学位論文要旨



No 118770
著者(漢字) 鴈野,重之
著者(英字)
著者(カナ) カリノ,シゲユキ
標題(和) 微分回転星の安定性解析
標題(洋) Stability Analysis of Differentially Rotating Stars
報告番号 118770
報告番号 甲18770
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第489号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 江里口,良治
 東京大学 助教授 蜂巣,泉
 東京大学 助教授 柴田,大
 東北大学 教授 斉尾,英行
 広島大学 教授 小嶌,康史
内容要旨 要旨を表示する

一般に星は自己重力に束縛された流体と見なすことができるが、これらの自己重力流体は高速回転下で非軸対称摂動に対して不安定化することが知られている。回転星の不安定には二通りあり、これらは重力波や粘性などによるエネルギー散逸のタイムスケールで成長するセキュラー不安定と、系の力学的タイムスケールで成長するダイナミカル不安定の二つである。剛体回転且つ密度一様のように単純化された星モデル(Maclaurin Spheroid)における古典的な解析の結果によれば、星の回転が速くなるときT/|W|>0.14でまずセキュラー不安定が現れ、次いでT/|W|>0.27でダイナミカル不安定が発生することがわかっている。ここでTとWは各々星の回転運動エネルギーとポテンシャルであり、本研究ではこのパラメタT/|W|を星の回転の指標として用いる。このような古典的に得られた不安定の閾値は一般の星にも通用するものと思われてきた。しかし、実際の天体をMaclaurin Spheroidのような単純なモデルを用いて近似することは決して現実的ではない。例えば、回転不安定の研究において最も重要なターゲットとなる原始中性子星は高速で回転していると同時に微分回転の影響も受けていると思われる。さらに実際の天体を密度一様な状態方程式で表現することも良い近似とは言い難い。それゆえ、簡略化されたモデルから得られた回転不安定の閾値を、これら実際の天体にどれほど当てはめ得るかは実は定かではない。また、1960年代に精力的に進められたtensor virial法による一連の解析では、Maclaurin Spheroidで求められた不安定の現れる限界となるT/|W|は、星の回転則に依らないとの示唆がなされていたが、現在ではこのような手法を一般の星にも適用することは正しい解をもたらさないことが証明されており、現状としては不安定の振舞いについての統一的な見解を得るには至っていない。実際、近年盛んに行われている数値シミュレーションの結果によれば、微分回転している星では安定性限界が著しく異なる可能性も示されている。そこで本研究では線形安定性解析の手法を用いて非一様な回転則や圧縮性を伴う星の安定性を調べる。

本研究では回転星の安定性を調べるに当って線形安定性解析の手法を用いる。線形解析を行う際の非摂動状態の星としては、ニュートン重力での軸対称ポリトロープを採用する。非摂動な星の平衡形状を求め、その上での微少摂動を考える。ここでは摂動は断熱的でかつ、各摂動物理量は時間と方位角方向に対してδf=Σme-iσt+imφfm(r,θ)という依存性を持つと仮定して方程式を立てる。このようにして得られた摂動流体方程式を線形化し、σに対する固有値問題として解くことにより、モードの固有値σが求まる。こうして得られた固有値σの値によって、星の安定性を議論することができる。

本研究では一般に最も成長率が大きいと考えられているm=2のf-mode (bar-mode)による不安定性を主に考える。回転星において重力波放出に伴いbar-modeがセキュラーに不安定化する点は、固有値σがゼロとなる点に対応している。よって、線形解析によりbar-modeの固有値を回転の関数として計算し、そのゼロ点を求めることで不安定の始る閾値となるT/|W|がわかる。実際に微分回転圧縮星におけるモード固有値の計算を行ったところ、セキュラーな安定性は微分回転の度合いに強く依存することが示された。さらに、微分回転の効果がさほど強くない場合には不安定の閾値は星の状態方程式にも強く依存する。また。非常に強い微分回転則を採用した場合には、セキュラー不安定は古典的な閾値であるT/|W|〓0.14よりもはるかに低速回転の場合でも現れ得ることがわかった。

一方、回転星でダイナミカル不安定の現れる点は、モード固有値σの虚数部分がゼロでない値を持つ点を探すことにより求められる。星の回転が無い極限ではIm(σ)はゼロであるので、そこから星の回転率を大きくしていく際に、ゼロでないIm(σ)が現れる点がダイナミカル不安定の閾値と判断される。線形解析による微分回転星でのモード固有値から、旧来から知られているbar-modeのダイナミカル不安定の限界値も、微分回転の強度を上げるとともに減少することが示される。すなわち、微分回転を伴う星はT/|W|<0.27であってもダイナミカルに不安定化することがわかった。このような不安定の閾値の低下は状態方程式に依らない。微分回転の効果が強いときには不安定の閾値はT/|W|〓0.2程度まで下がることがわかった。このようなセキュラーおよびダイナミカル不安定の閾値の低下は、原始中性子星のような高速微分回転星では従来考えられて来たよりも不安定が現れやすい傾向にあることを示すものである。

更に、本研究では微分回転の効果が非常に強いときには、星の回転率が小さいときにでも現れる新しいダイナミカル不安定が存在することを発見した。我々の計算によれば、十分強い微分回転を仮定すれば、回転率がT/|W|〓0.05程度の星でもダイナミカルに不安定化することが示唆されている。このような低速回転で現れる不安定性としては従来Papaloizou-Pringle不安定やシアー不安定などが知られているが、ここで発見した不安定はそれらのいずれとも異なる性質を持つ。このような前述の結果も含め、回転星の不安定に関するこれらの結果は、古くから妥当なものと考えられてきた不安定の閾値が、現実的な星には当てはまらないということを強く示唆するものである。

これらの回転不安定性は実際の宇宙物理のトピックの中でも重要となる。例えば、高速回転する天体はセキュラー、またはダイナミカルな不安定性の影響を受けて角運動量を失い、スピンダウンする可能性がある。このような過程は原始中性子星や、生まれたての星のコアなどのスピン進化に大きな影響を与える。また、コンパクト天体を考える際には、このような回転不安定の成長は準周期的な重力波放出の原因となり、それゆえに回転不安定の研究は重力波天文学の観点からも興味深いものとなっている。

本論文では回転星における非軸対称モードの不安定性と、線形解析によるその計算法について紹介した後、微分回転星におけるセキュラー不安定、高速回転下でのダイナミカル不安定、低速回転で発生するダイナミカル不安定についての結果を示し、得られた結果の解釈と重要性を議論する。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は非一様回転する回転星の安定性を線形解析によって調べたもので、これまで世界で誰も結果を得ることのできなかった非一様回転星の安定性を系統的に解析することに成功し、自己重力に原因のある不安定振動モードを数多く見いだした論文として、審査委員会は高く評価した。本論文で得られた重要な結果は、回転星の基本的な性質として、これから書かれる教科書の中に取り上げられ、長年にわたって生き続けるものと考えられる。

論文は六章からなる。第一章では、回転星の安定性についての説明とこれまでになされた研究がレビューされている。第二章で、回転星の線形解析の定式化と数値解法の説明がなされている。第三章から第五章において本論文の主要な三つの結果が説明されている。第六章で全体の結果がまとめられるとともに、現実の天体現象との関連の可能性が議論されている。以下に、この論文で得られた三つの主要な結果を説明し、それに対する審査委員会の評価を述べる。

第一の結果は、非一様回転する回転星の重力波(時空の歪みが伝播する波)放出に対するセキュラー(永年的)不安定が起こる臨界状態を見いだし、そのときのパラメータの値を定量的に決定したことである。セキュラー不安定とは、つりあい状態にある回転星が、重力波の放出によって、より低いエネルギー状態の回転星に進化する、つまり時間の経過とともに元のつりあい状態から離れていく現象であり、その時間変化はゆっくりとしている。ここで、恒星の回転エネルギーと重力エネルギーの絶対値の比をβとし、回転星がセキュラーに不安定化するときの値をβsと書くことにする。重力波放出に対するセキュラー不安定に関する従来の結果は、軸対称形状から非軸対称で棒的形状へ変化する振動モードに対し、恒星の状態方程式(圧縮性)や非一様な回転則の違いによらないで、普遍的なβsとなると考えられてきていた。それに対し、本論文では非一様回転の度合が大きくなると、状態方程式依存性や回転則依存性が強くなり、小さなβs、言い換えると、回転が遅い場合に不安定化することを示している。このことは、非一様回転の度合の大きな回転則を持つ可能性のある天体は、これまで考えられていたよりも遅い回転で不安定化し、別の状態へと変化することを強く示唆する新しい結果を得たものとして高く評価できる。

第二の結果は、非一様回転する軸対称回転星が、重力的な原因から生じる非軸対称で棒的形状へとダイナミカルな時間尺度で変化する不安定性に対し、それが起こり始めるときの回転の度合を定量的に求めたことである。一様密度で一様回転している流体に関しては、ダイナミカルに不安定化を始める回転のパラメータβdは古くから分かっており、その後、前述のセキュラー不安定と同様、状態方程式と回転則の違いによらないで、かなり普遍的な値になっていると考えられてきた。それに対し、本論文では、非一様回転の度合が大きい場合、状態方程式依存性と回転則依存性がともに存在し、従来より小さなβd、つまりより遅い回転で不安定化することを示している。ダイナミカル不安定はセキュラー不安定よりも短時間で起こり、形態の大きな変化を伴うものなので、セキュラー不安定性の結果以上に天体の進化に対する影響が出てくる。その意味で、今後の天体のダイナミカルな進化の研究において考慮すべき重要な結果を得ていると評価できる。

第三の結果は第二のものと同じく、非一様回転している軸対称星は、非軸対称で棒的形状へと不安定化して進化するというものである。しかし、この不安定性は、非一様性回転の度合が強くかつ遅い回転をしている回転星のシミュレーションによってごく最近初めて発見され、それを本論文において線形安定性解析によって系統的に調べた結果、確認できたものである。つまり、非常に遅く回転していても非一様回転の度合が強い場合、すべての回転星で起こる可能性を線形安定性解析によって示唆したのである。回転星の不安定性に関する従来の結果は、上述の2種類のものにしても、ある程度の高速回転をするときに現れる不安定性であった。それに対し、最近シミュレーションで発見されたダイナミカル不安定性は、形状が球対称からごく僅かだけずれることで起こるものである。つまり、本論文によりこのダイナミカル不安定が起こることが線形安定性解析でも示されたことで、シミュレーションで発見されたダイナミカル不安定の実在性は確実で、上記の二種類の不安定性以上に天体の形成段階や爆発的な現象において重要な役割を果たすと考え、審査委員会は評価できると判断した。

非一様回転星に関する線型解析による新しい定量的な結果は、世界の研究者をこの分野の研究に引き付け、不安定性のさらなる理解のための研究の発展をもたらす可能性があるという点からも、本審査委員会は本論文の価値は高いと判断する。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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