学位論文要旨



No 118768
著者(漢字) 飯塚,博幸
著者(英字)
著者(カナ) イイヅカ,ヒロユキ
標題(和) 主観的相互作用と身体性認知のシミュレーションモデル
標題(洋) Subjective Coupling and Embodied Cognition in Simulated Vehicles
報告番号 118768
報告番号 甲18768
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第487号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 池上,高志
 東京大学 助教授 嶋田,正和
 東京大学 助教授 開,一夫
 東京大学 助教授 佐々,真一
 東京大学 講師 多賀,厳太郎
内容要旨 要旨を表示する

認知モデルの方法は研究の立場によって、大きく2つに分かれる。一つは、古典的AI的な考え方を基にし、あらかじめ主体のなかに知識として、表象をモデルの中に組み込んで行う方法である。それに対して、もう一つの方法は、身体をもつ主体におけるセンサーレベルの入力と振る舞いを生み出す出力の協調動作(センサーモータカップリング)がすべてであるとする考え方である。本論文では、後者を基盤としている。この考えでは、環境、身体、主体内部、それぞれがダイナミクスをもち、それらのダイナミクスが結合されることによって動的な認知構造が形成される。つまり、認知構造は静的に定義されるものではなく、環境との相互作用、ここでは特に運動をするということ自体がその認知構造を動的に構築しているという立場において認知を捉える。

この立場は、ギブソンのアクティブパーセプションによって与えられ、現在、身体性認知科学と呼ばれ、ロボットとシミュレーションによる研究が行われている。ある種の弁別タスクにおいては、運動することが入力のダイナミクスを適応的につくりだし、そのダイナミクスと内部のダイナミクスが協調することによってtaskを容易に解くことが確認されている。これは、身体をもちいることによって1人称的に問題の解決を目指し、運動という新たな要素を付け加えることによってセンサーモータカップリングを通した問題解決の方法を与えた。また、BraitenbergやWalterによって、構成論的にビークルを設計することによって、観測者にとって高度な認知を行っているように感じさせる複雑な行動パターンを構成することが可能であることが示されている。このように、タスクを行う振る舞いや、認知プロセスを思わせる振る舞いは、主体に対して身体を与えてやることによって実現され、我々と似たような振る舞いを生成するようになっている。しかし、我々と似た振る舞いを出すことが、認知のプロセスの解明を意味するわけではない。タスク処理においては、環境との相互作用のもとで、問題解決のために、身体の一連の動きの流れを見つけたのみであり、ビークルでは、その環境との相互作用のもとで、感情を持っているかのように振舞う身体の一連の動きを示したに過ぎない。そこで、本論文はそのセンサーモータカップリングを超えたシミュレーションモデルを目指し、新しい身体性認知モデルの提案と考察を行う。

ここでは、二つの拡張を試みる。一つの拡張方向として2者間での相互作用(2章)を考え、もう一つは、環境との相互作用において、主体が主観的に相互作用を決定する構造(subjective coupling)を明示的に含めたモデル(3章)である。

2章では、2者間の相互作用を扱い、その各々の主体は、通常のタスク環境とは異なり、相手の行動を積極的に予測や期待、信頼、裏切りなどのもとで、行動を行う。そのような環境下では、主体は身体と内部ダイナミクスにより振る舞いを作り出し、相手の内部のダイナミクスに影響を与える。相手はその内部ダイナミクスに基づいて振る舞いを決定し、今度はその相手の振る舞いの影響を受ける。そして自分のダイナミクスを変える。それらが相互に絡んでいる構造がある。つまり、いつも最適な一連の行動選択があるわけではなく、相手の振る舞いに合わせた自分の振る舞いが要求される。そこにセンサーモータカップリングを超える要素がある。

シミュレーションモデルでは、内部ダイナミクスを保持することのできるリカレントニューラルネットワーク(RNN)を用いることで主体をエージェントとして表現する。ここで、鬼ごっこの鬼の役割が前もっては決められていないturn-takingゲームを提案する。2次元空間上を自由に動き回りながら、追いかけたり追いかけられたりする役割が自発的に替わる2人ゲームである。ここでのターンは相手の後ろの領域をとることと定義し、両者が同時にターンをとることができない。つまり、エージェントはゲームの中で、相手にターンをとらせることと自分でターンをとる反対の運動を同時に作り出さなければならない。RNNを使って表現されるエージェントの行為、予測、内部ダイナミクスは、Genetic Algorithm(GA)によって強化学習的に評価し、そのネットワークが進化することによって獲得される。

シミュレーションの結果、様々なturn-takingの振る舞いが得られた。それらは大きく3つに分けられる。幾何学的な軌跡を描くgeometric turn-taking, 軌跡やターンの切り替わり方が規則的に生じないchaotic turn-taking、ノイズの不安定性を利用しターンの切り替わりが生じるnoise-driven turn-takingである。

また、進化したペアのエージェント間における相互作用のあり方を調べるために、virtual agentを使った。virtual agentはnon-reactiveなエージェントで、テープに録画しておいた運動を描くように、以前行った運動を相手の運動によらずに生成する。進化したネットワークをもったadaptiveなエージェントの場合は運動にノイズが入ったとしてもお互いが相互に協力することによってそのノイズの影響は抑制される。また、chaoticな運動を示すネットワークで、non-reactiveとadaptiveが相互作用した場合、微小なノイズでさえもそのノイズは拡大してしまう。つまり、リアルタイムに相互作用しているなかで、相手の適応的な振る舞いに対する期待と相手の振る舞いに対する自分の適応的振る舞いが両立することによって、主体間に協調的振る舞いが作られていることを示している。これは、シミュレーションモデルで従来考えられてきたタスク環境での適応行動とは異なる適応能力を求める。

さらに、この考えに沿って、進化して得られたエージェントを、世代を変えて相互作用をさせた。geometric turn-takingを行うエージェントは限定された相手とturn-takingを構築することができる。一方、chaotic turn-takingを行うエージェントは比較するとgeometricなものより多くのものとturn-takingを行うことが可能であることがわかった。これは、chaoticなエージェントの方がRNNの内部に様々な運動を作り上げる潜在能力があると考えられる。それは、geometricなエージェントの場合は、自分の振る舞いを相手の振る舞いを合わせようとするよりも、自分の運動に引き込む傾向に強くて、chaoticな運動は相手の運動に合わせたり、新たな運動を作ったりすることがあることからも推測される。よって、ここでは、単なるセンサーモータカップリング超えたadaptabilityの獲得がなされた。こうしたadaptabilityのシミュレーションの報告は我々が初めてである。

3章では、エージェントの環境との主観的相互作用(subjective coupling)と主観性に焦点をあてる。タスクとしては2章とは異なりdiscrimination taskを与えるが、2章でも議論したセンサーモータカップリングを超える構造を観察するために、明示的にエージェント内部のニューラルネットワークに特殊な構造を埋め込む。この特殊なネットワークは、環境との相互作用を繋いだり(ON)、遮断したり(OFF)することができる。そうすることによって、主体内部に環境のタイムスケールに制約されない内部ダイナミクスを作ることが可能となる。また、その内部ダイナミクスによってON/OFFのダイナミクスは制御される。こうすることによって、入力は受身的に入るものではなく、内部の状態によってとりにいくものになる。これがこの章で議論される内部ダイナミクスのアクティブ性である。 タスクはある周期で点滅するライトの区別とした。早い周期から遅い周期まで、10種類のライトを見せ、そのうちの半分のライトに近づき、半分のライトをとらないように学習をさせる。そのときのエージェントの見せる運動、内部のダイナミクス、ON/OFFの切り替えダイナミクスに焦点あて、シミュレーションを行う。

結果として、進化したエージェントの運動は大きくapproaching, avoiding, wanderingに分けられる。ON/OFFの切り替えダイナミクスは明らかにライトをとりにいくときと、避けるときとで異なった。そして、そのエージェントの切り替えダイナミクスを無作為に行った場合、運動の切り替えが生じないことからも、ON/OFFの切り替えダイナミクスを効果的に使うことによって、3つの運動の切り替えが行われているのを確認した。また、内部のダイナミクスにおいては、相互作用がオンになったときのあるニューロンの活動がapproachingのときにはほぼ周期的に活動し、avoiding, wanderingのときにはそれが非周期的活動をしていることがわかった。その周期運動は、オンになったときのインプットと内部のダイナミクスが絡むことで維持されている。反対に、相互作用がオンになったときに期待される入力がない、もしくは、内部ダイナミクスがある状態にないと、その周期運動は維持されない。つまり、ここでは、内部ダイナミクスは相互作用をオンにしたときのインプットの予測を内部に構成していると考えられる。相互作用をアクティブにONにすることによって、エージェント内部、運動、ゲート、環境のカップリング・ダイナミクスが結果としてのエージェントのdiscriminationを達成する。

これらの結果は、構成的なシミュレーションモデルにおいて、新しい側面を切り開いている。単なるセンサーモータカップリングではなく、身体の内部からのアクティブさを作り、主観的相互作用の導入を行うことによって、適応行動、認知モデルに対して新しい可能性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

学位論文として提出された飯塚氏の博士論文は、エージェントの身体性と運動という観点から、シミュレーション実験をもとに認知科学における構成論的なアプローチの研究を提唱するものである。

本論文は全4章から成っている。第1章では、研究の目的と動機が簡潔に解説されている。特に今までの人工知能のアプローチと比較しながら、本論文で扱う構成論的アプローチの特徴を議論している。例えば、人工知能における静的な表象に対し、本アプローチにみる動的な表象の優位性が論じられている。以下第2章と第3章では、具体的なシミュレーション実験を行ない、ダイナミクスの観点から認知の問題を論じていく。

第2章では、2つのエージェントで作られるターンテークのシミュレーションモデルとその解析結果が報告される。ターンテークは、会話などにおいて会話の順番を入れ替えることを指すが、本論文では役割を時間的に入れ換える、平面上の追いかけっことしてデザインされる。ターンテークを行なうような、エージェントのセンサー入力とモーター出力との関係を遺伝的アルゴリズムを用いて進化させる。

このシミュレーションから多くの知見が得られているが、特にi)幾何学的な軌跡を描きながらターンテークする相から、カオス的な軌跡を持つターンテークの相へと進化することが示された。これはエージェントが、入力ノイズに対するロバストネスを獲得した結果であると考えられている。ii)カオス的な軌跡をつくり出せるエージェントは、いろいろなエージェントともターンテークできるという意味で、適応性も進化していることが示された。特にこの適応性の高さが、動的な運動のレパートリーの多様性ということから論じられている。

第3章では、エージェントの設計を基本的に捉え直し、主観的な相互作用 (Subjective coupling) を導入する。これまでのシミュレーションモデルが外部からの入力を受動的に与えられていたのに対し、本論文ではいつ入力を受けるかを主体的に決定する仕組みを提案した。それは、外部からの情報によって駆動されるものと、内部的なもので駆動されるものの2つからエージェントの運動を理解しようということである。シミュレーション実験では、これを用いて点滅する光源に対する選好性を進化させた解析結果を紹介している。具体的には、点滅光源を空間上におき、点滅周期をいろいろ変化させた時にその周期に応じて光源に接近する/しない、という選好性を持つエージェントを進化させる。その結果、点滅周期の違いを自分の運動パターンをもとに判別することが示された。この判別のメカニズムを、主観的相互作用を抑制した場合や内部のニューラルダイナミクスをみることで解析している。それらの解析の結果、主観的相互作用を利用した構造のある運動パターンをつくり出すことで、判別していることが示された。

第4章では全体の総括であり、今後ここでのシミュレーションの枠組を発展させて構成論的に認知を捉えたいという論文提出者の姿勢が再確認される。特に、ボディデザインと、進化する認知の構造などが提案される。

本論文は、自律的なターンテークの生成や光源周期の選好性の進化を、運動するエージェントを進化させることによりモデル化、シミュレーションしたものである。第2章の動的なレパートリーの生成という観点や、第3章の主観的相互作用の導入は本論文で新しく提案されたものであり、今後の研究の発展が期待されるものである。

以上、当博士論文の研究は、今後認知や自律的な知的ロボットを考えていく際の、構成論的アプローチの有効性を指し示した。本論文で提案された、動的レパートリーの問題や主観性を陽を考えるという方向性が、認知科学のなかで今後議論されるようになっていくと期待される。

以上のように論文提出者の研究は、構成論的な認知の研究に関して独創的な提案をなしていると考えられる。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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