学位論文要旨



No 118766
著者(漢字) 保谷,彰彦
著者(英字)
著者(カナ) ホヤ,アキヒコ
標題(和) タンポポ(タンポポ属)の在来種と外来種との交雑により生じた雑種タンポポの生態的特性と浸透性交雑
標題(洋) Ecological characteristics of hybrids and introgressive hybridization between native and alien species dandelions (genus Taraxacum)
報告番号 118766
報告番号 甲18766
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第485号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 伊藤,元己
 東京大学 教授 松本,忠夫
 東京大学 助教授 嶋田,正和
 東京大学 教授 磯崎,行雄
 新潟大学 教授 森田,龍義
内容要旨 要旨を表示する

緒言

定着に成功した外来侵入種は、在来種の捕食や資源をめぐる競争、病原菌の持込、近縁在来種との交雑(遺伝的撹乱)などを通じて生物多様性や生態系に様々な影響を与える。特に交雑や浸透性交雑により在来種の絶滅が引き起こされる現象が危惧されており (Rhymer et al. 1996)、そのような遺伝的撹乱の過程においてその雑種の増殖過程が重要であることが指摘されている (Levin et al. 1996)。さらに、侵入種が交雑によりその侵入性を増加させる可能性も植物において示唆されている (Ellstrand et al. 2001)。このように、外来種が定着した後に交雑や浸透性交雑により生じる遺伝的撹乱の機構や交雑種が分布拡大し頻度が増加する機構を研究することは、保全生態学的に重要であると同時に、種分化の機構を考察する上でも貴重である。

日本には15種のタンポポが生育している(Morita 1995)。セイヨウタンポポ(sect. Ruderalia Taraxacum officinale)は、日本に約100年前に導入され、その分布は日本全国に拡大している。ところが、遺伝マーカーによる解析から、日本でT. officinaleとされていた植物の大部分が2倍体在来種(sect. Mongolica T. platycarpum) とT. officinaleとの雑種であることが報告された。芝池と森田(2000)は、これらの雑種タンポポをDNAマーカーとDNA含量を利用して3系統(4倍体雑種/3倍体雑種/雄核単為生殖雑種)に分類し、さらに分布調査の結果、純粋な外来種よりも雑種、特に4倍体雑種の頻度が高い傾向を報告した。そこで本研究では、(1) 雑種タンポポの生殖様式を検証することで、形成機構や浸透性交雑の可能性の解明、(2) 雑種タンポポの生態的・生理的特性を明らかにすることで、雑種頻度が増加する機構の解明を試みた。

雑種タンポポの生殖様式と浸透性交雑

花粉の特徴

各系統の花粉をコットンブルー染色して稔性を調べた結果、系統間での違いが観察された。 T. officinaleと3倍体雑種では、コットンブルーによく染まる花粉が確認され花粉稔性をもつ可能性が示唆された。しかし、4倍体雑種の大部分は花粉そのものがなかった。また、雄核単為生殖雑種では開花初期にのみ花粉が観察されたが、花粉のある頭花でも開花後速やかに花粉が消失した。3倍体雑種とT. officinaleでは、コットンブルーに良く染まる様々な大きさの花粉が観察された。花粉の大きさとDNA含量との相関が知られていることから (Morita 1976)、染色体数に変異があり、稔性のある花粉が形成されていることが示唆された。

雑種タンポポの形成機構を調べるための交配実験

T. platycarpumとT. officinale、あるいは雑種3系統の合計36組合せで人工交配を行い、結実した587種子についてDNAマーカーとFCMによる解析を行い、雑種形成の有無を確認した。T. platycarpumとT. officinaleの人工交配は、18組合せで行い、4組合せで計6個体の3倍体雑種の形成が確認されたが、4倍体雑種と雄核単為生殖雑種の形成は確認されなかった。T. platycarpumと3倍体雑種との戻し交雑は、合計13組合せで行い、7組合せで計13個体の新たな雑種が形成された。内訳は、3倍体と推定される雑種が10個体、4倍体と推定される雑種が3個体形成された。野外でも、戻し交雑から生じたと推定される3倍体雑種が観察された。

考察

T. officinaleが花粉親、T. platycarpumが種子親となった時に3倍体雑種が形成されることが再確認された。また、野外に生育する3倍体雑種は稔性のある花粉を生産し、T. platycarpumとの浸透性交雑の可能性が示唆された。本研究は、雑種タンポポの浸透性交雑の可能性を確認した最初の報告である。また、浸透性交雑により、有性生殖が獲得されるかどうかについては、今後の課題である。

頻度分布と個体群ごとの発芽特性

Morita et al. (1990) による雑種タンポポの報告以来、愛知県、神奈川県、新潟県でも形態的にT. officinaleに分類される大部分が雑種タンポポであることが報告された(Watanabe et al. 1997, Hamaguchi et al. 2000)。本研究でも新潟県新潟市、山梨県北巨摩郡、東京都において、DNAマーカーとフローサイトメーター(FCM)を用いて頻度分布を分析した。どの地域も4倍体雑種が優占しT. officinaleは少ないことが確認された。

雑種タンポポの生態的特性

4倍体雑種がT. officinaleよりも分布頻度が高くなる原因を生態的な特性から検討した。

繁殖特性

雑種タンポポの繁殖に関わる特性を比較した。その結果、開花時期はいずれも4月〜6月に集中しており、その後も断続的に開花していたが、系統間による開花時期の違いは見られなかった。頭花あたりの種子数では、雄核単為生殖雑種とT. officinaleが、4倍体雑種と3倍体雑種に比べて多く、有為な差が見られた。また、種子重を比べると3倍体雑種は、他の系統に比べて重く、有為な差が見られた。以上のように、種子数や種子重の系統間の違いが確認された。

種子発芽特性

タンポポ属における実生定着率が1%程度(Mogie et al. 1988)との報告もあり、生活史の初期の段階が適応度に与える影響が大きいことが予測される。そこで種子発芽特性を調べるために、4〜34℃の11温度段階で発芽の経時的測定を行った。未発芽種子は至的温度に置くことで発芽能力の有無を確認した。その結果、4倍体雑種は在来種と同様に低温・高温で発芽率が低かったが、それらの未発芽種子は至的温度で発芽が回復した。このことから高温と低温での発芽抑制が確認された。一方、T. officinaleや他の雑種タンポポでは高温・低温でも高い発芽率がみられ、未発芽種子の至的温度での発芽もみられなかったことから、発芽抑制がみられないことが確認された。発芽速度や発芽可能温度域などを系統間で比較すると、4倍体雑種の発芽特性はT. platycarpumに似ていることも明らかとなった。

実生期の特性

発芽後には、いずれの系統でも高い割合で子葉を展開することが確認された。子葉展開後の実生個体を用いて、5つの温度条件で生残率と個体の乾燥重量を測定した。その結果、31、36℃の高温での生残率を比較すると、4倍体雑種が他の系統に比べて高かった。生残個体の乾燥重量は、24℃では3倍体雑種が他の系統に比べ重かったが、31℃以上では差がなかった。

幼植物体の土壌水分条件に対する特性

本葉が2〜3枚展開した幼植物体を用いて、3段階の土壌水分条件下で生残率と個体の乾燥重量を測定した。その結果、いずれの条件下でも生残率に差はなかった。個体の乾燥重量は、どの条件下でも4倍体雑種が他の系統に比べて重く、本葉展開後の成長量が大きいことが確認された。

考察

4倍体雑種は在来種と同様に低温・高温で種子発芽が抑制されたが、T. officinaleでは発芽抑制がみられなかった。高温での生残率は4倍体雑種がT. officinaleよりも高かった。これらより、発芽時期に地表面温度が上昇するような都市的な環境下で4倍体雑種とT. officinaleの競争が生じると、T. officinaleが減少し4倍体雑種が増加する可能性が示唆された。本研究は、雑種と親の倍数性の違いによる種子発芽特性や実生期の温度・土壌水分条件に対する特性を詳細に明らかにした最初の報告である。また、これらの特性により雑種タンポポがT. officinaleよりも頻度が高くなる可能性や雑種タンポポの分布との関連性も初めて示唆された。

在来種の発芽特性

雑種タンポポの分布や頻度を決める要因のひとつとして発芽・実生期の温度が重要であることが示唆された。そこで、在来種の分布と発芽温度特性との関係についても検討した。新潟県角田山麓から採集したシナノタンポポとエゾタンポポを材料として発芽特性を比較した結果、シナノタンポポよりも冷涼な地域に分布しているエゾタンポポでは、低温での発芽がより強く抑制された。エゾタンポポは、低温での発芽を抑制することで、冷涼な地域で分布が可能となっている可能性が示唆された。

総合考察

T. officinaleの生息環境は、T. platycarpumと異なることから直接的な置き換わりが生じないと考えられてきた。しかし、4倍体雑種は、T. officinaleやT. platycarpumにとって至的土壌水分条件下でいずれも成長量が大きく、また、高温での発芽抑制といった種子発芽特性がT. platycarpumと似ていることから、T. platycarpumの生息地に侵入する可能性が示唆された。

有性生殖種と無融合生殖種との様々な組合せの交雑は、タンポポの多様性を生みだす主要なメカニズムになっていると考えられる。このような分類群の植物に対して、外来種の侵入は遺伝的撹乱を通じて重大な影響を与える可能性が示唆される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、移入種のセイヨウタンポポと日本に自生するタンポポ属植物との間にできた雑種タンポポについて、生態学的、保全生物学的観点から解析を行ったものである。具体的には (1) 雑種タンポポの生殖様式の分析による雑種形成機構や浸透性交雑の可能性の解明、(2) 雑種タンポポの生態的・生理的特性の分析による雑種頻度の増加する機構の解明、の2点を行っている。

論文は6章からなる。第1章では、タンポポ属の生殖様式ついての説明とこれまでなされた先行研究がレビューされている。第2章から第5章では、雑種タンポポの生殖様式と浸透性交雑可能性、雑種タンポポの頻度分布と個体群ごとの発芽特性、雑種タンポポの生態的特性、在来種の発芽特性について、実験個体群を用いて解析を行っている。第6章では全体の結果がまとめられるとともに、近年、日本において雑種タンポポが増加してきた原因について考察を行っている。

雑種タンポポの形成機構を解明するための交配実験では、セイヨウタンポポとカントウタンポポ、雑種タンポポを用いて、各組み合わせでの交配を行っている。その結果、野外に生育する3倍体雑種は稔性のある花粉を生産し、カントウタンポポと交雑可能であり、浸透性交雑の可能性が新たに示された。本研究は、雑種タンポポの浸透性交雑の可能性を確認した最初の報告であり、高く評価できる。

雑種タンポポの生態的特性の解析では、3倍体雑種、4倍体雑種、雄核単為生殖雑種の3種類の雑種タンポポとその両親種のセイヨウタンポポ、カントウタンポポについて繁殖特性、種子発芽特性、実生期の生存特性、幼植物体の土壌水分条件に対する特性などに関し、実験個体群をもちいて解析・比較検討している。その結果、3種類の雑種タンポポには生態的特性に明らかな差異があることを検出している。特に、4倍体雑種は発芽特性に関し、高温や低温での発芽抑制が見られており、従来、日本産タンポポにのみ見られる性質を獲得していることが示されている。また、高温や乾燥条件下での実生の生存率が、他の雑種や両親種に比べて高いことが明らかになっている。上記の生態的特性を総合し、各雑種タンポポと両親種の各環境条件下における生存特性について議論を行っている。

これまで、セイヨウタンポポの生息環境は、カントウタンポポなどの日本産タンポポと異なることから直接的な置き換わりが生じないと考えられてきた。しかし、4倍体雑種は、セイヨウタンポポや日本産タンポポにとって最適土壌水分条件下で、いずれも成長量が大きく、また、高温での発芽抑制といった種子発芽特性が日本産タンポポと似ていることから、日本産タンポポの生息地に侵入する可能性を示唆している。

本論文による雑種タンポポに関する解析結果は、有性生殖種と無融合生殖種との様々な組合せの交雑が、タンポポの多様性を生みだす主要なメカニズムになっていることを示しており、進化生物学に新たな知見を加えた。また、外来種の侵入が、自生生物に遺伝的撹乱を通じて重大な影響を与える可能性が示唆され、保全生物学的にも本論文の価値は高いと判断する。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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