC(プロテインキナーゼC)の活性化剤であるPMAなどのフォルボールエステルをはじめ、様々な刺激に応じて促進される調節的な活性がある。このシェディングを担うプロテアーゼとして、ADAM (a disintegrin and metalloprotease) ファミリーが注目されている。ADAMは共通のドメイン(シグナルペプチド、プロドメイン、メタロプロテアーゼドメイン、ディスインテグリンドメイン、システインリッチドメイン、EGF様ドメイン、膜貫通ドメイン、細胞質ドメイン)構造を持つI型の膜タンパク質で、これまでに30以上の分子がファミリーを構成しており、受精、筋融合、細胞−細胞外マトリックス間相互作用など、様々な生理機能において重要な役割を担っていることが報告されている。ADAMのいくつかは、Zn2+結合配列 (HEXGHXXGXXHD) を持ち、シェディング活性を有する。シェディングは様々な生理機能を調節する一方、ガンや関節炎といった病気への関与が報告されている。このようなシェディングが関与する病気にアルツハイマー病 (AD) がある。

ADは進行性の痴呆であるが、病理学的には脳内における老人斑と神経原線維変化によって特徴付けられる。老人斑の主要構成成分であるアミロイドβ (Aβ) は、アミロイド前駆体タンパク質 (APP) からβ-、γ-セクレターゼと称されるプロテアーゼによって切断・分泌されることが知られている。家族性ADにおいてAPPの変異が報告され、また他の遺伝子変異によって発症する家族性ADにおいても凝集しやすいAβ産生の上昇が報告されたことから、Aβの産生がAD発症に重要な役割を担っていると考えられている。一方、APPの主要な代謝経路は、Aβが産生されないα-セクレターゼによって切断・分泌されるものである。このα-セクレターゼ候補として、これまでにADAM9、10、17が報告されている。細胞を用いた過剰発現系では、ADAM10、17は構成的、調節的両方の活性を示し、ADAM9は調節的な活性のみ、あるいは僅かに構成的な活性を示す。一方、ADAM17ノックアウトマウス由来の細胞では調節的な活性の抑制は見られるが構成的な活性は完全に抑制されず、ADAM9、10ノックアウトマウス由来の細胞ではα-セクレターゼ活性の抑制は見られない。これはADAMがリダンダントに働いているか、他のα-セクレターゼの存在が考えられる。AD発症機構の解明にはAPPプロテオリシスの解明が重要であり、またシェディング活性調節機構の解明という点からも、私はADAMによるα-セクレターゼ活性の解析を行うこととした。

ADAM9のα-セクレターゼ活性は当研究室で報告したものだが、私はまず当研究室でクローニングしたヒトADAM9のスプライシングバリアントhADAM9s(s : short)に注目した。hADAM9sはエクソン18が欠損し、終止コドンの出現によって膜貫通および細胞質ドメインを欠く。RT-PCRの結果、検討を行った脳、心臓、肺、肝臓、腎臓、気管の6器官全てにおいて、mRNAレベルでの発現を確認した。ADAMのプロテアーゼとしての活性化にはプロドメインの切断が必須であるが、C末端側にmycエピトープおよび(His)6を付加したhADAM9sをCOS細胞中に発現させると、全長およびプロドメインが切断された活性型と思われるタンパク質両方とも培地中に分泌されていた。そこで、α-セクレターゼ活性を検討するために、COS細胞中でhADAM9sとAPPを共発現し、培地中に分泌されるAPP断片(sAPPα)の量を検討したところ、PMAを加えた時のみmock(空ベクター)とAPPのものと比べて有意に増加が見られた。このことから、hADAM9sはα-セクレターゼとして調節的な活性を有することが示された。また、分泌されたタンパク質がα-セクレターゼとして働く可能性を示した。PMAによる活性化にはADAMの細胞質ドメインのリン酸化が関与しているとの報告もあるが、hADAM9sはそれとは異なる機構によって活性化されたものと考えられる。AD治療の一方法としてα-セクレターゼ活性を上昇させることが挙げられるが、hADAM9sは新たなターゲットの1つと考えられた。

これまでの研究から、α-セクレターゼは複数存在する可能性があること、ADAMにおいても基質特異性に差異があること、α-セクレターゼ活性にADAMの細胞質領域が必須でないことが示唆されていた。そこで私は、他のADAMはα-セクレターゼ活性を有するのか、ADAMの基質認識機構はどのようなものか、という2点に注目した。ADAM12、19は、他の膜タンパク質においてシェディング活性が報告されているADAMの中で、アミノ酸レベルで最も高い相同性(44%)を示すことから、この2つの分子を用いて研究を行った。

より生理的活性に近いと思われる構成的なα-セクレターゼ活性を検討するために、C末端側にV5エピトープおよび(His)6を付加したヒトADAM12、19をHEK293細胞中に発現させたところ、全長およびプロドメインが切断された活性型と思われるタンパク質が検出された。培地中における内在性APP由来のsAPPα量を検討したところ、mockを導入したものと比べてADAM19のみ増加が見られた。また、Zn2+結合配列中のE346をAに置換した不活性型のADAM19E346A変異体でも検討を行ったところ、プロドメインが切断されたタンパク質が検出されたもののsAPPα量の増加が見られなかった。これらのことから、ADAM19が構成的なα-セクレターゼ活性を有すると考えられた。これらのADAMについて免疫蛍光染色法を用いて細胞内局の検討を行ったところ、主としてゴルジ体や小胞体といった内膜系と思われる部位に局在し、一部は細胞表面上にも局在が観察された。また、内在性APPとも一部共局在を示し、コンストラクト間での大きな差異は観察されず、ADAM12と19の活性の差異は局在によるものではないと考えられた。

ADAM12と19の活性の差が構造によるものと考え、ADAM12、19のドメインを交換したキメラコンストラクトを作成してα-セクレターゼ活性の検討を行うこととした。コンストラクトは、シグナルペプチドからメタロプロテアーゼドメインまでを置換したもの、ディスインテグリンドメインからEGF様ドメインまでを置換したもの、膜貫通ドメインから細胞質ドメインを置換したものを作成した。全てのコンストラクトにおいてHEK細胞中で発現を確認し、プロドメインが切断された活性型と思われるタンパク質が検出された。これらのキメラ変異体を用いてα-セクレターゼ活性の検討を行ったところ、ADAM19のシグナルペプチドからメタロプロテアーゼドメインまで(触媒領域)を有した変異体においてのみsAPPα量の増加が検出された。また、免疫蛍光染色法を用いて細胞内局在の検討を行ったところ、野生型のADAM12、19と同様の局在を示し、大きな差異は観察されなかったことから、α-セクレターゼ活性の差異は触媒領域の構造によって生じると考えられた。これまで構成的なa-セクレターゼ活性が報告されているADAM10と17のメタロプロテアーゼドメインには他のADAMには見られない挿入配列があり、この配列が基質認識や活性に影響を及ぼす可能性が示唆されている。α-セクレターゼにおいてはADAM19が活性を示したことから、この配列は必要不可欠なものではないと考えられた。また、プロテアーゼ活性に影響を及ぼす可能性があるドメインとしてシステインリッチドメインが報告されているが、ADAM12と19のα-セクレターゼ活性の差異には影響を与えなかった。これは基質認識がADAMごと、基質ごとに異なることを示唆しており、これらの差異を解明することがシェディング活性と様々な生体機能の関係を理解するために重要であると考えられた。

本研究では新たなα-セクレターゼ候補としてhADAM9sとhADAM19を示した。これまでの研究では個々のADAMのシェディング活性について報告したものが多かったが、今後は細胞中でそれぞれのADAMがどのような関係にあり活性の制御を受けているのかを検討することが重要である。また、APPのプロテオリシスに関して、α-、β-、γ-セクレターゼの同定とそれに続いて三者の関係を解明することが、AD発症機構の解明ならびにシェディング活性を含めた膜タンパク質のプロテオリシス機構の解明に重要であると考える。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、家族性アルツハイマー病 (AD) の原因遺伝子産物であるアミロイド前駆体タンパク質 (APP) のプロテオリシスを担うα-セクレターゼの同定及び解析を行ったものである。本研究は、APPのプロテオリシスの解明に必須な基盤を明らかにした研究である。

本論文の内容は以下のようにまとめられる。

シェディングとは膜タンパク質が切断・分泌されることである。これまで、I型の膜タンパク質APPのシェディングを担うα-セクレターゼとして、Zn2+依存的なメタロプロテアーゼ、A Disintegrin And Metalloprotease (ADAM)ファミリーのメンバーであるADAM9、10、17が報告されていたが、他のプロテアーゼも含めてリダンダントに働いている可能性が示唆されていたため、他のADAMファミリーについてα-セクレターゼ活性の検討を行った。

まず、当研究室でα-セクレターゼ活性を報告したADAM9の新たなスプライシングバリアントADAM9 short (ADAM9s)に注目した。ADAMはI型の膜タンパク質であるが、ADAM9sは膜貫通ドメインから細胞質ドメインを欠くスプライシングバリアントである。ADAM9は広範にmRNAの発現が報告されているが、ヒトのmRNAライブラリーを用いてRT-PCRを行ったところ、ADAM9全長およびADAM9sのバンドが検出され、シーケンスを確認した。これにより、ADAM9sが生体内でも発現している可能性を示した。次に、COS細胞でADAM9sを発現させたところ、培地中に分泌されていた。APPのα-セクレターゼ活性を検討するために、以前にADAM9のα-セクレターゼ活性を報告した方法に沿って検討を行った。COS細胞中にAPPとADAM9sを一過性に共発現させ、培地中に切断・分泌されたAPPの断片であるsAPPα量を検討したところ、シェディング活性化剤であるPMAを加えた時のみ、APPと空ベクターを導入した場合に比べて有意に増加が見られた。この結果より、ADAM9sが刺激応答性の調節的なα-セクレターゼ活性を持つ可能性が示された。AD医療戦略の1つとしてα-セクレターゼ活性を上昇させるという考え方があるが、細胞外に分泌されているプロテアーゼの方がターゲットにしやすい可能性がある。また、ADAM9の調節的なα-セクレターゼ活性には、細胞質ドメインが必要不可欠ではないことがわかった。

次に、ADAM12と19を用いてα-セクレターゼ活性の検討を行った。この2分子は、報告されているADAMの中でZn2+結合配列を持ち、ヒトの体細胞でmRNAの発現とシェディング活性が報告されているメンバーの中で、最も相同性の高い2分子である。この2分子を比較検討することによってα-セクレターゼ活性の検討を行うだけではなく、ADAMのAPP認識機構についても検討を行うことを考えた。検討方法について、COS細胞中にAPPとADAMを共発現させる方法では形質転換効率や発現量に違いが出やすいとの懸念から、HEK293細胞を用いてADAMのみを一過性に発現させ、内在性のAPPに対してα-セクレターゼ活性を示すかどうかを検討した。培地中に分泌されたsAPPα量を検討したところ、ADAM19を発現させた時のみ、空ベクターを導入したものに比べて有意に増加が見られた。また、ADAM19のZn2+結合配列中のEをAに置換した不活性型変異体ではsAPPα量の増加は見られなかったため、ADAM19のみがα-セクレターゼ活性を持つことが明らかになった。このADAM12と19の活性の違いが何に依存しているのかを検討するために、まず蛍光免疫染色法を用いて細胞内局在の検討を行った。その結果、ADAM12と19は主に細胞内に局在し、一部は細胞表面上に存在した。また、APPとの共局在も認められ、大きな違いはないと考えられた。

そこで、活性の違いが構造に起因すると考え、ADAM12と19のドメインを交換したキメラ変異体を作成しα-セクレターゼ活性の検討を行った。その結果、ADAM19の開始Metからメタロプロテアーゼドメインまで(活性領域)を含む変異体において有意にsAPPα量の増加が見られた。また、細胞内局在を確認したところ、どの変異体においても大きな違いは見られなかった。これらの結果から、ADAM12と19のAPPに対する活性の違いは、活性領域の構造の違いに起因することが明らかになった。

AD発症機構の解明や医療の開発には、APPのプロテオリシスの解明が欠かせない。APPのプロテオリシスの大部分を担うα-セクレターゼについては、複数のプロテアーゼがリダンダントに働いていると考えられているが、1つ1つのプロテアーゼを同定し活性の解析を行うことが全体の詳細な理解につながるものと考えられる。また、共通な構造を持つ複数のADAMがいかに棲み分けを行っているのかを解明することで、シェディングを通した様々な生体反応がいかに調節されているのかを理解するために有用な知見を得られものと考えられる。

以上のように、保戸田二香さんの学位申請論文は、APPのプロテオリシスの大部分を担うα-セクレターゼ候補を新たに示し、基質認識機構の一部を明らかにしたもので、APPのプロテオリシスの解明、ひいてはAD発症機構の解明および医療の発展に貢献するものである。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定した。

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